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2018年6月に成立した、いわゆる働き方改革関連法(正式名称は「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」)に基づいて、2019年4月より労働関係法が順次改正されています。法によって改正時期は異なっており、最初は大企業だけに適用されて、中小企業には遅れて適用されるものもあります。
今回の記事では、2022年4月以降の中小企業に関する法改正について解説します。対応が遅れると法令違反に問われることもあります。また、若年層の働き手が減る中で、中小企業でもきちんと法令を遵守して働きやすい環境を整えることは、採用・雇用維持対策としても大切です。
「働き方改革」とは
最初に、働き方改革の目的と中小企業への影響などについて解説します。
働き方改革の目的
働き方改革の目的は、「労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する」ことです。
働き方改革が求められる背景には、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」や「働く人のニーズの多様化」などがあります。人手不足が進む中で、長時間労働の常態化や労働条件のミスマッチなどにより労働者が望む仕事に就けないというケースもあるからです。
企業の生産性を上げて長時間労働を是正したり、短時間労働や在宅勤務など時間や場所にとらわれない働き方を選択できるようにしたりすることで、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境をつくることが、働き方改革が目指すところです。
働き方改革に中小企業が取り組む理由と、影響
中小企業が働き方改革に取り組まなければならない理由は、当然ながら、法令だからです。働き方改革法は2019年4月から順次施行されています。中小企業には遅れて適用される改正もありますが、猶予期間も終わり2022年度に実施または2023年度に実施予定のものも多数あります。
中小企業がこれらの法改正への対応を怠ると、中小企業も法令違反に問われかねません。
しかし、「法律だから仕方なくやる」というだけではありません。見方を変えれば、慢性的な人手不足や労働生産性の低さなどの、自社の課題を解決し、経営の競争優位性を築くきっかけにもなるのです。
そもそも働き方改革が求められた背景には、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」や「働く人のニーズの多様化」などがあります。 中小企業の立場からすると、そのような変化に対応できる職場環境を整備することで、「働く人から選んでもらいやすい会社」になるということを意味しています。
例えば、採用時に求める人材が集まりやすい、採用した人が長く働いてくれる、また、主体的・積極的に仕事をしてくれる、そんな会社にするための「必要条件」が働き方改革への積極的対応だといえるでしょう。
▼従業員規模別の人材の未充足率(=未充足者数/常用労働者数×100)
従業員数 | 製造業 | 非製造業 |
---|---|---|
5~29人 | 3.2% | 3.5% |
30~99人 | 1.8% | 3.3% |
100~299人 | 1.8% | 2.8% |
300~999人 | 0.8% | 2.1% |
1,000人以上 | 0.4% | 1.6% |
参考:中小企業庁「2018年版中小企業白書・第1章:深刻化する人手不足の現状」
▼企業規模別の従業員1人当たり労働生産性
従業員数 | 製造業 | 非製造業 |
---|---|---|
大企業(資本金10億円以上) | 1,320万円 | 1,327万円 |
中小企業(資本金1億円未満) | 549万円 | 558万円 |
※労働生産性は、1年間の営業純益や役員・従業員給与+福利厚生費などの合計金額。
参考:中小企業庁「2018年版中小企業白書・第1章:深刻化する人手不足の現状」
働き方改革によって「人手不足の解消」や「労働生産性の向上」を図ることが、中小企業の利益になり事業の継続性を高めることにも繋がります。
働き方改革関連法、その他の主な改正や制度改正のスケジュール
働き方改革関連法、その他働き方に関係する、主な法改正や制度改正は次の通りです。すでにすべての企業に適用されているものもあれば、大企業には適用済みであるものの、中小企業にはこれから適用となるものもあります。
▼中小企業に関する主な法改正や制度改正
中小企業 | 大企業 | |
---|---|---|
残業時間の上限規制 | 2020年4月 | 2019年4月 |
有給休暇取得の義務化(年5日以上) | 2019年4月 | 同左 |
勤務間インターバル制度導入の努力義務化 | 2019年4月 | 同左 |
同一労働同一賃金の導入 | 2021年4月 | 2020年4月 |
パワーハラスメント防止措置の義務化 | 2022年4月 | 2020年6月 |
未払い残業代請求権の延長 | 2022年4月より2年超の請求権発生 | 同左 |
社会保険の特定適用事業所拡大 | 2022年10月 | 2016年10月 |
産後パパ育休の創設と育児休業の分割取得 | 2022年10月 | 同左 |
割増賃金率(月60時間超の残業)の引き上げ | 2023年4月 | 2010年4月 |
以下、現時点で、中小企業にとって特に重要だと思われる改正について、見ていきます。
働き方改革関係の法改正①:中小企業のパワーハラスメント防止措置の義務化
2020年6月に労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ法)の改正により、大企業は職場におけるパワーハラスメント(以下、パワハラ)防止措置が義務付けられました。中小企業はこれまで努力義務とされていましたが、2022年4月より義務化されました。
パワハラ防止法については以下記事でも詳しく説明しています。
パワハラ防止法とは?定義やパワハラの具体例、企業がすべき対策を解説
改正内容(2022年4月より)
職場におけるパワハラとは、次の3つの要素をすべて満たす行為を指します。
●優越的な関係を背景とした言動
●業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
●労働者の就業環境が害されるもの
また、職場におけるパワハラの代表的な言動として次の6つの類型が定義されています。
●身体的な攻撃:叩いたり蹴ったりするなど身体に危害を及ぼす行為全般
●精神的な攻撃:侮辱したり暴言を吐いたりするなど相手に精神的に打撃を与えること
●人間関係の切り離し:相手を無視したり仲間外れにしたりするような行為
●過大な要求:1人ではできない仕事を与えたり業務外のことを要求したりする行為
●過小な要求:仕事を与えない、経験や能力からみて低レベルの仕事を与えたりする行為
●個の侵害:プライベートなことを聞くなど私的なことに執拗に干渉するような行為
上記のような職場におけるパワハラを事前に防止したり、パワハラ事案が発生した場合に適切に対応したりすることなどが、中小企業の義務となりました。
罰則
パワハラ法に罰則規定はありません。ただし、厚生労働省からの指導・勧告を受けることになる場合があります。
中小企業の対応策
職場におけるパワハラを防止するために、「事業主が雇用管理上講ずべき措置」が定められています。具体的には、次の措置を実施することが企業に義務付けられているのです。
●事業主の方針等の明確化および周知・啓発
パワハラに対する会社の方針を明確にし、企業トップの発信や方針の掲示、研修会などを通じて従業員全員に周知・啓発する。
●相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
パワハラ相談窓口を設け従業員に周知するとともに、窓口担当者が状況に応じて適切に対応できるようにする。
●職場におけるパワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応
パワハラ事案が発生した時に迅速・適切に対応できるように、担当部署を決めたり対応マニュアルを準備したりする。事後対応としては、パワハラをおこなった者に対する適切な措置をおこなうとともに、再発防止に向けた対策も必要。
●併せて講ずべき措置
パワハラの加害者や被害者、相談者などのプライバシーを保護し、相談したことなどを理由に不利益な取り扱いをされない旨を定め、従業員全員に周知・啓発する。
働き方改革関係の法改正②:未払い残業代請求権の延長
2020年4月の労働基準法改正により、残業代などの未払い賃金請求の時効が「2年から3年」へと延長されました。2022年4月より支給日から2年を超える請求権が発生します。
改正内容(2022年4月から)
従来、未払い賃金の請求権は「2年」でした。そのため、賃金支払い日から2年を経過した未払い残業代は、時効の援用(時効によって利益を受ける者が時効の完成を主張すること)を申し出れば支払い不要でした。改正により時効までの期間が2年から3年に延長されたのです。
本則では5年ですが、「当面の間はその期間が3年」とされています。対象となるのは、2020年4月1日以降に支払いが生じる賃金請求権です。
例えば、2020年3月に支給される給与(またはその日に支払われるべき残業代)が未払いの場合は賃金請求権の時効が2年、2020年4月以降に支給される給与などの請求権は3年になります。
罰則
残業代の不払いをしていると、民事上の対応とは別に、労働基準法違反の刑事罰として、会社役員などが、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金刑に処される場合があります。
中小企業の対応策
従業員(または退職者)から未払い残業代の請求を受けた場合、給料日など本来支払うべき日から3年以内の残業代を支払わなくてはなりません。請求があれば遅延利息(3%)や付加金(※)の支払いが必要になるケースもあります。
※未払い賃金に追加して支払うもので最大で未払い賃金と同額。未払いが悪質な場合、裁判所が支払いを命じることができる。
時効の延長と同時に、労働者名簿や賃金台帳など労働者にかかわる帳票の保存期限も、3年から5年に延長されました。実際には保存期限も「当面の間は3年」とされましたが、本則では5年であることは覚えておきましょう。
残業代の未払いを発生させないために、「労働時間をきちんと管理する」「就業規則を整備し正しく給与計算をおこなう」などの対応も重要です。
働き方改革関係の法改正③:社会保険の特定適用事業所拡大
社会保険の特定適用事業所拡大は、一定要件を満たす短時間労働者も社会保険(健康保険や厚生年金など)に加入できるようにすることを目的とした施策です。
これまで社会保険加入者が常時500人を超える大企業だけが対象でしたが、2022年10月より加入者が常時100人を超える中小企業も対象となります。常時500人とは、社会保険加入者数が500人を超える月が1年で6ヶ月以上ある状態をいいます。
改正内容(2022年10月から、または、2024年10月から)
特定適用事業所とは、「一定要件を満たす短時間労働者」を社会保険に加入させなければならない事業所のことです。特定適用事業所以外の企業の社会保険加入条件は次の通りです。
●常時雇用されている従業員
●1週間かつ1ヶ月の所定労働時間が常時雇用されている従業員の4分の3以上である者
特定適用事業所では、次に該当する人を社会保険に加入させなければなりません。
●1週間の所定労働時間が20時間以上あること
●賃金の月額が8.8万円以上であること
●雇用期間が2ヶ月を超えて見込まれること(※)
●学生でないこと
(※)2022年9月までは「雇用期間が1年以上見込まれること」
年収ベースでみると、従来の基準では年収130万円までは配偶者の扶養になるため社会保険加入不要であったのに対し、特定適用事業所になると年収106万円以上の人は社会保険の加入が必要になります。
2022年10月に特定適用事業所の定義が改定されました。
●2022年9月まで:社会保険加入者が常時500人を超える企業
●2022年10月以降:社会保険加入者が常時100人を超える企業
特定適用事業所の対象は、2024年10月に「社会保険加入者が常時50人を超える企業」に拡大します。
罰則
社会保険に加入する必要があるのに加入しないと、民事上の対応とは別に、健康保険法違反の刑事罰として、会社役員などが6か月以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金刑に処される場合があります。
中小企業の対応策
2022年10月1日に特定適用事業所の要件を満たした企業には、日本年金機構より「特定適用事業所該当通知書」が送付され自動的に特定適用事業所になります。それ以降に要件を満たすことになった場合は、日本年金機構に「特定適用事業所該当届」を提出する必要があります。
直近11ヶ月のうち厚生年金加入者が5ヶ月100人を超えている場合、日本年金機構より「特定適用事業所に関する重要なお知らせ」が送付されます。
特定適用事業所になった企業は次の対応が必要です。
●新たな社会保険加入対象者を確認する
●対象者に社会保険加入することを周知する
対象となる従業員に周知する際は、社会保険加入のメリットやデメリットを理解してもらうとともに、働き方について考えてもらうことも重要です。従業員が希望すれば、労働時間を延長したり短縮することも検討したりしなければならないケースも考えられます。
参考:厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト・従業員数500人以下の事業主のみなさま」
働き方改革関係の法改正④:産後パパ育休の創設と育児休業の分割取得
2022年10月に産後パパ育休(正式には「出生時育児休業」)が新たに設けられ、また従来の育児休業は分割取得可能になりました。これらの改正は、企業規模に関係なく全企業一律に適用されます。
改正内容(2022年10月から)
産後パパ育休の主な内容は次の通りです。
●休業期間:子どもの出生後8週間以内に最大4週間取得できる
●休業申し出:原則、休業取得開始の2週間前までに申し出する
●取得回数:2回に分割して取得できる
●就業の可否:労使協定締結があれば休業中に就業できる
産後パパ育休は男性の育児休業取得を促進するために新設された制度で、従業員から申し出があれば企業は休業を拒否できません。
また、従来は出生後8週間経過後の育児休業は分割取得できませんでしたが、2022年10月より2回に分けて取得できるようになりました。ただし、育児休業中の就業はできません。
罰則
適正に育児休暇を取得させない場合、育児・介護休業法違反として、事業主は行政から報告を求められます。行政より必要な措置を講ずるように「助言」「指導」「勧告」がされます。また、勧告に従わない、報告を怠った、もしくは虚偽の報告を行った場合などは罰則として、企業名の公表と、および最大20万円の過料の処分があります。
中小企業の対応策
2022年4月企業には、育児休業取得促進のため「育児休業を取得しやすい雇用環境の整備」と「妊娠・出産を申し出た従業員への個別の周知・意向確認の措置」が義務付けられました。
育児休業を取得しやすい雇用環境の整備に関して、企業は次のいずれかの措置を実施しなければなりません。
●育休に関する研修の実施
●育休に関する相談体制の整備(相談窓口設置など)
●従業員の育休取得事例の収集・提供
●従業員の育休取得促進に関する方針の周知
また、従業員から妊娠・出産の申し出を受けた場合、次の内容を個別に説明して育休取得の意向を確認しなければなりません。
①育児休業・産後パパ育休に関する制度内容
②育児休業・産後パパ育休の申し出先
③(休業中無休の場合)育児休業給付が支給されること
④育休中は社会保険料の支払いが免除されること
育児休業を理由に、従業員に不利益な取り扱いをしたり、育休取得を妨げるような発言・行為をおこなったりすることは厳禁です。
働き方改革関係の法改正⑤:中小企業の割増賃金率の引き上げ
2023年4月から中小企業の「月60時間を超える時間外労働」の割増賃金率が引き上げられ、2010年4月から大企業に適用されている割増賃金率と同率になりました。
改正内容(2023年4月から)
これまで中小企業では25%以上であった時間外労働の割増賃金率は、2023年4月より「月60時間を超える時間外労働」に対しては50%以上に引き上げられます。「月60時間以内の時間外労働」に対する割増賃金率は従来通り25%以上です。
月60時間を超える時間外労働を深夜(午後10時~午前5時)にさせると、割増賃金率は75%以上になります。
罰則
割増賃金を支払わない場合、民事上の対応とは別に、労働基準法違反の刑事罰として、会社役員などが、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処される場合があります。
中小企業の対応策
割増賃金率の引き上げに備えて、企業には制度面での整備と業務の効率化による残業圧縮が必要になります。
制度面では、割増賃金率を50%以上で定めて就業規則に反映させます。また、代替休暇制度の導入を検討してみましょう。
代替休暇制度とは、月60時間を超える時間外労働が発生した場合、割増賃金の引き上げ分を支払う代わりに有給休暇(代替休暇)を与えることです。制度導入には、「代替休暇の時間数の具体的な算出方法」などを労使協定で定める必要があります。
また、業務を効率化して残業時間を減らすことも重要です。長時間労働を是正して従業員の健康を守るとともに、人件費を抑えることにもなります。
参考:厚生労働省「2023年4月1日から月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます」
まとめ
働き方改革によって中小企業はさまざまな対応を迫られます。対応が遅れると法令違反となる可能性もあるため、事前にきちんと準備して社内の環境整備をすすめましょう。
中小企業にとって一定の負担はありますが、働き方改革によって生産性を高め従業員にとって魅力ある職場環境をつくることで、人手不足の解消や企業の継続的な発展につなげましょう。
パワハラ防止法については以下記事でも詳しく説明しています。
パワハラ防止法とは?定義やパワハラの具体例、企業がすべき対策を解説
西岡秀泰(にしおか ひでやす)
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