コンビニでも買える~ベルギー生まれの高級チョコ
ゴディバはベルギー生まれのチョコレートブランド。販売店には美しく包装された商品が整然と並び、ラグジュアリーな雰囲気が漂う。まるで宝石箱のような箱に一粒ずつ詰められたチョコレート。ベルギーでは1968年以来、王室御用達となっている。
日本では297店舗を展開。高級チョコレートの代名詞にもなっているが、実は自らこれまでとは全く違うイメージを打ち出している。
今、ゴディバはコンビニでも買えるようになった。ゴディバといえば一粒400円は当たり前だが、コンビニ商品の「ゴディバマスターピース」は5個入りで380円(+税)。
また、商業施設に入っているゴディバの店舗では、自慢のチョコレートを贅沢に使った冷たいドリンク、「ショコリキサー」というカジュアルな商品も売り出している。「ショコリキサーダークチョコレート72%」は583円(+税。テークアウト価格)。「ショコリキサー」はショッピング・モールなどを中心に166店舗で販売している。さらに「ソフトクリームダブルチョコレート」(481円+税。テークアウト価格)は、2種類のダークチョコレートと国産ミルクをブレンドしていて、深みのある味わいだ。
ゴディバがこうしたスイーツの販売を始めたのは10年前から。それにより若者たちの心をガッチリつかんだのだ。
ソフトクリームやドリンクに使われているチョコレートは箱詰め商品と同じ物。そのチョコレートは全てベルギーで作られている。
チョコレート大国ベルギーの首都・ブリュッセルには、チョコレートのブランドショップが軒を連ねている。そんな街の一角にゴディバのブリュッセル工場が。中では大きな機械を使ってチョコレートを大量生産していた。その量は一日8トンになるという。
チョコレートの原料はカカオ。大きな実の中にカカオ豆が入っている。ガーナやメキシコなどから取り寄せた最高級品だ。それをチョコレートにしていくのだが、作り方は一つ一つ、種類によって違い、しかも独自技術のオンパレードだという。
例えば、表面にココアパウダーをコーティングする「トリュフ」は、まず機械にコーティング前のチョコレートを流す。熱を加え、表面だけ溶けた状態になると、その先には、大量のココアパウダーのゾーンが。途中でわざと転がし、全面をむらなくコーティング。ゴディバの代表的なチョコレートはこうして作られている。
製造をベルギーにこだわる理由を「チョコレート作りのノウハウは簡単には伝えられない。数十年、技術を磨いてきた人のまねはすぐにはできないでしょ?」と、ミリアム・パッペンス工場長は言う。仕上げ作業では熟練職人の技術が欠かせないのだ。デコレーションの模様も一つずつ手描き。機械にはできない熟練の技がゴディバの世界観を生み出している。
ゴディバ躍進の秘密1~日本独自の商品が続々
ベルギーで作られたチョコレートは、世界中に運ばれ販売されている。その中でも最も売れている国が日本。あのショコリキサーなどのスイーツが大きく貢献しているという。
ゴディバジャパンの仕掛け人は弓道5段のフランス人、ジェローム・シュシャン(58)だ。シュシャンが社長に就任したのは2010年。その年からゴディバジャパンの急成長が始まり、売り上げは3倍以上になった。
「日本のマーケットは大きいので、そのニーズに応えるために、日本の食習慣を分かった上でレシピを考えることが大切です」(シュシャン)
急成長の秘密、その1は日本独自の商品開発。バームクーヘンにさまざまな味わいのアイスクリーム、ほうじ茶フレーバーのクッキーなど、日本人になじみのある商品を作った。
こうした現地化戦略は世界中で行われていて、「世界のシェフ5人衆」がそれぞれ、独自商品の開発にあたっている。日本を担当するシェフは東京・目黒区、中目黒の開発室にいた。フランス人のヤニック・シュヴォローだ。パリの一流レストランやホテルで腕を磨き、2010年からゴディバジャパン専属となった。
ヤニックのオリジナルにチョコレート「クロミツ」がある。チョコレートドリンクには「きな粉」も使われている。
「私は日本に18年間住んでいて、和菓子が大好きなんだ。日本とヨーロッパのいいところをうまく融合させて新しいチョコレートを生み出すんだ」(ヤニック)
この日、試作したチョコレートには七味が使われていた。
「シナモンとかバニラとか、チョコレートにはスパイスがよく合う。七味は甘いナッツとすごく相性がいいよ」(ヤニック)
シュシャンは商品開発の決定権をヤニックに一任。だから、自由な発想で新しい味を作ることができる。ピリッとおいしい七味チョコレートはバレンタイン用に採用された。
ヤニックが生み出した商品は日本の売り上げの4割を占めるまでになった。ソフトクリームもヤニックのオリジナル。こちらは日本を飛び出してアジアやアメリカでもヒット街道を爆進中だという。
ゴディバ躍進の秘密2~「高級感」と「親しみやすさ」
急成長の秘密その2は「高級感」と「親しみやすさ」の両立。親しみやすくする一番の戦略が2010年のコンビニ進出だ。現在は大手コンビニ約4万店舗で販売している。
「食べた瞬間、おいしいと感じると、どこで買ったか忘れるんです。関係なくなる。チャネルよりも、ブランドとお客様の一体感、愛情が一番ポイントじゃないかな」(シュシャン)
2017年にはローソンとタッグを組みショコラロールケーキを発売。普通のロールケーキのおよそ2倍の値段だったが、2週間で250万個を売る大ヒットとなった。
この時は発売時期が予定より大幅に遅れてしまったと、開発を担当したローソン中食商品本部の坂本眞規子さんが明かしてくれた。
「ゴディバといえばザ・チョコ。『チョコの深みとコクをしっかり出してください』というお話があったので、それを出すのに時間がかかりました。1週間、2週間ではなく、2カ月半ぐらいずれました」(坂本さん)
今回、ローソンは再びゴディバとタッグを組むことになった。作るのは前回の上をいくショコラロールケーキだ。
「ヤニックさんは本当にこだわりがたくさんおありで、私たちの精一杯だという商品を持っていくのですが、『もっとできるだろう』と言われるので、大変緊張します」(坂本さん)
東京・六本木にあるゴディバの本社で行われた、新しく作り直したショコラロールケーキの試食会。緊張の面持ちで坂本さんが入ってきた。
「これはいいね。このサクサク感は前回よりも格段に良くなっているよ」(ヤニック)
こうして無事、「ショコラロールケーキ」(395円)の1月末からの販売が決定した。
「販売する場所がローソンでも百貨店でも私の仕事に対する情熱は同じなんだ。どの商品にもゴディバらしさを感じてもらえるはずさ」(ヤニック)
このこだわりがあるから、コンビニで販売してもブランドイメージは落ちないのだ。
一方で、シュシャンは最高峰のゴディバを体験できる場所も作った。
東京・豊島区の西武池袋本店に入っている「アトリエ ドゥ ゴディバ」。オープンキッチンを設置したこの店舗では、ベルギー直送のチョコレートを使い、ケーキを作っている。いずれもヤニックのオリジナルだ。
例えば、平らな小石のイメージで作られたチョコレートケーキ「パレ ショコラ」(770円+税。テークアウト価格)。中にはバニラ風味のブリュレが仕込んであり優しい口溶けが味わえる。真四角のケーキ「ショコラ カフェ クルスティアン」(740円+税。テークアウト価格)はヤニック自慢の逸品。コーヒーバタークリームやカカオのビスケットなど9層に味が重なり、複雑なハーモニーを奏でる。
こんなやり方でファンの裾野を広げ、最新の売り上げは過去最高の427億円となった。
弓道の教えを活かして大改革~成功の法則を徹底解剖
シュシャンの経営手法の根っこにあるのは30年間打ち込んできた弓道の精神だという。
「正しい射を行えば必ずあたる。正しい射と的、正しいマネジメントと数字。これは弓道とビジネスの深い関係だと思います」(シュシャン)
シュシャンはフランスで最高峰のHCE Paris経営大学院をトップクラスで卒業し、様々な一流企業でキャリアを積んだ。
ゴディバに来る前はスペインの高級磁器人形「リヤドロ」の日本支社の社長。その時も日本人の隠れたニーズを発掘し、大ヒット商品を生み出している。
それが若武者の五月人形。かわいらしい顔の人形が求められているというニーズをつかんで製造。一体30万円もしたが、1000体を販売。会社の危機を救った。
そんな手腕を買われて2010年、ゴディバジャパンにヘッドハンティングされた。
「取引先にあいさつに行ったら、『どうして今ゴディバに行くのか』と言われました。ゴディバは有名で、やることがないというイメージだったんです」(シュシャン)
しかし、ゴディバジャパンに移ってすぐ、シュシャンは大きな危機感を抱くことになる。一店舗あたりの売り上げが3年連続で減少。しかも来客数も減り続けていたのだ。
シュシャンはすぐさま会社の改革に乗り出す。その改革の道標としたのが弓道だった。
改革その1「正射必中」。「正しい手順、正しい動作で射られた矢は、必ず的に中る」という弓道の教えだ。シュシャンはこの考え方を店舗運営にあてはめて導入した。
「おいしい商品、入りやすいお店、接客スキル。正しいプロセスを踏めば、必ず結果は出る」(シュシャン)
高級感重視で暗めだった店舗は入りやすい明るい雰囲気に。またお客に気持ち良く過ごしてもらえるよう、店舗の清掃を以前にも増して徹底した。迎える準備から変えたのだ。
さらに、年に5回、プロ講師によるメークアップ教室を開いている。高級ブランドらしい上品かつ親しみやすいメークで、ゴディバらしい接客を追求している。
改革その2「正射正中」。「正しい姿勢、正しい心で的に向かうことが大切」という弓道の教えだ。
「無理やり売ると、今の時代はお客様が『もういいよ』なってしまう」(シュシャン)
客が欲している物を提供することこそビジネスの正しい姿勢。そこでシュシャンは、客の声を吸い上げる仕組みを作った。
この日行われたのは、各地の店長から客の声を聞く「カスタマーボイスプロジェクト」。現場の声をフェイス・トゥー・フェイスで聞くことによって、新たな商品開発などにつなげていく。
イオンモール京都桂川店の迫美沙希店長からは「ママ友の間で貸し借りがあったお礼などで、さりげないギフトをしたいというお客様が私の店は多いんです。ギフトにもなり、自分でも食べられる500円程度のチョコレートがほしい」という意見があった。
こうしたやりとりから実際に生まれたヒット商品もある。ハート型の容器に入ったバレンタインのチョコレート「キープセイク」だ。以前はそれほど売れていなかったが、「店長さんから『お客様は自分のために買う』と聞いたんです。『どうして?』と聞き返すと、『箱を取っておき、小物などの入れ物に使う』と。そういう使い方があるなら、もっと広げる価値があると思ったんです」(シュシャン)。
そこで生まれたコンセプトが「マイ・ゴディバ」。「自分へのご褒美にゴディバをどうぞ」とアピールすると「キープセイク」は大ヒット。売り上げのトップ5に入るようになった。
「これはお客様が決めたことです。売るのではなく、売れる姿勢を持つ。正しいマネジメントをすれば、必ず結果になる」(シュシャン)
NYで大人気のカフェ~ついに日本でもオープン
アメリカ・ニューヨークに去年4月オープンした「ゴディバ カフェ」。ゴディバをより身近に感じてもらおうと作った新しいカフェスタイルの店だ。
店内にはベルギーワッフルやクッキーなどが並ぶ。使われているのはもちろん、ベルギーから直送されたチョコレートだ。メニューを開発したのは世界のシェフ5人衆の一人、ティエリー・ミュレだ。
この店の名物メニューがある。まずクロワッサンをオーブンで熱くし、そこへカカオ52%のチョコレートを挟む。さらにこれを、ワッフルメーカーでプレスし、そのまま1分間焼く。チョコレートがトロトロの「クロッフル」が出来上がった。
この店では日本生まれのソフトクリームも売られていた。ゴディバのアニー・ヤング・スクリブナーCEOは日本の躍進に驚きを隠せない。
「クッキーなどのチョコレート以外のお菓子はほとんど日本から始まっている。日本のゴディバの革新は今では世界に広がっているわ」
この「ゴディバ カフェ」は世界展開をもくろんでいる。日本にもこの秋、オープンする予定だ。
~村上龍の編集後記~
創業者は、馬に跨がった誇り高い伯爵夫人の名を、自らのチョコレートに冠した。「憧れで、かつ身近な存在」シュシャン氏は、ハイブランド商品であるゴディバをコンビニに置いた。
ゴディバはぎりぎりまで味や食感を追求している。これ以上甘かったらアウトというポイントを厳密に、限界まで探り続けて作られる。だからシャンパンにも合う。コンビニで売っても価値は下がらなかった。
シュシャン氏が多くを学んだ「弓道」は、的との距離を意識下で消滅させるらしい。「客と心を一つにする」あらゆるビジネスの極意である。
<出演者略歴>
ジェローム・シュシャン 1961年、フランス・パリ生まれ。1984年、HEC Paris経営大学院卒業。1983年に初来日、リヤドロジャパン代表取締役などを経て、2010年、ゴディバジャパン代表取締役社長に就任。
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