矢野経済研究所
(画像=rost9/stock.adobe.com)

2023年12月
インダストリアルテクノロジーユニット
主任研究員 船木知子

植物に含まれるセルロースをナノサイズまで解繊したセルロースナノファイバー(CNF)は、開発当初は「鉄の5倍の強度で重量は鉄の1/5」の物性を持つバイオ由来の画期的な材料として、自動車を中心としたモビリティや、家電、建材など幅広い分野で金属やガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維などからの代替が期待されたが、現状では化粧品や食品、インク、塗料など向けの機能性添加剤や、スポーツシューズ、日用雑貨などでの採用実績があるものの、本命と見られていたモビリティや家電、建材で採用された例は見られない。
CNFのサンプルワークが本格的に始まったのは2016~2017年頃からであるが、そこから6~7年が経過しCNFのパフォーマンスが見えてきている中で、価格や物性面での課題が明らかになってきている。CNF市場が当初期待された規模には至らずとも、せめて現在の生産キャパを超え、各社の生産設備がパイロットスケールではなく量産スケールで安定的に稼働しているという未来像を描くためには、2030年までの次の7年間で足元の課題をいかにクリアできるかが問われる。

CNF採用検討のネックの一つが既存材料との価格差である。価格差を埋められるだけのコストダウンが可能なレベルの生産量を確保するためには、大量に生産・消費される大型用途である自動車用途で採用されるのが近道だが、自動車部材、特にバンパーやピラー、ドアトリム、インパネといった内外装部材で採用されるにはシャルピー耐衝強度10~12kJ/㎡程度の実現が最低ラインとなる。一方、CNF複合樹脂の耐衝撃性は一般的なもので2~4kJ/㎡と要求物性の1/5~1/3程度。CNF複合樹脂で展開するメーカー各社では、耐衝撃性の改良を最優先とした開発が進められているが、自動車での新規材料採用決定までにかかる期間は、車種や部位にもよるが4~5年程度とされていることを考えると、遅くとも2025年には10kJ/㎡程度の耐衝撃性の実現が無ければ2030年発売の車種での採用に間に合わない可能性が高い。このままではOEMやTier1にとってCNFの活用は「ゴールを見据えた開発テーマ」から「中長期的な開発テーマ」へと後退する可能性もある。
ただ、例えばエンジンルーム内のユニット部品など、万一の衝突の際でも直接衝撃を受けないものや、衝撃で割れたとしても車室内に破片が飛び散らず搭乗者の怪我につながるリスクの少ない部品の数は多く、これらは現状の物性のままでもCNF複合樹脂が使用できる可能性は高い。また、人が乗らないドローンやスピードの出ない電動自動車などは自動車ほどの耐衝撃性が求められないが軽量化に対するニーズは強い。まずはこれら部材での採用実績を作り、そこを突破口としてユニット部品への採用を目指し、本命である内外装部品への足掛かりとするというシナリオも考えられる。
耐衝撃性と並ぶCNF採用のボトルネックである価格については、セルロースの解繊度を調整し、従来よりも繊維サイズの大きいマイクロフィブリル化セルロース(MFC)やセルロースファイバー(CeF)の状態で使用するという動きもある。CeF複合樹脂は概ね1,500~3,000円/㎏程度で販売されているものと見られ、ガラス繊維強化プラスチック(GFRP)よりも高価格であるがCNF複合樹脂よりも大幅なコストダウンが実現する他、解繊までに機械を通す回数も少なく生産工程でのCO2排出量はCNFよりも小さい。一般的なCeF複合樹脂の耐衝撃性は2kJ/㎡程度とCNF複合樹脂と変わらず、現状では耐衝撃性が求められる自動車部材での展開はハードルが高いが、衝撃強度がさほど求められない部位・用途では価格とCN(カーボンニュートラル)対応を武器にGFRPやタルクPP(ポリプロピレン)樹脂などの既存材料からの置き換えが狙える。

CNFでの展開を進めるにあたり、耐衝撃性強化やコストダウンへの取組みのように足りない物性を補い幅広い用途での採用を目指すという方向性もあるが、別の選択肢としてCNF独自の優れた性能をとことん追求し、既存の材料にはない尖った性能や付加価値の訴求とユーザーの想定を超える提案により新市場を創出するという道もある。こうした取り組みが、他素材には代えられないCNFならではのキラーアイテム創出にもつながる。
CNFの採用を検討するユーザー全てが必ずしもナノサイズまでの解繊を求めているわけでは無いが、ナノサイズまで解繊することで初めて得られる特異な性能に対するニーズもある。CNFの開発で蓄積した技術・ノウハウを整理し、ミクロンからナノまでの様々な形態・サイズの繊維の中からニーズに最適なエレメントを探し出し、CNFという材料に対するユーザーの期待を超えるパフォーマンスを提案していくことが、2030年に向けたCNFの需要の創出と拡大につながるのである。