この記事は2023年11月16日に「テレ東BIZ」で公開された「十人十色の武器を育てる~通信制高校、教育革命の全貌:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
世界で活躍する選手たちも~日本一生徒数が多い高校
囲碁の上野愛咲美五段(22)は攻撃的な棋風から「ハンマーパンチ」の異名を持つ女流棋士だ。この秋、中国で開催されたアジア大会では銅メダルを獲得している。フィギュアスケートの紀平梨花選手(21)、テニス元ジュニア世界1位の望月慎太郎選手(20)、パリ・パラリンピックの代表が内定した車いすテニスの小田凱人選手(17)……世界で活躍する彼らはみなN高等学校、通称N高の卒業生と在校生だ。
「いろいろなアスリートの方が在籍していて視野が広がり、N高いいぞ、という感じです」(上野さん)
▽「ハンマーパンチ」の異名を持つ女流棋士、上野愛咲美五段(22)
N高は2016年、出版大手の角川とIT企業のドワンゴが共同で設立した通信制の高校。本校は沖縄・伊計島にある。ネットを使い全国で学ぶ生徒の数は日本一の約2万6,000人(S高含む)。進学実績は高い。昨年度は東大、京大を含む国公立に113人、早稲田(55人)、慶應(39人)などの難関私立大学にも多数の合格者を出した。さらに世界大学ランキングで東大の上を行く海外の難関大学に合格した生徒も19人にのぼる。
3年生の須藤隼人さんはシステムエンジニアのお父さんの影響で、幼い頃からプログラミングに熱中してきた。だが、「中学時代に体調を崩して学校に行けなくなり、引きこもりではないけれど自分から進んで『どこに行きたい』とは言わなかった。(N高に入って)体調がよくなりました。自分で時間管理できたのが大きい」(母・恵子さん)。
自分の好きなように時間を使えるのはN高の魅力。この日、初めて机に向かったのは夕方の5時近くだった。高卒認定の必修科目は5分から10分ほどの授業動画を使って勉強。その後、テスト形式のリポートを提出。1日1、2時間の勉強で卒業に必要な単位が取れると言う。授業で見るのは普通の動画だけではない。VRゴーグルをつけて始まったのはAIを相手にした英会話の授業だ。
▽VRゴーグルをつけて始まったのはAIを相手にした英会話の授業
「画面の向こうにいるのは本当の人ではないから、間違えても問題ない。でもリアルにできるというのが良さです」(須藤さん)
VRに興味を持ち、どんどん変わっていく息子に恵子さんは驚いていた。
「積極的になって人前で堂々と話をするようになり、自分から外に出かけるようになりました。ネットの高校だから出かける必要はないのに。N高ができてくれて感謝しかないです」
この日、須藤さんが向かったのは新薬の開発にあたるスタートアップ企業「MOLCURE」。プログラミングの腕を買われ、高校生ながらインターンとして働いているのだ。
研究しているのはゴーグル型のデバイス。つけると、目の前に黄色い矢印が現れ、その指示通りに手を動かせば素人でも薬が作れるようになると言う。
N高で学んでいる英会話をフル活用。フランスから来た同社のシステムエンジニア、ウレリク・カミーユさんも須藤さんの活躍には目を見張る。
「高校生のインターンは珍しいけど、彼は全く問題ない。高校生とは思えないほどチームに溶け込んでくれている。彼から教わることも多いよ」
▽N高で学んでいる英会話をフル活用、須藤さんの活躍には目を見張る
N高には大きく分けて2つの学び方がある。ひとつは自宅などでネットを使い受講するネットコース。学費は年間6万3,000円~。もうひとつは週に何日か決めて登校する通学コース。全国43カ所に拠点があり、都合のいい場所に登校できる。ちなみに制服はあるが服装は自由。学費は年間56万3,000円~。
須藤さんは通学コースに所属。だらしない生活にならないようにと週3日、横浜キャンパスに通っている。到着早々、始めたのは趣味のゲーム作りだ。隣の生徒は受験勉強中。ダンスをやっている生徒はそのためのTODOリストを更新中だ。みんな好きなことをやっているが、それでも通う意味は大きいと言う。
「みんなバラバラだけど刺激を与え合う。自分から『これをやりたい』と活動しているからすごく真剣。『何をやっているの?』と聞くと、面白いし、刺激になります」(須藤さん)
好きなことを好きなだけ~個性を伸ばす異色の教育
ある日、生徒の前に現れたのは菅義偉前総理だ。これは部活動のひとつ政治部で、歴代総理をはじめとする現職議員と生徒たちが直接、意見交換している。
▽投資部の特別顧問は「モノ言う株主」として知られる投資家、村上世彰氏
一方、投資部の特別顧問は「モノ言う株主」として知られる投資家、村上世彰氏だ。部員の活動は想像を超えている。ネットコースの2年生、秋藤陽さんの1日は、朝の9時、取引開始に合わせた株価のチェックで始まる。投資部の部員は実際に株を買って株式投資を学んでいるのだ。村上氏の財団が部員1人につき20万円を支給。1年活動して、儲けが出た分は自分のものに。失敗しても返さなくていい。
「20万円が銀行に振り込まれた重みを感じられるので、それだけでちゃんと勉強しようと思えます」(秋藤さん)
N高の生徒たちが長崎・五島市にいた。地元の魚を使った魚醤は五島列島の名産品。幾つかを混ぜ合わせて新製品を作る職業体験の授業だ。
体験が一段落した所でお昼の時間に。五島列島産のそば粉で作った通称「ごSOBA」を食べていると、そこにN高等学校校長・奥平博一(65)が入ってきた。
職業体験は五島列島以外でも行ってきた。山形のマタギ、岐阜の刀鍛冶など担い手の減った仕事の現場へも行く。
「実際に現地に来て地元の人の課題など話を聞くことにすごく価値がある。それが何よりの勉強です。英数国理社、保健体育、家庭、美術以上に勉強です」(奥平)
▽幾つかを混ぜ合わせて新製品を作る職業体験の授業
難関大学を目指すネットコースの3年生、加藤環季さんは、今年度の必修科目を4月の1カ月で全て終わらせたという。現在は授業動画を見返しながら1日10時間、猛勉強を続けている。大学受験を目指す生徒にはライブの授業もある。講師がスタジオから生配信。生徒たちの回答をリアルタイムで添削する。コメントで質問できるので、分からないことはその場で解消できる。
「教室に集まっていないけれど、オンラインが教室みたいなイメージです」(加藤さん)
▽講師がスタジオから生配信、生徒たちの回答をリアルタイムで添削する
以前、全日制の高校に通っていた加藤さんは、自律神経の不調から通学が難しくなり、2年前、通信制に切り替えた。N高を勧めたのは母・ゆかりさん。転校に踏み切ったのは前の学校への不信感からだったと言う。
「学校に行きにくくなった時に『授業を受けなくていい、寝ていていいから席に座っていて』と言われました。そういう教育ってどうなんだろう、と思って」(ゆかりさん)
夕方4時、ひと息ついて始めたのは、オンラインでの志望校についての相談。相手はメンターと呼ばれるスタッフだ。N高には授業を行う講師のほかに、あらゆる相談に親身に乗ってくれるスタッフがいるのだ。
「毎日ダイレクトメッセージをしています。全日制の学校で、廊下ですれ違った時に『今日も元気?』と話すのと同じ感覚ですね」(加藤さん)
大学を目指す生徒にはハイレベルな教材、学習環境を提供するN高。ただし基本となるのは一人一人の「得意なことを伸ばす」という考え方だ。
「英語で90点取っている生徒が、数学が苦手で24点だと職員室に呼ばれる。『英語はいいけど数学はテストで頑張らないと赤点』と言われます。でも好きで得意な英語を伸ばすほうが、世の中に出た時には仕事に役立ちます」(奥平)
従来の高校とは違った教育を推し進めるN高。その方向性は支持され、最初は2,000人に満たなかった生徒数が4年後には日本一に。その翌年にはN高と全く同じシステムを持つS高を開校。両校を合わせ、現在は2万6,000人を抱える。
通信制のイメージを変える~友達ができる「ネットの高校」
▽「はじめまして」の状態から5日間、生活を共にするスクーリングと呼ばれる授業
10月下旬。沖縄・伊計島にあるN高の本校に大型バスが続々と到着。約200人のN高生たちが降りてきた。通学コース、ネットコースにかかわらず、3年の間に1度はここで授業を受ける。「はじめまして」の状態から5日間、生活を共にするスクーリングと呼ばれる授業だ。
山形県から来た2年生の髙橋龍ノ介さん。最初は緊張の面持ちだったが、同じ日の昼休みには、3人で楽しそうに買い食いする姿が見られた。「『Slack』(コミュニケーションアプリ)とかで会話はしていた」という3人はゲーム同好会のメンバー。スクーリングはいつでも参加できるので、誘い合わせて来たと言う。
N高にはこうした同好会が260以上あり、オンラインで盛んに交流している。だから初めて会っても、打ちとけるのは早い。
同好会に入っていない生徒でも友達ができる工夫がある。この日の体育の授業は沖縄の伝統ボート。初対面のメンバーでいきなり力を合わせて漕ぐ。最初はぎこちなくても、あっという間に仲良くなってしまうのだ。
▽沖縄の伝統ボート、初対面のメンバーでいきなり力を合わせて漕ぐ
教職員に配られた行動指針の九か条。その一番上には「ネットで友達をつくれる学校づくりを大切にします」とある。
「生徒たちがつながることが、本当に一番重要なことだと考えています」(S高等学校校長・吉井直子)
生徒に教わった通信制の可能性~IT企業×教員、異色のタッグ
奥平は1958年、教師の父のもとに生まれ、自然と教職に興味を持つように。小学校の教員や塾講師などを経て39歳で通信制高校の教師となった。
「通信制というものは亜流、全日制の学校が主流という時代でした」(奥平)
▽「通信制というものは亜流、全日制の学校が主流という時代でした」と語る奥平さん
そんな学校で奥平は1人の生徒と出会う。中学の時はあまり学校に通えていなかったという青年、吉川一哉さん。細くてひ弱な印象だったと言う。
そんな彼が登校日にポツリと「自衛官になりたい」という夢を語った。夢を叶えられるのか。奥平は「難しいだろうな」と思った。しかし3年後、見事、海上自衛隊に入隊。倍率3倍以上の試験を突破し、下士官候補生として羽ばたいていった。
現在、37歳になった吉川さんは海上自衛隊の一等海曹として船の舵を握っている。
「基本的に運動が苦手でしたので、厳しい自衛隊の世界では務まらないだろうと自分の中では思っていました」(吉川さん)
それでも夢を諦めることなく、高校時代、走り込みを続けたのだ。
「授業以外のところで走り込みに専念して実施することができました。通信制だからこそ自分自身が変われていけたと思います」(吉川さん)
吉川さんの挑戦を見届け、奥平は「自分のやりたいことを見つけたら、夢に向かってやれる。通信制の可能性を感じました」と言う。
その後、奥平は生徒に勧められ、ニコニコ動画を見る。
「映像についてコメントを出したり質問をしたりする。ある種、授業風景のような雰囲気もあったので、なんか面白そうだと」(奥平)
視聴者と配信者、双方向で楽しむシステムが通信制の授業につながるのではと思いついた奥平は、2014年、ニコ動を運営するドワンゴに「学校をつくらないか」と直談判する。門前払いも覚悟していたが、ドワンゴの創業者・川上量生はこの話を面白がった。
「その時はニコ動の全盛期で、引きこもった生徒はニコ動を見ているんです。(奥平は)『ドワンゴがつくったら、彼らが行きたい学校をつくれるはずだ』と。そうかもしれないと思ったんです」(川上)
▽1週間もしないうちに新しい学校として使う校舎を探し、沖縄へ移住した
奥平は教職をやめ、ドワンゴに入社。そして入社から1週間もしないうちに新しい学校として使う校舎を探し、沖縄へ移住した。家族を東京に残し、マンスリーマンションが自宅兼事務所になった。
「まずは沖縄に行かないと相手にしてもらえない。本気で何かをしようとしても見てもらえない。沖縄に住んでいるということが大事でした」(奥平)
4年前、廃校になった伊計小中学校の校舎を見つける。だが地元の住人は「東京からきたIT企業」を警戒。その筆頭だった伊計島自治会の玉城正則会長は「1カ月以上、門前払いをしていました。でも何回も来るから、話を聞かないわけにはいかない」と笑う。
半信半疑でN高生を受け入れることとなった島の人たちだが、今は「すごく賑やかになりました。高齢者が多いから、生徒が巡回してくれると楽しい。エネルギーをもらえる」と、歓迎する声が聞かれた。
▽「沖縄に住んでいるということが大事でした」と語る奥平さん
専門教育にもぴったり?~N高メソッドでつくる新大学
今年4月のN高新入生歓迎会の席で、ドワンゴの川上が新入生に向けて「ついに大学を設立することを決定しました」と、発表した。
6月に新設が発表された通信制大学の名はZEN大学(仮称、設置認可申請中)。N高で培ったオンライン教育の手法を活かし2025年の開校を目指す。
この大学の構想はN高生たちの要望から始まった。「N高ならではのインターネットとリアルの使い分けは、大学で専門的なことを学ぶにはぴったり」というわけだ。
準備は着々と進行中。この日は新たに迎え入れる教授たちへオンラインで説明会が行われた。新たな仲間として加わるのが、日本のAI研究を牽引する東京大学の松尾豊教授だ。
「ZEN大学の構想はすばらしい。そういう取り組みはエキサイティングだなと思いました」(松尾教授)
東大に続く、最先端の研究室をZEN大学に創設予定。学生たちの人気を呼びそうだ。
~村上龍の編集後記~
小さいころ「お前はサラリーマンにはなれない」と大人たちから言われて育った。両親、小学校の教師、近所の人などだ。周囲との適応力がない、らしかった。
昭和30年代、サラリーマンを除外して職業を考えるのはむずかしかった。わたしは、ありとあらゆる職業を考え、しょうがないので作家になった。
N高等学校の生徒たちは、当時のわたしと同じような位置にいる。社会に出て行っても戦える武器を与える、生きるためのスキルを教える。彼らが幸福だというわけではない。ごく普通の立場にいるということだ。
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<出演者略歴>
奥平博一(おくひら・ひろかず)
大学時代に発達心理学を学び、卒業後、小中高教員、塾講師と教育界に30年以上身を置く。2016年、N高等学校を立ち上げる。
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