岸田康雄
岸田 康雄(きしだ・やすお)
国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定アナリスト)、一級ファイナンシャル・プランニング技能士、公認会計士、税理士、中小企業診断士。監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、金融機関に在籍し、中小企業オーナーの相続対策から上場企業のM&Aまで、100件を超える事業承継と財産承継の実務に従事した。平成29年経済産業省中小企業庁「事業承継ガイドライン改訂小委員会」委員、日本公認会計士協会中小企業施策調査会「事業承継専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。

M&Aの目的となる事業価値最大化を実現するためには、取引実行後のPMIは不可欠だ。しかし、統合すべき事柄が多く注意すべき点がわかりづらい。そこで今回は、M&AにおけるPMIの基本的な考え方をはじめ、企業文化や組織などの統合について解説する。

目次

  1. M&AにおけるPMIとは?M&A実行後になされる統合作業のこと
  2. 買収後のPMIの基本的考え方
    1. 考え方1. PMIはM&Aの重要なプロセス
    2. 考え方2. M&Aの目的を果たすには統合作業が重要
    3. 考え方3. 取引実行前に統合準備を進める
  3. PMIで売却側の経営者が経営に関与する度合いは?
  4. M&A実行後の3つの経営体制 子会社、買い手支配、吸収合併
    1. 経営体制1. 対象事業を子会社として存続
    2. 経営体制2. 買い手が対象事業の支配権を握る
    3. 経営体制3. 対象事業を吸収合併する
  5. PMIにおける企業文化・組織風土の統合
  6. PMIにおける人事・組織の統合
  7. PMIにおける業務プロセスの統合
  8. PMIにおける情報システムの統合
  9. 一般的なPMIのプロセス
    1. PMI推進体制を構築
    2. 「経営」「業務」「意識」の領域ごとに事前検討
    3. 統合計画
    4. 統合実行
  10. PMI実施によるM&Aの成功例
  11. PMIを実施しなかったことによるM&A失敗のケース
  12. 事業承継・M&Aをご検討中の経営者さまへ
PMI,M&A,事業価値最大化
(画像=Athitat Shinagowin/Shutterstock.com)

M&AにおけるPMIとは?M&A実行後になされる統合作業のこと

「PMI」とは、Post Merger Integration(ポスト・マージャ-・インテグレーション)の略であり、M&A実行後になされる統合作業をさす。

M&Aでは合併(Merger)まで踏み込んだ経営統合よりも、買収(Acquisition)による子会社化のほうが圧倒的に多い。よって、PMIの検討は、買収後の統合作業だと考えてもよいだろう。

買収後のPMIの基本的考え方

厳しい交渉の末に買収が成立しても安心することはできない。買収後の統合作業が不適切だとM&Aの目的を果たせないからだ。

ここからは買収後のPMIの基本的な考え方について説明していく。

考え方1. PMIはM&Aの重要なプロセス

事業(株式)の売買取引は、M&Aの厳しい交渉の末に合意を得た段階で形式的にはいったん終わるが、資本関係や組織、業務などの統合作業はここからがスタートである。M&AにはPMIという重要なプロセスが残されているからだ。

統合作業では、買収した対象事業の価値最大化を図る計画にもとづき、成果を確実に出さなければならない。PMIによって対象事業の経営を買い手に統合させる作業が重要である。

考え方2. M&Aの目的を果たすには統合作業が重要

買い手が望むM&Aの目的は、シナジー効果を発揮させて事業価値を高めることだ。対象事業を単体で経営して事業価値を高めることもできるが、その手法には限界がある。

通常は、買い手側の経営資源、特に無形の知的資産を対象事業に注入することでシナジー効果を創出し、買い手と対象事業の双方における事業価値増大を目指す。結果として自社に不足する経営資源を補完したり、自社の強みをさらに強化したりできる。

実務の現場では、M&A後に期待した効果が出ないという悩みを耳にする。M&Aに関する調査結果統計でも、「統合後の利益拡大効果が期待したほど得られなかった」という回答が多く、取引実行後における統合作業の重要性を示唆している。

その反面、ほとんどのケースでは取引実行前に十分な時間がとれず、取引実行後に統合作業を開始しているようだ。

考え方3. 取引実行前に統合準備を進める

経営統合を確実に成功させるポイントは、取引実行前から統合準備を行うことだ。少なくとも統合作業プロセスと経営管理体制は、譲渡契約が締結する前から検討しておくことが好ましい。

経営統合を行う場合、新会社の経営方針・経営戦略から、日常業務の視点や情報システムの仕組みまで幅広く捉える必要がある。

PMIで売却側の経営者が経営に関与する度合いは?

PMIで想定する統合の度合いは、買い手の経営方針や経営に関与する度合いによって異なるため、決めるには考慮すべき点が多い。

例えば、対象事業の支配度や、買い手の事業との類似性、シナジー効果などである。それぞれを高めたいなら統合の度合いを強めればよいが、組織文化の衝突によって事業が混乱しかねない。

実際、M&A後に統合を進めずに対象事業を放任しておくケースはほとんどない。買収前に現在の事業価値プラスアルファ(+プレミアム)の金額で価格が決定しているからである。

対象事業の経営を放任すれば、ガバナンスや経営管理が効かないほかシナジー効果は生まれず、経営リスクのみ増加する。また、対象事業に携わる社員は変化のない環境で生産性を落とし、結果として退職していくであろう。それゆえ、PMIによって経営統合を進めることが不可欠だ。

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M&A実行後の3つの経営体制 子会社、買い手支配、吸収合併

PMIを考える前提として、M&A実行後の経営体制についても把握しておいたほうがよい。M&A実行後の経営体制について3種類紹介する。

経営体制1. 対象事業を子会社として存続

対象会社に自主的な経営を行わせたいのであれば、対象事業を子会社として存続させる。独立性を維持しながら買い手が経営に関与する度合いを小さくしてPMIも最小限にとどめる。

役員構成は、買い手から若千名の役員を派遣するものの、代表者変更は求めない。こうした経営体制は、対象事業の業績が良く、買い手の事業との類似性が乏しい場合に効果的だ。

この方針に従えば対象会社の従業員から反発されにくいが、PMIが行われないため経営統合によるシナジー効果を発揮しにくい。

経営体制2. 買い手が対象事業の支配権を握る

子会社としての独立性を維持しながら買い手が経営に関与する方法がある。
具体的には、対象会社の代表者を買い手から選任し、役員の半数も買い手側の人材で構成する。

このように買い手が対象事業の支配権を握る経営体制は、対象会社が買い手と似た事業内容である場合や、業績悪化した事業のてこ入れが必要なケースに採用される。

PMIによって、対象会社の新しい経営体制のもとでビジネスモデルの変更や新しい経営資源の導入が推進されるが、買い手の支配色が強まると「乗っ取り」というイメージが生じて優秀な人材の離職につながる。PMIにも慎重な対応が必要だ。

経営体制3. 対象事業を吸収合併する

そのほか、買い手の会社に対象事業を吸収合併する方法もある。

対象事業の法人格を一体化させる吸収合併では、人事制度を含む各種制度はPMIを通じて買い手と同じ制度が適用される。経営の統合スピードを速められるので、シナジー効果の早期実現が可能だ。

しかし、統合作業にかかる現場の負担が大きく、従業員の離職など一時的な混乱を引き起こすおそれがあるため、外部の組織コンサルタントに協力を求めつつ、全社的に取り組まなければならない。

PMIにおける企業文化・組織風土の統合

PMIで重要なのは企業文化や組織風土の融合だ。うまく融合させるためにも、経営統合の目的を事前に明確化しなければならない。

そのために、プロジェクトを立ち上げる際は、買い手の経営陣や経営企画部門の管理職などから2~3名のメンバーを選任する。

企業文化や組織風土は目に見えない無形の知的資産で、社員の頭の中にあるものだ。具体的には、ビジネスの価値観や働き方に関する考え方、顧客への対応方針などであるが、人間の考え方や価値観を統合させるのは容易ではない。

場合によっては、買い手と売り手の企業文化がまったく異なり、統合作業中にそれらが衝突することがある。

M&Aの目的である事業価値増大を目指すのであれば、組織が衝突する事態を避けるために、早い段階で企業文化や組織風土の違いを認識しておかなければいけない。違いが明確になれば解決策が見えてくるはずだ。

無駄な摩擦を起こさないように、組織の統合作業を開始する前から、段階的に人材交流や意見交換の機会を設けるとよいだろう。

PMIにおける人事・組織の統合

人事・組織統合を目的とするPMIもM&Aでは重要な課題のひとつだ。「組織は戦略に従う。」といわれるよう、買い手の経営戦略に適合する組織を構築するのが大切である。人事・組織統合の目的に経営効率化があり、経理部などの間接部門を1つに統合すべきなのはいうまでもない。

しかし、両社の重複するポジションが統合された場合、行き場をなくしてやる気を失ってしまう従業員も生じかねないため、配置転換や部署の新設などで対応したい。

人事・組織統合は従業員の士気に影響を与えるので、従業員が新体制に納得できるよう配慮しなければならない。

PMIにおける業務プロセスの統合

PMIの最終的な課題が業務プロセスの統合だ。業務や仕事の統合がうまくいかないと、従業員の日常業務に支障をきたし、顧客にも迷惑を及ぼすおそれがある。

業務統合を検討する際は、課長や係長など現場に近い責任者を交えるべきだ。
課題がある反面、業務効率化によるコスト削減を期待できる点は見過ごせない。重複する業務を統合すれば生産規模が拡大し、製品やサービスにかかるコストを抑えられる。

いわゆる規模の経済であり、M&Aの結果として特にわかりやすい効果であるため、確実に実現させたい。

しかし、重複業務を減らすことで人員削減がともなうケースがある。リストラや解雇を実施し続けると従業員の士気がさがり、事業価値を毀損することにもなりかねない。

組織の統合作業と同様、会社内部における配置転換などを検討する必要がある。

PMIにおける情報システムの統合

PMIにおける情報システム統合は、業務統合と深く関連し、会社を動かす基盤だ。情報システムが高度であればあるほど、統合にかかる労力とコストは増大する。

情報システムの統合では、異なる機能を比較して高度なシステムに一本化するのが基本だ。ただし、情報システムの切替えは日常業務の変更をともなうため、従業員にとって煩わしい作業が生じる。

従業員に詳細を説明すべきだが、業務変更によって時間を割けない場合は、切替えのタイミングに注意すべきだ。

日常業務の混乱を避けるためには、統合前の情報システムを一定期間それぞれ併用し、移行期間を数年設けた後に統合するのが好ましいだろう。

一般的なPMIのプロセス

M&Aを成功させるためには、PMIが重要だ。しかしPMIでは、企業文化・組織風土の統合、人事・組織の統合、業務プロセスの統合などさまざまなものを統合させる必要があり、しっかりとしたプロセスを踏まなければ成功しない。そこでここからは、一般的なPMIのプロセスについて見ていこう。

PMI推進体制を構築

PMIをスムーズに進めるためには、PMIと取り仕切る機関などをあらかじめ決めておかなければならない。そのためには、まずPMI推進体制を構築する必要がある。具体的には、PMIプロジェクトの決定機関や事務局の設定、各分野と部署におけるワーキンググループ(WG)の設計や人選を行う。プロジェクトの決定機関や事務局の設定を行うことで最終的な決定がどこでされるのかを明確にすることができる。

またワーキンググループ(WG)の設計や人選を行うことでスムーズにPMIの作業を進めることが可能になる。

「経営」「業務」「意識」の領域ごとに事前検討

PMI推進体制を構築したら「経営」「業務」「意識」の領域ごとにPMIをどのように取り組んでいくか事前検討を行う。なぜなら事前検討を行うことであらかじめ起こりうる問題点などを把握しスムーズにPMIを進められるからだ。まず「経営」「業務」「意識」の領域ごとに現状の分析や論点の洗い出しを行う。これにより新体制における業務継続をするうえでの問題点や目標達成に関わるリスク事項、検討課題の整理を行うことができる。

次に検証した結果や対策を具体化していく。これにより「経営」「業務」「意識」の各領域における対策の具体化ができPMI作業を行う人員により具体的な作業内容の指示を出せる。このように事前検討は、PMIにおいて欠かせない事項の一つだ。

統合計画

「経営」「業務」「意識」の領域ごとの問題点や対策などを事前検討しても実行に移さなければ意味がない。しかしやみくもに実行してもPMIは成功しない。そこで実行する前に策定するのが統合計画だ。統合計画を立てる際には、必要事項や規程を書面化することが必要だ。この作業では、決定したことを書面化したり規程やマニュアル類の整備などを行ったりする。

また忘れてはいけないのが統合後のこと。統合後に事業がスムーズに行われるようにこの時点で統合後の事業計画も作成しておく。

統合実行

統合計画の策定が終わった後は、いよいよ統合の実行である。統合計画に則り経営体制や組織の統合、制度面の統合、業務システムの統合などを実行していく。統合の実行を行ううえで注意したいのがフォローアップだ。フォローアップをしっかりとできるかどうかで結合実行がうまくいくかが決まる。結合の実行では、計画にもとづきさまざまな施策を行うがそれを事務局などがフォローアップしていく。

KPIのモニタリングなどを実施し適宜問題を解決していく必要がある。

PMIでは、さまざまなものを統合させる必要があり、しっかりとしたプロセスを踏まないといけない。一般的なPMIのプロセスは、見てきた通り次のようになる

1.PMI推進体制を構築
2.「経営」「業務」「意識」の領域ごとに事前検討
3.統合計画
4.統合実行

特に統合実行前に行うPMI推進体制の構築から統合計画の策定までをしっかりと行わないとPMIが成功しない可能性さえでてくる。しっかりとしたプロセスを踏みPMIを行うことがM&Aの成功には必要不可欠だ。

PMI実施によるM&Aの成功例

ここでは、PMI実施によるM&Aの成功例を見ていこう。PMIの効果を最大限に発揮してM&Aを成功させた例として⻑崎県長崎市にある不動技研工業株式会社のM&Aがある。これは、不動技研工業株式会社がM&Aにより同じ長崎県にある株式会社PAL構造をグループ企業に参入させたというものだ。不動技研工業は、火力発電プラントのボイラーやタービンなどの設計を行う企業でPAL構造も各種構造物の設計を行う企業だ。

両社ともに構造物の設計を行う企業だが得意分野は異なっていた。両社のM&Aで注目したいのがPMIの実施だ。M&Aに際し両社の間でPMI委員会を設置。「エンジニアリング」「建設」「自動車」「ICT」といった4つの事業領域で両社の課題抽出を実施した。またシナジー効果の見込める分野に両社から人を派遣したPMI分科会を設置、結合実行を行った。

その結果M&A前では専門外で受けられなかった仕事も作業分担することで受注できるようになるなどすぐに効果が現れている。今後も、グループとして両社の強みを活かした分野に注力していくようだ。

PMIを実施しなかったことによるM&A失敗のケース

次にPMIを実施しなかったことによるM&Aの失敗例を見ていこう。2021年10月5日に中小企業庁から公表された「事務局説明資料」によるとPMIを実施しなかったことによるM&Aの失敗例には、次のようなものがある。

・シナジー効果が発揮できなかった
M&Aをすると普通にシナジー効果が得られると思っていたのでPMIを実施しなかった結果、単純な合算の効果しか得られなかったケースだ。

・売り手企業と軋轢が生じることをおそれ、PMIを実施しなかった
このケースでは、目的がM&A後の効果ではなくM&A自体になっている。そのためM&A後に売り手企業を持て余してしまうことになることも多い。

・統合プロセスの失敗で、企業価値が毀損した
PMIを実施しなかったため、結合プロセスがうまくいかず企業価値を上げるどころか、毀損することもよくあるようだ。

・買い手が一方的に自社のやり方を強要し、社内が混乱した
PMIを実施しないと買い手企業による過度な経営管理や社内ルール、慣習の導入を売り手企業に強要することが起こりうる。そうなると売り手企業の従業員が退職したり疲弊したりして逆に生産性が落ちたりすることになりかねない。

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