この記事は2023年6月29日に「テレ東BIZ」で公開された「現代人を山に呼び戻す!~異色起業家の戦い!:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
これが最新!山の楽しみ方~No.1登山地図アプリ
福岡県の人気登山スポット、宝満山。休憩中の家族連れがスマホを取り出した。そこに映し出されていたのは、ここまでの時間や距離なども表示された地図。ヤマップという登山用地図アプリで、電波が届かない圏外でも現在地が分かるのが最大の特徴だ。
GPSは通信衛星を使っているので、スマホの電波が届かない圏外でも位置情報が示される。ヤマップ専用の地図をあらかじめダウンロードし、合わせることで現在地が分かる登山地図となるのだ。
▽登山用地図アプリ「ヤマップ」スマホの電波が届かない圏外でも位置情報が示される
一方、東京都と神奈川県にまたがる陣馬山。山ガールの4人組もヤマップのユーザーだった。だが、彼女たちは登山そっちのけで写真ばかり撮っており、「ヤマップに載せようと思います」と言う。
ヤマップは活動日記として写真やコメントを載せていくこともできる。「紫陽花が咲き始めてました」「ツツジが綺麗だった」といった情報は他のユーザーも共有。写真が撮られた場所も分かるので参考にできるのだ。
アプリの累計ダウンロード数は370万を突破。日本の登山人口の半分以上が使っている計算になる。
ヤマップCEO、春山慶彦(42)はよく山に登り、「使っていてわかりにくいところはないか」などと積極的に話しかけると言う。ユーザーの声に耳を傾け、アプリの改善に繋げているのだ。
▽「使っていてわかりにくいところはないか」などと積極的に話しかける春山さん
また、ヤマップは登山客だけでなく、遭難救助の現場でも使われている。
「捜索隊の位置情報をリアルタイムで見ることができます。さまざまな登山ルートがありますが、見落とすことなく捜索できるということです」(大宰府消防署・安永剛士さん)
遭難防止の連携協定を結ぶ自治体は現在16府県。今後、さらに広がっていく予定だ。
ヤマップの本社は福岡市博多区のオフィスビルの中にある。創業は2013年。社員は約100人だが、大半はリモートワークだ。
春山がある部屋に案内してくれた。そこには本が2万冊以上あり、全て春山のものだという。学生時代からあらゆる本を読み漁り「自分が何をなすべきか」を考え続けたと言う。登山というニッチな世界のビジネスに乗り出した理由をこう語る。
「日本社会の課題は、都市と自然のつながりを感じにくい暮らし、生き方をしていること。もったいないと思った。山を歩く人を増やすことができれば、社会は変わるのではないかと思い、チャレンジしようと思いました」
春山が目指すのは「現代人を山に呼び戻すこと」。実際に、山に戻った社員もいる。
エンジニアの大塩優馬(29)は山がある故郷の静岡市に移り、リモートワーク中。月に2、3回は仕事前、近所の山に登っている。この日は「家から歩いて20分ほど」(大塩)の安倍城址へ。途中、数十メートル先にニホンカモシカがいた。これが大塩の日常だ。
▽山がある故郷の静岡市に移りリモートワーク中の大塩さん
大塩の前職はIT企業だが、都会暮らしに疲れて2017年、ヤマップへ入社。春山の思いに共感し、この生活に入った。
普通の人の半分ほどの時間で山頂に到着。眼下に広がる静岡の町。駿河湾や伊豆半島も一望だ。戻ればリモート会議。こうして仕事と登山を両立させた。
「楽しいですね。私自身が山のすばらしさ、山に登ると心が豊かになるということを信じてやっているので」(大塩)
アプリからアウトドア企業へ~ニッチなのに大ヒットの秘密
春山は2019年からアプリに続く新たな事業もスタートさせている。
本社が入るビルの5階に作ったのはヤマップが揃えたアウトドア用品の展示スペース「ヤマップストア」。山登りが気持ちよくなる商品を集め、ネット通販を始めたのだ。
▽「ヤマップストア」ヤマップが開発した110種類のオリジナル商品もある
中にはヤマップが開発した110種類のオリジナル商品もある。例えばフリースの「ハイロフトグリッドジャケット」(2万3,100円)。防寒用にもなるが、通気性がいい素材を使っているので登っている時も暑くならない優れものだ。
登山用の「カミノパンツ」(1万8,700円)はポケットの位置に工夫。スマホを入れるポケットを横にずらし、座る時も邪魔にならないようにした。春山はグッズでも人を山に呼び戻そうとしているのだ。
最大のヒット商品はこれまでなかった登山靴専用の「山を歩くインソール」(1万6,596円)。「痛くならない」「疲れにくい」と評判で、累計販売数は1万セットにのぼる。
この商品はヤマップと群馬県みなかみ町の「BMZ」という専門メーカーが共同開発。高価格なのは衝撃緩衝材に高価なカーボンを使っているからだという。
「基本的にインソールは土踏まずを支えるものがほとんどです。『ヤマップインソール』は全く逆。立方骨を支えるのが最大の特徴です」(「BMZ」副社長・山中保さん)
▽「山を歩くインソール」累計販売数は1万セットにのぼる
このインソールには、土踏まずに当たる部分の斜め後ろにちょっと盛り上がった出っ張りがある。これがバランスを保つ立方骨を支えてくれるので、自然と姿勢が良くなるのだ。
「一緒にヤマップさんとやることで、山登りの人たちに膝の問題、足の問題があることに気付かされました」(山中さん)
ヤマップの商品開発会議の中には、ユーザーが入っていた。ヤマップには、こうしたユーザーの声が入ってきやすいと言う。
「お声がけして協力してくれるユーザーさんは『ヤマップの力になりたい』『ヤマップが好きだから』という理由のみ。こういうユーザーさんがたくさんいることが強みだと思います」(ヤマップストア開発マネージャー・乙部晴佳)
さらに春山は、山登りのよさを科学的にも証明しようとしている。九州大学などと共同で実験を行い、ふだんから山に登っている人の血液を検査。その結果、ホルモンの量から、脳のストレスが少ないことを突き止めた。
「山に行った後は、すごく体が軽くなったり、脳がすっきりしたり、眠りが深くなるというのは、何となく実感していました。科学的に実証できれば、山に登るひとは増えるんじゃないかと」(春山)
まだ小さなスタートアップ企業だが、春山の目標は大きい。
「単に登山アプリを作りたいというよりは、山の楽しさを文化にしたい、多くの人に届けたいというのが真の狙いです」(春山)
異色起業家の原点~屋久島からアラスカへ
「何かつながりに行く感じですかね。山に登るのはその山の存在が自分の命に入るという感覚を持っているので」(春山)
この日、春山がプライベートで登っていたのは英彦山。福岡県と大分県にまたがり、古くから修験道の修行の場としても知られる山だ。
忙しい今も月に1、2回は山を登る。体の中からアクがぬける感覚があると言う。
春山は1980年、福岡県の生まれ。自然に興味を持ったのは大学時代、旅に出た時のことだった。
「自転車の旅の途中で屋久島に寄った。いなか浜というカメが産卵に上がってくる美しい浜があるんです」(春山)
日本一とも言われるウミガメの産卵地だが、その海の中がすごかった。
「海に入ったらウミガメやエイが泳いでいたり、いろいろな魚がいて、違う宇宙が広がっていました」(春山)
屋久島で自然の魅力に心を奪われた春山は、山にも登るように。奥穂高、槍ヶ岳など手当たり次第に登り、筋金入りの山男となる。
その頃出会った本が「アラスカ光と風」。著者の星野道夫さんは野生動物を追い続け、最後はヒグマに襲われ、帰らぬ人となった。人生をかけて自然と向きあった写真家だった。
星野さんの本を読んだ春山は、極寒の地で昔ながらの狩猟生活を続け、生きている人たちに会いたくなる。
「他者の生命をいただいて生きているというのが人間の原点なので、それを端的に表している原始的な営みは狩猟だと思う。自分の生き方として1度経験したほうがいいなと思ったんです」(春山)
そこで向かったのが、アラスカのイヌイットが暮らす村シシュマレフ。村人たちはクジラやアザラシを捕って生計を立てていた。猟に同行した春山は、驚きの光景を目にする。
「最初のイメージとして伝統的な狩猟をやっているのかと思っていたら全然違って、エンジンの付いたボートも使うし、性能のいいライフル銃も使う。1番おったまげたのはGPSを使っていたこと。こんな極北の辺鄙な村で最新のGPSを見るとは思っていませんでした」(春山)
まだスマホも普及していない時代に、イヌイットは最新のGPSを使っていた。吹雪けば真っ白、何も見えなくなるアラスカで、GPSの位置情報は命綱だった。
▽アラスカのイヌイットが暮らす村シシュマレフ
原発事故後の決意~「つながり」が生んだ成功
春山はアラスカで2年半を過ごし帰国。その後、2011年に起こったのが東日本大震災と原発事故だった。
「最初あの事故を知った時、本当に社会が変わるような事業をやらないといけないと思いました」(春山)
社会のために自分は何ができるのか。悶々とした日々が続いたが、ある日、大分のくじゅう連山で春山の人生が大きく動く。
登山中、スマホを見ると、画面は真っ白だったが、その中でGPSの青い点が移動と共に動いていたのだ。春山は電撃のようなショックを受けた。「事前に地図を入れておいてGPSと組み合わせれば現在地がわかる登山地図になる」と、登山地図アプリのアイデアを思いついたのだ。ただ、実現には高いハードルがあった。
「僕はソフトウェアエンジニアではないし、エンジニアの知り合いも1人もいなかったんです。唯一、義理の兄が優秀なエンジニアだという記憶があった」(春山)
現在はヤマップCTOの義理の兄、樋口浩平は当時をこう振り返る。
「僕が質問したのが『ビジネスとしてやるのか、趣味でやるのか』。『ビジネスとしてやる』というのが回答でした。むちゃくちゃ面白いと思いました」
▽「むちゃくちゃ面白いと思いました」と語る樋口さん
春山は義理の兄と共にアプリ開発に邁進。1年半の試行錯誤を経てアプリを世に出した。だが、なかなか認知されず、反応は少なかった。落ち込んでいた春山の元にメッセージが届いた。送り主は「はぎわら歯科医院」院長の萩原俊史さんだ。
「僕のほうから、『今度、飲みに行きませんか』とアプリでコメントを書いたんです。ホルモン焼き屋に飲みに行きました」(萩原さん)
飲みの席で萩原さんはこんな話をしたと言う。
「『山登りを通じてこんなに友達が増えるとは』と思って、うれしいと春山さんに伝えました。『ヤマップを作ってくれてありがとう』と」(萩原さん)
春山はその言葉に背中を押された。
「まさか自分たちが作ったサービスが、その人の人生を多少なりともいい方向に変えているとは想像もしていなかった。ユーザーさんが大事に使ってくれているんだと、教えてもらいました」(春山) こうして春山は、1番厳しい時期を乗り越えた。
投稿への「いいね!」廃止~「DOMO」で植樹に寄付
ヤマップが新たな取り組みを始めた。
先月、富山県上市町で開かれた植樹イベント「おおかみこどもの森づくり」。植えるのはブナやミズナラなど21種類240本。総勢105人が参加し、その中にヤマップのユーザーが混じっていた。
▽「おおかみこどもの森づくり」アプリを通じて集めた寄付金が使われている
この植樹イベントにはヤマップがアプリを通じて集めた寄付金が使われている。寄付金の総額はおよそ95万円にのぼるが、そこには新たな仕組みが導入されていた。
ヤマップはアプリの中で使っていた「いいね」をやめ、その代わりに「DOMO」というポイント制度を作った。「DOMO」は人の役に立つ安全情報などを投稿すると、「どーもありがとう」と送ってもらえるのだ。このポイントを植樹などに寄付できるというわけだ。
「DOMO」ポイントを送って参加したという参加者のひとりは「木を実際に植えてどんどん育っていくのを見てみたい。機会があればぜひまた来たいです」と語っていた。 ※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
40年くらい前、イヌイットの集落に行ったことがある。夏で、陽が沈まず、蚊がすごかった。自然の脅威を感じた。
春山さんは、自然の脅威を熟知している。2021年、他者が送る「いいね」を止めた。SNSの定番だが、続けていても未来はない。承認欲求以上の価値を回すコミュニティボードDOMOをはじめた。
利他的な行為をするとDOMOがもらえる。ヤマップの収支は?と最後に聞いたが、まだ利益は出てませんと笑顔で答えた。利益が出てないと言う企業家の、あれほど素敵な笑顔は見たことがない。
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<出演者略歴>
春山慶彦(はるやま・よしひこ
1980年、福岡県生まれ。同志社大学法学部卒業、アラスカ大学フェアバンクス校中退。2013年、ヤマップ設立。
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