中小企業はリソースが限られるからこそ、経営者や優秀な従業員など個人の経験スキルに頼りがちだ。しかし、個人活動には限界があり、事業の継続的な成長のためには組織力の活用と醸成が欠かせない。
本記事では、組織力の定義や育成に取り組む大企業の活動事例、組織力を強化するポイントなどについて解説する。
目次
組織力ってそもそも何? 定義と重要性
組織力とはそもそも何なのだろうか。定義や中小企業経営にとっての重要性などを解説していく。
組織力とは何か
「組織力」という言葉を辞書で調べると、以下のような意味が紹介されている。
- 組織がまとまって動く時に発揮される実行力、また、他に与える強い影響力。組織の持つ力。
- ある個人や団体が持つ、目標の下に人々を集めて動かす能力。物事を組織する能力。
企業経営における「組織力」とは、突出した個人の力に頼るのではなく、組織全体が共通のビジョンや目標に向かって協力しながら業務を遂行することであり、変化に適応して競争力を確保し、生産性や持続可能性の向上のために欠かせない要素だ。
組織力が中小企業経営に必要な理由
組織力は中小企業経営では特に欠かせない。たとえ経営者が突出した判断力や実行力を持っていても個人での経営活動には限界があり、より高いパフォーマンスを引き出すためには従業員の実行力が必要不可欠だからだ。
組織力を構成する要素として、効果的なコミュニケーションやリーダーシップ、共有されたビジョンや目標、従業員個々人のスキルと知識を適切に活用する能力などがある。
中小企業ではリソースが限られているため、圧倒的な個の力に依存し過ぎず、組織力の構成要素をうまく組み合わせて最大限に活用する意識が欠かせない。
中小企業が組織力を生かすための参考事例
組織力は、人材を「資本」と捉えて価値を最大限に引き出す「人的資本経営」の実現には欠かせない要素だ。
ここでは、「人材版伊藤レポート2.0実践事例集」から、大手企業が取り組んでいる組織力の活用や成長に関する取り組み事例を紹介する。
旭化成:エンゲージメント調査による組織の活力分析
旭化成では、自社独自のエンゲージメント調査である「KSA(活力と成長アセスメント)」を2020年に導入した。それにより従業員の活力や成長に関連の深い行動を分析し、個人と組織の成長に役立てている。
管理職層が自部署の状態を把握した上で部下へ働きかけ、多様な「個」が活躍し率直に発言できるような職場環境を構築し、組織力の向上に努めている。
アステラス製薬:全社一体の協働体制の構築
アステラス製薬では、「経営計画2021」で人材関連の「組織健全性目標」として以下の3つを設定した。
(1)果敢なチャレンジで大きな成果を追求
(2)人材とリーダーシップの活躍
(3)「One Astellas」で高みを目指す
全社一体の協働を目標に掲げ、社長が従業員と直接的な対話を実施する「Dialogue with CEO」、リーダー層が従業員の質問に回答する「Ask Me Anything」などの活動を行っている。
また、複数の部門にまたがった共通目標「Shared Objectives」を設定し、目標達成に向けて一丸となって行動する仕組みを構築した。
丸井グループ:手挙げ文化の醸成
丸井グループでは、組織力に欠かせない従業員個々人の自主性を促す「手挙げ文化」を2008年から10年以上かけて醸成し、自律的な組織作りに取り組んできた。
4,500人以上の従業員が、企業理念についての対話や公認プロジェクトへの参加、次世代経営者育成プログラムや新規事業立ち上げなどへ従業員自らが「手を挙げて」参画しており、一人ひとりの成長を支援するとともに組織力の向上を目指している。
サイバーエージェント:組織的なリスキルへの取り組み
サイバーエージェントでは、事業領域の拡大に必要なスキルを持つ人材を育成するために、従業員の組織的なリスキルに取り組んでいる。勉強会形式のリスキルを行い、目標の共有や仲間をつくる環境を整え、戦略的な組織力向上を目指してきた。
また、専任者が定期的に従業員のエンゲージメントの状況を把握し、個々のニーズに応じてサポートすることでパフォーマンスの向上につなげている。また各従業員が希望する新たなチャレンジや学習の機会が得られるよう社内移動を自由にし、エンゲージメントが高まる仕組みを構築した。
中小企業が組織力を育てるために重要なポイント5つ
「人材版伊藤レポート2.0実践事例集」からピックアップした事例から、大手企業が取り組んでいる組織力の向上の取り組みの一端を確認できたであろう。ここでは、改めて中小企業で組織力を育てるための要素やポイントを5つ紹介する。
1.明確なビジョンと目標の共有
まず、中小企業経営者は、自社あるいは自身のビジョンや目標を具体的かつ明確に設定する必要がある。
ビジョンと目標は組織の進むべき方向を示し、従業員が共通の目標に向かって働くための道標だ。明確なビジョンと目標があれば、従業員は一丸となって働き、組織全体のエネルギーを一点に集中させることができる。
2.社内コミュニケーションの強化
社内の頻繁でオープンなコミュニケーションは情報共有と理解を促進し、組織の効率と生産性を高める。
定期的にミーティングを行い、経営者やリーダー層からのフィードバックによって意思疎通を図れば、誤解や問題を早期に発見し、解決でき、従業員の納得感が増して参加意欲が高まるだろう。
また、組織力が高い企業では、チーム間や部署間の協力とコラボレーションが活発に行われている。チームビルディング活動や部門を超えたプロジェクトを通じて、チーム間の相互理解を深め、共同作業の能力を高める機会を創出することが重要だ。
3.従業員のスキル開発
組織力を高めるためには、従業員のスキルや能力の向上も欠かせない。
従業員が教育や研修プログラムを通じて仕事に必要な共通のスキルや知識を習得すれば、コミュニケーションが円滑になり、チームの連携や協力が強化される。結果的に作業がスムーズに進行し、組織全体のパフォーマンスを向上させられるだろう。
また、従業員のキャリア開発をサポートし、従業員満足度を高めることも重要だ。
4.従業員のエンゲージメント
エンゲージメントとは、従業員が仕事や会社に対し情熱や関心を持って、積極的に参加しようとする態度を指す。
エンゲージメントが高い従業員は仕事に情熱を持って自発的に努力し、最善の成果を出そうと行動するため、組織全体の生産性を向上させる。
また、エンゲージメントが高いほど組織の目標や課題に対して積極的に参加し、自身のアイデアや創造性を発揮する傾向にある。新しいアイデアを提案し、問題解決に積極的に取り組むため、組織全体のイノベーション力が向上して競争力のある成果を生み出せるだろう。
5.経営者のリーダーシップ
組織のリーダーである経営者が信頼できる存在としてリーダーシップを示せば、組織力の強化につながる。
強力なリーダーシップは従業員と信頼を築き、モチベーションを高める。経営者が従業員の成長と成功をサポートする姿勢を示すことで、従業員はさらに熱心に仕事に取り組む。そのような信頼関係とモチベーションの向上が、組織力を強化する一因となるだろう。
組織力を強化するための具体的なステップ
組織力を育てるための要素やポイントへの理解を深めたところで、強化するための具体的なステップを把握し、できることから取り組んでみよう。
1. 自社の現状を分析する
まず、自社の組織構造を部署やチーム、人員配置と担当業務のレベルまで分析することから始める。
組織構造の分析によって業務フローの問題点、コミュニケーションのボトルネック、人員配置の課題など、潜在的な問題を明らかにできる。組織力の発揮や強化の妨げとなっている問題を早期に発見することができ、解決に向けた施策を立案し実行できるだろう。
2. 経営理念の明確化と共有
次に、自社にとって共通目標である経営理念の明確化と共有に取り組む。
経理理念だけでは漠然とした表現になりやすいため、「MVC(ミッション・ビジョン・バリュー)」を明確に定義して従業員全員と共有しよう。
ミッションは経営理念に近い言葉であり、企業が存在する目的や企業が社会に対して果たすべき役割を意味する。ミッションを作るためには、以下の質問の答えを考えてみよう。
・自社は何をする会社か?
・自社が存在する理由は何か?
・自社が社会に提供する主な価値は何か?
ビジョンは、企業が将来的に達成したい目標やどのような未来を描いているかを示す。ビジョンを作るためには、以下の質問の答えを考えてみよう。
・どのような未来を望んでいるか?
・どのような位置を目指しているか?
・達成したいと考える大きな目標は何か?
バリューは、企業がビジョンを達成するために遵守すべき価値観を示す。バリューを作るためには、以下の質問の答えを考えてみよう。
・自社の基本的な信念は何か?
・自社が大切にする行動規範は何か?
・自社の事業活動で重視する原則は何か?
質問の答えを考えた後、他社が掲げている経営理念やMVCも参考にしながら、全てのステークホルダーが理解しやすい簡潔な声明文にまとめよう。
3. 従業員の特性を理解する
従業員の特性を理解して、組織の人員配置を検討することも大切だ。
「MBTI」や「ビッグ5」、「エニアグラム」といった性格診断ツールを利用することで、各従業員の特性や強み、弱みを理解し、それぞれが最も効果的に能力を発揮できる場所や役割を見つける助けとなるだろう。
4. 従業員参加型の取り組みの立案と実行
丸井グループの「手挙げ文化」のように、従業員が自ら意思決定をして参加する機会を提供しよう。
従業員が意思決定に参加し、企業の方向性に対する責任を共有する組織体制を構築することは、組織力の強化に有効だ。さらに、従業員のモチベーションと責任感が向上し、企業全体としての連携と一体感が強まるだろう。
自主参加型の研修や教育プログラムの提供、他部署への異動や新規事業への自主的な参加の機会を設けるなど、他社事例などを参考にしながら自社の状況に合わせて施策を立案、実施しよう。
5. 定期的なパフォーマンスの評価とフィードバック
従業員満足度調査やエンゲージメント調査などを実施し、従業員のパフォーマンスを定期的に評価してフィードバックすることは、組織力を強化する重要な要素だ。
従業員は、評価とフィードバックによって自分の立ち位置を把握でき、何を改善すべきかを理解できる。従業員のスキル向上や意識改革につながり、組織の目標達成に貢献できるようになるだろう。
ビジョンの明確化や従業員のスキルアップ、コミュニケーションの活性化で組織力を強化しよう
中小企業という小さい組織では、圧倒的な個人の力が大きな成果につながることは少なくない。しかし、個人の力には限界が訪れ、離職などによって経営が一気に傾くリスクもある。
経営者は、社内コミュニケーションの強化や従業員全体のスキルアップなど、組織力の強化に必要な取り組みにリーダーシップを取りながら実行に移して欲しい。
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文・隈本稔(経営・キャリアコンサルタント)