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高齢化社会の進展にともない、自分が認知症となってしまった場合や、万が一があった場合に財産の管理をどのように行うべきかについて不安をお持ちの方も多いかもしれません。

認知症対策としての財産管理の方法としては成年後見制度が、自分の死後の財産分配については遺言の制度がすでに存在していますが、近年注目されている方法として家族信託があります。

今回はこの家族信託の仕組みやメリットとデメリット、実際に利用する際に必要になる手続きや費用について解説させていただきます。

1. 家族信託とはどんなもの?

家族信託とは、ごく簡単に言うと「自分で自分の財産管理をできなくなってしまった時に備えて、家族に自分の財産の管理や処分をできる権限を与えておく方法」のことをいいます。

他人に財産管理を任せて運用を行ってもらう方法としては投資信託などが人気ですが、家族信託は財産管理のための報酬が発生しない家族間での利用が想定されているという特徴があります。

1-1. 家族信託の基本的な仕組み

家族信託の基本的な仕組みについて具体的に見ていきましょう。

家族信託では委託者受託者受益者の3者が当事者となります。

財産の所有者である委託者が遺言や信託契約によって受益者に財産の管理処分の権限を与え、最終的に受益者が財産からの収益を受け取れるようにする形が一般的です。

また、委託者自身が受益者となることも問題ありません(実際にはこの形が多いです)

◼︎家族信託を使うメリット

親は財産を持っているけれど認知症の症状が出始めて財産を他人に取られてしまわないか不安…というような場合に、子供を受託者として財産の管理運用を任せ、親はその財産運用から得られる収益から年金のような形で毎月生活費を受け取るというような形も可能です。

受益者については第1順位者、第2順位者…というように亡くなる人が出た場合に継承する人を誰にするのかを決めておくことができますから、財産を持たせたい家族に優先的に収益を与えるというようなことも可能になります。

同様のことを遺言で行おうとすると財産を得らえなかった家族が遺留分減殺請求のような形で財産を分け与えるように訴訟を提起するというようなケースが考えられますが、家族信託では信託の対象とした財産は委託者固有の財産とは分離されるためこのようなトラブルを避けられる可能性が高くなります。

1-2. 家族信託が使われる具体的なケース①:原則的な利用方法

例えば、未成年の子供に財産を残したいが、相続などによって一度に財産を与えてしまうのは不安であるというような場合に家族信託は適しています。

この場合、信頼できる親戚を受託者として財産管理を任せておき、実際に相続が発生した後は親戚が財産管理を担当し、受益者である子供に対して生活費を毎月支給するなどの形をとることができます。

この仕組みは委託者がまだ生きている間から利用することができます(この点が遺言と異なります)から、生前から自分の死後に備えて家族信託の仕組みをスタートさせておき、実際に万が一が発生した後の状況を予測しやすくできるというメリットがあります。

1-3. 家族信託が使われる具体的なケース②:認知症対策

自分が認知症になってしまったときに備えて特定の人(家族でもOK)を財産管理の責任者に指名しておく方法としては、家族信託のほかにも成年後見制度(任意後見)があります。

しかし、成年後見制度(任意後見)では実際に自分が認知症等の状態になるまでは財産管理の委任をスタートさせることができないほか、後見開始後にも金額が大きい財産の処分を行う際に家庭裁判所の許可を得なくてはならないなどのデメリットがあります。

この点、家族信託を利用すれば自分が認知症等の状態になる前から財産管理を任せる状況をスタートさせることができますし、財産の管理処分については信託契約であらかじめ定めておくことができますから、柔軟な資産運用にも対応することが可能となります。

1-4. 家族信託が使われる具体的なケース③:事業者が倒産後の生活保障に備える

上で「家族信託には委託者、受託者、受益者の3者が当事者となる」という説明をさせていただきましたが、「委託者=受託者」という形で家族信託を利用することも可能です(このような場合を自己信託といいます)

なぜこのようなことをする必要があるかというと、自己信託には「倒産隔離機能」という効果が見込めるからです。

財産を所有している人が自己破産などをした場合、自己破産手続きを開始した時点で所有していた財産はすべて債権者に分配しなくてはなりません。

しかし、事前に自己信託の手続きを行っておくと、信託の対象とされた財産については自己破産手続きで分配される財産に含めないものとできるのです(つまり、信託の対象となっている財産に対して強制執行をされる恐れがなくなるということです)

◼︎ ただし、計画倒産につながるような自己信託は認められない

もちろん、債権者の権利を侵害する目的で財産を隠すような行為(いわゆる計画倒産)は認められませんので、自己信託は公正証書によって事前に行っておく必要があります。

公正証書を作成するためには公証人による契約内容のチェックが行われますから、その時点で違法な財産隠しにつながると判断された場合には自己信託が行えないケースもありますから注意しておきましょう。

1-5. 家族信託が使われる具体的なケース④:事業承継に活用する

創業社長が次の経営者となる人にバトンタッチをする場合、経営している会社の株式を生前贈与したり、相続によって取得させたりするのが一般的です。

創業社長と2代目社長の間では問題はなかったとしても、そのさらに先の後継者(3代目の社長)を誰にするか?についても創業社長の意思を反映したいということもあるでしょう。

生前贈与や遺言では2代目の経営者が3代目の経営者を誰にするか?については基本的に創業社長は口を出すことはできませんが、家族信託によると3代目以降の経営者についても創業社長の生前に定めておくことが可能です。

ただし、信託契約の設定から30年が経過すると、その経過後の代替わりについては1代限りについてしか信託契約では定めておくことはできませんので注意しましょう(30年以内であれば何代先でも指定しておくことが可能です)

2. 家族信託のメリットとデメリット

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上で「家族信託に近い効果を得られる方法としては、成年後見制度や遺言の方法がある」というお話をさせていただきました。

これらの従来使われてきた方法(成年後見制度・遺言)と、家族信託を比較した場合のメリットやデメリットについて整理しておきましょう。

2-1. ①成年後見制度との比較

家族信託と成年後見制度を比較すると、「実際に認知症等になってしまう前」から法律効果を発生させることができるという点でメリットがあります。

家族信託では本人が元気なうちから受託者を選任し、自分が認知症となってしまった後の状態をリハーサルのような形で準備しておくことが可能になります。

一方、成年後見制度では実際に貢献が開始するのはあくまでも本人が認知症等の状態になってしまった後になります。

具体的には、認知症などになってしまう前になってしまった後の体制について定めておくことはできます。

しかし、実際にその法律効果を発生させるためには家庭裁判所に対して「この人は認知症の症状がみられるので、任意後見契約の効果を発生させてください」という旨の審判を受ける必要があるのです。

この際、家庭裁判所は本人や家庭の状況から鑑識を行いますが、認知症の症状はまだ見られない、と判断された場合には後見の開始が認められない可能性もあります。

より本人保護が強いのは成年後見制度

一方で、成年後見制度では本人の財産保護により重点が置かれています。

本人の後見人となる人には、さらに後見監督人を家庭裁判所に選任してもらうなどサポート体制をより手厚くすることが可能です。

ただし、その分柔軟に財産管理を行うことが難しくなるという側面がありますから、本人保護を手厚くすることと、機動的な資産運用ができるようにすることはトレードオフの関係にあるといえます。

株式のように値動きが常時生じる財産を多く保有しているという場合、財産の購入や売却を行うたびに家庭裁判所に許可をもらう…というのはあまり現実的ではないでしょう。

この点、家族信託で受託者が財産に及ぼすことができる権限については当事者間の契約で決まるのが原則となりますから、受託者が資産管理を行いやすい体制を構築することも可能です。

なお、家族信託の契約書を作成する際には経験のある法律家からアドバイスを受けるのがリスクを最低限にするために適切です。

成年後見制度には2種類ある

なお、成年後見制度には「法定後見制度」「任意後見制度」の2種類があります。

実際に認知症となる前になってしまった後の状況について定めておくなら任意後見制度、認知症となってしまった後の段階からサポート体制を作る場合には法定後見制度を選択することになります(任意後見契約を結ぶためには本人に事理を弁識する能力が必要ですから、認知症となってしまった後には任意後見制度を利用することはできません)

成年後見制度のデメリット

成年後見制度は認知症等になってしまった本人の保護を最優先に考えて設計されている制度です。

そのため、本人は「自分よりも家族に財産がわたることを優先してほしい」と当初考えていたとしても、実際に認知症になってしまった後には家庭裁判所のチェックによって「このような財産移転は本人の権利を害するので、認められない」というように差し止められてしまう可能性があるのです。

1.本人保護が強いことでかえって本人の意向に反することもある

例えば、本人が「孫が大学に入るときには生前贈与で財産を与える」ということを元気な時に入っていたとしても、認知症となってしまった後には事理弁識能力がないとみなされ、有効に贈与などを行うことができなくなります。

また、認知症となってしまった後に別の親族がなくなったことで遺産分割協議が行われたとします。

その場合、本人は「自分は生い先がそれほど長くないから、別の人に遺産が多くいくようにしてほしい」という希望を持っていたとしても、すでに認知症となっており後見人が家庭裁判所から選任されている場合には、その後見人は遺産部活協議では本人の法定相続分を型通りに要求することしかできません。

本人が元気なときの意向については家庭裁判所はあまり重要視してくれませんから、本人の保護を重要視しすぎてしまうあまりかえって不都合な事態(本人の元気な時の意向に反するということです)になってしまう可能性があるのです。

・2.機動的な財産運用を行いにくい

また、財産管理については成年後見制度はいわゆる「静的な財産管理」しかできないというデメリットがあります。

静的な財産管理というのはいわば守りの資産運用ということで、財産そのものの売却や株式投資、大規模なリフォームを行ってより積極的に収益を得るといったようなことは難しくなります。

家庭裁判所は後見人となる人に対して定期的に事務報告書の作成を求めるほか、金額の大きい財産管理を行う場合には事前に家庭裁判所の許可を得させるなどの権限があります。

成年後見人として家族が指定されるような場合には事務手続きが煩雑になる可能性があることは理解しておきましょう。

2-2. ②遺言との比較

家族信託と遺言を比較した場合には、以下のような違いがあります。

・1.相続財産が不動産中心である場合に、家族信託は平等な相続を行いやすい

・2.遺言執行が本人の意思通りに行われないリスクを回避できる

・3.事業承継に家族信託を使う場合、次の次の代の後継者も決めておける

以下、順番に解説させていただきます。

1.相続財産が不動産中心である場合に、家族信託は平等な相続を行いやすい

相続財産が不動産(土地や建物)中心である場合には、相続をめぐって相続人同士がトラブルになってしまうケースも珍しくありません。

先祖代々の土地は長男が相続し、その他の親族は不動産以外の財産を相続するとした場合、相続人の間で不公平感が生じてしまう可能性があります。

誰がどの財産を相続するかについては遺言で自由に定めることが可能ですが、被相続人(亡くなった人)の子や配偶者には遺留分(遺言によっても侵すことができない相続の権利)がありますから、上の例で長男の相続分だけが大きくなりすぎてしまうとトラブルに発展する可能性があります。

この場合、具体的には長男以外の相続人(例えば次男)から遺留分減殺請求という形で長男に財産を平等に分け合うよう訴訟が提起されることが考えられます。

最悪の場合には不動産を売却して現金で分け合うという形になってしまい、代々の土地が散逸してしまうということにもなりかねません。

この点、家族信託を使って相続の対象となる不動産を賃貸不動産などの形で残し、そこから発生する収益については各相続人が受益者として平等に分け合うということも可能です。

この場合、上の例でいえば財産の受託者として長男を指定しておけば実質的には被相続人の意思に近い形で財産を相続させることが可能になると思われます。

家族信託では次の代以降の受益者にだれがなるかについてもあらかじめ指定しておくことも可能です。

2.遺言執行が本人の意思通りに行われないリスクを回避できる

遺言を残す方法には自筆証書遺言公正証書遺言秘密証書遺言の3種類があります。

このうち、公正証書遺言や秘密証書遺言については本人の死亡後に公証役場が遺言の存在を証明してくれますから、本人の死後に本人の意思通りに遺言を執行してもらうことが可能です。

一方で、自筆証書遺言については本人が遺言を作成して本人がその遺言を保存することになりますから、突発的に相続が発生したような状況では遺言の存在そのものが忘れ去られてしまう可能性もあります。

それなら最初から公正証書遺言や秘密証書遺言によればよいのではと思われるかもしれませんが、これらの方法で遺言を残した場合、その内容を変更したいと考えるたびに公証人役場に行って手続きをして…と煩雑なことがデメリットとして生じる可能性があります。

この点、家族信託では委託者の生前から信託契約の効果を発生させることが可能ですから、本人の死後の状況について本人の監視のもとに見通しを立てておくことが可能になります。

次の3.で説明させていただくように、事業者が事業承継を行う場合にも後継者を誰にするかを明確に定めておくことも可能になります。

3.事業承継に家族信託を使う場合、次の次の代の後継者も決めておける

例えば、創業社長が自分の長男に事業を継がせようと考えているものの、長男の子供(創業社長からみて孫)は別の職業についていて事業を継ぐ意思がないという状況を考えます。

長男の子供は事業を継ぐ気はないけれど、次男の子供(創業社長の別の孫)は事業に向いていそうだったとしましょう。

この場合、遺言によって事業承継することを考えると、創業社長の次の代(長男)までは後継ぎを決めることはできますが、その次の代を誰にするかについては2代目である長男の気持ち次第ということになってしまいます。

創業社長が遺言を作成すると同時に長男も遺言を作成するということも考えられますが、遺言の内容は本人であればいつでも変更することができますから、長男の遺言の内容までは創業社長は口を出すことは実質的に不可能です。

このような場合には家族信託を使うことにメリットがあります。

家族信託では受益者となる人の順番を決めておくことができますから、上のような状況ではまず長男を第1受益者とし、次男の子供を第2受益者としておけば次の次の代の後継者まで指定しておくことができます。

ただし、信託契約の設定から30年が経過した後には、初めて受益者となった人(上の例では長男)が死亡したとき」で信託契約は終了しますから、実質的には次の次の代までしか後継ぎを決めることができないということになります(30年以内であれば受益者の交代回数について制限はありません)

3. 家族信託に関する税金

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家族信託を使う場合、どのようなケースでどういった種類の税金が発生するのかについても理解しておくことが大切です。

家族信託を利用する場合、次のようなケースで税金が発生する可能性があります。

3-1. ①贈与税:生前に財産を受益者に贈与した場合

原則的な家族信託の形では、委託者・受託者・受益者の3者が当事者となりますが、この場合、委託者から受益者に対して財産の移転が行われたものとみなされ、贈与税が課せられることになります。

贈与税は相続税と異なり非課税部分が少ないため家族信託の対象とする財産の金額が大きい場合には多額の贈与税が発生してしまう可能性があります。

対策としては、委託者の生前は「委託者=受益者」としておくことが考えられます。

そうしておいて将来的に相続が発生した場合には、親族に受益者としての地位を相続人に相続させることにより、委託者の生前の状況をそのまま相続人が引き継ぐ形を作り出すことができます(なお、この場合は受益者に相続税が発生します)

3-2. ②相続税:委託者が死亡し、相続人が受益者としての地位を引き継いだ場合

委託者の死亡によって受益者としての地位が相続された場合(あるいは、委託者の死亡を条件として信託契約の効果が生ずるとした場合)には、受益者に対して相続税が課税されます。

家族信託は委託者の生前は贈与税の発生を避けるために「委託者=受益者」となっていることが多いですが、委託者の死亡によって受益者がその親族などに変わった際には、その親族に対して相続税が発生することになります。

なお、2018年からは新しい事業承継税制の導入が検討されていますから、相続税や贈与税の対策としては家族信託の方法が必ずしも有利とならないケースもありますので注意が必要です。

新しい事業承継税制では、中小企業者が後継者に会社を運営するために株式を生前贈与したり、相続によって取得させたりする場合には、その株式については相続税や贈与税の課税対象から除外してもらうことが可能になります。

家族信託により事業承継を行う場合には数代先の後継者まで指定できるというメリットがありますが、相続税対策の効果は基本的に見込めません。

事業承継については相続税の負担についても考慮に入れて適切な方法を選択する必要がありますから、専門家の支援を受けるようにしてください。

3-3. ③所得税や法人税:受益者が受益権を売却した場合

受益者となる人が家族信託の法律関係から発生する利益を受ける権利(信託受益権)を他人に売却した場合には、その売却から生じた利益に対して所得税や法人税が生じます。

例えば、簿価1億円の信託受益権を1億5000万円で他人に売却したというような場合、1億5000万円から1億円を差し引きした5000万円は所得ですから、譲渡所得税が課税されることになります(元の受益者が法人である場合には法人税が発生します)

譲渡所得税の場合、売却の対象となる財産の保有期間がどのぐらいであったかによって計算方法が変化することにも注意しておきましょう(保有期間が短い場合は税金の負担も大きくなります)

具体的に所有期間が5年間を超える場合には長期譲渡所得、5年以内である場合には短期譲渡所得として計算が行われます(長期譲渡所得して計算するほうが税金の負担は小さくなります)

3-4. ④登録免許税や固定資産税:管理を任せる不動産を受託者の名義とした場合

不動産を売買する場合、不動産を取得して登記した際には登録免許税が、その後は1年に1回固定資産税が発生します。

不動産を信託財産とする場合には、委託者から受託者に対して不動産の名義変更が行われるのが一般的です。

そのため、受託者は名義変更時に登録免許税を支払う必要があります(登録免許税は法務局に対して支払う登記の手数料のようなものです)

ただし、信託による所有権移転の場合は、通常の所有権移転よりも登録免許税が安く済むというメリットがあります。

具体的には通常の所有権移転登記では「不動産の固定資産税評価額×2.0%」の登録免許税がかかりますが、信託による所有権移転登記では「不動産の固定資産税評価額×0.4%」で登録免許税を計算します。

不動産の価額が大きい場合には登録免許税の負担も大きくなりますから、家族信託によって名義変更を行うことにはメリットがあるといえます。

また、通常は不動産の売買契約を行った場合には不動産購入者は不動産取得税を負担しなくてはなりません。

しかし、信託の場合には特別の法律(地方税法第73条の7第3項)があるため、受託者は不動産取得税を負担する必要がありません。

4. 家族信託を利用する際に必要な手続き

実際に家族信託を利用したいと考えた場合に、どのような手続きを踏む必要があるのかについて理解しておきましょう。

家族信託を行う方法としては、次の3つがあります。

・①信託契約(委託者と受託者の契約)
・②遺言による信託
・③信託宣言(委託者=受託者で手続きを行う方法)

以下、順番に説明させていただきます。

4-1. ①信託契約(委託者と受託者の契約)

委託者となる人と受託者となる人が契約書を交わして家族信託について取り決める方法です。

信託の対象とする財産の範囲や財産管理の方法、受益者を誰にするかといった内容は契約で個別に定めることになります。

任意後見契約などとは違って公的機関の証明を受ける必要はないため手続きは簡単ですが、その分将来的にトラブルが発生しないようにするために法律家(弁護士や司法書士)のアドバイスを受ける必要性が高いといえます。

信託契約の内容に含めるべきこと

信託契約では以下のような内容を契約書に書き込む必要があります(契約書がなくても契約は口頭で成立しますが、後日の証拠とするために契約書を残します)

・信託の対象となる財産

家族信託は財産を委託者から受託者に任せ、そこから発生する収益は受益者に対して分配する仕組みです。

そのため、どのような財産を信託契約の対象とするのか?をまず確定する必要があります。

土地や建物などの不動産、現預金、株式などの有価証券が信託契約の対象となります。

・信託の当事者には誰がなるのか

家族信託では委託者、受託者、受益者の3当事者が必要ですが、実際には委託者自身が受益者となるケースが少なくありません。

大切な財産を預けることになる受託者を誰にするか?は非常に重要な問題ですから、受託者となってもらう予定の人の適性ややる気はしっかりと見極めなくてはなりません(事業承継のために家族信託を活用する場合など)

多くの家族信託では委託者が亡くなった後にも継続されることが前提となりますから、受託者と受益者の関係が円満に行くように配慮しておくことも大切です。

・信託の目的

既に何度か説明させていただいているように、老後の家族の問題に備える方法は家族信託だけではなく、成年後見制度や遺言といった方法もあります。

そのため、あえて家族信託を選択することの意義を関係当事者に理解してもらい、そこから生じるメリットについて把握してもらうことが家族信託を上手に活用するために必要です。

家族信託では委託者の生前や事理弁識能力がはっきりしているうちに実際の運用の効果を確かめることができるという大きなメリットがあります。

実際に運用をスタートしてみてどのような問題が生じるかを見極めつつ、随時信託契約の内容をアップデートしていくことも検討しましょう。

信託契約書の不正を疑われないために

家族信託は家族の一部を受託者、受益者として設定して委託者の財産を運用していくことになります。

そのため、家族信託を設定する時点で関係当事者が信託契約の内容をよく理解し、できれば契約内容の検討をしている段階で参加してもらうのが望ましいです。

例えば、長男が親の財産を管理し、収益を別の家族(次男や三男)という内容の家族信託を結んだとしましょう。

契約書は親が作成したものだとしても、その作成を長男と親だけで進めてしまったりすると別の家族から「長男が勝手に自分の都合の良いように作ったのでは?」といったような不満が生じる可能性があります。

契約書が残っていたとしても、その契約書そのものが破棄されてしまったり、日付の書き換えや「契約時点では親の認知症がすでに進行していたから信託契約は無効」といったような主張をされてしまう可能性があります。

こういった事態を避けるためには、信託契約作成の時点で専門家に間に入ってもらい、作成した信託契約は公正証書の形で公的機関に証明してもらうのが安全です。

公正証書の形で信託契約を残しておけば、当事者の誰かが手元の信託契約書を破棄してしまったとしても再発行をしてもらうことができますし、日付や内容についても委託者本人の意思に基づくものであることを証明してもらうことができます。

なお、公正証書までは取得しなくても、確定日付の取得や私文書認証といった方法でも信託契約の日付や書類に不備がないことを公的に証明してもらうことが可能です(ただし、契約の内容まで証明してもらうためには公正証書が適切です)

信託登記

信託契約の対象となる財産に土地や建物などの不動産が含まれている場合、その名義人を委託者から受託者に移す必要があります。

不動産の名義を変更する際には法務局に出向いて登記を行います。

通常の売買契約なら所有権移転の登記だけで問題ありませんが、信託の場合には「信託目録」という信託財産の一覧表を作成して登記しておく必要があります。

法律事務の経験がない個人がこの信託目録を作成するはあまり現実的ではないので、登記に関する専門家である司法書士に依頼するのが一般的です。

銀行口座の管理はどうなる?

信託財産に銀行預金がある場合や、賃貸アパートなどを信託財産として受益者に収益を分配するような場合には、信託契約に関するお金をプールしておく銀行口座が必要になります。

信託契約に関するサービスを積極的に行っている金融機関(信託銀行など)で相談すると、民事信託口座という銀行預金口座を開くことができます。

民事信託口座とはごく簡単にいうと委託者と受託者が共有のような形で管理できる銀行口座で、委託者が認知症になってしまったり、万が一があったりしたときにも口座凍結をされてしまうような事態を避けることができます(財産を所有している人が死亡したり、成年後見の審判を受けたりした場合には本人の口座は限られた人しか動かすことができなくなります)

ただし、家族信託の制度はまだスタートしてから日が浅く、民事信託口座についても金融機関側でそれほど普及しているわけではありません(一般的な信託である商事信託については普及していますが、家族信託についてはまだまだこれからという印象があります)

口座開設時には金融機関窓口で家族信託の目的や関係する当事者についてよく説明したうえで適切な形で口座を管理できる体制を作っておくことが大切になります。

4-2. ②遺言による信託

家族信託は遺言によって行うことも可能です。(この場合、家族信託の法律効果は委託者がなくなった後に生じることになります)

遺言によって家族信託を行う場合の手続きついては通常の遺言と同様です。

自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3つのうちいずれかの方法によって行うことになりますが、より確実に手続きを行うためには公正証書遺言や秘密証書遺言の形で遺言を残しておくのが良いでしょう。

自筆証書遺言では遺言の内容を変更したいと思ったときにすぐ変更できるというメリットがありますが、遺言作成については様式がかなり厳格に定められていますから、様式を書いてしまうと遺言そのものが無効となってしまうリスクがあります。

4-3. ③信託宣言(委託者=受託者で手続きを行う方法)

家族信託では、通常は「委託者・受託者・受益者」の3者が当事者となりますが、「委託者=受託者」という形で信託の効果を発生させることもできます。

このような方法を信託宣言(自己信託)ともいいますが、信託財産を委託者自身の財産と分離しておくことができるというメリットがあります。

なお、信託宣言(自己信託)については法律上の制限が多いことには注意しておかなくてはなりません。

上でも説明させていただきましたが、信託宣言(自己信託)では委託者固有の財産と信託財産が分離され、委託者の債権者は信託財産に対しては強制執行がかけられなくなるためです(いわゆる計画倒産の手段として使われることを避けるために様々な規制があります)

例えば、信託宣言の対象とする財産については登記や登録が必要になりますし、公正証書によって意思表示をしないと無効となってしまいます。

また、受託者が受益権の全部を固有の資産として保有している状態が1年間続いた場合には、信託宣言は終了してしまいます(信託法第163条第2号)

債権者からの強制執行を避ける方法として活用されないようにするための規制としては、さらに自己信託のときから2年間は債権者からの請求者によって自己信託を詐害信託として取り消されてしまう可能性もあります。

4-4. 相談できる専門家は?

家族信託の手続きは当事者となる家族が自力で行うことも決して不可能ではありませんが、法律的な知識が不十分な人が手続きを行うとすると不備が発生してしまうリスクが生じます。

せっかく自分に万が一のことがあった時に家族がきちんと生活していけるための備えとして家族信託という方法を選択したのに、かんじんなときに手続きの不備があったために対応できないという状況になってしまったのでは意味がありません。

そのため、家族信託をより安全に利用するためには法律に関する専門家に相談しながら手続きを進めていくのが適切といえます。

公正証書で信託契約書を作成する場合には公証人に口頭で相談しながら契約内容を記述してもらうことができます。

しかし、より突っ込んだ内容の相談(事業承継なども見すえて家族信託を使う場合など)をしながら家族信託の手続きについては家族の財産管理についての経験が豊富な法律家(弁護士や司法書士)に対してアドバイスを求めるのが大切です。

資格をもった法律家といっても得意とする分野はさまざまですから、必ず家族信託についての実務経験がある専門家に相談するようにしましょう。

4-5. 専門家に依頼した場合の手続きの流れ

家族信託は弁護士や司法書士といった法律の専門家に依頼することで手続きを代行してもらうことができます。

専門家に依頼した場合、おおよそ以下のような流れで家族信託の手続きを進めていくことが多いです。

(1)状況のヒアリング

家族信託は老後の家族の生活保障から相続対策や事業承継対策まで、いろんな使い方があります。

契約内容を実際に当事者となる人のニーズに合わせて設計することが最も重要ですから、ご家族の状況や資産がどれぐらいあるのかといった情報のヒアリングを行うことから始めるのが一般的です。

(2)信託契約の設計と料金の見積もり

ヒアリングの内容から最適な信託契約の内容を作っていきます。

また、この時点で法律家に対して支払う手続きの代行費用や契約書の作成費用などの見積もりが出されることが多いです。

手続きは基本的に法律家がすべてやってくれますが、おおよその流れを理解しておくことは重要です。

(3)契約関係者への説明を行い、合意を得る

家族信託は当事者間の合意で成立する契約ですから、契約に関係する人への合意を得ておく必要があります。

受託者に財産の管理を任せる場合にはどの範囲までの財産を任せるのかを決めたり、事業承継のために家族信託を使う場合には後継者となる人の合意をしっかりと得て置いたりと、重要なステップといえます。

なお、「委託者=受託者」である信託宣言(自己信託)では基本的に自分一人で手続きを行うことも可能ですが、公正証書を作成する必要があります。

(4)合意の内容に基づいて契約書を作成

契約関係者の合意を取り付けることができたら、その内容を契約書(信託契約書)の形で残します。

必要に応じて公正証書の作成や登記の手続きも進めていきます。

(5)その後は随時不明点へのアドバイスなど

契約書を作成した時点で信託契約の効果はすでに発生していることになりますが、実際に運用を始めてみると改善が必要な点が見つかることも少なくありません。

家族信託は信託契約書の内容を随時更新することで状況に応じたものにしていくことができますから、その際にも専門家の助言を受けるようにしましょう。

5. 家族信託にかかる費用

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家族信託は基本的に委託者と受託者の契約によって成立します。

契約は契約書の形で残し、不動産の名義移転については登記を行うのが普通ですから、以下のような費用が発生します。

・印紙税:契約書1通につき200円
・不動産の登記を行う場合には登録免許税
・専門家に依頼する場合、専門家に対して支払う費用
・公正証書による場合、作成費用

また、信託契約は必ずしも公正証書による必要はありませんが、家族の1部が受託者や受益者となるような場合には別の家族から不満が生じないように公正証書によって信託契約の内容や日付を確定しておくことが望ましいです。

なお、自己信託による場合には公正証書によって信託宣言書を作成しますので、必ず公証人に対して手数料を支払う必要があります。

公正証書の作成費用は信託の対象とする財産の価額によって異なり、例えば財産の価額が100万円以下の場合は手数料は5000円ですが、財産価額が5000万円であるような場合には4万3000円といったように変わります。

なお、家族信託は営利を目的とする行為ではありませんので、受託者への報酬は必ずしも必要ではありませんが、契約書の作成は弁護士や司法書士、不動産登記の手続きは司法書士の協力が必要になるのが普通ですから、これらの専門家に対して支払う手数料についても考慮しておかなくてはなりません。

6. まとめ

今回は、近年相続対策の方法として注目されている家族信託の内容や手続き方法について解説させていただきました。

家族信託は信託契約の内容によって当事者の意思が適切に実現できるかどうかが決まりますから、信託契約の設計の時点で契約当事者となる人に積極的に参加してもらうことが重要です。

実際に家族信託を利用される際には司法書士や弁護士といった法律家からアドバイスを受けるのが適切です。

(提供:相続サポートセンター