経営という企業のかじ取りをする業務では、さまざまな能力が要求される。特に昨今の経済社会では、法務や労務、会計に対するステークホルダーの監視が厳しくなり、経営者も経営だけを考えていればよいという時代ではなくなった。今回は、このような状況下、経営の一助となる資格を紹介するとともに、どのような視点から資格を検討すべきか解説する。
目次
経営を取り巻く環境が厳しい今、資格は経営の一助になる
冒頭のタイトルを見て「経営に資格が本当に必要なのか」「経営は場数や経験こそがモノを言う。資格なんて時間のムダだ」と思う経営者もいるかもしれない。一昔前ならそうしたスタンスでも問題はなかった。しかし、現代では十分とは言えないだろう。
現在、「コーポレートガバナンス(企業統治)」の重要性が声高に叫ばれている。コーポレートガバナンスについて見ていこう。
コーポレートガバナンス(企業統治)とは何か
コーポレートガバナンスとは、企業経営において公正な判断・運営がなされるべく、監視・統制する仕組みを指す。経営における意思決定は会社役員など企業経営の当事者が行うが、企業そもそもの存在意義は、株主・顧客・従業員・取引先・金融機関などといったステークホルダー(利害関係者)に対し、利益をもたらすことにある。
すべてを会社経営者に一任しただけでは、一部の利害関係者に偏った判断・決定がなされる恐れがある。こうした考えは、1990年代以降、アメリカで機運が高まったのを皮切りに、ヨーロッパ諸国や日本でも意識されるようになった。コーポレートガバナンスでは、「企業の不祥事を防ぐ」「企業の収益力を強化する」ことに重点が置かれている。粉飾決算や経営者による横領が表面化する都度、この2点を軸に議論や法改正が行われてきた。
コーポレートガバナンスは今後、非上場の企業にも求められる
「コーポレートガバナンスなんて、上場企業など大手に限った話ではないか」と思う人もいるかもしれない。しかし、実際は、非上場企業にもコーポレートガバナンスが求められるという流れが生じている。今月4日、参議院本会議で改正会社法が成立したが、今回の改正はガバナンス強化に焦点をあてたものだった。大きな改正点として以下が挙げられる。
1. 社外取締役の設置義務
「資本金5億円以上または負債総額200億円以上の大会社」など一定要件を満たす企業については、一律社外取締役を設置しなくてはならない。
2. 役員報酬の開示義務
取締役会で決定した役員報酬については、その考え方や方針について株主総会で説明しなくてはならない。
これらの改正は、昨今注目された日産のカルロス・ゴーン元CEOの報酬過少記載や東芝の巨額損失の問題が起因となっているが、注目したいのは「上場・非上場を問わない」という点だ。つまり、上場しているかどうかではなく、社会的な影響を与えかねない企業にもガバナンス強化が求められている。
今後、この流れは中小企業にも広がっていく可能性は十分にある。だからこそ、売上や利益の成長だけではなく、内部管理も重要となってくるのだ。
ガバナンス強化に資格取得が有効な3つの理由
内部管理に必要な知識を効率よく備えるための手段として「資格取得」は有効である。なぜなら、資格取得のプロセスには次の要素があるからだ。
1. 締め切り効果
資格取得には多くにおいて締め切りがある。「試験」「論文提出」などの期限だ。人は締め切りがないと、なにかと先送りしがちだが、締め切りがあることで、勉強を優先課題ととして取り組む。人は時間の制限があることで集中力を発揮するが、つまり、自分を追い込みながら勉強することで、集中力がより高まるだろう。締め切りがもたらす効果は、怠ける習性のある人間にとって、非常に大きい。
2. 必要な範囲内での知識取得
ガバナンスの知識を得るべく勉強を始めても、その範囲が多ければ多いほど、だんだん息切れして挫折してしまう。一方、資格取得の場合は、テキストの中に必要最低限の知識が集約されている。覚えるべきことが一定範囲に絞られているため取り組みやすいだろう。
また、講義で効率よく教えてもらうことで、より必要な要素をピンポイントで理解できる。お金はかかるが、時間効率を考えると資格取得のプロセスでの習得は費用対効果が大きい。
3. 今後の改正・変化への意識づけの基盤
ガバナンスにも潮流がある。法律に関しては必ず定期的に改正があり、事業戦略もまた、時代の流れと共に変化していく。知識が一切なければこれらを意識することはないが、資格試験のプロセスで自らに叩き込んだ知識が基盤として備わっていれば、変化の兆しに敏感になるだろう。つまり、資格取得を通じて、その時代その時代にあったガバナンス経営を実現できるのだ。
経営強化のための資格取得で意識したい3つの要素
ただ、資格といっても数多くあるため、何を選べばよいか分からないというのが多くの経営者の本音だろう。会社経営強化のための資格を検討するならば、次の3つの要素を基準にしてみてはいかがだろうか。
1. 数字を読む能力
経営者にはビジネスに対する勘所や直感といったものが必要だが、もちろん、それだけでよいわけがない。企業経営には「数字」の要素が欠かせない。決算時の財務諸表3表(貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書)の他、法人税などの税務申告書や予算管理表など、あらゆる場面で数字を読む力が求められる。企業の現状を数字から客観的に把握・分析しなくては、企業経営は務まらない。企業経営には数字に対する細かな分析力が求められる。
2. コンプライアンス(法令遵守)意識
先の項目でお伝えしたように、法改正はかなりコーポレートガバナンスに重点を置いている。改正の流れは通常「大企業(特に上場企業)の不祥事→法改正」というものだが、経営者はこれを「ふーん」と眺めていてはいけない。なぜこの法改正が起きたのか、この改正が行われる前の法律はどうなっていたのか、今後規制はどのような流れになるのかに対して敏感になり、読み解かなくてはならない。これらの疑問や分析の基盤となるのがコンプライアンス(法令遵守)意識だ。
コンプライアンスの対象は法律や規則だけでなく、企業としての社会的倫理や社会的な責任も含む。つまり、粉飾決算や横領はもとより、従業員の労務や顧客の情報管理などもコンプライアンス意識にかかっているのだ。
3. 事業戦略の感覚
企業の収益力を伸ばすことも経営者が担うべきコーポレートガバナンスの一つだ。そのため、事業戦略に対する感覚を磨くことも必要だ。販売戦略は正しいか、チャネルはどうか、顧客は誰なのか、どういった価値を提供するのかなどといった要素を時流に照らし合わせながら的確に判断し、決定していく姿勢が求められる。
今後の経営者が取得したい2つの資格・検定
以上の要素を踏まえた上で、今後の経営者がぜひとも取得しておきたい資格・検定を紹介しよう。
・簿記3級
・中小企業診断士
それぞれの概要は次の通りだ。
取得したい資格・検定1:簿記3級
簿記3級は日本商工会議所が主催している民間の検定試験で、「日商簿記3級」とも言う。この検定は経営をしていくうえで必要な基礎知識と言ってもいいだろう。詳しい内容は以下の通りだ。
仕事内容
簿記は貸借対照表と損益計算書を作成し、事業の財政状況や経営成績を明確化するためのものである。簿記の基礎を試験範囲としているのが簿記3級。簿記3級の検定試験で出題される内容は企業の経理を行う上でいずれも必要なものであり、合格すると「会社の経理担当者に最低限必要な知識を有している」と見られる。簿記3級の試験内容は以下となる。
・仕訳の基本
・各種帳簿(仕訳帳、総勘定元帳及び補助簿)の作成
・資産・負債及び純資産と資本の関係
・収益・費用の内容
・試算表・精算表の作成、決算整理
・貸借対照表、損益計算書の作成
簿記3級に合格すると、企業のお金の流れや財務の健全性を一目で把握できるようになる。株式投資や他社への出資・融資を行う際、企業の財務諸表を確認するのが重要になるが、この際、この企業の財務体質や経営成績を読み解き、分析。的確な判断を下せるようになるだろう。簿記3級というと「経理の必須科目」というイメージが先行するが、実際は経営者が適切な経営を行う上で欠かせない必須知識でもある。
なお、従来の簿記3級は個人商店を前提にした試験内容であったが、2019年以降は時流を鑑み、株式会社を前提とした出題内容となっている。
試験の概要と料金
簿記3級の検定試験は、2月の第4日曜日、6月の第2日曜日、11月の第3日曜日の年3回開催される。受験料は2,850円(税込)。申込受付日時、申込受付方法は商工会議所によって異なる。試験日の約2ヵ月前になったら受験希望地の商工会議所に問い合わせてみるとよい。
難易度・資格取得までにかかる時間
簿記3級は100点満点の内、70%以上を得点すると合格と言われている。合格率は40~50%台のときが多い。しかし、合格率が10%台まで落ち込むときもある。
また、検定試験合格までに必要な勉強時間はおよそ3ヵ月、時間に換算して60時間から70時間といったところだろうか。つまり、1日1時間勉強すればよいということだが、経理経験の有無で必要な時間は変わってくる。また、最近の試験内容は以前より難しくなる傾向にあるため、100時間は必要だという見方もある。
人によっては通学・通信で勉強することもあるが、独学で合格するケースも珍しくない。ニュースで決算や会計の話題を見てもまったくわからなければ通学・通信を検討した方がよいだろう。経理経験があるなら独学でも受かる可能性は十分にある。
経営者が活かせるポイント
簿記3級受験までのプロセスで仕訳の基本から財務諸表作成を一通り学習するため、検定に合格すると、貸借対照表や損益計算書を把握・分析する力が自然とつくようになる。これら財務諸表を読めるようになることで、自社の状況の分析や過去との比較が可能になる。また、取引先や投資先の財務体質や収益性を把握することで的確な経営判断を下せるようになるだろう。
コツコツ勉強すれば受かる検定である上、受験回数が多く受験費用も安価である。経営者としては、忙しくとも、ぜひ普段からコツコツ勉強し、合格を目指したいところだ。
取得したい資格・検定2:中小企業診断士
中小企業診断士は、経営コンサルタントが経営課題により適切な診断・助言を行うための資格だ。詳しい内容は次の通りである。
仕事内容
中小企業診断士は、中小企業の経営コンサルティングに関する唯一の国家資格だ。実務経験は問われない。後述するが、1次試験・2次試験に合格すると実務補習があるので、未経験であっても資格を用いてすぐに実務に着手することができる。
試験の概要と料金
試験は1次試験と2次試験に分かれる。1次試験では「経済学・経営政策」「財務・会計」「企業経営理論」「運営管理」「経営法務」「経営情報システム」「中小企業経営・中小企業政策」の7科目をマークシート方式で受験する。この7科目はいずれも、以下のように中小企業経営に欠かせない実務知識に関するものとなっている。
・「経済学・経営政策」…マクロ経済やミクロ経済に関する動きを扱う
・「財務・会計」…資金管理、経営状態の分析を行う
・「企業経営理論」…企業戦略論、組織論、マーケティング論の3つから構成され、従業員管理や商材の販売方法までを扱う
・「運営管理」…生産管理と店舗・販売管理の2つから構成され、製造や販売のオペレーションへの理解が問われる
・「経営法務」…民法、会社法、知的財産法などを中心に企業経営に欠かせない法務の知識を習得する
・「経営情報システム」…情報通信に関する基本的な知識と企業の問題解決への応用力が問われる
・「中小企業経営・中小企業政策」…中小企業の特質や実態を中心に、国の中小企業支援の政策・事業への理解が問われる
上記1次試験で7科目に合格した後の2次試験では、経営コンサルタントを行うにあたり必要な判断と助言ができるかどうかを筆記試験と口述試験により問われることとなる。
これら2つの試験に合格した後は、15日間の実務補習が行われる。実務補習では、指導員の指導の下、実際に企業を相手に現場診断・調査、資料分析、診断報告書の作成及び報告会を行う。このほか、5年ごとの登録更新制度があり、5年に1回は研修等を受けなくてはならない。
試験日程は以下となる。
・1次試験…8月上旬の土曜日・日曜日の2日間
・2次試験…筆記試験が10月中旬または下旬の日曜日、口述試験が12月中旬の日曜日
(※ただし2020年度については、オリンピック開催の影響を踏まえ、日程が変更になる予定)
なお、中小企業診断士はどこでも受験できるわけではない。開催地は全国7~8ヵ所の大都市圏(東京・大阪・札幌・名古屋など)に限定されている。
なお、中小企業診断士の受験料は1次試験が13,000円、2次試験が17,200円である。
大まかな試験の概要は以上になるが、「前々年度または前年度に合格した科目は受験免除となる」など、いくつか細かい要件がある。詳しくは中小企業診断協会の中小企業診断士試験に関するウェブサイトのFAQを確認していただきたい。
難易度・資格取得までにかかる時間
中小企業診断士の難易度はかなり高い。1次試験・2次試験ともに、受験科目全体で60%以上を得点すれば合格するが、1次試験の合格率は例年20%から25%前後、1次試験の後の2次試験の合格率は19%前後となっている。つまり、資格取得そのものの合格率は4~5%程度だ。
また、資格取得そのものについては、9ヵ月程度の勉強で合格する人もいれば、合格までに何年もかかってしまう人もいる。資格取得までを目指したいなら専門学校の講座を受けて効率よく勉強するのもよいだろう。
経営者が活かせるポイント
お伝えしたように、中小企業診断士の試験内容を勉強すると、企業経営に必要な法務や会計、中小企業の社会での立ち位置などを理解することが可能だ。経営者としての目線だけでは、自社を客観的にとらえることは難しいが、あえて「経営コンサルタント」という立ち位置を持つことで自社を冷静に分析し、今後の対策を練ることができるだろう。
資格取得そのものについては難易度が高いため、事業とのバランスを検討しつつ学習計画を立てていく必要がある。一度資格を取得すると、登録更新制度により知識やスキルのブラッシュアップを図ることができる。実務に直結した知識や見解を更新し、活用することが可能となる。
その他の経営者が検討したい資格・検定
この他、コーポレートガバナンスを重視する経営者として検討したい資格・検定としては次のものが挙げられる。
・ビジネス・マーケティング検定
・MBA(経営学修士)
・税理士
・社会保険労務士
・ビジネス法務検定
日々のスキマ時間で学習し合格できるものもあれば、事業とのバランスを鑑みながら時間を割く必要がある資格・検定もある。ただ、それぞれの試験の対象となる項目は健全な事業の成長にとって不可欠なものばかりだ。受験するかしないかはさておき、経営実務に直結する知識を習得するという視点から、一度はテキストに目を通してみるとよいだろう。
文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)