この記事は2022年12月29日に「テレ東プラス」で公開された「練り物業界のトップランナー、知られざるフロンティア精神:読んで分かる「カンブリア宮殿」」を一部編集し、転載したものです。
絶品はんぺんに極旨さつま揚げ~客絶賛!こだわりの独自製法
東京・恵比寿のおでんの人気店「東京おでんラブストーリー」はこの季節、満員の盛況だ。おでんの人気の具と言えば、はんぺんやちくわ、さつま揚げといった練りもの。家庭料理でも定番。冬になるとスーパーでもおでん種の扱いが増えてくる。
東京・墨田区の「ライフ」セントラルスクエア押上駅前店では専用棚を設け、豊富なラインアップを並べる。定番から今では新しいおでん種も続々登場している。最近は温めるだけのお手軽な「だし自慢おでん」(357円)などのような商品も人気。多忙な人や1人暮らしにはありがたい商品だ。
水産系練りもの製品で国内シェアナンバー1の紀文食品。紀文は味付けや具材が異なるご当地おでんまで出している。
「讃岐風おでん」(475円)はいりこの旨みが味わえるダシが特徴。色の白い讃岐天ぷら(さつま揚げ)が入っている。「名古屋風味噌煮込みおでん」(475円)は。名古屋では定番の豚モツに八丁味噌の甘辛さがしっかりしみ込んでいる。
▽紀文は味付けや具材が異なるご当地おでんまで出している
紀文は水産系練りものの売上比率で19.2%と他を圧倒的にリードしている。
刻んだ玉ねぎを練りこんだ「玉ねぎ天」(2個入り、149円)は、数ある紀文の練りものの中でも売れ筋ナンバー1の商品。おでん種だけではなく、中華のチルド製品や子どもに人気の「チーちく」(289円)なども出している。
千葉・印旛郡栄町の紀文食品東京工場。紀文ではスケトウダラを中心に商品によってホッケやタイなどの白身魚を混ぜ合わせ、練りものを作っている。
「玉ねぎ天」の生地はスケトウダラなどの白身魚に玉ねぎを練り込んだもの。玉ねぎの甘さとシャキシャキ食感が特徴なのだが、それを生み出す秘密があるという。
「カット方法をダイス(サイコロ型)とスライスの2つをブレンドして、食感の違いを作っています」(商品開発部・伊藤寿美)
ダイスはシャキシャキ食感、スライスは甘みを出すという長所があり、切り方を変えてふたつの長所を出しているのだ。さらに2度揚げすることでシャキシャキの食感を残しながら、外はきつね色に仕上げている。
続いておでんや煮物に欠かせない焼ちくわ。数種類の白身魚を混ぜ合わせたものを筒状に成形して焼いていく。表面に着いた焼き目は「ぼたん」という。
「油を付ける配列が非常に大事なポイントになっております」(伊藤)
表面に決まった配列で油をつけている。それを高温で一気に炙ることで皮が膨れ上がり、油を付けた部分に焼き色がつき、ぼたんができるのだ。
▽油を付けた部分に焼き色がつき、ぼたんができる
「汁がぼたんの中に入り込むので、食べた時にジュワッとダシを感じることができておいしさを引き立てる」(伊藤)
一方、紀文のはんぺんはどこにも負けないフワフワした食感が特徴。生地のベースとなるのが白身魚に山芋と卵白を加えたもの。
「生地に空気を含ませることによって、ふんわりした食感を作ることができます」(伊藤)
独自の方法で空気を混ぜ込むことでまるでメレンゲのような生地ができあがる。
おでん種だけじゃない開発力~健康フーズにおせち料理も
水産系練りものの生産量は年々減り続け、最盛期から48%も減少。そんな状況の中でも、紀文の売り上げはほぼ右肩上がりを続けている。その理由のひとつがこんなところにある。
例えば「すみっコぐらし」という子どもに人気のキャラクターとコラボした「すみっコぐらしかまぼこ」(206円)は、子どもに練りものを好きになってもらおうと始めた商品。母親たちにも「子どもがお弁当に入れると喜ぶ」と好評だ。
▽「すみっコぐらしかまぼこ」母親たちにも「子どもがお弁当に入れると喜ぶ」と好評だ
一方、ジムでトレーニングに励むような人たちが愛用しているのは紀文の「糖質0g麺」。おからパウダーとコンニャク粉が主原料だから糖質ゼロのうえ、食物繊維もたっぷり。「糖質0g麺カレーうどん風」(216円)や「糖質0g麺ナポリタンソース」(216円)など味のバリエーションも豊富だ。
お手製のスープに足せば、ゆでる必要なく、水切りだけでヘルシーな麺料理が完成する。紀文はこうして健康づくりにも一役買っている。
▽「糖質0g麺」健康づくりにも一役買っている
一方、正月といえば欠かせないのがおせち料理。東京・中央区の「誠品生活日本橋」でイベントが開かれていた。おせち料理を彩るかまぼこの飾り切りを、紀文の奥津真実が実演する。裏技をまじえながら、来年の干支のウサギや、華やかなクジャクの飾り切りを伝授していく。
紀文はおせち料理にも深く関わっている。1960年代半ばから、他社に先駆けて、買って並べるだけの手軽な単品のおせち商品を販売。今では定番の品をセットにしたものが人気だという。
「買う側にとって、盛り付けるだけの簡便性が安心できるのではないでしょうか」(商品企画三部・堀内慎也)
「我が家のおせちセット福祝」(1,782円)はお重に詰め替えるだけで立派なおせちに。かまぼこや伊達巻きは切れてる状態でパックされているから、包丁もいらない。
業界トップの老舗・紀文~百貨店への出店で全国区へ
東京・千代田区の「HIBIYA CENTRAL MARKET」である出版イベントが開かれた。累計発行部数20万部を超えるおでん屋が舞台の人気シリーズ「婚活食堂8」。著者の山口恵以子さんが紀文の「魚河岸あげ」(286円)という練りものが大好物だという。
その縁で会場にいたのが紀文食品社長・堤裕(66)。社長になった今もこうして現場に出ることを欠かさないという。
▽「商品がおいしいと言われると、うれしくなっちゃうんです」と語る堤さん
「商品がおいしいと言われると、うれしくなっちゃうんです、だから食べた感想を聞きたくなりますし、こういう現場が大好きです」(堤)
東京・中央区の築地場外市場にある紀文築地総本店。紀文の歴史はここから始まった。
▽東京・中央区の築地場外市場にある紀文築地総本店
「土地が手に入る前に、戸板商売と言って店の前に商品を並べて売っていた。場所が買えなかったから、その方式で商売を始めたということです」(堤)
ここにはスーパーでは見ない練りものがズラリ。人気ナンバー1は「お好み揚げ」(450円)。タコやキャベツといったお好み焼きの具が入っている。
「築地イカげそ揚」(100g480円)も人気。イカげそにすり身をからませてピリ辛に仕上げている。堤は月に1度は必ず、この創業の地に足を運ぶ。
紀文食品は1938年、山形から上京した保芦邦人が八丁堀でコメ問屋として創業。その3年後、築地の場外で海産物の卸を始める。
東京・港区の紀文食品日の出オフィスに、創業者のチャレンジャー精神の象徴がいまも残されている。それがイタリア最古のオートバイメーカー「モト・グッツィ」のバイク。白米10キロが20円、公務員の初任給が540円だった戦後間もない時代。創業者は3万円もしたこのバイクを購入、新鮮な海産物を仕入れに走り回ったという。
▽「モト・グッツィ」のバイク、新鮮な海産物を仕入れに走り回ったという
「鮮度のいい魚や干物を仕入れるために小田原や浦安などに自らオートバイで行って、後ろに商品を積んで市場に持ってきて売ったそうです」(堤)
その後、1947年に水産練りものの製造を始め、バイクで仕入れた海産物とともに売り始めた。すると1950年、味の評判を聞きつけた銀座・松坂屋から出店の依頼が舞い込む。これを機に百貨店からの依頼が殺到、紀文の名は広く知られるようになった。
1955年には紙などで包んでいたのをフィルムで包装するように。業界初のパッケージ化に取り組んだ。さらに宅配便すらなかった1960年代、紀文はいち早く自前のチルド流通網を整備した。
「市場に商品を卸すのが当たり前だった時代に、自前の冷蔵車を持っていればスーパーにまで届けることができるようになります」(堤)
今でも全国規模のチルド流通網を持っているのは業界では紀文だけ。どんな小さな町でも、製造2日後には商品が届くのだ。
1970年代、洋食が当たり前になり、練りもの需要に陰りが見え始めると、和の食材のはんぺんを洋風にアレンジしたレシピを紹介。1977年にはいまでは当たり前となった豆乳飲料を初めて商品化したのも紀文だ。
「その時代の人たちが望んでいるような提案をする。商品を洋食化したメニューを提案できるようにマーケティングをやってきました」(堤)
創業者のチャレンジャー精神はしっかりと受け継がれている。
▽和の食材のはんぺんを洋風にアレンジしたレシピを紹介
社長の逆鱗に触れる~沖縄出向時のトホホ話
堤が紀文に入社したのは1980年。転機が訪れたのは39歳の時だった。
取締役として出向していた沖縄の合弁会社でのことだった。当時紀文では、はんぺんの大型キャンペーンを全国で展開していたのだが、その時、沖縄で作っていたはんぺんは、本社が進めていたフワフワの食感のものではなかった。それを作る機械を導入するにはコストがかかるため、沖縄で以前からやっていた製法で作っていたのだ。
それを知りつつも、堤は異を唱えなかったという。
「『これではダメ』と言ったら摩擦を生みますよね。自分は社長ではないから、それは波風立つようなことだった。沖縄でも同じ商品を作らせるべきだったんです」(堤)
そんな時、現在は会長で当時の保芦將人社長が沖縄を視察に訪れる。そして合弁会社のはんぺんを口にするやいなや、堤を呼びつけた。「沖縄でははんぺんはあまり売れない。紀文と同じ作り方ではコストがかかる」という堤の答えに激怒。「コストと品質、どっちが大事なんだ。お前は自分の仕事がまったくわかってない」と言われたのだ。
「最初は何を言ってるかわからなかったんです。ブランドというのはお客様との信頼の証。お客様を裏切っているということに気が付いていなかった」(堤)
堤は合弁会社の取締役から課長に格下げとなり、東京本社に呼び戻された。これを機に仕事への意識が変わったという。
「自分の関心のあることや好きなことはあるけど、仕事はそういうものではなくて、今何をすべきかを感じて動くことが必要だと」(堤)
2017年に3代目社長に就任した堤が、自ら陣頭指揮をとり、実を結んだことがある。それは2021年、創業84年目にして実現した東証一部上場だ。狙いは海外での販売強化だという。
~村上龍の編集後記~
20年以上前、堤さんは、沖縄の海洋食品へ取締役として出向した。ある日、創業家出身の会長が突然、沖縄を訪れ、現地のはんぺんを試食して激怒した。
本社がキャンペーンを打っている製品と、沖縄のものは味が違う。キャンペーン製品は製造過程で空気を含ませ、よりふんわりした口当たり。自分は何も知らなかった、キャンペーンを実施中ということも、会長が来ることも、味の違いなども、わかるわけがない。
以来、「紀文での自分の役割は」と考えるようになった。未来の、社長が誕生したのだ。
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<出演者略歴>
堤裕(つつみ・ひろし)
1956年生まれ。1980年、慶應大学経済学部卒業後、紀文食品入社。2007年、取締役就任。2016年、取締役兼専務執行役員就任。2017年、代表取締役社長就任。
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