9月22日、日銀の黒田総裁は金融政策決定会議後の記者会見で「大規模な金融緩和を “当面” 継続する」と表明、直後、円は対ドル145円90銭まで一気に下落した。政府はこれを受けて「過度な変動を押さえる」として24年ぶりに円買いの市場介入に踏み切った。投じた資金は3兆6千億円と推計され、円は一時140円31銭まで戻された。しかし、米国、EUが協調介入を即座に否定したこともあり、連休明けには再び144円台に戻った。円安の基調に変化はない。
そもそも金融緩和の維持は見込まれていた。にもかかわらず起こった急激な下落の引き金は、来年4月に任期を終える黒田氏が発した「当面というのは数か月ではなく今後2~3年という意味だ」との一言だ。これは次期総裁の政策オプションを縛るものであり、金融政策の硬直化を宣言したようなものである。“当面は政策の変更はない” との安心感を市場が共有したとすれば、市場介入はむしろ投機的な動きを呼び込み易くなる。市場への牽制効果という意味でもまさに余計な発言であった。
円安の背景に日米の金利差拡大があることは言うまでない。したがって、主要国にあって唯一極端な低金利を続ける日銀は政策の転換をはかるべき、との声も聞こえてくる。ただ、そう単純ではない。要は外貨に対してドルが強すぎることが問題であり、つまり、米国のインフレに歯止めがかかり、ドル高のピークアウトが見通せるまで相場のトレンドを反転させることは難しいと思われる。加えて、円もまた構造的な問題を抱える。2013年からの “異次元緩和” は目標とした2%の物価上昇に届かなかった。“実質賃金が増えない中での円安、資源高を背景とした物価高” という状況を鑑みるとこのタイミングでの金融引締めは景気の腰を折るばかりか、コロナ禍の後始末が残る中小企業にとって死活問題となる。
さて、通貨の強さは稼ぐ力、言い換えれば未来への信任という側面もあろう。その意味で円そのものの成長期待が相対的に低下しているとも言える。グローバル企業の海外売上高を円に換算すればその分が嵩上げされる。円安は大手企業にとって業績好調の一因だ。しかし、ドル建てベースでみると円安は国力低下以外の何物でもない。1ドル140円で日本のGDPは1990年代初頭へ逆戻りだ。もちろん、インバウント需要は拡大するし、輸出における価格競争力も高まる。しかし、“安い日本” のままでいいのか。高い付加価値による生産性の向上と持続的な成長があってこそ日本のプレゼンスは高まる。つまり、金融政策だけの問題ではないということだ。今こそ、長期的視点に立った産業政策の大胆な転換が求められる。
今週の“ひらめき”視点 9.18 – 9.29
代表取締役社長 水越 孝