道の駅の王者登場~絶品に全国から客が殺到
群馬県北部にある川場村は人口3270人。その中心部にはずらりと立ち並ぶ建物群が。日本屈指の集客を誇る道の駅・川場田園プラザだ。
年間来場者数は実に190万人。その数は世界遺産の姫路城を上回り、東京のよみうりランドに匹敵する。週末には7つの駐車場があっという間に一杯になる。敷地の広さは東京ドームの1.5倍。そこに様々な飲食や物販など、20近い施設がひしめき合う。
夏に人気なのは無料で食べ放題(期間限定)のブルーベリー公園。子供連れには嬉しいプレイゾーンも充実している。だがその最大の魅力は絶品グルメの数々。園内はどの店も大行列ができている。
田園プラザにあるのは、普通の道の駅ではありえないような店ばかりだという。例えば「田園プラザベーカリー」は、道の駅というより都会のおしゃれなベーカリーのよう。会計には、トレイのまま置けば、一瞬で金額が表示される画像認識レジまで導入されている。
厨房で作っていたのは、川場村のブランド米「雪ほたか」の米粉と大和芋のとろろを生地に練り込んだ一番人気のパン。1日に150以上売れる「ふわとろ食パン」(2斤566円)だ。地元食材のコラボが生みだす食感が客をつかんでいる。
一方、都心の有名スイーツ店といった雰囲気のギフトショプは「カワバプレミア」。美味しそうに輝くのは、発酵バターと地元のリンゴをふんだんに使った川場村限定「アップルパイ」(550円)だ。
おしゃれなケースに入っているのはカワバチーズだ。専門店でしか味わえないようなイタリアンチーズ「フレッシュ・チーズ ブッラータ」(1350円)もやはり川場村の味わい。田園プラザからわずか300メートルのところにある「川田牧場」の生乳を、絞った先から田園プラザの敷地内にある工房に運び、それを原料に一つずつ手作りしている。
試食コーナーには、桐の箱に入った1800円もする「プレミアムヨーグルト」が。地元の「小野養蜂場」が周辺で採取している濃厚なハチミツをふんだんに使っている。そのコクのある酸味と芳醇な甘みは、もはやヨーグルトの域を超えている。
田園プラザがこだわるのは、地元食材のおいしさを徹底的に引き出す商品。だから産直コーナー「ファーマーズマーケット」もひと味違う。並んでいる野菜はどれも地元産だが、高級スーパーにあるような魅力的なものばかり。カボチャ一つとっても種類が豊富だ。
広大な敷地に立ち並ぶ絶品の店を巡り、一日ゆったりと過ごせる。これが、田園プラザが様々な道の駅ランキングでトップに選ばれてきた理由だ。
エルメスっぽい道の駅?~赤字施設を大改革
店の厨房に入り、「かわば丼」(950円)を作っていたのは社長の永井彰一だ。客を観察するため、わざわざシフトに入っているという。
「常にお客さんの表情を見ている。全部食べたのか、何を残したのか、気にしています」(永井)
川場村出身の永井は、2007年に赤字で苦しんでいた田園プラザの再建を任され、わずか10年で日本屈指の道の駅に変貌させた立役者だ。
その改革は、普通の地域おこしとは全く違う。田園プラザで出す商品は、全て永井が試食・承認したものでなければ提供しないのが決まり。永井がこだわるのは、地元産の食材に甘えない商品作りだという。
「地産地消と言いますが、その地域の人にとってはおいしいものかもしれないが、そうでないもののほうが多い気がする。それでは地産地消の押し売りでしかない」(永井)
例えば、道の駅ではよく見るボリュームのある「おやき」。ここではおしゃれなベーカリーで販売している。中の具材はおやきと同じだが、外を軽いパン生地に変えたという。
「『おやき』は食感がずっしりしていますが、ここのものは軽い。消費者のニーズがどこにあるのか、アンケートやお客様の声を聞いて開発した商品の一つです。日曜日には1000個売れます」(永井)
田園プラザには、店作りも独自の手法がある。この日、東京にやって来たのは田園プラザの社員・大塚俊輔。銀座にある話題の店「サロン アダム エ ロペ」を偵察にきたという。店内にはおしゃれにデザインされた食材が並ぶ。気になったのは、小さく小分けにされた炊き込みご飯のパッケージ。この時期ならではの稲穂のディスプレーも気になった。
「田舎にある道の駅ですが、都会から来るお客様も多いので、そういうお客様の心にも響くパッケージやデザイン、ディスプレーを心掛けています」(大塚)
田園プラザでは東京などの最先端の店を徹底的に研究して店作りをしている。実際、田園プラザの「ファーマーズマーケット」は「産直の売り場ではなく、都内の高級食品スーパーやデパートの売り場を参考にして作りました」(永井)。ベーカリーは高級ブランドを手本にしているという。
永井は客が喜ぶ店を徹底的に研究、そのノウハウを道の駅に取り入れてきた。永井の改革から12年。田園プラザは驚異的に来場者数を増やし続け、ついに年商20億円を突破。地方創生のモデルとされる道の駅の全国モデルに選ばれるまでになった。
「宝石のない村はないと思うんです。人間も地域も磨けば光る。光るか、光らないかはやり方、考え方次第じゃないですか」(永井)
貧しかった村に190万人~プレミアム道の駅誕生秘話
永井と川場村の外山京太郎村長とは、3歳のときから仲良しだったという。家は川場村で代々酒作りを行ってきた酒造メーカー「永井酒造」。だが、永井は「小学校1年の時から酒造りを手伝わされて、本当に酒造りは嫌だと思っていました」と言う。
酒蔵を経営者していたのが永井の父・鶴二。その鶴二は1967年から12年間にわたり、川場の村長を務めていた。年々貧しくなっていく故郷に誰よりも危機感を抱き、打ち出した政策が「農業プラス観光」。川場村は、スキー場建設から道の駅まで、観光への思い切った投資にかじを切る。
一方、永井は大学を卒業後、カナダに渡りビジネスを学ぼうとしていた。
「なんとかして酒蔵から逃げようという思いがありました。スキーリゾート全体の勉強がしたかった」(永井)
ところが、わずか1年で母親から呼び戻されてしまう。酒蔵の経営が傾きつつあったのだ。永井は海外での経験を生かし、斬新な発想で次々とヒットを飛ばした。
「当時、日本酒は格好悪い飲み物だったじゃないですか。これでは日本酒のマーケットはないと思った。それでスタイリッシュで格好良く飲める日本酒を造ったんです」(永井)
そんな永井の元に依頼が。2007年、川場村が作り経営危機に陥っていた田園プラザの再建が永井に託されることになった。そこで目にしたのは、すでに亡くなっていた永井の父が始めた観光事業の厳しい現実だった。
「売り上げが5億円未満、経常赤字が約2000万円。『ゴミをまたぐ田園プラザの社員』『挨拶ができない田園プラザの社員』『お礼を言わない田園プラザの社員』と言われていました」(永井)
全てを自分に任せることを条件に引き受けた永井は、施設の問題点を調べあげ、その改革を断行する。
従業員の意識改革のため、社員総出で視察に行ったのが東京ディズニーランド。客を魅了するには何が必要なのか。そのノウハウを徹底的に研究し、スタッフのおもてなしを一から教育した。
実は永井には、成功への確信があったという。その理由が蒸気機関車。鉄道のない川場村に、村長だった永井の父が観光の目玉として持ってきたものだ。客車も持ってきて宿泊施設にするという突飛な案に一同面食らったが、永井の父は無謀なアイデアを実現してしまう。
開業したSLのホテルには、予想を超える客が遠方から村に押し寄せた。その光景を見つめていた少年時代の永井は「川場がこんなににぎわっているのを初めて見た」と、父を尊敬した。
「家業のことはほぼ顧みず、『村のため、地域のため』というのがすごく強かった。自分が生まれ育った村に父も貢献したので、その足元にも及ばないけれども、別の意味で貢献したいという思いは強いです」(永井)
父の思いを受け継いで格闘し、村に活気をもたらした永井。川場の農家も大きく意識が変わったという。田園プラザでは商品のラッピングやパッケージに工夫を凝らすなど、農家が自分たちで売り方を考えるようになったその結果、「年商は約7億円。農家の皆さんに約5億円はお返ししています」(永井)。
貧しかった川場の農家は笑顔を手に入れた。
今度は港町に客を呼べ~次の挑戦はロサンゼルス
富士山を望む神奈川・大磯町。地元の漁協から永井にある依頼があった。
「漁協の古い建物を解体して、『漁協にぎわい広場』を造るんです。デザインも提案させてもらいました」(永井)
永井は川場を成功させた手腕を買われ、地域おこしに引っ張りだこに。中﨑久雄町長も「永井さんに期待しています。楽しみです」と言う。
別の日、アメリカ・ロサンゼルスに永井の姿があった。永井は欧米の様々な店も研究対象にしてきた。時間を見つけては地元で人気のある飲食店を見て回り、川場での店づくりのヒントを探し続けている。
アメリカ滞在にはもう一つ大きな目的があった。永井がやってきたのは世界中のおいしい食材を扱う巨大なスーパー。肉売り場で探していたのは和牛だ。
「100グラム3000円ぐらい。日本より高いですね」(永井)
今、ロサンゼルスでは和牛が人気だという。永井は売っている日本の食材を次々とチェックして回った。
「もっといい日本の食材をお見せすると、アメリカの消費者は食い付いてくる気がします」(永井)
永井はロサンゼルスにショッピングモールを建設する一大プロジェクトを進めている。その名も、「モール オブ ジャパン」。800坪の敷地に日本中の食材を発信する店を出し、それを永井がプロデュースする。
「ロスはロスのやり方で、川場村でやったのと同じようなことを、今度は日本全体に広げてやりたいと思います」(永井)
建設するのは年々廃れているという日本人街の一角。開業予定は2021年。川場村で始まった永井の挑戦は思わぬ広がりを見せていた。
~村上龍の編集後記~
神童だったそうですね、永井さんに聞いたら「作り話ですよ」と否定された。たぶん本当だと思う。神童は成長し類まれな経営者となった。
奇跡のような地方再生。だが、やり方は普遍的だ。ボトルネックを発見し、できることから改善していく。「川場田園プラザ」は欧州のマルシェ、都市部のデパ地下などを参考にしているが、別の環境だったら違う戦略を採っていただろう。
父親は、商売人ではなく村長として、息子に進むべき道を示した。ただ、ビジネスも政治も、人々が何を求めているか、考え抜き実践する以外、方法はない。
<出演者略歴>
永井彰一(ながい・しょういち)1963年、群馬県生まれ。1989年、カナダ留学から帰国後、永井酒造入社。1999年、代表取締役社長就任。2007年、田園プラザ川場代表取締役社長就任。
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