3期目続投に意欲的な習近平国家主席「グローバル安保構想」提唱の狙いとは?
(画像=cil86/stock.adobe.com)

習近平国家主席が世界に向けて新たに打ち出した「グローバル安全保障イニシアティブ(GSI)」構想に対し、国際社会はさまざまな反応を示している。ロシア・ウクライナ戦争が世界を揺るがしている今、中国があえて新たな構想を提唱する狙いとは……。

「人類は不可分な安全保障共同体」を強調

GSIは2022年4月21日、海南省ボアオで行われたボアオ・アジアフォーラム2022年年次総会で、習氏がビデオ演説中に打ち出したものだ。

「共同、包括、協力、持続可能な安全保障理念を堅持し、世界の平和と安全を共に堅持していくこと」「各国の主権と領土保全を尊重し、他国への内政干渉をせず、各国国民が自ら選択する発展の道と社会制度を尊重すること」「国家間の見解の不一致と紛争を、対話と協議を通じて平和的な方式で解決することを堅持し、危機の平和的解決に有益なあらゆる努力を支持し、ダブルスタンダード(二重基準)は行わず、一方的な制裁とロングアーム(自国の法令などを自国領域外にも適用すること)の乱用に反対すること」などの「6つの堅持」で構成されている。

汪文斌報道官の言葉を借りて要約すると、GSIは近年増大している「一国主義や覇権主義、権力政治の脅威、世界の平和や安全、信頼、ガバナンスの欠損」と戦うために、中国が掲げる構想だ。「人類が不可分な安全保障共同体」であることを強調すると同時に、「真の多国間主義を堅持する」ことを世界に示す意図がある。

ただし、具体的にどのように推進・実行していくかは明らかになっていない。

「安全保障の不可分性」はロシアの受け売り?

注視すべきは、構想案に含まれた「安全保障の不可分性の原則を支持する」というくだりだ。

ロイターによると「安全保障の不可分性」という表現は、米国がロシアにウクライナの国境から軍隊をただちに撤退させるよう呼びかけた際、ロシア側が返答に用いたものと酷似する。

ウクライナをめぐる交渉で、ロシアは西側諸国政府が「不可分な安全保障」の原則に基づく1999年の合意を尊重するよう求めている。この合意とは1999年11月のイスタンブール首脳会議で採択され、欧米諸国やロシアが加盟する欧州安全保障憲章機構(OSCE)のことを指している。

OSCEの憲章では、加盟国は「自国の安全保障協定と同盟を自由に選択できる」が、「いかなる国も自国の安全を強化するために他国を犠牲にすることはできない」と定められている。しかし西側諸国は、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大を試みるなど、ロシアの安全と平和を脅かしているというのがロシアの主張だ。

シンガポールのS.ラジャラトナム国際研究大学院(RSIS)の李明江准教授いわく、中国はロシアのウクライナ侵攻を巡る西側諸国の介入と、台湾や南シナ海問題を巡る西側諸国の反発を重ね合わせている可能性が高い。「西側が安全保障上の懸念を無視していると見なす中国が、自国の正当性を主張するために『不可分の安全保障』という概念を持ち出しても不思議ではない」

米国務省のネッド・プライス報道官はこのような背景を踏まえ、「不可分な安全保障の概念を含めて、中国はクレムリン(ロシア政府)の発言の一部を復唱しているに過ぎない」と述べている。

中露共同声明では「国際的民主主義」をアピール

GSIは2月に中露が共同声明で示した、「国際的民主主義」を拡張する内容でもある。

共同声明はNATO(北大西洋条約機構)がアジア太平洋地域でその影響力を拡大する可能性や、2021年9月に発足した三国間安全保障パートナーシップAUKUS(米英豪安全保障協力)に対する懸念などが盛り込まれたものだった。

両国は共同声明を介して、「国際秩序を乱す元凶」である欧米式の一様的な民主主義から、「他国の平和的発展に対して客観的な態度を保つ」新時代の包括的な国際民主主義を世界に呼びかけた。それと同時に、中露間で「制限なし」の二国間関係を確立することを宣言した。

3期目続投に向けた宣伝キャンペーン?

習近平国家主席の3期目続投に向けて重荷となりかねない、潜在的な障害を排除する意図で、「GSIを宣伝キャンペーンとして利用している」との見方もある。

今秋に開催予定の党大会では、政治局常務委員を含む指導部の人事が事実上決定される。習国家主席は続投に意欲的な姿勢を示しているが、党内外では同氏への権力集中を懸念する声や国有企業優先の政策を疑問視する声もある。

それに加えて、ゼロコロナ政策の長期化が国民の不満を煽り、経済回復の足かせにもなっている。国際社会における外交的立場も脆弱化し、同氏の中国一大構想である「一帯一路」は新興国を借金漬けにしていると批判を受けるなど退潮の兆しが見える。

「中国共産党の外交政策の既存の要素を、現在の世界の不安定さに対する解決策として投影しようとしたものだろう」と指摘するのは、ワシントンの戦略国際問題研究所に属する中国専門家のジュード・ブランシェット氏だ。

「GSIを軸とする新たな国際安全保障の基盤が構築されるとは思えない。そう考えると、中国の世界観を既存の国際安全保障の構造に織りこもうとしていると解釈するしかない」と述べている。

どのような思惑があるにせよ、中国がGSIの原則で言わんとしているのは、「アジアの問題はアジア諸国によって管理されるべきである」という点に帰着する。結局のところ、アジア圏における米中覇権争いの新たな切り札に他ならないのだ。

世界がますます二極化する中、GSIが特に中近東やアフリカなどから支持を得る可能性やアジアにおける米国の行動に影響を与える可能性を指摘する声もある。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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