中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代
(画像=中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代)

サイバー大国イスラエルの実力

ネタニヤフ元首相は、テルアビブ大学で2011年に開催された「サイバー戦争」に関する初のカンファレンスで、イスラエルが世界のトップ5の「サイバー大国」になるという明確な目標を提案した。それから10年余りが経ち、イスラエルは現在世界中に約50社存在するサイバーセキュリテイ系ユニコーン企業(※1)のうち約1/3を輩出するという快挙を成し遂げ、世界有数のサイバー大国となった。今章ではイスラエルがどのようにしてその地位を築いたのか、またサイバーパワー戦略における信条とは何かに迫る。

イスラエルが世界のトップ5の「サイバー大国」になるという明確な目標を提案したネタニヤフ元首相©GPO
(画像=イスラエルが世界のトップ5の「サイバー大国」になるという明確な目標を提案したネタニヤフ元首相©GPO)

敵対的な環境との闘い

イスラエルは敵対的なアラブ諸国との歴史から、生存のための闘いが常に戦略的文化の中心となってきた。それは国民全員に課される兵役での経験によって強化され、「共通善」としての安全保障が市民生活に浸透している。また生活に根ざした安全保障の概念は、抑止力の発揮の必要性と、防衛力の持続的発展のための防衛ソリューションの輸出機会を見出す必要性という二つの特徴も生んだ。この原則は、イスラエルのサイバー戦略の基礎(※2)としても次のように引用されている。「一方では安全保障上のリスクを軽減し回復力を高め、他方では発展するサイバースペースによって可能になる機会を活用するという、相互に関連する2つの目標を持つ」

サイバースペース
(画像=サイバースペース)

イスラエルのサイバー戦略と原則

ネタニヤフ元首相は2010年、「サイバーイニシアチブ」として知られる国家サイバー戦略へのアドバイス考案のための特別任務部隊を指名。翌年イスラエル政府は、国家サイバー防衛を原理から現実の能力へとシフトするため、国家サイバー政策を策定し、国家サイバー局を設立する決議を可決した。イスラエル国家サイバー局(INCD、※3)は2017年、国家サイバーセキュリティ戦略において「集合的な堅牢性」、「インシデントに備えたシステム回復力」、「すべての抑止ツールを含む深刻な脅威に備えた国家サイバー防衛」という三層からなるサイバー防衛の枠組みを発表した。そして次のような原則によりその枠組の強化を図っている。

イスラエル国家サイバー局
(画像=イスラエル国家サイバー局)

質的な優位性

国家の形成期において、ベン・グリオン首相(※4)は、アラブ軍の量的優位性を質で相殺することを目標に掲げ、これはドローンからサイバー兵器に至る、今日までの結果として受け継がれている。サイバー戦略の中核には最先端のイノベーションが包含され、こうしてイスラエルは1990年代に民間と軍のサイバー部隊を世界に先駆けて設置し、サイバー・インシデントのための国家緊急電話回線を設置した最初の国となった。

人的資源の活用

人的資源はイスラエルの最大の強みであり、サイバー分野では中学・高校レベルのサイバー教育から、ベン・グリオン大学を含む6つの主要大学でのサイバー・プログラムに至るまで、様々なプログラムを実施している。特に技術世代の入れ替わりが激しいサイバー分野では、才能に勝る重要な資産はないことを理解しているからこその施策であり、また今日の資本主義を支配するデジタル経済における最も重要な活動がソフトウェアエンジニアリングであり、人材に大きく依存する活動であることとも合致する。

エコシステムによる組織化

才能の価値を最大限に引き出し、最先端のイノベーションを実現し、商業的機会を活用するためには、他のサイバー専門家や軍人、研究者、企業投資家などの学際的ネットワークとの統合が必要とされる。これに関しては2010年代前半にイスラエル国防省の国防研究開発局のサイバー部門が軍とスタートアップ企業間のパートナーシップを確立し始めるなど、多くのレベルで既に実現されている。またエコシステムの構築には資金が必要とされるが、資金調達の大部分は海外から行われ、デジタル領域で最も重要な市場である米国をはじめとする海外市場の開拓にも役立っているのも特筆すべき点である。資金提供はイスラエルのエコシステムへの依存を生み、イスラエルに有利な影響力をもたらすからだ。ここでも重要なのは資本ではなく、優秀な人材のエコシステムにある。

ネタニヤフ元首相の個人的な関与

国家サイバー・イニシアチブが2011年の政府決議に至ったのは、元首相の個人的信念に由来するものであり、ネタニヤフ元首相のサイバー戦略への関与もまた、イスラエルのサイバー戦略における重要な要因だといえる。ネタニヤフ元首相は2011年から2019年までCyberWeekの各カンファレンスに参加したが、この「伝統」は2021年にも引き継がれた。国防相とナフタリ・ベネット首相も英語で基調講演を行い、ネットワーク化した世界におけるサイバーパワーの発展について理解していることを証明した。ベネット首相は現在、過去にサイバーセキュリティのキャリアを持つ世界唯一の行政府長である。国家の最高幹部によるサイバーセキュリティ問題への関与は今後も続くだろう。

Cyber Weekで基調講演を行うナフタリ・ベネット首相
(画像=Cyber Weekで基調講演を行うナフタリ・ベネット首相)

イスラエルのサイバーパワーの評価

攻撃的なサイバー能力を評価することは難しいが、現実的な防衛的サイバー能力の成果の例として、COVID19の影響でフランスや米国におけるサイバーセキュリティ・インシデントが200%から400%増加したが、イスラエルのハイテク産業はGDPの12%を占めるにも関わらず、50%という比較的小さな増加率にとどまったという事例が挙げられる。

これらの能力は約2万人が従事するサイバーセキュリティ産業によって支えられている。700社以上のスタートアップが参加するイスラエルのサイバーセキュリティ・エコシステムは、2020年にサイバーセキュリティ分野のグローバルベンチャー企業の資金の3割以上を調達した。またイスラエルのサイバーセキュリティ専門家の多くは、米国のサイバーセキュリティ企業のトップマネジメントや米国の大手銀行のサイバーセキュリティ部門にも参画し、サイバー戦略という点で比類ない成功を収めたモデルを提供している。他の西側諸国は、この成功に自国の進むべき道を示す材料を見出さないわけにはいかないだろう。

※1:評価額が10億ドルを超える、設立10年以内の未上場のベンチャー企業
※2:「Israel National Cyber Security Strategy in Brief, INCD, September 2017」より抜粋
※3:イスラエルの国家サイバースペースを守り、イスラエルのサイバー能力を確立および推進する責任を負う国家安全保障および技術機関。
※4:イスラエルの初代および第3代首相を務めた政治家。