イーロン・マスク氏のTwitter買収劇は、同氏がCEOを務めるテスラや投資家を巻きこんでさらなる波紋を広げている。
買収案合意発表翌日の2022年4月26日には、テスラ株が急落して1,260億ドル(約16兆3727億円)相当が一掃されたほか、同氏が資金調達目的でテスラ株960万株を売却していたことも明らかになった。その一方では、同氏が個人的に大量のテスラ株を融資担保とする計画を巡り、テスラのリスク管理能力への懸念も高まっている。
買収資金調達でテスラ株1兆円以上を売却
テスラ株急落は、Twitter買収を巡る警戒心が強まったためだ。
2022年4月20日付けの米国証券取引委員会(SEC)の開示文書によると、440億ドル(約5兆7,191億円)の買収資金のうち210億ドル(約2兆7,293億円)はマスク氏の自己資金で、残金は融資の形で調達するという。
テスラはTwitter買収に直接関与していないものの、「マスク氏は資金の確保手段としてテスラの持ち株を売却するのではないか」との憶測が市場に広がった。
世界一の大富豪の座に君臨するマスク氏だが、純資産2,536億ドル(約32兆9,649億円)の大半は株式資産だ。「現金資産の少ない大富豪」として知られており、今回のように巨額の現金を調達するためには、持ち株を売却する必要がある。実際、同氏は急落同日から3日間にわたり、85億ドル(約1兆1,046億円)相当のテスラ株を売却した。
同氏が29日に「本日以降、テスラ株を売却する予定はない」とTweetしたことで市場に安心感が広がり、5月3日時点で株価は回復基調にある。
株式担保総額12兆円のリスク
しかし、マスク氏の「巨額の株式債務」を過剰なレバレッジと見なし、潜在的なリスクを懸念する声もある。
前述の開示文書に話を戻すと、資金調達計画にはテスラ株を担保とする125億ドル(約1兆6,265億円)の証拠金ローンや130億ドル(約1兆6,914億円)の銀行ローンが含まれている。
通常、銀行はテスラのような高ベータ値株(株価指数と比較して値動きの大きい銘柄)を担保とする場合、より多くのクッションを必要とする。この点を考慮すると、マスク氏が融資を受けるためにはテスラ株で約650億ドル(約8兆4,580億円)を担保に入れる必要性が生じるとCNBCは指摘している。
調査会社オーディット・アナリティクスによると、マスク氏が融資を受けるために担保に入れた株式の総額は、Twitter買収以前で900億ドル(約11兆7,111億円)を超えていたとされる。この金額は、ニューヨーク証券取引所とナスダック上場全企業による株式担保総額2,400億ドル(約31兆2,465億円)の3分の1以上を占めているという。
ここにTwitter買収のための新たな融資が加算されることになる。
株主に悪影響を与える可能性に懸念
もちろん、懸念が取り越し苦労に終わる可能性もある。
マスク氏が今回売却したテスラ株は、同氏の保有株の5.6%相当で、現在も筆頭株主の座を維持している。残りの約15.6%とオプションを合わせると、テスラへの出資比率は23%前後と推定されている。また、同氏の純資産の半分以上は航空宇宙事業のSpaceXや他のベンチャー企業株によるものだ。
しかし、これらを差し引いても懸念材料は依然として横たわる。
例えば、今回の証券担保ローンではテスラ株の価値が357億ドル(4兆6,471億円)以下になった場合、2日以内の担保増額か借入れの一部返済、あるいは担保対象=テスラ株の売却が条件となっている。
大量の株式が売却された場合に限らず、このような不安材料は株価に下落圧力をかけ、株主に悪影響を与える要因となりかねない。
他社は自社株を担保とする個人融資を制限
近年、多数の企業がコーポレートガバナンスの一環として、役員による株式を担保とする借入れを制限している。そのような事実と照らし合わせると、テスラのリスク管理能力に対する懸念が高まるのも無理はない。
議決権行使助言会社インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)の子会社、ISSコーポレート・ソリューションズのデータによると、S&P500企業の3分の2以上が、全役員と取締役が自社株を担保に融資を受けることを禁止するための厳格な担保設定禁止方針を設けているという。
米ソフトウェア大手オラクルのように例外や免除を認めている企業もあるが、テスラのように役員による「株式質入れ」を認めている企業はわずか3%に過ぎない。
証券担保ローンに入れていた株式の売却を余儀なくされた例は、過去に複数ある。
2012年には米グリーンマウンテン・コーヒー・ロースターズのロバート・スティラー会長とウィリアム・デイビス取締役社長が、2015年にはカナダの製薬企業バリアント・ファーマシューティカルズ・インターナショナルのマイケル・ピアソンCEOが、貸し手からのマージンコール(投資家に不足の証拠金の請求)を満たすために担保として保有していた株式を売却した。
テスラ「幹部と株主の利益を一致させる」
テスラの株主はTwitter買収から得るものがないにもかかわらず、潜在的に大きなリスクを強制されることになる。
テスラ側は、幹部が個人的な融資や投資目的で自社株を担保にできることについて、「資金計画の柔軟性を提供することは幹部と株主の利益を一致させるものだ」と主張している。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)