中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代
(画像=中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代)

アラブ諸国との国交正常化とアラブ系コミュニティの躍進

イスラエルはユダヤ人の国というイメージが強いが、その人口内訳はユダヤ系イスラエル人が74.7%、イスラム、キリスト教含むアラブ人が20.8%、アラブ人以外のキリスト教徒などその他が4.5%となっており、人口の2割以上をアラブ系市民(主に1948年の独立戦争後もイスラエル国内に残ったパレスチナ人)が占めている。

アラブ系コミュニティ
(画像=アラブ系コミュニティ)

両者はイスラエル建国以前から100年以上にわたり、ヨルダン川から地中海の間に広がる土地を争ってきたが、2020年9月の歴史的なUAE・イスラエル間のアブラハム和平協定合意(※1)以来、イスラム教スンニ派のアラブ諸国の最重要課題がパレスチナ問題からシーア派の大国イランの軍事的脅威の封じ込めに移行したことで、その流れは少しずつ変化している。今記事ではアラブ系イスラエル人のイスラエル国内ハイテクシーンでの台頭にスポットを当てる。

アブラハム和平協定合意による変化

イスラエルとUAEの国旗
(画像=イスラエルとUAEの国旗)

国交正常化に伴い、イスラエルとUAEは相互に大使館を設置し、投資促進のため租税協定も締結。その関係は急速に進展しており、技術立国イスラエルと投資・金融の中心地であるUAEの協力強化は中東の経済情勢を大きく変えつつある。ヨルダン川西岸を統治するパレスチナ自治政府は、イスラエルとUAEの協定は独立国家を樹立しようとするパレスチナの努力を無視したものだと非難しているが、イスラエル国内のアラブ系市民の中には別の見方をする人も多数いるのが現実である。イスラエルに住む約200万人のアラブ系市民の一部にとってUAEとの新たな交流は、これまで公式に禁じられていた経済的・文化的つながりを形成するチャンスとなり得るからだ。

UAEやその他の潤沢な資金を持つアラブ諸国とのつながりは、アラブ系市民のハイテクコミュニティにとって特に魅力的に映る。米調査会社のスタートアップ・ゲノムの調査によれば、アラブ系イスラエル人は過去20年間、ユダヤ系市民がその軍事的経験をサイバーセキュリティなど数十億ドル規模のスタートアップに転化するのを傍観してきたが、自らもUAEからの資金流入の波に乗ることを望んでいるという。

UAEアブダビにある有名なビル群
(画像=UAE アブダビ)

ビジネス主導での不公平解消への期待

イスラエルのアラブ系コミュニティは人口の約20%を占めているが、技術系部門の労働者に占める割合はわずか約3.5%に過ぎない。また資金不足、長年にわたる差別、兵役に就かないというハンディキャップなど、アラブ人コミュニティが新境地を開拓する上で直面するすべての障害と、アラブ系イスラエル人が受けている「不公平」の解消にビジネス上の結びつきが一助となる可能性があると考えている人も多い。イスラエルのハイテク産業は兵役義務による強いコネクションを持つユダヤ系男性が圧倒的多数を占めている。

ユダヤ、アラブが結束して中東のイノベーションをリード

UAE ドバイ
(画像=UAE ドバイ)

イスラエルとUAEが協定を結んですぐ、多くのアラブ系イスラエル人が数千人のユダヤ系イスラエル人とともに、巨大なUAE市場での利益を求めてドバイやアブダビに集まった。イスラエル国内のナザレやハイファといった都市で増えつつあるアラブ系イスラエル人のハイテク拠点で、UAEからの投資が切望されていたからである。約300社のアラブ系イスラエルのスタートアップ創業者や従業員には、ハイファにあるテクニオン(※2)で学んだイスラエル人や、Google、Apple、Intelなどの企業のイスラエルオフィスで働いた経験のある人たちが含まれている。このスタートアップ・シーンは主にAmazonやUber、Booking.comといった企業のアラブ語翻訳を担うベンチャー企業が多い傾向にあり、カイロやヨルダンのアンマンといった隣国のアラブ都市や、ヨルダン川西岸のラマッラにある数十社のスタートアップとは対照的だ。

アラブコミュニティの技術起業促進プログラムの開始

イスラエルのアラブ人社会は主に北部と南部の特定の地域に集中しており、イスラエルの中心地や経済の中心地であるテルアビブから地理的に離れていること、投資家にアクセスできないこと、そして特に、関連するネットワークシステムの欠如という3つの根本的な問題を抱えている。こうした問題点に起因するアラブ系市民の要望の高まりを受け、イスラエルは国内アラブ系コミュニティにおける起業家精神を促進し、成長著しいハイテク産業への参加を促進するため、7000万ドルのプログラムを正式に開始した。

パソコンの前で話し合うアラブ人たち
(画像=パソコンの前で話し合うアラブ人たち)

このプログラムはイノベーション、科学技術、社会的平等の各省とイスラエル・イノベーション・オーソリティが主導し、アラブコミュニティにおけるハイテクと科学プログラムを推進する5年間の戦略の一環で、教育、経済開発、健康、犯罪対策などの分野でアラブコミュニティのために100億ドルを超える予算を配分する政府の計画の一部でもある。イスラエル・イノベーション・オーソリティは、ベドウィン、ドルーズなどの少数民族を含むイスラエルのアラビア語話者のコミュニティリーダー、地域当局、技術専門家と広範囲にわたって何度も話し合い、彼らの特定のニーズに合わせて技術中心のプログラムを作成した。

この技術プログラムでは今後5年間にわたり、起業家センター、技術インキュベーターやアクセラレーター、投資家クラブの設立など、さまざまな取り組みに資金が投入される予定となっていて、ハイテク産業からの反応は圧倒的にポジティブだという。イスラエル・イノベーション・オーソリティのCEO、Dror Bin氏は「イスラエルのハイテク強化全般の一環としてアラブ社会での起業エコシステムを発展させる」と述べており、今後同プログラムによりアラブ系市民のハイテク産業参画が進み、2020年代はイスラエルとUAE主導の中東イノベーションシーンをアラブ系企業発テクノロジーが席巻することも夢物語ではなくなってきている。

※1:アラブ首長国連邦とイスラエル国間における平和条約及び国交正常化。

※2:イスラエル工科大学。学生の20%以上をアラブ人が占める。