損害保険大手のSOMPOホールディングスが、2018年にイスラエルにデジタルラボを作りました。
保険という一見ハイテクからは離れた分野の伝統ある日本企業が、イスラエルで一体何をしようとしているのか、大変興味を持って注目していたのですが、この度、SOMPO Digital Lab Tel Avivのヘッド、イノン・ドレヴ(Yinnon Dolev)氏にお話を聞く機会を得ました。大変興味深い戦略的なチャレンジをされており、3年で既に多様な成果を上げていることも解りました。興味深いドレヴ氏のお話を、出来る限りそのままお届けします。
―――SOMPOデジタルラボについてまず教えて下さい。
私たちのミッションステートメントは、ウェルビーイング、ヘルス、セーフティー&セキュリティのテーマパークを作るというもので、保険を補完する、あるいは全く新しい、社会にインパクトを与えるような新しいビジネスをテクノロジーによって作ることを掲げています。保険事業の新しいエンジン、新しいソリューション、更には保健事業とは関係のない市場にも投入出来るサービスを生み出したいと思っています。そのために、東京、シリコンバレー、テルアビブの3箇所にラボがあります。それぞれ、ローカルのソリューションを開発し、新しいパートナーシップを作るために協力しています。
―――3つのラボにはそれぞれの独自の役割はあるのでしょうか?
東京はHQで、テルアビブとシリコンバレーのサポートもしています。テルアビブはイスラエルやヨーロッパの技術、シリコンバレーはアメリカの技術を担当しますが、私達の事業に影響を与えるような新しい技術トレンドを特定しようとする場合などは共同で仕事をします。例えば、SOMPOの事業部からある技術に関するリクエストが来た場合、それぞれのハブがそこで入手できる情報や技術を研究しますが、最適なソリューションを見つけるためにはそれらを持ち寄って協力しながら答えを見つけます。
―――SOMPOは日本だけではなく世界30カ国でビジネスをしていると伺いましたが、デジタルラボで生み出す新ビジネスは日本だけではなく世界でも提供するのでしょうか?
最初は日本市場にフォーカスします。我々のブランドも含めた強みや能力は日本にあるので、その強みを活かしてデジタルヘルスやモビリティの優れたスタートアップと提携することもできます。成果が沢山でてきたら、他の地域へ拡大することも視野に入れています。
―――デジタルヘルスやモビリティは保険事業とも馴染みが良いことは分かります。ただ、私のような古い日本人からするとSOMPOは損害保険の大企業であり、IT企業には見えません。どのように新規事業を進めてゆくのでしょうか?
保険は自動車事故のような”イベント”が起きた時に役に立つものですが、それ以上にもっと顧客の役に立てると私達は考えています。例えばテクノロジーで自動車事故を防いだり、運転を支援したり、時には車を使わずに公共交通を使うことを勧めたり、保険会社として様々なことができます。SOMPOは老人介護施設のチェーンも運営しています。高齢者の生活をより豊かにするためには何が出来るのか、ということもテーマです。車の運転ができなくなっても、もっと簡単な方法で高齢者の移動を助けることが出来るかもしれません。これらの技術で事故が少なくなれば保険にとってもメリットがあります。様々なことが保険事業に結びついていることが分かってきました。事後に役立つだけではなく、保険には事故を防ぐためのプロアクティブな役割も出来るということなのです。
他の事例は気象による災害です。実は気象災害関連の保険金請求は、保険事業コストの大きな割合を占めています。もし、ビッグデータの解析や災害の予測で適切な対策ができれば、保険事業だけではなく、社会にとってもインパクトがあり、価値のあるサービスになるでしょう。このような価値のあるサービスを生み出してゆきたいと考えています。
―――保険とは直接関係しない新規事業のアイデアはありますか?
他の領域としては農業があります。日本の農業は高齢者に依存しており、後継者が不足していることも問題です。
そこで技術で農業の効率、利益率を高め、農家を支援することが出来ないかを考えています。お年寄りがデジタル技術に精通してないという課題もありますが、スマホの例でも分かるようにいずれ誰もが使えるようになるでしょう。これは食料供給の課題解決にもつながります。
―――大変興味深いですが、日本では農業や医療の分野には様々な規制があります。規制の問題は技術だけでは解決できません。この点はどのようにお考えでしょうか?
完全な解があるとは思っていませんが、アプローチはあります。私達が日本で活用出来ると考えている技術の殆どは、他の国ですでに実証済です。従って、プロジェクトの多くは他の国での規制上の制約をクリアしたソリューションであり、他の国でも同じような課題があります。また、日本の規制当局は海外でどのような規制があるかもよく理解しています。従って、例えば、米国のFDAで認可された技術が自動的に日本の厚生省の認可も得られるというわけではありませんが、その可能性は高いと言えます。
―――農業からセキュリティまで大変幅広い領域を狙っておられますが、それぞれの分野に対応する専門家はチームにいるのでしょうか?
チームにはそれぞれの分野のスキルセットを持った経験者がいます。医薬品のTEVAや、健康保険サービス提供をするMaccabiから来た人、農業の経験者やスタートアップの経験者もいます。現在13名でもっと増やしていく計画です。最初は他社とのパートナーシップが基本で開発を進めてきましたが、今はin-houseでの開発も考えており、両面で進めます。今年の7月に日本にSOMPO Light Vortexという組織ができました。新しいサービスや商品を企画、開発することを目的としています。我々もR&Dチームを作り、イスラエルの優秀な人材を使って商品開発を行い、インキュベートしていきたいのです。イスラエルでは優秀な人材を確保するのは大変な競争になっています。アマゾンやグーグルなどの大企業もR&Dセンターをイスラエルに置き、多くの資本も入ってきて、スタートアップの活動も更に活発になってきています。このような状況で、ベストな人材を探すのは容易ではなく、頑張らねばならないと思っています。
―――そんな厳しい状況のなかでSOMPOに来てもらうためには、SOMPOにどのような魅力があると見せていますか?
SOMPOのようにTransformationを志向し、新しいものをスクラッチから作っていく、そんな企業はあまりないと思います。我々が目指しているものは社会的な意義もあるし、候補者は新製品のR&Dをスクラッチから手掛けることが出来るのです。我々は応募者の好奇心と知性にアピールしています。また、我々が日本とイスラエルの間に立っていることも興味を持たれています。イスラエル人の日本への興味は始まったばかりであり、来年直行便が開設されて旅行できるようになれば、より多くの関心を得られるでしょう。我々のストーリー、そしてゼロからの開発、は候補者の好奇心を刺激しています。また、私達は多様性を重視しています。女性や、北部・南部の周辺地域の人々も探していますし、チームにはアラブ人もいます。
―――日本の伝統ある大企業の文化は保守的で意思決定にも時間がかかるので、私自身過去のビジネスの中でイスラエルの人々を失望させた経験があります。SOMPOではそのような障害は見えませんか?
確かに日本の大企業にはスタートアップのようなアジャイル(迅速)さはありません。しかし、数年前にSOMPOホールディングスCEOの櫻田さんは「変わらねばならない」ことを強く認識しました。そして、変化の必要性を理解し、スタートアップの世界を理解できる少し変わった才能の人々をマネジメントレベルにリクルートしてきたのです。我々はスタートアップから多くを学んでいますし、ディジタルラボには全く官僚的なところはありません。昨年我々は、イスラエルのParametrixというスタートアップとのプロジェクトを公表しました。ディジタル保険のスタートアップです。彼らと会話を始めてから、パイロットテストをするまで、わずか6ヶ月しかかかりませんでした。SOMPOは大企業ですが、意思決定も早く、上手くやっていると思います。
―――最後に、Dolevさんご自身についても聞かせてください。以前はGEにいたとのことですが、SOMPOに行こうと思った理由はなんでしょうか?
GE Digitalではstartup partnertship programを担当していました。2018年にSOMPOの楢崎さんがデジタルラボのリーダーを探しており、私がイスラエルの業界を良く知っていることから、2つのVCを通して紹介されたのです。私は日本企業で働くことも、ましてや保険業界で働くことも考えてはいなかったのですが、楢崎さんのお話を聞いて大変興味を持ち参加することを決めたのです。
この3年間でいくつもの成果を上げることができました。Parametrixは既にお話ししましたが、Planckという会社とも提携しました。彼らはAIのエンジンを持っています。保険会社は様々なタイプのビジネスで保険のアンダーライティングを行いますが、このAIエンジンがこのプロセスに大変大きなインパクトを与えるでしょう。また、Bina aiと言う会社とも既にいくつかのソリューションを開発しています。心拍数や呼吸数などの倍立つサインを取得し、モバイルフォンで見えるようになりました。新型コロナの指標となるサインを測定するプロジェクトも成功しました。
会社の立ち上げから、パートナーシップを組んだ企業、この3年間の成果まで、短い時間でしたが色々なお話を伺いました。損害保険というのは、災害などの問題が起きた時の支えになる、というくらいのイメージしか無かったのですが、問題の発生を防ぐためのプロアクティブな取り組み、も含め、我々の日常生活やビジネスの中で幅広く付加価値を拡げてゆく可能性があること、そこにディジタル技術の貢献の可能性がたくさんあること、を再認識しました。建国の歴史を振り返ってみれば、イスラエルは海水から水を作り砂漠地帯でも農業が出来るようにするなど、技術で様々な問題を解決してきた歴史があります。SOMPOデジタルラボはそのイスラエルの技術力の強みを活かし、日本の多様な課題解決に貢献してくれるのではないかと期待されます。