マーケティング理論には、行動経済学を活用した考え方が数多くある。その中のサンクコスト効果は、経営者にとって致命的な問題を引き起こす原因になり得る。本記事では、サンクコストの意味やマーケティングに関する活用事例、対策などについて解説する。

目次

  1. サンクコストとは?
    1. サンクコストの意味
    2. サンクコスト効果はコンコルド効果と意味は同じ
  2. サンクコスト効果を活用したマーケティング事例3つ
    1. サンクコストの活用事例1.無料体験版の提供
    2. サンクコストの活用事例2.会員ランクの変動
    3. サンクコストの活用事例3.入会金の設定
  3. サンクコストが発生してしまう心理的理由3つ
    1. 1.損失を回避したいから
    2. 2.楽観主義的な思考があるから
    3. 3.投資を無駄にしたくないから
  4. サンクコスト効果を回避するための対策4つ
    1. 対策1.事業投資の撤退ラインを事前に決める
    2. 対策2.機会損失についても考慮する
    3. 対策3.経営判断は独断で行わない
    4. 対策4.ゼロベース思考で見直す
  5. サンクコストに惑わされず合理的な経営判断をしよう
  6. サンクコストに関するQ&A
    1. Q.サンクコストバイアスの例は?
    2. Q.サンクコストの具体例は?
    3. Q.サンクコストのデメリットは?
    4. コンコルド効果はなぜコンコルドなのか?
    5. サンクコストの反対語は?
サンクコストとは?意味や活用事例、対策などについて解説
(画像=takasu/stock.adobe.com)

サンクコストとは?

行動経済学は、消費者の非合理的な消費行動の分析など、心理学や社会学の要素を含む、経済学の中でも比較的新しい理論だ。消費者だけに当てはまる学問ではなく、経営者の意思決定に深く関わるサンクコストのような考え方もある。早速、サンクコストの意味や事例などを解説していく。

サンクコストの意味

サンクコストは英語でSunk Costとあらわされ、日本語で埋没費用という意味を持つ。支払いが完了しても取り返せないコストである。サンクコストには、資金のほかに時間や人的リソースなども含まれる。

主に、金融業界ですでに投資された資金という意味で使われる言葉であるが、経営やマーケティングにも少なからず関わってくる。

サンクコスト効果はコンコルド効果と意味は同じ

ビジネスでは、想定した収益が得られないとわかった場合、撤退するのが合理的だ。

しかし、コストに見合った成果を出さなければ、これまでの行動が無駄になるという心理が働き、継続という非合理な決断をしてしまうことがある。

超音速旅客機開発のコンコルド計画が代表的な事例だ。コンコルドは、当時の旅客機と比べて2倍程度の速度で航行する旅客機だった。しかし、開発計画段階で想定以上のコストが発生し、収益の回収が困難という試算が示され、計画の中止も検討された。

最終的に、それまでのサンクコストへの固執によって、コンコルド計画は継続された。結果として、16機の量産を達成して運行が開始されたが、外部環境の変化や機体設計の限界もあって、2003年に定期運行は終了した。

合理的に考えればプロジェクトを中止すべきだったのかもしれない。

非合理的な意思決定プロセスは、コンコルドの誤謬(ごびゅう)として知られるようになった。サンクコストの事例としてもよく使われることから、サンクコスト効果はコンコルド効果とも呼ばれている。

サンクコスト効果を活用したマーケティング事例3つ

サンクコスト効果は、消費者の「もったいない」という考え方にアプローチできる手法であり、経営マーケティングにも活用できる。ここでは、サンクコストに関するマーケティング活用事例を紹介する。

サンクコストの活用事例1.無料体験版の提供

ITツールやサブスクリプションサービスでよく見られる無料体験期間の設定は、サンクコスト効果を活用したマーケティング手法だ。

サービスの利用に1ヵ月などの無料使用期間を設ける。無料使用期間で利便性を感じてもらい、無料期間終了後に有料サービスに移行してもらうという流れだ。

結果的に有料サービスへの契約が必要なので、消費者は費用面のメリットを感じづらいと思うかもしれない。しかし、無料期間でサービスが消費者に欠かせない存在になれば、お金を支払ってでも快適さを手放したくないと感じるのである。

サンクコストの活用事例2.会員ランクの変動

楽天市場やYahoo!ショッピングなどのネットショッピングサービスでよく見られる手法が会員ランクだ。

特定の期間や一定の金額までサービスを利用すると、会員ランクがアップする。その結果、商品の割引率が高くなったり、対象セールに参加できたりするなど、会員ランクに応じた特典を得られる。

会員ランクは、継続的に条件を満たさないと下がるように設定されている。これまで費やしたコストに見合うサービスを受けたいという意識を働かせ、継続的な購入につなげる仕組みだといえよう。

サンクコストの活用事例3.入会金の設定

入会金の設定は、スポーツジムなどでよく見られるマーケティング手法だ。サービスの契約時に入会金が設定されると、支払った入会金分だけでもしっかり元を取ろうとする顧客もいる。

月額制の契約サービスなどを一定期間利用した場合、その期間に支払ったコストが無駄になるのを恐れて契約を継続することもある。

サンクコストが発生してしまう心理的理由3つ

サンクコストは取り返すことができないコストのため、期待したほどの効果や利益を得られなければ投資をやめるのが合理的だ。それにもかかわらずサンクコストが起きてしまうのには、3つの心理的な理由がある。

1.損失を回避したいから

含み損を損失として確定させることを回避したい心理が働き、サンクコスト化してしまうことがある。

事業や金融商品などに投資する場合、最初から利益を得られるとは限らない。しかし、想定以上に損失が膨らむと損切りができなくなり、含み損として抱えたまま収益化を果たすまで待ち続けたり、追加でリソースを投入して損失を拡大させたりしてしまうことがある。

2.楽観主義的な思考があるから

たとえ一時的に含み損になっていたとしても、いずれ収益化できるだろうという楽観主義的な思考が原因でサンクコスト化することもある。

たとえば、新製品を開発して市場に参入したものの、パンデミックのような突発的な外的要因で期待した収益が得られなかったとする。自社以外にも幅広い業界で同じような影響を受けているため、危機意識が薄れて楽観的な気持ちが働き、いずれは元に戻るだろうと製造や販売を継続してしまうことがある。

しかし、消費者の価値観の変化によって需要が戻らなければ、サンクコスト化して損失を拡大させてしまうだろう。

3.投資を無駄にしたくないから

これまでの投資を無駄にしたくないという心理でサンクコスト化することは少なくない。

コンコルド計画が代表的な例だが、新製品開発のために設備投資はもちろん人的コストも膨らみ、ステークホルダーが増えて計画が大きくなるほど、最低でも投資回収を果たさなければならないという心理が働きやすい。

途中で計画を止めれば、これまで投下した資金や時間などのコストは全て無駄になると感じてしまい、非合理的な判断をしてしまうのだ。

サンクコスト効果を回避するための対策4つ

サンクコスト効果は、コンコルド計画のように非合理的な判断につながることが少なくない。経営上のサンクコストにはどのような対策が必要なのだろうか。

対策1.事業投資の撤退ラインを事前に決める

経営におけるサンクコストの呪縛は、新規事業投資や開発計画などで起こりやすい。

たとえばM&Aによる事業拡大では、買収対象の企業検索やデューデリジェンス、買収後の対応などで多大なコストが必要だ。調査段階でメリットが確認できたとしても、M&A後の人員配置やシステム統合などで想定外のコストが発生する場合もある。

しかし、M&Aのために支払ったコストに固執すると、自社の基幹産業に悪影響を及ぼしかねない。業績が悪化すれば本末転倒である。

買収先の事前調査はもちろん重要だが、M&A後のサンクコストに執着してしまうリスクも考慮しなければならない。そのために、明確な事業投資の撤退ラインを決めることが必要だ。

対策2.機会損失についても考慮する

不採算事業であっても、維持費や人的コストが生じる。市場のトレンドが変化する中でいつまでも不採算事業を継続していると、新しい商品開発や市場開拓の機会を失いかねない。

対策として、定期的に事業の投資状況を把握する必要がある。

たとえば中期経営計画の立案時には、機会損失によって失われている利益について考慮したうえで、サンクコストになっている事業の縮小も検討したい。

対策3.経営判断は独断で行わない

中小企業の経営者は、事業存続に向けて連続的な決断を迫られることが多い。ときには、感覚を頼りに独断するケースも珍しくない。

事業がサンクコストになる要因には、経営者の「もったいない」という心理が関係することもある。収益を圧迫する事業に注力すれば、社員のモチベーションが下がりかねない。

事業の経営判断には、コストの数値化による現状把握が不可欠だ。また、経営に深く関わる幹部社員や社外取締役など、第三者の意見を参考にしつつ冷静な判断を下す必要もある。

対策4.ゼロベース思考で見直す

サンクコストを抱えたまま新規事業の立ち上げや経営改善などの重要事項に取り組むと、柔軟な発想ができなくなり、最終的な方針決定においても判断に迷いが生じる恐れがある。

事業に関わる重大な意思決定をする際には、サンクコストは考慮せずに社員も交えながらゼロベース思考でさまざまな案を抽出しよう。期待収益を算出した上で必要なコストを分析し、リソースが足りないことが判明すれば、その時点でサンクコストの精算についても検討すべきだ。

サンクコストに惑わされず合理的な経営判断をしよう

サンクコストはすでに支払ったコストであり、事業では将来の意思決定に関係しない。

しかし、サンクコストには経営者の判断を鈍らせる魔力がある。事業の撤退が合理的でも、不採算事業を継続してしまうことが珍しくない。

サンクコストに固執すると、コストが膨れ上がって、事業に悪影響を及ぼすことがある。今回紹介した対策を参考にして、サンクコストに惑わされず合理的な経営判断をしてほしい。

サンクコストに関するQ&A

Q.サンクコストバイアスの例は?

自社商品の増産のために新規設備を導入した後に市場の飽和によって利益率が下がり、投資の回収が厳しくなっているにもかかわらず、同じ商品の生産を継続するといった例がある。

サンクコストバイアスは、「これまでの投資がもったいない」という気持ちが働いて起こるものだ。合理的に考えれば間違った判断であっても、継続して投資し続けてしまうという心理状態を指す。

Q.サンクコストの具体例は?

ビジネス上で利用されている具体例として、会員ランクによって付与される特典が異なるWebショッピングサービスやサブスクリプションサービスなどが挙げられる。

会員ランクがサービスの利用金額や契約期間によってアップし、ランクが高いほどポイント付与率や割引率が上がるという特典があるとする。サービスの利用を止めるとせっかく上がった会員ランクが下がってしまうため、これまでの投資が無駄になるという心理状態になり、継続的に課金してしまうのがサンクコスト効果だ。

Q.サンクコストのデメリットは?

他の事業に経営資源を振り分けるための余力がなくなる恐れがある。

サンクコストはすでに支払ってしまっているコストなので、将来的な意思決定には関係ない。それにもかかわらず、不採算化している事業に経営資源を割り当て続けていると、収益性の高い新たな事業に取り組むための人材、資金といったリソースがなくなり、結果として機会損失になるのがデメリットだ。

コンコルド効果はなぜコンコルドなのか?

コンコルド効果という言葉は、超音速旅客機コンコルドの開発計画の失敗を事例として誕生したからだ。

コンコルド効果はサンクコスト効果の別名として知られており、投資し続けることが損失拡大を招くとわかっていても、それまでの人的・時間的・金銭的コストを惜しんで投資を止められないという意味だ。

コンコルドは、当時の旅客機の2倍程度の速度で飛行できる旅客機として注目を集めた。しかし、ソニックブームや燃費、安全性などのさまざまな問題があり、開発段階から想定以上のコストがかかっていたのにもかかわらず、計画はそのまま継続された。

実用化は果たしたものの、結果的に投資回収ができないまま2003年に商業飛行が終了している。

サンクコストの反対語は?

サンクコストの反対語は「機会費用(opportunity cost)」である。機会損失とも呼ばれるもので、あるものに投資することで、他の事業や投資商品にコストを費やした時に得られた可能性のある見過ごされた費用のことを指す。

たとえば、10万円の資金があり、年利5%で運用できる投資商品があるのに、年利1%の商品だけで資産を運用したとすれば、「5,000円−1,000円=4,000円」の機会費用を逃したことになる。

文・隈本稔(キャリアコンサルタント)

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