起業家教育全米No.1・バブソン大学とともに、起業に関する論文や事例を基に「失敗」にフォーカスした連載 起業家の「失敗学」。 今回は、動画ストリーミングサービス「Quibi」の失敗を例に起業家や起業を志す皆様に役立つ情報をご紹介させていただけたらと思います。
「リソース不足」を理由にチャレンジを諦めていませんか?
「成功するビジネスに必要なものは何か」と問われたとき、皆様はどのようなものを思い浮かべますか?革新的なアイデア、真似できない技術、諦めない熱意など、人によって千差万別でしょう。一方で、カネ・人材・人脈のような「リソース」を思い浮かべる方も多いと思います。中には、起業に興味はあるものの「自分にはカネも人脈もないし、起業なんて無理」と考えてしまう人もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし、これらのリソースをはじめから備えているスタートアップはほとんどありません。むしろ、リソースが限られているからこそ、起業家は目の前の顧客課題と真摯に向き合い、どのように工夫すれば限られたリソースで最大限の効果を生むことができるのかについて真剣に検討することが可能になるのです。
今回は、「リソース不足」を理由に一歩踏み出せずにいる起業家候補の方々に向け、アメリカの事例を題材に、リソースを持っている者が陥る「思い込みの罠」と、「リソースを持たざる者が成功のチャンスを高めるために必要なマインドセット」についてご紹介します。
動画ストリーミングサービス「Quibi」の失敗に学ぶ教訓
「Quibi」というサービスを耳にしたことのある方はいらっしゃいますか?Quibiは2018年にアメリカのLAでJeffrey Katzenberg氏(米ドリームワークス共同設立者・米ウォルト ディズニー元会長)によって創業された短尺動画配信サービスです。ユニークな社名は「QUIck BIte(さっと軽く食べる)」に由来しています。
スマホが一般化した現代、外出先でのコンテンツ視聴が8時間超にも及ぶことに着目したKatzenberg氏は、「スマホ&隙間時間」に特化した動画コンテンツに可能性を見出しました。具体的には、従来型の1話1時間のドラマコンテンツではなく、1話10分という超短尺コンテンツを発信することで、隙間時間で気軽にコンテンツを楽しみたいユーザーをターゲットにしたわけです。ドラマ「半沢直樹」が1話10分になったようなものと言えばイメージしやすいと思います。
時代のトレンドを捉えたかのような斬新なアイデアは瞬く間に注目を浴び、創業年である2018年のうちに、CEOとしてMeg Whitman氏(米ヒューレットパッカードと米イーベイの元CEO)を招き入れ、且つ約1000億円の資金調達まで行っています。この時点で従業員はまだ10人未満であったということも驚きです。その後も人気俳優をキャスティングしたコンテンツを次々と制作し、巨額の広告宣伝費を投じた末の2020年4月、ついにサービスをリリースします。
狂い始めた歯車、致命的に欠けていた顧客視点
創業者の圧倒的な知名度、優秀な経営者、潤沢な資金、人気俳優のキャスティング。一見すると文句のつけようのない条件がそろったドリームチームQuibiは、2020年4月のリリース日にAppStoreで30万DLを獲得するなど、好調な滑り出しを見せました。
しかし、翌週から徐々にDL数が伸び悩むようになり、その後も予想DL数にはるかに及ばない状況が常態化します。そしてリリース開始から半年後の2020年10月21日、とうとうプラットフォームの閉鎖を発表しました。誰もが成功を疑わなかったドリームチームはあまりにもあっけない幕切れを迎えたのです。
世界的な注目を浴びたQuibiの失敗要因については、様々な観点から分析・考察がなされており、現時点で一様に論じることはできません。もちろん、コロナのような特殊要因による影響も甚大だったことでしょう。
それらの要因以前に、Quibiには根本的な観点が欠けていました。それは「自分達のビジネスはカスタマーの需要に合致するのか」ということ、言い換えれば「このビジネスはカスタマーが抱えている課題を解決するものなのか」ということです。
Quibiは、「スマホ視聴・超短尺動画」に特化したという点において前例のないサービスであり、需要が検証されていないマーケットへ参入しました。つまり、参入時点では彼らのビジネスはあくまで仮説のままであり、成功のためには検証が必要だったのです。実際、2020年4月のリリース以降、顧客から「なぜスマホでしか見れないのか」という声が続出していた事実も鑑みれば、当初の仮説は修正される必要があったと言えるでしょう。
通常のベンチャーであればリソースに限りがあるため、カスタマーに必要とされないものに過剰なリソースを投入してしまうことを避ける必要があります。したがって必要最低限の機能を有する製品(MVP: Minimum Viable Product)等を通じ、カスタマーの需要とのマッチング度合を確認しながら製品開発を進めていくことで、効率的なリソース配分をしつつ成功確率を上げていくことが望ましいでしょう(持たざる者の戦略)。
一方、Quibiの場合は、潤沢過ぎるリソースがあったが故に、結果的に顧客に必要とされないサービスの開発に邁進することが"出来て"しまった。即ち、課題設定・仮説検証、 顧客ニーズとの親和性や、既存競合他社との差別化のバランス等、本来多額の資金を投入せずとも検証可能なはずの内容について十分に検証がなされなかったと推測できます。他方、ここでは強力な経営陣の意思決定(高リスクの選択)に社員全体が引っ張られてしまうリスキーシフト*の存在も考えられるでしょう。
*普段は慎重に判断をし、節度ある行動がとれる人が、集団で判断することで、より危険でリスクの高い決断を容易にとれるようになること
失敗の中でも評価できる「早すぎる撤退」
失敗の一方で、評価に値する点もあります。それは早期に事業撤退を決めたということです。その理由を、Katzenberg氏は「(事業がさらに悪化する前に)投資家から集めた資金を可能な限り多く返還するため」と説明しています。一見すると当たり前のようにも聞こえますが、実はこれは非常に難しい判断なのです。
イメージしてみてください。既に数百億円を投じたプロジェクトから簡単に撤退できますか?すぐにYesといえる人はほとんどいないでしょう。
この心理状態を理解するには、「エスカレーション・オブ・コミットメント(立場固定)」の発想が役に立ちます。これは、当初の行動が、事業環境の変化等によって成功の見込みがないにも関わらず、疑問を抱きつつもそのまま行動を継続することで、負のスパイラルに陥ってしまう状態を指します。この心理状態は、これまで投下した時間と資金の量に比例して強くなる傾向にあります*。
失敗は最高の教材ですが、失敗から学んだレッスンを早期に次の機会に活かさなければ意味がありません。そこで、失敗事業からの撤退要否を早期に判断するためのフレームワークとして「コンティンジェンシー・プランニング(緊急時対応策)」が非常に有効となります。具体的には、事前に失敗を定量・定性的に定義しておき、それらに応じた具体的な行動計画を立てるというものです。失敗の定義は相対的なものではありますが、事前に「このラインを越えたら撤退する」と決めておくことで、エスカレーション・オブ・コミットメントのリスクはかなり低減させることができるはずです*。
もちろん誰にとっても失敗しない方が望ましいのは間違いありません。しかし、残念ながら起業に失敗はつきものであり、最初に立ち上げたビジネスがいきなり成功を収めることは稀と言えるでしょう。例えば米国で成功した起業家の中では、過去に数社の倒産を経験している人の割合は非常に高いのです(米国前大統領のドナルド・トランプ氏も、自身の不動産ビジネスにおいて過去に複数回自己破産を経験しています)。
つまり、起業は一回だけではなく、気力や熱意がある限り何回も続いていくものなのです。そう考えると、成功の見込みはないと感じているビジネスに貴重な時間を費やし続けるよりも、その失敗を糧に、次の挑戦に進む方がはるかに有益といえるのではないでしょうか。
Quibiのケースにおいては、この強力な心理的な罠を乗り越え、ステークホルダーの利益を考え、早期に事業に見切りをつけたKatzenberg氏の勇気ある判断は多いに評価に値すると言えるでしょう。
*出典:Yamakawa, Y. and Cardon, M. (2017) How prior investments of time, money, and employee hires influence time to exit a distressed venture, and the extent to which contingency planning helps. Journal of Business Venturing, 32: 1-17
以上、海外の事例を題材に、「持たざる者の戦略」をご紹介しましたがいかがでしたでしょうか?リソースはあるに越したことはありませんが、それは成功の十分条件であって必要条件ではないのです。この記事をきっかけに、リソースの不足をむしろポジティブに捉え、アクションを起こす方が少しでも増えたら幸いです。
バブソン大学山川教授のコメント
今回は「仮説検証の重要性」や、"escalation of commitment," "contingency planning," 等をキーワードに海外事例をご紹介しました。Quibiのケースは米国でもかなり特殊な事例であり、現在も様々な分析が行われておりますが、彼らの失敗は実に多くの示唆を与えてくれます。創業期のスタートアップにとって大切なのはリソースの多寡ではなく、顧客の課題に真摯に向き合い、検証と改善サイクルを高速で積み上げていくスピード感です。そして、そのためにもまずはアクションを起こすことが大切になります。
しかし、アクションを起こすにも様々な障害があります。例えば失敗に対する恐怖です。アイデアがあっても恐怖心が邪魔してアクションを起こせない人は多いことでしょう。"Failure is okay, but fear of failure is not." この点について、我々バブソン大学の起業家教育では「事前に許容可能な損失額を設定すること(Acceptable/affordable loss)」を推奨しています。
個々の失敗が損失の許容可能な範囲内に収まっている限り、アクションを起こし続ければよし、仮にそれを超える失敗をしてしまった場合は、速やかに方向転換をはかり、次のアクションに繋げていけばよいのです。この発想を念頭に入れておくだけで、アクションを起こすことのハードルはグっと下がるはずです。
いつだって「Action Trumps Everything(行動は全てに勝る)」であり、「Failure is Good(失敗は良いものだ)」です。アクションから学ぶ失敗は最高の教材なのです。