このところ私達が毎日のように目にするバズワード「デジタルトランスフォーメーション(DX) 」は決して新しい言葉ではないものの、2019年より以前はIT企業やコンサルティング企業の啓発セミナーや展示会の場などでしかあまり目にすることはありませんでした。しかし、新型コロナウイルスのおかげで、IT系に限らず多くの企業がリモートワークを導入せざるを得なくなって以来、各企業のデジタル化の遅れによる各種課題が現実のものとなりました。「ビジネスモデルの変革」だとか、「プロセス、企業文化の変革」だとかいう『美しい概念』より、もっと現実的な『泥臭い課題』としてDXが目の前に立ちはだかり、この一年で一気に身近なテーマになった感があります。DXという言葉が生まれるずっと前から社会のあらゆる仕組みのデジタル化を推進してきたイスラエルですが、デジタル化基盤の一つである大容量ストレージを開発したのも実はイスラエル人のエンジニア、モシェ・ヤナイ(Moshe Yanai)氏です。

モシェ・ヤナイとはどんな人?

モシェ・ヤナイ氏
(画像=モシェ・ヤナイ氏)

モシェは1975年にイスラエル工科大学(テクニオン)を卒業しました。当時のコンピュータはIBMが開発した大型のメインフレームというシステムが主流で、CPUは本業であるプログラムの演算だけではなく、記憶装置とのデータのやり取り、周辺機器の制御なども行っていました。つまり、本来目的とする演算処理だけではなく、周辺機器とのI/O(データ入出力)など他の処理にもCPUの多くのリソースが使われていたのです。そこに彼は目を付け、記憶装置とのデータ制御をCPUから切り離してより小型の専用CPUに任せ、本体のCPUは本業に専念させることを考えました。

彼は、Elbit Systemsでミニコンを活用したIBM互換のメインフレーム用ストレージを開発、その後、アメリカに移り、ドイツのコンピューター企業Nixdorf向けのハイエンドストレージシステムを開発しました。1987年にモシェは創設者の一人としてEMCに移り、Symmetrixという独自のシステムを開発することで、EMCを巨大なストレージ企業へと育てたのです。

2001年にモシェはEMCを離れますが、その功績によりEMCフェローとなっています。モシェは、ボストンとヘルツェリアの2拠点を行き来する生活になったようですが、イスラエルではストレージのスタートアップXIVに資金を提供し、会社を経営するようになりました。その後XIVはIBMに買収され、モシェは巨額の富を手にするとともにIBMのフェローにもなったのです。

息子に頼まれてInfinidat創業

EMCでの成功、XIVの売却などで巨額の富を手にしたモシェは、大好きなヘリコプターのインストラクターになるなど、私生活も充実した人生を送りますが、ある時NYの大学でバイオメディカルのドクターをしていた息子から相談をうけます。彼は遺伝子の研究に従事しており、シーケンサー(DNA塩基配列を解析する装置)を使っていたのですが、扱うデータ量がとてつもなく大きく、安価なクラウドストレージを利用してもお金がかかってしょうがない、という悩みを抱えていたのです。また、かつてのEMCの顧客企業のCIOたちも、IoTなどの新しいビジネスで生まれる大量のデータの扱いに苦労して、たびたびイスラエルを訪れ、モシェにストレージに関する悩みを相談していたのです。

そこで、彼は再び立ち上がり、高速、高可用性でかつ低ビット単価を実現する新たなストレージシステムの開発に挑戦します。そこで2011年に彼が立ち上げたのがInfinidatです。彼が工夫したのは速度やビット単価の異なる記憶媒体をソフトウェアでうまく組み合わせ、全体として低ビット単価ながら高速の大容量記憶システムを実現したところにあります。一般的に、大容量のメモリはビット単価は安くなりますが低速で、高速なメモリは高価で大容量のものを作るのは現実的ではありません。そこで、これらをソフトウェア的に接続/切り離しをすることで、最適解を実現したのです。

学習し進化する拡張性に優れたエンタープライズストレージ InfiniBox
(画像=学習し進化する拡張性に優れたエンタープライズストレージ InfiniBox)

高速なCPUと低速な記憶装置の性能のギャップを埋めるために、高速・小容量のメモリを用いる”キャッシュ”という考え方は昔からあります。これはCPUと低速メモリの間で働く高速メモリそのものを指し、いわばハードウェア的アプローチです。モシェのアイデアが優れていたのは、既存のハードウェアを対象として、それらをうまく階層構造で組み合わせるソフトウェアを開発した点にあります。ハードウェアソリューションの場合、より高性能のデバイスが開発されれば、既存のシステムは陳腐化しますが、彼らのソフトウェアソリューションは、デバイスの進化をそのままメリットとして活かすことになるからです。記憶装置の世界では、SSD(ソリッドステートドライブ)という半導体のフラッシュメモリのみで構成されたオールフラッシュというシステムがここ数年主流になっていました。しかし、モシェの開発したシステムは、オールフラッシュよりも早く、アマゾンのS3よりも安い、ということで米国では圧倒的なシェアを誇るようになりました。可用性も高く、99.99999(セブンナイン)と言われています。

2017年に日本のビジネス開始

Infinidatは2017年から日本でもビジネスをはじめました。日本を率いているのは、ストレージ一筋のキャリアを持つ岡田義一氏です。彼はInfinidatの前は、オールフラッシュストレージで有名なSolidFireの日本法人を率いていました。あるとき、自信を持ってビッドに臨んだビジネスに負けてしまいました。顧客に色々聞いたところ、そのディールに勝った競合相手がInfinidatだったのです。”Infinidatは非の打ち所がない”という顧客の言葉を聞き、転身を決意したそうです。

岡田義一氏
(画像=岡田義一氏)

昨年は、コロナ対策の給付金、助成金の支給に手間取ったことで、一気に政府のデジタル化に対する対応の遅れに関して、人々の意識が高まりました。また、今年に入っても、他国では進んでいるワクチン接種のスケジュールがなかなか見えないこと、保健所が相変わらず電話による陽性者へのヒアリングやFAXでの連絡を行っていることなど、次々に問題が指摘されています。新型コロナウイルスの影響は大きいですが、これらを奇貨として、社会のデジタルインフラ、デジタルガバメント、デジタルヘルス、等が日本でも進むのであればそれに越したことはありません。Infinidatのようなデジタル基盤を支える技術は既にあります。課題は、様々な「変化」に対する慣性が大きい、私達日本人の意識かもしれません。

Infinidat
https://www.infinidat.com/ja