独占インタビュー|森山大器(デロイト トーマツ ベンチャーサポート 海外事業部 イスラエルユニット ユニット長)


世界中がパンデミックに見舞われている昨今も、さらに強固さを増す日本とイスラエルのビジネス関係。2020年上半期、日本からイスラエルへの投資は前年同期比15%増とのデータもあります。

デロイト トーマツ
(画像=デロイト トーマツ)

今回は、日本最大級のビジネスプロフェッショナルグループであるデロイト トーマツ グループのデロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社よりDeloitte Israelテルアビブオフィスに出向中の、森山大器さんにお話を伺いました。東京大学・大学院にて量子工学を専攻し、イリノイ工科大学で人間中心デザインを学んだという異色の経歴を放つ森山さん。

独特な視点と鋭い観察眼で、過去、現在、これからの日ーイのビジネスシーンについて大変興味深いお話を伺いました。

―――まず、森山さんは、なぜ日本のデロイトからイスラエルのデロイトに出向なさったのですか?

まず、私の所属するデロイト トーマツ ベンチャー サポート株式会社(以下DTVS)について簡単にご説明させていただくと、私が入社した2014年頃はまだ会社再始動後間もなく、15人程度の小さな会社でした。

DTVSは、まだ日本が「イノベーション」という言葉にそれほどなじみがなかった頃から「オープンイノベーションを通じて日本のイノベーションエコシステムを進化させる」という目標を掲げていたのですが、その実現のために、特定の属性のクライアントだけを支援するのではなく、エコシステムを構成する主要なプレイヤーであるスタートアップ、大企業、官公庁という3つの異なる立場の方々と同時にお付き合いさせていただくという活動を続けています。

これは、それまで日本にあったコンサルティングやシンクタンクとは異なる新しいタイプのものでした。このような活動を通して中長期的な視野から日本のエコシステムについて考えた時、課題が浮かび上がってきました。

世界的なプロフェッショナルネットワークのイスラエルファームでビジネスを繋ぐ日本人駐在員
(画像=ISRAERU)

1つ目は、日本には技術系のスタートアップが少ないということ。その頃の日本ではスタートアップと言えばそのほとんどがネットベンチャーで、いわゆるディープテック系スタートアップなどというようなものは立ち上がってきていませんでした。技術には言語や文化依存性が少ないので、世界的なスケールでインパクトを創り出せる可能性があります。

そして2つ目は、イノベーションという文脈において海外とのつながりが薄いということ。日本のスタートアップは自国の市場規模が一定程度大きいこともあり、海外展開の優先度が低いように見えます。日本の大企業の中でも海外スタートアップとの協業まで視野に入れているところはまだ多くないと思います。

3つ目に、日本ではスタートアップのM&Aエグジットの比率が極めて小さいということ。日本全体のエコシステムのことを考えれば、IPO(株式市場への上場)だけでなくM&Aというケースも一定割合あるべきなのですが、2014年当時では日本のスタートアップのエグジットはほとんどIPOという状況であり、M&AはむしろIPOができないスタートアップが敗戦処理的に取る手段だとすら思われている向きもありました。

そんな課題を抱えた日本のエコシステムなのですが、実は、この3つの要素全てにおいて先行している国がイスラエルなのです。私はイスラエルのイノベーションエコシステムには、日本が学べるものがあると信じていました。

そんな折に、ちょうど市場からも需要が生まれていたのです。2013年から2017年にかけて、Deloitte Israelへの日系企業からの様々な相談が寄せられるようになっていました。その頃はもちろん、いわゆるBig4と呼ばれるようなファームから日本人をイスラエルに駐在させているところはありませんでしたが、Deloitte Israelからの要請とDTVSの狙いが一致したため、2018年の夏から私がイスラエルに出向するという形になりました。

―――それでは、実際に森山さんがご覧になったイスラエルという国は、どんな国でしょうか?

ハヌカ時のDeloitte Israel & Co.
(画像=ハヌカ時のDeloitte Israel & Co. )

多様性があり過ぎてなかなか一言では説明できないですが、あえて言うとすれば、「相反するものが混在して矛盾を内包する国」という感じでしょうか。例えば世界に革新的な技術を提供している国なのに自国内は全然最先端ではないとか、伝統や宗教が大きな力を持って厳格に適用されている部分もあるかと思えば、開放や寛容、例えばLBGTの人々にも住みやすい都市があるとか、そういった相反する事象が普通に混在していることが特徴的なのがイスラエルだと思います。

イスラエル人は80%近い人がユダヤ人と言えども、160か国以上という異なる出身地を持つ移民から成り立っている国ですから、全く一様ではないと思います。混在がぶつかりを生み、ぶつかりから新しいものが生まれているように思います。

そして、個人的にはイスラエル人はインディペンデントであるという印象が強いです。

イスラエルにはヒエラルキーがないなどとよく言われます。これは、組織の中で下から上への意見が自由に言えるということもあるのですが、逆に考えると、上から統制を取るのが難しいということでもあります。例えば、自分と同じ階層の同僚と意見の衝突があったとします。あまりに話がかみ合わないので上司に話を持って行って上から意見を言ってもらおうとしても、「それは当事者同士で解決してくれ」というようなことを言われることもあります。ヒエラルキーの構造で問題解決を方向づけるのではなく、あくまで1人1人が直接向き合う形で問題解決をはかる。

世界的なプロフェッショナルネットワークのイスラエルファームでビジネスを繋ぐ日本人駐在員
(画像=ISRAERU)

イスラエルは政治などでもそうですよね。とにかく異なる意見の小さな集合体がたくさんあり過ぎて、なかなかひとつにまとまらない。日本人はどちらかというと「自分の意志」というよりも環境というか周りの人の動きというか、状況を見て自分の動き方を決める部分がありますよね。でも、イスラエル人にはそれがない。1人1人が周りの状況よりも自分の意見を優先していて、それに向かって進んでいくようなところがあると思います。

そういう点がインディペンデントであるとは思うのですが、そうかと思えば、イスラエル人の家族は親戚同士の連帯が強かったり、国際政治の場面では米トランプ大統領=「上」からの力をもってして中東の国々との国交正常化を成功させたり、といったように、自分の中の理解と矛盾するように見える場面がたびたび現れる興味深い国です。

―――とても興味深いです。日本と比較して、似ている部分とか違う部分ってどんなところだと思われますか?

日本とイスラエルの違いについて、プロセス重視⇔結果重視、間接的⇔直接的というような対比は既に様々なところで語られているので、違いについて私がここで新しい視点を提供するのは難しいかもしれません。ただ、私がイスラエルにいて思うのは、国が違うからという理由で線を引くことの意味についてです。線を引こうとするから線ができてしまうというか、実際には国の違いというよりも、立場の違いや役割の違いというものの方がより大きな意味を持つのではないかと思います。

違いについて敢えて1つ例を挙げると、「失敗」に対する態度はイスラエルと日本で大きく違うかなと思います。

日本には「トヨタ式のカイゼン」などに代表されるような、ミスを徹底的に気にするからこそプラスに作用する事例というものがありますよね。それに対して、「イスラエルは失敗を恐れない国民性」とよく言われます。とは言っても、失敗を気にしなければなんでもいいかというとそうではなくて、イスラエルではミスを気にしなさ過ぎて同じ過ちを何度も繰り返し、全く進化していないという残念なケースもたくさんあります。

それでも私が思うのは、ことイノベーションに関して言うと、失敗を気にしないイスラエルの国民性は失敗を気にしすぎる日本に比べるとプラスに働く力のほうが強いのではないかということです。

日本の場合はミスをしたことの影響が大きすぎて、そのあと改善されてプラスに動いても、マイナスの影響から脱却できるほどの大きなプラスはなかなか得にくいというところがあると思います。

イスラエルでは先ほども言ったようにマイナスがマイナスのままで改善されない残念な例もありますが、失敗から学ぶことのできる人はマイナスの影響にとらわれずに非連続なプラスを生み出してくる。これは素晴らしいことだと思っています。こういう部分は、スタートアップが育ちやすい土壌にもつながっているのではないでしょうか。

そして、例えば、コロナ第一波への対策はイスラエルらしさが良く出ていたと思いました。

世界的なプロフェッショナルネットワークのイスラエルファームでビジネスを繋ぐ日本人駐在員
(画像=ISRAERU)

医療関連のスタートアップは、イスラエルの得意分野の一つでもあります。今回のコロナ禍で、イスラエルではスタートアップが開発した技術をミッションクリティカルな医療現場に実装したという事例がいくつかありましたが、これは日本ではまず考えられないことだろうと思います。

一般的にはスタートアップというのは大企業に比べると信用が低いとされています。日本ではそういったスタートアップの開発した技術を人の生死がかかわっている場面で利用することは極めて許容されづらいと言っていいでしょう。それはやはりミスがあった際の影響が大きすぎるからです。

しかし、イスラエルではスピード優先で大きな方針を示した後、詳細は追って精緻化していくというアプローチが全国民レベルで浸透しています。当初は詳細が不明確だったり、検討が不十分だったりで、批判が挙がることも多いですが、結果を出すために走りながら直していくというやり方がコロナ禍の医療現場でも実践されました。手元にある限られたリソースを最大限活用して何とかソリューションを考え出そうとする強いマインドに基づいて、結果を出せる最良のソリューションであれば取り入れる。

リアルな環境に「実装」し、試行錯誤ができることは未完成のスタートアップが技術を洗練させる上で極めて有効です。イスラエルは「とりあえずやってみる」機会をスタートアップに許容しやすい環境だと言えると思います。

このコロナ禍を通して、イスラエルの医療系スタートアップは一段と成長したのではないでしょうか。

―――コロナのお話が出たところで、このパンデミックが与える日イ間のビジネスについての影響をお聞かせいただけますか?

今回のパンデミックは、イスラエルの強みが生きやすい状況ができたとも言えると思います。もともと、イスラエルのスタートアップは軍事技術、特にインテリジェンスの分野がもとになっている部分が強いので、リモートと親和性の高い信号処理技術については定評があります。

それから、スタートアップに限らず全体に言えることですが、常に様々な緊張感にさらされている国でもあるので、緊急事態に強い側面があります。

The view from the Deloitte office in Tel Aviv
(画像=The view from the Deloitte office in Tel Aviv)

イスラエルの一部の病院では地下駐車場を数日間で緊急コロナ病棟に改造するという対応を行いました。もともとイスラエルの高層ビルなどの地下駐車場はシェルター仕様で、非常時に対応できるようにつくられているので可能だったことでもあるのですが、平時には目立たないことも非常時になると活かされることがイスラエルにはあるのです。

もちろん良い影響ばかりがあったとは言えません。航空、観光など、多くの産業が世界的に壊滅的な打撃を受けていますから、イスラエルにおいても直接的・間接的なダメージはあります。

また、投資する側の日本ですが、本業の状況によっては投資を控えるとか、物理的な往来が不可能になったために意思決定に本来必要だった要素(精神的な繋がり、プロダクトのデモ体験など)に欠けるといった状況が生じてもいます。リスクの高いシードラウンドのスタートアップへの 投資を避ける動きもあったので、数年後に成熟するスタートアップの層が一時的に薄くなる可能性があるかもしれません。

―――とても参考になります。それでは、今後、日本とイスラエルのビジネスを考えている方へのアドバイスをお願いできますか?

繰り返しになりますが、イスラエルは多様性のある国です。ですから、イスラエルに初めて取り組む際は、正確な輪郭を把握するため複数のソースと多面的な情報交換を行った方が良いと思います。

日本とイスラエルのビジネスはまだ黎明期であり、情報の非対称性が高いのが現状ですので、たった一人の方の考え方や、たったひとつの団体の意見を聞いて全体像を理解したかのように判断することは避けるべきだと思います。スタートアップの考え方と大企業の考え方が異なる場合があるように、イスラエル側を代表する立場の考え方と日本側を代表する立場の考え方が違うこともあります。それはどちらが良い悪いというのでなく、「違い」というものがあるのです。

幸い、イスラエルのイノベーションエコシステムは、シリコンバレーなどと比較すると非常にオープンで誰でもが入り込みやすいものです。それはイスラエルのイノベーションエコシステムが比較的若いということもありますし、開放的なイスラエル人の国民性ということも理由かもしれません。

もちろん、「現地にしかないコネを持っている」ことがウリのベンチャーキャピタルもあるでしょう。確かに彼らには彼らのコネというものが存在するのでしょうが、だからと言ってイスラエルのイノベーションエコシステムは「それがなければ多様な意見を聞くこともできない」というほど閉じた空間ではありません。様々な視点、立場、角度からの情報収集を是非行ってください。

それからもう一点は、スタートアップの技術を探していらっしゃる皆さんには、イスラエルの技術を使って何をしたいのかをはっきり意識していただきたいということです。課題(What to do)がはっきりしていない場合は、どのような技術(How to do)があっても、議論が噛み合わないのは言うまでもなくお判りいただけると思います。

一方で、「どんな課題を解決したいか」(What to do)がはっきりしていて、しかも、それを解決するためのやり方(How to do)が前例と違うことも厭わないという企業がイスラエルのスタートアップと組むと、課題解決に向かって非連続な進化を遂げることができます。

Deloitte Israel
(画像=Deloitte Israel)

しかしながら実態としては、オープンイノベーションで何をしたいのかが明確でなかったり、課題解決を求めてイスラエルスタートアップとの協業を検討しているはずなのにその解決方法に対して制約が強すぎる日本企業がとても多い印象です。イスラエルのスタートアップの強みは、今まで誰も考えつかなかったようなユニークな解決法。その解決法が「ウチのやり方と違うから」受け入れがたいのか、「課題の根本的な解決につながらないから」受け入れられないのかでは、同じ否定でも意味合いがまったく違います。失敗を恐れないイスラエル人は、後者のように否定されれば悪びれずに改善を試み、それが互いにとって良い影響を与え合うこともあるでしょう。前者のような反応は、お互いにとっての損失ではないでしょうか。

―――それでは、最後に森山さんご自身の夢について教えてください。

さまざまなことをお話しさせていただきましたが、根本には日本とイスラエルのつながりを強くしたいと願う気持ちがあります。仕事柄、私個人がフォーカスしているのはビジネスを通したつながりですが、文化や芸術を通したつながりなども含め、多面的なつながりができるといいですね。

私は日々「新しい常識を創りたい」と思って仕事をしていますが、どんなに素晴らしい技術が存在していたとしても、その技術がプロダクトという形に組み込まれ、常識と呼ばれるほどに大多数の方に行き届かなければ世の中へのインパクトにはなりません。

そのためにも、思想や国籍を超えて、良いものが良いと評価され、必要なところに行き渡るようにしていきたい。イスラエルとのビジネスはまだ様々な理由で日本企業から十分検討いただけていないと思っています。

そして先ほど、スタートアップを探す日本企業にはイスラエルの技術を使って何をしたいのかを明確にして欲しい…と言いましたが、むしろ、今後はプロフェッショナルファームこそが「どんな世の中になるべきか」、「世の中のどんな問題を解決すべきか」ということをもっと提起していくべきなのではないか、とも考えています。ありたい姿を描き、それを実現するために熱量ある挑戦者たちと共創していく。そんなデザイナーのような役割で新しい常識を創っていけたら楽しいだろうと思います。

―――今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。