経営者になるには現在、3つの道がある。1つ目は「企業で出世して社長になる」、2つ目は「自分で起業して社長になる」、そして3つ目は「プロ経営者となって複数の企業を渡り歩く」という道だ。今回は、3つ目の「プロ経営者」について、その定義や求められる資質などについて解説する。
目次
プロ経営者とは何か
そもそも、プロ経営者とは具体的にどのような人物を指すのだろうか。「プロ」と聞くと経験豊富な人物がイメージされる。オーナー社長やコンサルタントも経営のプロフェッショナルだが、両者はどう違うのだろうか。
プロ経営者の定義
「プロ経営者」とは、複数の企業を経営者という立場で渡り歩く人物を表す俗語だ。通常は、社外からヘッドハンティングされて、雇われ社長のような形で経営のトップに就任する。企業経営の経験が豊かな人物が対象であり、社外取締役や株主から諮問された人事委員会等が選ぶこともある。
「プロ経営者」という固有名詞で呼ばれる以上、経験値だけでなく、相応の手腕なり価値なりを期待させる何かがあってしかるべきだ。また、仮にプロ経営者としての就任期間中に業績がよくなったとしても、単に好景気だっただけかもしれない。つまり、環境に左右されずに成果を残すことがプロ経営者には求められる。
組織行動研究所の所長である古野庸一氏は、プロ経営者を次のように定義している。
「プロ経営者とは、事業を取り巻く環境、扱う商品や事業、部下が変わっても、業界平均以上の業績を上げていく知識、スキル、資質を備え、卓越した経営者である」
オーナー社長やコンサルタントとの違い
「プロ経営者」の5文字を見て、読者の中にはこう感じた人もいるかもしれない。
「経営の経験が豊富なら、オーナー社長でいいのでは?」
「経営のスキルや手法をよく知っているコンサルタントに依頼してもいいはず」
確かにオーナー社長やコンサルタントも、経営のノウハウやスキルに長けていると言えるだろうが、いずれもプロ経営者とは異なる。
まず、オーナー社長は自社の経営しか知らない。自分が所有する企業を経営していく中でノウハウは蓄積されているが、異なる業種や事業規模の経営を経験しているわけではないので限界がある。
一方、プロ経営者は複数の企業で経験とノウハウを蓄積しているため、経営に関する抽象的な法則を見出しており、他の企業経営でも応用が利きやすい。
コンサルタントは、複数の企業の経営を見ているので、経営ノウハウやスキルには長けている。優秀なコンサルタントは、適切なアドバイスはできるが、だからといって経営のプロであるとは限らない。
経営者は、株主や従業員、取引先から常に結果や責任を求められる立場にあるが、コンサルタントはそこまで求められていないからだ。責任を負いながら経験した経営のスキルや知見は、外部のコンサルタントにはないものである。
プロ経営者が求められる理由2つ
「短期雇用が多い」「実力主義で人材の入れ替えも激しい」といった企業文化がある欧米では、プロ経営者を外部から招き入れることは以前からよくあることだった。
日本では、「外部から社長を呼ぶ」ということは珍しく、内部の生え抜きの人材か創業者一族が後継者となるのが一般的だった。しかし2010年以降、日本でも外部からプロ経営者を招いて、社長に据えるケースが大企業を中心に増えてきた。これには、次の2つの事情がある。
1.グローバル化で事業の刷新や改革が必要
2000年前後から経済がグローバル化し、ヒト・モノ・カネが国境を越えて行き交うようになった。中国・ロシアなどの新興国が台頭し、自由貿易協定(FTA)が各国間で締結されることで、投資や知的財産、ビジネスの環境整備がよりスピーディになり、インターネットの普及によって情報のやりとりと資本取引のスピードが急速に高まった。
環境の変化に伴って、バブル以前の成功体験や経験値は通用しなくなった。2010年は、日本のGDPは中国に抜かれ、世界第三位に転落した年でもある。これまでの実績を捨てて柔軟に変化に対応し、事業を大きく変化させるためにプロ経営者が求められるようになったのだ。
2.後継者育成が難しい
事業環境の変化に対応するには、企業内部の人間を新たに経営者に据えて事業展開するという手段もある。経営は良くも悪くも経営者の資質が左右する。他の要素が変わらなくても、経営者一人が刷新されることで経営成績が大きく変わることがある。
経営者の刷新でまず思いつくのが、「若手を後継者に据える」だ。そのため、後継者を経営者として教育する場面が必要なのだが、これがなかなかうまくいかない。営業や企画、技術など、各部門のトップとしての事業のマネジメントはある程度できるだろう。しかし、企業のトップとしての経験は、実際に社長にならない限り積めないのだ。
「専用のリーダーシップ育成プログラムで事前に育ててはどうか」という意見もあるだろう。確かにそれは一理ある。しかし残念ながら、優秀な人材ほど目の前の仕事が忙しく、プログラムに参加している余裕がないのが現実だ。さらにプログラムでスキルを身に着けても実践しなければ陳腐化する。
こういった事情から、経営者としての経験やスキルを十分に身に着け、変化の激しい経済状況に対応しながら舵取りできる人材として、プロ経営者が求められるのである。
プロ経営者に求められる要素3つ
プロ経営者に一番求められるのは、経営の経験や知見だ。複数の企業を渡り歩いてきた経営者なら誰でも持っているだろうが、いざ自社に呼び込む場合はそれだけでは足りない。
経験や知見をうまく活かし、次の3つの要素を十分に発揮して経営改善することが求められる。
1.決断力・実行力
プロ経営者は、外部から招聘されるのが一般的である。そのため、内部にいる人間にはできない改革を断行する決断力や実行力が求められる。また、株主や社外取締役の要望によって招かれていることもあり、数字で結果を出さなくてはならない。
社内のしがらみに縛られずに事業や人材の整理を大胆に行えるのは、プロ経営者ならではだ。また、成功体験にとらわれずに時代の潮流に合った事業にチャレンジし、数字を上げられるのも、経験やスキルに優れたプロ経営者だからこそできるのである。
2.外の視点
企業内部にいると、自社の業界内の立ち位置や扱っている製品やサービスの世間評、組織体系などを客観的に見つめ直すことが難しい。しかし、複数の企業を経験してきたプロ経営者は、「外の視点」を持っているため、新たに舵取りすることになった企業の置かれた状況を客観的に分析できる。
そのため、変えるべきことを素早く判断し、持ち合わせているスキルや経験値で新たな対策を打ち出せるのだ。
3.コミュニケーション能力
プロ経営者が招聘される最大の理由は、業績の落ち込んだ企業を再生させることだ。当然、結果を出さなくてはならないが、思うように業績が伸ばせないこともあるだろう。そのような時は、株主や取引先などに丁寧に説明して理解を得ることが必要であり、その際には高いコミュニケーション能力が求められる。
コミュニケーションは外部のステークホルダーに対してだけでなく、内部にも同じように行わなければならない。
安易なリストラでV字回復をすれば、株主や世間から高い評価は得られるが、辞めた人間や残った人間は不満や不安が残る。一時的に業績が復活しても、士気が下がれば経営は軌道に乗らない。そのため、社員の声を丁寧に聞き、能力を発揮しやすい環境を整える作業も重要だ。
プロ経営者の成功事例2つ
ここで、プロ経営者の成功事例を2つ紹介しよう。
1.稲盛和夫氏
稲盛氏は今でも高い人気のあるプロ経営者だ。1932年生まれの稲盛氏は、大学卒業後に碍子(がいし)メーカーの松風工業に就職した後に独立し、同僚8人と共に京都セラミック(現在の京セラ)を創業した。
第二電電(現在のKDDI)を設立して通信事業に参入するなど事業を拡大した他、会社更生法の対象となった三田工業を「京セラミタ」として子会社に編入し、9年で達成するはずの更生計画を2年で完了させた。
この手腕が買われたのか、2010年2月に、経営破綻したJAL(日本航空)の立て直しを政府から要請されて会長に就任。1万6000人のリストラを敢行するだけでなく、「JALフィロソフィ」の策定で従業員の意識改革に取り組み、わずか3年でJALを再上場させた。
2.玉塚元一
1962年生まれの玉塚氏は、大学卒業後、旭硝子に就職。1997年にMBAを取得した後、日本IBMに転職、ほどなくして「ユニクロ」で知られるファーストリテイリングに移った。社長に就任した2002年には、フリースブームが去って売上減の止まらない同社の業績を回復に向かわせた。
2005年、自ら再生会社リヴァンプを立ち上げ、ロッテリアの再生やクリスピー・クリーム・ドーナツの日本展開に着手し、翌年にはロッテリア会長兼CEOとなった。2010年にはローソンに入社し、6年後に代表取締役兼CEOとなった。この6年の間に、同氏の手腕で黄金チキンなどのヒット商品が生まれ、「MACHI Café」の事業拡大や接客改善、「Pontaカード」のビッグデータ活用などが行われている。
そして2021年5月、同氏がロッテホールディングス社長に就任する予定であると発表された。コロナ禍で事業環境が激変している中、同氏の経営手腕に注目が集まっている。
プロ経営者になるには経験と実績が必要
プロ経営者に憧れる人も少なくないが、道は平坦ではない。「創業のリスクを負わなくてもいい」「企業内での出世競争に消耗しなくていい」とはいえ、何らかの責任者の立場でプロジェクトを成功させたり、不採算部門の事業を再生させたりといった実績が求められる。
プロ経営者になるには、会計・財務といった数字を押さえ、コミュニケーション能力を磨き、何らかの形で企画やプロジェクトに携わって成功させ、経営企画に参画するなどといったことが必要だ。
プロ経営者だけでなく、「経営」というものに関わりたいのなら、「待ち」ではなく「攻め」の姿勢とリスクテイクは欠かせない。
文・鈴木まゆ子(税理士/税務ライター)