2021年8月13日現在、日本で使用されているコロナワクチンはファイザー、モデルナ、アストラゼネカの3種類だが、世界では11種類が緊急使用、8種類が完全使用の承認を受けている。「世界のワクチン市場勢力図」という視点から、市場で優位に立っているトップ5 を見てみよう。
ワクチンの比較が難しい理由
現時点においてワクチンを比較したり順位付けしたりすることは、ほぼ不可能に近い。通常、製薬を比較する際には安全性や有効性、コスト、輸送・管理の容易さなどが評価の基準となる。しかし、コロナワクチンに関しては、世界中で46億回分以上のワクチンが接種されているにも関わらず(Our World Date2021年8月13日データ)、分析データに大きな偏りがある。
特に有効性に関しては、「測定の際に重要視される基準が試験により異なる場合があり、一定の不確実性が伴う」とペンシルバニア州立大学生態学部のデビッド・ケネディ助教授は指摘している。また、地域や年齢、接種状況、接種時期なども結果に影響するという。
一例を挙げると、ファイザーのデルタ株への有効性に関して、イスラエル政府が発表したデータでは64%だが、英国の研究では88%、感染した場合に重症化を防ぐ効果は96%と報告されている。同じワクチンでも調査結果にこのようなばらつきがあると、比較するのは容易ではない。
世界のワクチン市場勢力図 トップ5
以下のランキングは、前述の背景を踏まえた上で各ワクチンの売上高に重点を置き、総体的な有効性や国際的信頼性、コストなども考慮に入れて順位付けしたものだ。有効性については、ニューヨークタイムズ紙に掲載されたものを採用している。
5位 ガマレヤ記念国立疫学・微生物学研究センター(ロシア)
2020年8月、「スプトーニクV」は世界に先駆けてロシアで承認された。第3相試験開始以前に承認されたため、当初は国外からは有効性や安全性に対して懐疑的な声が挙がっていた、いわくつきのウイルスベクター型ワクチンだ。
しかし、現時点において深刻な副反応例は公式に報告されておらず、本国以外にもインド、パキスタン、アルゼンチン、メキシコなど、多数の国で使用されている。研究プロジェクトでは、アストラゼネカやモデルナのワクチンとの混合使用でも、安全性が確認された。
投与1回につき10ドル(約1,095円)と、既存のmRNA型より低価格だ。有効性:91.6%
4位 ジョンソンエンドジョンソン(米国)
開発当初は「1回の接種で済む上に、保管が簡単な低コストワクチン」として、世界中から注目されていたアデノウイルス血清型26(Ad26)ベクターワクチンだ。価格は「スプトーニクV」と同じ1回10ドルである。
しかし、欧米で接種が開始された直後に複数の血栓事例(死亡例含む)が報告されたことから、現在は使用が一部の国に限定あるいは完全廃止されている。さらに、委託先工場でアストラゼネカのワクチンが混入し、約1,500万回分を破棄する事態が発生するなど不運が続き、信用が一気に低下した。
同社は2021年の生産目標を下方修正し、ワクチン売上高を25億ドル(約2,739億8,007万円)と見込んでいる。有効性:米国72%・ブラジル68%・南アフリカ64%
3位 アストラゼネカ/オックスフォード大学(英国)
チンパンジーのアデノウイルスをベースとするワクチンだ。現在も英国では30歳以上を対象に使用されているが、接種後に脳静脈血栓症および脾静脈血栓症の発症例・死亡例が複数報告されたことから、欧州では高齢者のみに投与している国が多い。ノルウェーでは完全に廃止された。
逆風にも関わらず、2021年第2四半期の売上高は第1四半期から3倍に増え、上半期の売上高は12億ドル(約1,315億2,002万円)を記録した。
6月には点鼻薬として投与可能な新バージョンの試験を実施している。1回あたり4ドル(約438円)程度と低コストである上に、通常の医療用冷蔵庫で最長6ヵ月保管できる。有効性:米国76%
2位 モデルナ(米国)
モデルナ製ワクチンは、米国製のmRNA型ワクチンとして、同時期に米国で緊急承認を受けたファイザー製と比較されることが多い。5万人を対象に実施された最近の研究からは、「デルタ株への有効性がファイザーのワクチンより高い可能性がある」という結果が報告されている。
既存のコロナワクチンの中では最も高価で、投与1回あたり25~37ドル(約2,740~4,055円)だ。2021年の売上高は200億ドル(約2兆1,920億円)を見込んでおり、年内に8億~10億回分を製造する予定である。有効性:90%以上
1位 ファイザー/ BioNTech(米国)
2020年12月に米国初の緊急用コロナワクチンの承認を受けて以来、世界で最も信頼性の高いmRNA型ワクチンのひとつとして、欧米や日本など世界各国が次々と導入している。2021年の投与回数は、世界中で21億回に達すると予想されている。
最初の1億回の投与は1回あたり19.50ドル(約2,137円)だった。2021年のワクチン売上高は、335億ドル(約3兆 6,716億円)になる見込みだ。各国が有効性を維持するための追加(3回目)接種の必要性を認めた場合、さらに市場における勢力が拡大するものと予想される。有効性:91%
中国製ワクチンの有効性に疑問?
ランキングが示しているように、圧倒的な市場競争力を誇るのはファイザーとモデルナの2社だ。アストラゼネカとジョンソンエンドジョンソンは血栓症例との関連性が足かせとなり、伸び悩んでいる。
その他、中国のカンシノ・バイオロジクスのAd5型ワクチン、中国のシノバック、シノファーム、インドのバーラト・バイオテックによる不活化ワクチン、ロシア国立ウイルス学・生物工学研究センター、ベクトルのプロテイン型ワクチンが、一部の国で緊急使用あるいは完全使用の承認を受けている。
しかし、いずれも先進国をリードするトップ5ワクチンと同じ土俵で競い合うレベルには達していない。特に、中国で開発されたワクチンに関しては、使用している国で感染が再拡大していることから、その有効性に疑問を唱える声が高まっている。
ゲームチェンジャーの参入で勢力図が変わる?
ニューヨークタイムズ紙のデータによると、承認済みのワクチン以外に、現在120以上のワクチンの開発が進められている。その中でワクチン市場の新星として期待が高まっているのは、米バイオテクノロジー企業ノバックス(Novavax)のプロテイン型ワクチンだ。
インド、インドネシア、フィリピンで承認を申請しているほか、日本国内向けのワクチン開発に向けて武田製薬と技術提携している。EUでは事前購入契約(APA)の承認を受けており、EMA(欧州医薬品庁)の承認を取得できた場合、EU圏だけでも2023年までに100~200億回分のワクチンを出荷することになる。
このようなゲームチェンジャーの市場参入と共に、市場の勢力が大きく様変わりしていく可能性が考えられる。
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)