経営者にとって、経営のかじ取りは永遠の課題だ。7Sとは、世界有数のコンサルティングファームであるマッキンゼーが提唱した、企業戦略における重要な7要素のことだ。この記事では、マッキンゼーの7Sの意味や経営改革の優先順位の考え方、実際に7Sで経営改革を進める方法を解説する。
目次
マッキンゼーの7Sとは何か
マッキンゼー・アンド・カンパニーは、アメリカに本社を置くグローバルなコンサルティングファームだ。特に企業経営の要ともいえる戦略系コンサルティングを得意としている。
7Sの要素
そんなマッキンゼーが提唱した企業戦略における重要な7要素が「7S」だ。7Sは「ソフト」と「ハード」に分けられ、それぞれ次のような要素がある。
<ソフトの4S>
共通の価値観・理念(Shared value)
経営スタイル・社風(Style)
人材(Staff)
スキル・能力(Skill)
<ハードの3S>
戦略(Strategy)
組織構造(Structure)
システム・制度(System)
企業経営において、すべての要素はお互いに影響し合っている。7Sをフレームワークとして活用することで自社の現状把握に役立つとともに、今後どこに注力していくべきかヒントが得られるだろう。
ソフトの4Sの意味
マッキンゼーの7Sのうち、まずは「ソフトの4S」についてそれぞれの意味をわかりやすく解説していく。
共通の価値観・理念(Shared value)
「Shared value」を直訳すると「共通の価値」となる。日本では「理念」という言葉で表現されることが多く、経営者ならセミナーや書籍などで目にしたことがあるだろう。
企業が持つ共通の価値観とは、企業の存在価値と言い換えることもできる。経営戦略を立てるにしても、これを基軸にすべてが決まるといっても過言ではない。
経営スタイル・社風(Style)
「Style」とは、企業が持つ文化的特質のことだ。社長や役員の意思決定の特徴、管理者のマネジメントの仕方、社風などが該当する。経営スタイル・社風は企業に身を置いていると意識しにくいが、他の多くの要素に深く関係する要素でもある。
人材(Staff)
「Staff」は比較的わかりやすい要素だが、その範囲は幅広く、突き詰めようと思うと奥が深い。採用や能力開発、キャリア形成の支援、管理者や後継者の育成など、分野は多岐にわたる。人材を能力が発揮できる適材適所に配置することも、企業が成長していく上で重要な要素だ。
スキル・能力(Skill)
「Skill」とは、企業が持つ専門的な技術力やリサーチ力、マーケティング力、情報など、事業の成長にかかわるあらゆる技術・能力のことを指す。「Skill」には、経営者や従業員個人が持つ能力が含まれることもある。
ハードの3Sの意味
マッキンゼーの7Sの残りの要素である「ハードの3S」についても、それぞれの意味を解説していく。
戦略(Strategy)
「Strategy」とは、企業の価値観や理念を実現するための具体的な方針のことだ。企業が向かう先を示した計画と言い換えることもできる。価値観や理念の実現のためには、経営資源を配分して優先順位をつけて行動し、競合他社の分析や環境変化への対応も必要だ。このような企業の行動方針を「戦略」と呼ぶ。
組織構造(Structure)
「Structure」とは組織構造のことで、指揮系統と言い換えることもできる。例えば、社長の下に各事業部が設けられ、各事業部は事業部長が運用管理するといった構造もあれば、従業員が複数のプロジェクトチームに在籍して、共同で仕事に取り組むといった構造もある。
システム・制度(System)
「System」とは、日々の業務を遂行するために定められた制度、手順のことだ。情報システム、管理システム、人事評価システム、業績評価システム、給与体系など、経営に関わるありとあらゆる制度が該当する。
マッキンゼーの7Sによる経営改革の優先順位
マッキンゼーの7Sの要素を知った上で、どこから手をつけるべきか優先順位に悩む経営者が多いだろう。続いて、経営改革の優先順位の考え方を解説していく。
「ソフトの4S」は、短時間で変えることが難しいとされている。一方、「ハードの3S」は意思やプランがあればすぐにでも変えられるため、ハードの変革から取り組もうと考える経営者は少なくない。「戦略を立てる」「組織構造を変える」「システムを導入する」といった取り組みには、何かが変わるはずという期待感も大きい。
しかし、重要なのはソフトとハードの融合と整合性を取ることだ。7Sは、企業経営において全てなくてはならない視点であり、それぞれの要素はお互いに強く影響し合う。長期的な目線で、7Sの全ての要素を踏まえてどのように取り組むか計画を立てることが大切だ。
マッキンゼーの7Sで経営改革を進める方法
マッキンゼーの7Sの意味やソフトとハードの融合性について解いてきたが、ここでは7Sの考え方をもとに、具体的に経営改革を進める手順を解説していく。
共通の価値観・理念を明文化して共有する
理念は、経営において核となるものだ。経営者の心の中に理念があっても、明文化していないため従業員に認知されていなかったり、明文化したものの形骸化してしまっていたりするケースは少なくない。
理念を明文化していないなら、具体的な形(言葉)にすることから始めたい。家族や友人の経営者、信頼する役員と対話しながら言語化するのもいいだろう。
理念を明文化したら、続いて従業員に浸透させる方法を検討する。理念に関して説明の場を設ける、額に入れて飾る、朝礼で読み上げる、内容について従業員がディスカッションする場を設けるなど、やり方はさまざまだ。
理念は明文化してあるが形骸化している場合や従業員に浸透しているかわからない場合、まずは社内調査から始めるといいだろう。その際には、従業員が率直な意見を言いやすいよう最大限の配慮をすることが大切だ。
経営スタイル・社風について客観的な意見を取り入れる
会社を経営する立場ともなると、自分では意外と社風がわからないこともある。
社風を知るには、取引先や顧客への聞き取りやアンケート調査を行うなど、客観的な意見を聞くことが効果的だ。社会人経験が少ない新入社員の意見に耳を傾けるのもいいだろう。
人材の採用や育成を見直す
人材に関しては、能力だけでなく、理念と親和性があるかどうかも非常に重要だ。理念に共感する従業員を雇うことができれば、定着率も自然と高くなる。
また、会社が必要とする人材に対して何を提供するかという視点も欠かせず、その人材が満足する仕事内容・待遇・制度などを整えなければならない。
例えば、給与が高ければ満足するとは一概には言えず、スキルアップの機会があるか、成長意欲が高まる風土かといった点を重視していることも多い。このような点に立ち返り、採用や人材育成を今一度見直す機会を持つようにしたい。
スキル・能力など自社の強みを分析する
自社の強みを分析することも大切だ。強みについても社風同様に、社内の人間は意外と気づいていないというケースもある。顧客や取引先の意見に耳を傾けたり、SWOT分析などのフレームワークを活用するといいだろう。
スキルや能力などを含めた自社の強みを整理することは、続いて解説する戦略にも大きく関わってくる。
戦略を事業計画に落とし込む
自社の強みを把握したら、理念を実現するための具体的な戦略を立て、事業計画に落とし込んでいく。理念の実現までの道のりが遠い場合、短期・中期・長期に分けて目標達成のための道筋を描くとわかりやすい。
戦略を立てる際には「ヒト・モノ・カネ」という経営資源の配分が適切かを分析することが大切だ。
組織構造は段階を踏んで改革する
日本では事業部制を採用している中小企業が多く、組織構造を突然変革すると従業員の混乱を招きかねない。
組織構造の変革を目指す場合、事業部制をベースにしつつ、以下のように段階を踏んで変革していくことが大切だ。
・従業員が複数のプロジェクトチームに参加する体制にする
・事業部内に小さなグループを設けてグループ全体の成果で人事評価をする
その際に、従業員に十分な説明が必要なことは言うまでもない。
また、どのような組織構造が適しているかは社風とも密接に関わるため、従業員の意見もくみ取りながら自社に合った形を目指していくことが望ましい。
システム・制度は現場とのマッチ度が大事
システムの導入に関しても、現場の従業員の意見が貴重な材料となる。経営者がいいと思ったものを導入しても、現場の従業員がシステムを使いこなせなければ成果は得られない。
プロジェクトチームを発足するなどして、従業員が「自分ごと」と捉えられる体制づくりをするとともに、現場の実態に見合ったシステムを導入することが大切だ。
マッキンゼーの7Sでの経営改革事例
中小企業のA社は、生産性向上のために業務管理システムを導入しようとしていた。営業部からは「システムを入れれば業務効率が上がる」と説明を受けていたが、経営者の心には何かが引っかかっていた。
そんな時、経営者はマッキンゼーの7Sの考え方を知る。「自分は今まさに、ハードの“System”にのみ取り組もうとしていた」と気づいた経営者は、他の要素も踏まえて業務改善計画を立て直すことに決めた。
役員にも7Sの考え方を共有してディスカッションしたところ、「理念が従業員に十分に浸透していない」という共通認識が得られた。そこで、理念を言語化して浸透させるためのプロジェクトを立ち上げることにした。
社風については、取引先や顧客の意見を参考にした。分析した結果、「従業員同士の仲はいいが、成長意欲に乏しい」という課題が浮かび上がり、一律の昇進制度や給与体系などが影響していると予想された。
自社の強みを分析したところ、「競合他社にない特定の技術力があること」「従業員の人柄がよく、顧客の信頼を得ていること」があるとわかった。
経営者と役員は強化合宿を行い、強みや社風を踏まえて戦略を練り、事業計画を作成した。事業計画では、短期・中期・長期目標を設定し、実現するための施策として「採用基準の見直し」「研修制度の充実」「人事評価制度の導入」「業務改善プロジェクトの発足」を決めた。当初計画していた業務管理システムの導入は、業務改善プロジェクトの中で検討する選択肢のひとつと位置付けられた。
事業計画に基づいて経営改革に踏み切ったA社は、まだまだ道半ばだ。変革に対する従業員の不安や疑問に対して丁寧に対応しながら、プロジェクトチームのリーダーを任せたり、業務改善の具体策を募ったり、少しずつ変革を進めている。しかし、長期的な見通しが持てたことで、経営者も役員も同じ方向を向いて進んでいるという確信を持てるようになった。
7Sの視点を取り入れて経営改善に取り組もう
経営変革は容易ではなく、実現までには果てしない時間がかかることもある。しかし、だからといってあきらめる理由にはならない。経営改革は難しく時間がかかるからこそ、早めに経営者として意思決定し、マッキンゼーの7Sに着目して小さな改革からでもスタートを切ることが大切だ。経営改善を考える時、マッキンゼーの7Sの視点は大いに活用できるだろう。
文・木崎涼(ファイナンシャルプランナー、M&Aシニアエキスパート)