前回までで、ビジネスとして「やるべきこと」は決まりました。自信を持ってビジネスモデルを語れる状態になったら、そのビジネスモデルを実現させるべく、事業計画を検討する必要があります。ビジネスにおいて戦略は欠かせないものであることは言うまでもありませんが、その戦略の使い所には2つのポイントがあります。

1) ビジネスモデルをデザインする際に考える戦略
ビジネスのコンセプト、つまり「顧客のあるべき状態(ニーズが満たされた状態)」に対して、提供価値を如何にフィットさせるか、また価値を届けたり、パートナーの協力を得ながら価値を提供する仕組みを検討する際に、どのような「戦略」を仕組みとして埋め込むかを考えます(本コラムでは第6回第7回で記載したコンセプトやビジネスモデルの段階)。

2) ビジネスモデルを実現する際に考える戦略
展開したいビジネスモデルの実現性を高めるためには、市場関係者やステークホルダーに伝え、受け入れてもらう必要があります。そのためには、ビジネスモデルの構成要素からハイライトすべき要素を選び、且つ伝える順番にもこだわり、受け手に「これはいい!」と思わせるだけの「ストーリー」を描き、ビジネスのプロトタイプとも言える事業計画として伝えていかなければなりません。

ビジネス書としては異例のベストセラーとなった『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(楠木健著)では、「優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面白いストーリーだ」「ストーリーの戦略論とビジネスモデル(システム)の戦略論の違いは、ビジネスモデルが戦略の構成要素の空間的な配置形態に焦点を当てているのに対して、戦略ストーリーは打ち手の時間的展開に注目している」と言っています。先の戦略ポイントに当てはめると、前者は1で、後者が2ということになります。

参考までに、この本自体を2の優れた戦略の事例として見てみると、
・これまでの戦略論の書籍は内容は濃いが硬く難しい理論が多くとっつきにくい
・本書は戦略論に対して、これまで使われてこなかった「ストーリー」という言葉を使ったことで他にはないユニークさと小説のような身近さを感じさせる
・硬いビジネス書ではなく小説みたいに読めて勉強になる本だから、他の人にも勧めてみよう
という因果関係が説明でき、結果としてストーリーが出来上がるのです。

どのように市場と向き合い、顧客の行動を変えるのか?
努力して創り上げたビジネスモデルも、顧客や投資家(大企業であれば投資意思決定者)に魅力的に映らないことには画餅に終わります。つまり、このビジネスは他とは違う、というユニークさが理解されるようなストーリーを考えなければなりません。ビジネスモデル自体のマーケティングを考える、と言い変えてもよいでしょう。逆手に取ると、同じようなビジネスモデルがあっても、魅力的に伝えられれば投資家やパートナーは集まるとも言えます。

■「誰」に伝えるためのストーリーなのか意識する
ビジネスにおいて、行動を変えたい相手は顧客だけではありません。ビジネスモデルを立ち上げるための資金提供者としての投資家(大企業であれば投資意思決定者)、ビジネスモデルを広く拡散してくれるメディアなどステークホルダーは多岐に渡ります。顧客の行動を変えるための方法は、そのビジネスが提供する価値を端的に伝えることに尽きます。TVCMや広告のクリエイティブは、その代表例です。投資家やメディアであれば、類似ビジネス事例を伝え、「突拍子もなく、可能性の低い業界ではないこと」を理解させた上で、「既存ビジネスモデルとの違い」を伝えることで、自社独自の価値部分を際立たせることができます。

例えば、AmazonプライムのCMをご覧になった方は多いと思いますが、僅か60秒で、Amazonプライムが提供する価値(明日までには届けてくれるという価値)がストーリーとして描かれています。

■アナロジーを意識して共感を得る
誰か(顧客や投資家、メディア)に何か(新規事業のビジネスモデル)を伝えたい場合、そのアナロジーを用いてストーリーを伝えることが効果的です。一般的に新しいことは理解するのに時間を要します。聞き手にとって既に馴染みのある領域と関連づけることで理解を促進し、同時に既存の領域との違いを強調することにより、新規性の特徴を際立たせることができます。

アナロジーとは「類推」と直訳できますが、言い方を変えると「関連付ける」ことです。一つひとつを別の事象としてとらえてしまうか、関係性を考えられるかどうか、では大きな違いがあります。関係をさらに複雑にしてくと「構造」になります。つまりビジネスモデルという複雑な関係性(構造)を、他者にスッと伝えるためには、「似ている何か」を借りてきて、組み合わせ、想像させることが必要で、その「似ている何か」は、受け手にとって魅力的に感じられるものであることが重要です。アナロジーは、「○○(似ている何か)は魅力的だから、△△(自社のビジネスモデル)も魅力的だろう」のように、理解と信頼獲得に有効な手法なのです。

ストーリーを伝えるためのアナロジーとして、2つの事例を紹介します。

1つ目は、田んぼの真ん中に作られた宿泊施設「ショウナイホテル スイデンテラス」です。地域創生の議論で「我々の地域の強みは自然があることだ」とはよく聞かれる話です。しかし、強みが伝えられずに、ただ自然に頼っているだけというケースが多くあります。よく考えれば日本の国土の7割は森林です。つまり、自然は、他の地域にとっても同様に強みと言えるため、そのままでは「どこにでもある風景」であり、強みとは呼べないのです。

例えば、耕作地は国土の8分の1、その半分が水田と言われています。つまり、「田んぼ」もどこにでもある風景となり、強みにはなり得ません。その前提条件のもと、山形県鶴岡市の見渡す限り田んぼと山が続く土地に、地域創生の一貫でこのホテルは作られました。コンセプトは「田園風景に溶け込む木造空間のホテル」であり、山形・庄内を楽しむコミュニティ・ホテルという新しい空間を提案しています。世界的な建築家である坂茂氏が設計していることもあり、モダンな建築物で細部までこだわり抜かれたファシリティには納得感があります。

しかしこのホテルの「やるな!」という点は、建築物に止まらない、アナロジーを活用した顧客の深層心理への訴え方にあります。水を張って鏡張りとなった水田に映るホテルは、そこに建つ建築物をさらに幻想的なものに見せます。人々が鏡張りの絶景に魅了されることは、ボリビアのウユニ塩湖や日本の「逆さ富士」などの事例からも証明されています。つまり、ウユニ塩湖や逆さ富士にアナロジーを利かせて仕掛けとし、水田という鏡張りに映るホテルを絶景化しているのです。

市場と向き合い、顧客の行動を変える戦略ストーリーを描く
(画像=GLOBIS知見録)

もう1つは、「探究学舎」という学習塾です。昨今の中学受験の過熱ぶりは、皆さん知るところだと思います。東京23区では5人に1人が私立中学を受験し、進学しているというデータもあります。そのような受験一辺倒の学習塾が多い中で、探究学舎はユニークな学習方法を貫いています。自らを「興味開発型の学び舎」と呼んでいるように、成績アップや中学受験の合格を目指すのではなく、子供達に驚きと感動を与え、没頭させることにより、「もっと知りたい!」「やってみたい!」という興味の種をまくのです。

そこで代表の宝槻氏が語っていた、これぞアナロジーという一言があります。「我々は“さかなクン”を育てているのです」。この一言で、彼らがどのような価値を提供しているのか、は感じられるのではないでしょうか。アナロジーとは、まさに「他から借りてきて、自社に組み合わせる」ことと言える事例でしょう。

自社の新規事業についてアイデアを考える際にもアナロジーは活躍します。筆者が担当する新規事業を創造する研修は、数ヶ月間、複数回に渡ってセッションを実施しながら新規事業のプランニングを行なっていきますが、毎回必ず議論するのが、「最近気になったニュースって何ですか?」という問いです。特に自身の業界以外でテクノロジーを活用した新たなサービスやプロダクトを挙げてもらうことが多いですが、ピックアップしたニュースを選んだなりの理由が存在します。「○○が新しい」とか「○○という顧客ニーズをうまく掴んでいる」など、マクロ環境とそこにいる生活者を想像し、アンテナを立て続けるトレーニングになります。

この議論には最も大事な続きがあり、「では、自社や業界にとっての示唆は?」と問います。ニュースとしてピックアップした何に着目し、どのようなアナロジーを活用するかで、様々な示唆が生まれます。最も分かりやすい示唆は、「自社でもこのテクノロジーを活用して…」というものですが、様々な角度から関連性を捻り出すと、「このビジネスモデルを自社のこの部分に一部活用できそう」「顧客との関係構築方法」、時には「このサービスを立ち上げた社長は、大企業で○○の研究開発をしていてスピンアウトして起業した」という事象に着目し「では我々の場合は…」と人を起点にした自社への示唆が生まれたりします。

広くマクロ環境にアンテナを張り、気になった業界や企業の構造を掴み、一部流用し、自社の強みや新たな要素を組み合わせることによって、新規事業のアイデア創出につながるヒントが得られるのです。

(執筆者:長尾 景紀)GLOBIS知見録はこちら