米国で深刻化するアジア人差別 ヘイト事件は約4000件も
(画像=asiandelight/stock.adobe.com)

2021年3月下旬、米国で深刻化するアジア人差別を受け、全米各地で抗議デモが行われた。コロナ禍で急増するアジア人差別は、長年にわたり燻っていたアジア人への憎悪感が、自粛生活を強いられるストレスや怒りのはけ口になっているという印象を受ける。国連総会で人種差別撤廃国際デー(3月21)が制定されて半世紀が過ぎ、ダイバーシティ(多様化)やイコーリティ(平等)が持続可能な社会を築く上で欠かせない要素として重視されている。しかし今も、人種差別が世界規模で頻発しているのはなぜなのか。

米国、アジア人のヘイト事件は過去1年で3,795件

大規模な抗議デモのきっかけとなったのは、3月16日にジョージア州の韓国系マッサージ店で起こった銃撃事件だ。アジア系女性6人を含む8人が死亡したこと、「アジア人は皆殺しだ」と犯人である白人の男が叫んでいたとの目撃者の証言から、凶悪なヘイトクライム(憎悪犯罪)として世界中で報じられた。

3月29日現在、犯行と人種差別を関連付ける証拠は未だに発見されておらず、ヘイトクライムだったという確証はない。しかし、コロナ禍で急増するアジア人差別に耐え続けた人々を、抗議に立ち上がらせるには十分な出来事だった。

2020年3月19日~2021年2月28日の期間、アジア系米国人や太平洋諸島系住民へのヘイトインシデント(憎悪事件)を追究する非営利団体「Stop AAPI Hate」に寄せられたヘイト事件は3,795件あった。そのうち68.1%は差別発言、20.5%は忌避、11.1%は肉体的な暴力だった。職場での差別、サービスの拒否なども多数報告されている。主な標的は中国人(42.2%)、韓国人(14.8%)、ベトナム人(8.5%)、フィリピン人(7.9%)だ。被害者は圧倒的に女性が多く、男性の2.3倍にのぼるという。

米国におけるアジア人差別の歴史

欧米における対アジア人感情は、今に始まった話ではないが、特に米国で差別・憎悪が深刻化している理由としては、歴史的背景が挙げられる。米チャールズ・ウォーレン・アメリカ史研究センターの博士研究員、コートニー・サトウ氏は、「同国におけるアジア人に対する差別行為の歴史は、19世紀にまでさかのぼる」と指摘している。

1848~1855年のカリフォルニア・ゴールドラッシュを機に、大量の中国人移民が米国に流入した。そして、南北戦争時代の不況の訪れと共に、移民労働者である中国人への反中感情が一気に高まった。「中国人労働者が賃金水準を下げている」というのが理由だった。1871年にはロサンゼルスのチャイナタウンで、19人の中国人居住者が殺害されるという痛ましい事件が起きた。さらに、1875 年には売春防止目的としてアジア人女性の入国を禁じるペイジ法、1882年には中国人排斥法が制定されるなど、国を挙げて「対アジア潮流」が確立された。1世紀以上が経過した現在も、移民への不信感や反発心が米国の文化に深く根付いていることは間違いない。

人種差別がなくならない理由 移民は「脅威」?

異なる文化や言語、教育、宗教、肌・目・髪の色を背景にもつ移民の存在は、「経済的・文化的に国を豊かにする」という意見がある一方で、「脅威」と見なす声も多い。大量の移民が自国に流入すれば、「仕事や家をとられる」と感じたり、「自国を乗っ取られる」といった極端な強迫観念が生まれたりするケースもある。このような観点から見ると、人種差別はある種の自己防衛本能を伴う文化的現象と言える。

米ピュー研究所の調査によると、2000~2015年にわたり、アジア系米国人の人口は72%増加して2,000万人を突破した。そのうち中国系が占める割合は23%と、全米人口(約3億2,000万人)の1.4%に匹敵する勢いだ。国勢調査局の試算によると、このまま移民が増え続けた場合、2044年までに米国の白人人口は国の半数以下に落ち込むことになる。一部の白人にとって移民は、「自国を乗っ取る脅威の存在」なのだ。

このような現象は、米国に限ったことではない。英国のEU離脱の引き金となったのが、EU圏内からの労働移民や発展途上国からの難民の大量流入であったことは記憶に新しい。同じく移民・難民の流入問題を抱えるドイツでも、コロナ以前から人種差別被害の報告が増加しているという。

歪んだ心理状態が生みだす差別意識

人種差別がなくならないもう一つの理由として、「(誰かを差別したり侮辱したりすることで)自分を優位に置きたい」という、歪んだ心理状態が指摘されている。自分に自信がなくて常に不安に駆られている、過去の辛い経験がトラウマとなり思いやりに欠ける、あるいは自分自身に対する不満や自己嫌悪感を他者に投影するといった負の感情が、特定の人物や民族を弱者と見なし、無慈悲な攻撃に駆り立てる。

サンフランシスコ州立大学のアジア系アメリカ人研究の教授であり、フォーラムの創設者であるラッセル・ジョン氏は、アジア人差別で女性が標的になりやすい理由について、「アジア系女性は柔和で従順という固定観念を含む、人種差別と性差別の融合だ」と分析している。まさに、差別する側にとっては「格好の弱者」である。

白人間でも人種差別はある

前述したように、人種差別は米国、対アジア人に限らず、世界中で頻発している問題だ。欧州ではアジア人や黒人差別だけではなく、出稼ぎ労働者の多いポーランド人を標的にした白人間の差別も珍しくない。反イスラム主義、反ユダヤ主義など、宗教に根差す人種差別も存在する。

欧米で暮らすアジア人は、多少なりとも他の人種との「壁」や「摩擦」を感じた経験があるのではないだろうか。筆者自身、約30年の欧州生活の中で、アジア人としてさまざまな人種から差別発言を受けた経験がある。コロナ感染拡大初期には、街中ですれ違ったイスラム系の女性に中国人と勘違いされ、「近寄るな、チャイニーズコロナ」と露骨に避けられた。また、人種差別している本人が自覚していない「無意識の人種差別」が存在することも、身をもって知っている。

世界は人種に限らず、所得や性別、学歴、職業、出身地など、さまざまな「差別」で埋め尽くされている。人間は自分と異なる存在に、本能的に警戒心を抱く。人種差別を違法化するなど法の力で上から押さえつけるだけでは、差別を表面上鎮めることはできたとしても、根絶やしにすることは難しいだろう。人種差別問題の根本に取り組むためには、一人ひとりが自分とは異なる存在を理解し、尊重しようとする努力が不可欠だ。そして、そのための土台をどのように築きて行くのかは、社会が直面している重要課題の一つである。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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