日本社会の少子高齢化や東京一極集中による産業の空洞化によって、地方都市は過疎化が進行している。その状況を打破すべく、政府は地域創生の取り組みを打ち出した。今回は、地域創生の目的やアプローチ方法、進め方について、地域創生の具体例を交えながら説明する。
目次
地方創生とは
「地方創生」は、地方が直面する厳しい現実に向き合いながら、政府が一体となって地域の特色を活かしつつ、自立的かつ持続的な社会の創成を目指すものである。政府のイニシアティブに続くように、地方に活路を見出す企業や個人も現れ始めている。
地方創生が必要な地方の窮状
都心と比較して物価が安く豊かな自然もある事から、子育て世帯を中心に暮らしやすいポジティブなイメージが抱かれる地方だが、現実はそう甘くはない。
都心への一極集中により、地方で育った若者は産業が十分になく、雇用が確保されにくい地元を離れて都会に移住していくこととなる。地方からの人材流出は、さらなる産業の衰退に拍車をかけ、過疎化はさらに進行していくことになり、地方自治体の窮状はさらに深刻となっていくだろう。
地方自治体にとっても、地元の産業が後退していくことは、雇用の受け皿が失われていくのと同時に、税収面でも大きなダメージとなる。
これまで、都市部と比較しても遜色のない住民サービスを提供できていた地方自治体でも、厳しい財政状況に追い込まれた結果、住民サービスの削減や見直しに踏み切るか、サービス維持のために住民に対してさらなる負担を求めざるを得ない状況に追い込まれつつある。
2007年に北海道夕張市が「財政再建団体」に指定され、実質的な財政破綻に陥り、国及び地方自治体に衝撃を与えた。少子高齢化、人材の流出に直面する他の地方都市にとっても他人事では済まないことであり、地方創生に取り組む必要があるのだ。
地方創生のためのアプローチ3つ
地方創生の取り組みを、地方都市だけで行っていくのには困難がつきまとうだろう。少子高齢化や産業の衰退などの課題を、可及的速やかに解決するのは不可能に近い。ここでは、地方創生への3つのアプローチを紹介する。
地方創生へのアプローチその1:移住者の促進
地方創生を果たすためには、地方の在住者を増やすことが第一である。各地方都市の自治体では、地元出身者のUターンや出身者以外のIターンを受け入れるために、さまざまなサポート体制を整備している。
移住者にとっては、仕事や住まいはもちろん住民サービスなど、移住を決断できるだけの条件が整っている必要がある。そこで地方自治体は、移住者の起業をサポートしたり、看護・保育といった専門職の求人情報を充実させるための取り組みを行っている。また、国からも起業支援金や移住支援金などが、地方創生推進交付金によって支援されている。
住まいに関しては、公営住宅から空き家、古民家まで、移住者のニーズに合わせた住環境に応えられるように、情報提供のプラットフォームが整備されている。
地方創生へのアプローチその2:地方生産者と都市の消費者のつながり
地方創生のためには、移住者を増やすだけでなく、地方産業の維持や拡大が必要となる。
地方の衰退の一例として、農業の担い手の減少が挙げられる。地方では、農協に販売を頼るのが一般的であったが、IT技術の革新により、農家と遠方の消費者が繋がって販売と購入を直接実施できるようになり、こうしたプラットフォームを利用する都市の消費者も増加している。
消費者と直接結びついた農家の中には、その需要やニーズに応えるべく、稀少な野菜の栽培をスタートさせたり、有機農法を取り入れるなどして創意工夫をしている。
消費者の需要を掴むことができれば、地方農業の衰退に歯止めがかかり、さらには農業そのものの魅力アップに繋がることも期待できる。地方移住者への農業取り組み支援などと組み合わせることで、地方の重要な産業として引き続き一定の役割を果たすことが期待できる。
地方創生へのアプローチその3:オフィスの地方展開
南海トラフ地震への警戒や新型コロナウイルスの感染拡大により、東京一極集中のリスクが改めて認識されるようになった。IT技術が発達した現在、地方都市に滞在していても大都市と比較しても遜色ない仕事ができるような環境が整備されつつある。
2020年7月には、消費者庁の新未来創造戦略本部が徳島市に開設され、中央省庁の移転として注目を集めた。
これまで地方の支店や店舗は、営業や製造の拠点として活用されてきたが、そうしたコンセプトではなく、地方に拠点を構えることで、都心の通勤ラッシュから解放され、住居の選択肢が増えるなど、従業員の働く環境の改善を目的として地方に目を向ける企業も増えてきている。
役所や企業の拠点が地方に構えられると、雇用はもちろん経済活動の活性化にも繋がり、地方創生に大きな貢献となる。
地方創生に向けた具体的な取り組み3つ
地方創生に向けたさまざまなアプローチ方法がある中で、実際にどのような取り組みが実施されているのだろうか。ここでは、地方創生に向けたいくつかの具体例を紹介しよう。
地方創生の具体例1:地域おこし協力隊
各地方自治体が「地域おこし隊員」を募集し、地場製品の開発や販売・プロ―モーションの他、農林水産業への従事や住民の生活支援を実施しながら、地域おこし協力隊の地方定住・定着も図る取り組みである。
総務省によって制度が開始された2009年は、31の自治体で89人の地域おこし協力隊が受け入れられたが、2019年には1,071に上る自治体で5,349人の地域おこし協力隊が活動している。
地場製品の開発例として挙げられるのが、山梨県笛吹市で生産された国産マスタードである。
フランスではワインの名産地がマスタードの生産地であることを知った地域おこし協力隊が、ぶどう生産量日本一の笛吹市でマスタード作りに挑み、製造方法も知らず畑もないまさにゼロから製品の開発にまでこぎつけた。ここで誕生したマスタードは同市のふるさと納税の謝礼品にまで採用された。
地方創生の具体例2:企業版ふるさと納税
地方自治体に寄付をすることで謝礼を受け取れる「ふるさと納税」は、自治体の貴重な財源ともなっている。地方創始の活性化を目的として、資金だけでなく人材を派遣できるようにしたのが「企業版ふるさと納税」である。
企業で専門的知識やノウハウを持つ人材を地方公共団体へ派遣するスキームで、企業が派遣する社員の人件費を含めた事業費を自治体に寄付する。企業版ふるさと納税で人材を受け入れる地方自治体は、人件費を負担することなく、専門的な人材を活用しながら地方創生の事業に取り組むことができる仕組みである。
社員を派遣する企業にとっては、寄付によって法人関係税が軽減されることになる。企業が有するノウハウを地域の発展に活用することができる上、社員の育成機会として活用できるため、自治体と企業の双方にメリットがある。
地方創生の具体例3:都市部の本社機能の地方移転
地方創生に力を入れているのは、国や地方地自体だけではない。民間企業の中にも地方創生に積極的に取り組む企業がある。
人材サービス会社のパソナは、本社機能を東京から兵庫県淡路島へ移転させると発表した。本社機能を担う従業員の3分の2にあたる約1,200人が、2023年度末までに淡路島での勤務体制となる見込みである。
パソナはこれまでも淡路島において地方創生の取り組みを進めてきた。県立公園のプロデュースや、地元の豊かな自然と食材を楽しむカフェやレストランを展開するなどしてきたのだ。2020年10月の時点で、同社の代表など役員の4割ほどは淡路島で勤務しており、地方をベースとしても従来と変わらない企業活動ができることを証明している。
地方創生をコロナ禍が後押し?
地方創生の具体例で紹介したパソナが、本社機能を移転する契機の1つとなったのが新型コロナの感染拡大であった。政府の緊急事態宣言を受けて、テレワークを体験した企業や従業員は、働く場所や暮らす場所について改めて考えさせられたに違いない。
ITを中心とした技術革新が進み、地方からでも仕事ができるインフラが整備された今、地方をビジネス拠点として十分に活用できる環境が出来つつある。企業拠点や人材の都市から地方へのシフトが進んでいけば、地方創生への大きな貢献となるだろう。
・コロナ禍によるインバウンドの低迷が契機に
近年、地方はインバウンドの外国人訪日観光客によって支えられていた部分も大いにあった。インバウンドを地方創生の起爆剤として期待を寄せていた地域にとっては、今回の世界的な新型コロナの感染拡大は致命傷となってしまった。
新型コロナウィルスの感染状況の推移は不透明だが、大都市の企業がパソナの例に続くようになれば、地方都市にとっても地域創生の大きな転換期となる可能性がある。
こうした都市から地方への流れが進んでいけば、新たな市場としての地方がビジネスチャンスの場として見直されるだろう。ビジネスを展開する上で、地方創生のコンセプトを念頭に置くことで、ユニークなビジネスアイデアがもたらされるかもしれない。
今後地方創生はどうなっていく?
政府によって提唱された地方創生の考えや、コロナ禍によって見直されつつある地方の位置づけに、地域の復興や成長の活路が残されている。
地方創生への取り組みによって、都市から地方にヒトや企業活動の流れが向かい、地方と都市のヒトやモノ・サービスが直接繋がることで、地方の活性化にも貢献できる。こうした地域創生に関わるトレンドが、一過性ではなく定着できるかどうかが今後の課題となる。
そのためにも、先行している地域創生の具体事例が、どのような効果をもたらすかに注目が集まる。先行事例に続いて、多くの企業やヒトが地方創生に価値を見出し、各地が活性化されれば、ビジネスの面においてもより多くのチャンスも創造されることになるであろう。
文・志方拓雄(ビジネスライター)