PCR検査がスピード化~京都が誇る老舗ハイテク企業・島津製作所
京都に新型コロナと本気で格闘する企業がある。創業145年の計測器メーカー、島津製作所。報道陣に見せていたのは、新型コロナウイルスの検体を運び入れる厳重なボックス。島津はウイルス感染を判定するPCR検査事業を始めるという。1日300件もの検査が可能なこの施設は、京都府からの依頼で急遽作り上げたものだ。
「これだけ社会問題になっていますので、一生懸命この事業に力を入れていきたいと思っています」(島津テクノリサーチ・辻野一茂)
島津製作所はPCR検査を一気にスピード化する独自のキットまで開発していた。このコロナウイルス検出キットなら、今まで2時間かかっていた判定がおよそ半分の時間で可能になる。日本でも感染が始まった1月末には、水面下で開発を進めていたという。
「実際のウイルスで検証しないといけないので、当時北海道で流行していたから、そこに持ち込んで評価し、性能を検証しました」(遺伝子解析グループ長・四方正光)
過去に手掛けたノロウイルス検出のノウハウで、わずか3ヵ月で開発した。
「4月20日に発売したのですが、以来2000キットを超える注文をいただいています。人数にしたら20万人分に相当します。人類の危機を克服するために全力で貢献したいと思っています」(分析計測事業部・的場俊英)
ノーベル賞社員がいまも働く~商品開発を支える最強の黒子
前回、カンブリア宮殿で島津製作所を取材したのは2015年。島津製作所の名を一躍有名にしたのが、一社員だった田中耕一さんのノーベル化学賞受賞(2002年)。田中さんはそれまで難しかったタンパク質の測定法を発見した。
田中さんはまだ一研究者として働いていた。「週に1回は実験しないとストレス。実験をすれば何らかの新しいことが見つかるので」と言う。その田中さんは島津製作所の真髄について、「『見えないものを見つける』。見えるようにすれば何かに役に立つ。それが私たちのやりがいでもあります」と語っている。
島津製作所が販売する500以上もの計測機。見えないものが見え、計れないものが計れるマシンだ。その多くがさまざまな商品開発に必要不可欠なもの。例えばビールのアサヒ「スーパードライ」。甘みを抑えたキレのある味を作る上で島津のマシンが欠かせない。
茨城・守谷市のアサヒビールR&Dセンターを訪ねてみると、室内には白と黒のデザインの島津製作所の「液体クロマトグラフ」が何台も並んでいた。その機能は「ビール中の成分を一つ一つ検出することができる」(アサヒグループHD・望月直樹さん)。液体を小さな容器に入れ機械にセットするだけで、味を構成する成分を測ってくれる。ビールの味を構成する成分は100種類以上。この分析機がなければ、微妙な味わいを作り出せない。
「スーパードライとして設計した味になるように、分析機を見ながらビールの製造工程をコントロールすることが可能になります」(R&Dセンター・岸本徹さん)
あるいはTOTOで大ヒットのシャワーヘッド「エアインシャワー」。特殊な水流で出てくる水に空気を含ませ、粒状にすることで、水を35%も節約できる。このシャワーヘッドを開発する上で欠かせなかったのが、神奈川・茅ケ崎市のTOTO総合研究所に設置された巨大なマシン「マイクロフォーカスX線CT」だ。
中にシャワーヘッドをセットして蓋を閉めスイッチを入れると、X線を照射。本来見えないシャワーヘッドの内部をミクロン単位の精度で透視することができる。
「形状が見えて初めて水のイメージが分かりやすくなります。この技術があってこそ、TOTOのシャワーができたことになります」(分析技術部・青島利裕さん)
島津製作所会長の中本晃は、田中さんがノーベル賞を受賞した時の上司、事業部長だった。中本自身も、島津製作所最大のヒット商品を生んだ凄腕エンジニア。「スーパードライ」の味を測っていた成分分析機を手掛けた。
「今までないものを作り上げていくわけですから、いろいろな面で挑戦しないとできない。山あり谷ありを越えてチャレンジするのがものづくりになるんです」(中本)
島津製作所は年商3800億円。その原点は、江戸末期、仏具を作って寺に納めていた島津源蔵にある。京都市内には、明治8年に源蔵が会社を創業した時の建物が今も残っている。文明開化で入ってきた科学に興味を持った源蔵が、仏具以外で初めて手掛けた商品は、子供たちが科学を学ぶためのさまざまな実験器具だった。
2代目の島津源蔵は、父以上に最新の科学技術にのめり込んでいった。手掛けた画期的な機械が国産初の普及型X線装置「ダイアナ」。島津の原点とも言える技術だ。
2代目は、ドイツのレントゲン博士が世界で初めてX線の実験に成功した(1895年)そのわずか11ヵ月後、X線写真の撮影に成功している。その後、レントゲン撮影技術の学校「島津レントゲン技術講習所」を設立するなど、島津製作所は今日に至るまで、日本の医療現場に最新の技術を普及させることに腐心してきた。
いま世界から注文殺到のマシンとは~ウイルスの院内感染を防げ
そんな島津のX線技術が、今、新型コロナの治療に大活躍している。それが簡単に移動できる「回診用X線撮影装置」だ。
「パワーアシスト技術を開発し、軽い台車を押して行くような走行性を実現しました」(医用機器事業部・柴田眞明)
ウイルスに感染した患者を、病室に隔離したままで肺炎の診断をすることができる、移動式のレントゲン。自慢はスピードだ。
「撮影したらモニターに約2秒後に画像が表示されます。技師の方がすぐに確認できるようになっています」(柴田)
世界中の医療現場から注文が殺到、島根・出雲市の工場では急ピッチで増産が進む。
「短期間でラインを増設して通常の2倍以上の生産を行い、人員も2倍以上ラインの中に入っています。たくさんの人が困っているので、1日も早く装置を届けたいと思っています」(島根島津製造部・安達幹夫課長)
さらに島津製作所では、島津のさまざまな計測機器を駆使して、病院内でのウイルス感染を防ぐプロジェクトが始まろうとしている。
まず活用が期待されるのが、ノーベル賞の田中さんが完成させた質量分析計「MALDI」。物質の質量が正確に測定でき、現在、病原菌を見つけるために使われている。これをコロナウイルスにも利用できないか、検討しているのだ。
新型コロナの治療薬作りに期待されているのが、世界初の機能を持ったイメージング質量顕微鏡「iMスコープ」。エンジニアの原田高宏が浜松医科大学に通いつめ、開発に10年を費やした。もともとは同大医学部・瀬藤光利教授からの依頼で開発に取り掛かった。
「いろいろな会社に話を持っていったが、島津さんだけが真剣に一緒にやってくれたんです」(瀬藤教授)
「iMスコープ」の最大の特徴は2種類の画像を同時に撮影できること。それがミクロを見る顕微鏡の画像と物質の成分を見る質量分析計の画像。「形」と「成分」が同時に見える。
東京・中央区の「国立がん研究センター」でも「iMスコープ」が使われている。その用途は「本当に標的となっている腫瘍に薬が当たっているかを見る」(濱田哲暢薬学博士)。「iMスコープ」なら、治療する薬が実際に効いているのかを見ることができるのだ。
「これは世界のどこにもできない。この結果を見て海外のメガファーマから『一緒にやらせてくれ』とオファーが来ました」(濱田さん)
他が挑まないものに挑み、何年かけてでも結果を出す。それが島津のポリシーだ。
感染者を救う最後の砦エクモ~医療現場を支える技術力・テルモ
新型コロナウイルスはまず、中国・武漢市で爆発的に感染を拡大していった。2月に入ると死者はうなぎ上りに増加する。そんな絶望的な医療現場のひとつの希望が、重症患者を次々と回復させていった奇跡のマシン。人工肺「エクモ」を開発したのはテルモだ。
ウイルスに感染し、機能が低下した肺をサポートしてくれるこのマシンは、汚れた血液を中空の繊維を巻いた部分に流しこむと、酸素を含んだきれいな血液に戻してくれる。
「導入すれば人工肺で肺を休めることができる。そういう状況にして肺が回復しやすくなる装置です。うちの病院では11例に使用し9例が助かっています。これがなかったら、おそらくその時点で死亡している」(東京・府中市「多摩総合医療センター」救命救急センター長・清水敬樹医師)
通常、あまり使われる機器ではない「エクモ」だが、テルモは新型コロナ拡大を見越し、1月の時点で一気に増産を始めていた。
「国内のメーカーなので頑張って増産してくれた。我々としてはこの装置がなければ何もできませんから」(清水医師)
注射針から血液バッグまで~北里柴三郎以来の技術力
テルモの生みの親ともいえるのが、新札の肖像画にも選ばれた北里柴三郎。人類を苦しめてきたペスト菌を世界で最初に発見、野口英世などを育てた近代医学の父だ。
北里は第一次世界大戦中、輸入品が途絶えてしまった体温計を国産で作るべく自らが発起人となって体温計メーカーを設立する。それがテルモの前身だ。「体温計」を意味するドイツ語「テルモメーテル」が社名の由来だ。以来、テルモが掲げるのは「医療を通じて社会に貢献する」という理念だ。
心臓外科手術で使われる、テルモが1982年に世界で初めて開発した「ホロ―ファイバー型人工肺」。大がかりだった心臓と肺の代替装置を、中空の繊維を使った人工肺の開発で小型化した。これが後に「エクモ」を生むことになる。
「テルモのすごい発明だと思います、それが今は全世界で使われていますから」(東京・府中市「榊原記念病院」高橋幸宏副院長)
最近でもテルモが医療を飛躍的に進歩させた分野がある。神奈川・鎌倉市「湘南鎌倉総合病院」。石田保道さんがかかったのは、心臓の血管の一部が極端に狭くなる狭心症。血管が詰まれば、心筋梗塞の恐れもある。
ここで行われたのは、テルモが普及を進めてきた手の血管からカテーテルを入れる手法。以前はカテーテルを血管が太い足から入れていたため、治療後の止血が大変で、入院日数も長かった。テルモは、手の細い血管からでも入れやすいカテーテルの開発に注力、劇的に患者の負担を軽くした。
テルモのカテーテルの先端に取り付けられたのは、直径わずか1ミリのステントという金具。水圧をかけると膨らむ仕組みになっている。これを、あらかじめ血管に通しておいたガイドワイヤーに沿って患部まで通し、そこで広げることで、正常に血液が流れるようにする治療だ。
狭くなっていた血管は、無事、元の状態に。治療はたった20分で終了した。石田さんは普通に歩いて治療室を出ていった。
「早かったですね。痛くも苦しくもないし、あっという間に済んだ感覚です」(石田さん)
そんな最新の治療を実現したのがテルモの技術力だ。
「圧倒的にテルモのものは使い勝手がいいんです。そこらの会社にできるものではない」(「湘南鎌倉総合病院」循環器科主任部長・齋藤滋医師)
カテーテル作りの現場では、ステントの材料となる直径2ミリの極細の管を、レーザーで網目構造に切り出していく。驚くほど微細な加工だ。テルモの高度な技術がカテーテル治療を進化させ、今ではさまざまな病気の治療にカテーテルが使われている。
年商6200億円を超えたテルモ。社長の佐藤慎次郎は、極細の注射針を手に、「幼い患者さんが多いですから、より痛みが少なく、恐怖心がないように貢献したいと思っています」と言う。使うのは子供に発症が多い1型糖尿病の患者。太さ、わずか髪の毛2本分の“痛くない注射針”だ。
テルモはそんなさまざまなニーズに応える注射針から、体温計、血液バッグまで、医療現場を日々支える製品を数多く手掛けている。
そんなテルモが誇るのが、神奈川・中井町にある医療関係者向け研修施設「テルモメディカルプラネックス」。高度なカテーテル治療などを学ぶことができるこの施設では、今後、扱いの難しいエクモを操作できる医療スタッフを増やすための訓練も行われるという。
第二波襲来に備えろ~ウイルスに勝つものづくり
今、テルモには新型コロナに期待されている製品がある。それが、アフリカなど20ヵ国で利用が始まっている「ミラソル」だ。
アフリカで毎年40万人が犠牲になるマラリア。その「マラリア原虫」に感染した血液に、ビタミン剤を混ぜて「ミラソル」で紫外線を照射すると、病原体を減らすことができる。この「ミラソル」に、輸血用の血液中に新型コロナウイルスが多数存在する場合、その病原体を減らす有効性が確認されたという。すでにヨーロッパでは新型コロナ対策で使われ始めた。
さらに今、医療現場で大活躍しているのが、病室に付着したウイルスを除去するマシン。特殊な紫外線でコロナウイルスを不活化させるという。テルモがいち早く日本での独占販売権を取得した。
最新の医療で一人でも多くの人を助ける。その戦いに終わりはない。
~村上龍の編集後記~
期せずして、お二人は同じことを言った。新型コロナウイルス以外でも、社会のためにやっているので、今回のことは当然だと。島津製作所の社是「科学技術で社会に貢献する」、テルモの経営理念「医療を通じて社会に貢献する」。両社とも儲かったのではないかと勘ぐってしまうが、そんなことはないらしい。新型コロナは病院の秩序を破壊した。影響で通常の治療が受けられなくなった患者が続出した。病院に利益が上がるわけがない。社会貢献、今や誰もが使う言葉だ。だが両社が使うと、社会には、生命が充ちているのだと思う。
<出演者略歴>
中本 晃(なかもと あきら) 1945年、鳥取県生まれ。大阪府立大学工学部卒業後、島津製作所入社。品質保証部長、LC部長などを経て、2007年専務取締役就任。2009年、社長就任。2015年、会長就任。
佐藤慎次郎(さとう・しんじろう) 1960年、東京都生まれ。1984年、東京大学経済学部卒業後、東亜燃料工業入社。2004年、テルモ入社。2017年、社長就任。
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