富士フイルム
(画像=siam.pukkato/Shutterstock.com)

富士フイルムホールディングス傘下の富士フイルム富山化学が開発した、新型インフルエンザ薬「アビガン(Avigan)」が、新型コロナの治療薬となる可能性に、世界中が注目している。4月8日の時点で、約30ヵ国から提供要請があるなど、効果に対する期待は高まるばかりだが、「世界の救世主」となるための課題もあるようだ。

アビガンとは?

アビガンは国内において、「アビガン錠(一般名:ファビピラビル)」という医薬品名で、製造販売・承認を得ている抗インフルエンザウィルス薬である。インフルエンザは、8種類の一本鎖マイナス鎖RNAをゲノムとするウィルスで、人間の体内に侵入後、宿主細胞の表面に吸着し、内部に侵入する。細胞質に放出されたウィルスゲノムは、ウィルスRNAポリメラーゼ(vRNA)を含む複合体と結合し、ウィルスリボ核タンパク質(vRNP)を形成する。

RNAポリメラーゼには、DNA依存型とRNA依存型の二種類があるが、アビガンはウィルスの複製に関与するRNA 依存性 RNA ポリメラーゼを選択的に阻害することで、ウィルスの増殖を防ぐというメカニズムだ。アビガンは富山化学が1990年代後半、インフルエンザに作用する化合物を発見したことから開発に着手したものの、開発資金不足やタミフルの先行、副作用のリスクといった理由から、長い年月を経て、2014年にようやく承認を得た。

「既存のインフルエンザに耐性があり、かつ高病原性のインフルエンザ感染症の蔓延に備える医薬品」と位置づけられている。

アビガンへの期待高まる

アビガンが新型コロナの治療薬として注目されているのは、新型コロナウィルスがインフルエンザと同種のRNAウィルスであるためだ。3月に中国の国内2ヵ所(湖北省武漢、広東省深)で実施した臨床試験結果から、新型コロナウィルスによる肺炎などへの治療効果が確認されたことにより、一躍注目を浴びた。

武漢の臨床試験では、アビガンと別の抗ウィルス薬アビドールを投与し、経過を比較した。アビドールを投与した患者の回復率は56%、解熱期間4.2日、咳が治まるまでの期間が6.0日だったのに対し、アビガンを投与した患者の回復率は71%、解熱期間2.5日、咳が治まるまでの期間4.6日と、アビドールの効果がはるかに上回る結果が出た。

同月、富士フイルム富山化学も、第3相臨床試験を開始した。これは、20~74歳の非重篤な肺炎を合併した新型コロナ感染症の患者を対象に28日間アビガンを投与し、有効性や安全性を評価するというものだ。試験終了は6月と予想されており、データ解析後、速やかに国内で承認申請する意向を同社は示している。

海外でも高まる期待

4月には、米国でも50人を対象とする第2相臨床試験の開始を発表した。アビガンは米国で新型インフルエンザ薬として承認を得ていないため、第2相臨床試験後、第3相臨床試験に移行する方針だ。すでに中国は、後発医薬品(ジェネリック)の生産を進める方針を明らかにしているほか、ドイツ政府は、アビガンの何百万箱という規模の大量購入を計画していると、独フランクフルター・アルゲマイネ紙が報じた。

日本政府は富士フイルムにアビガンの生産再開を要請し、希望する国にアビガンを無償提供する方針を明らかにしている。外務省の発表によると、すでにイランやインドネシアなど20カ国への提供が決まっているほか、30カ国と調整を進めている。

「世界の救世主」となるための課題

しかし、現時点において、アビガンを「世界の救世主」と見なすには、クリアすべき課題がある。

一つ目は、開発中の動物実験で浮上した、催奇形性の副作用のリスクだ。催奇形性とは、妊娠中の女性が服用すると胎児に奇形が起こるリスクを指す。つまり、妊娠中の女性がコロナ感染した場合は、服用できない。また、承認を得てはいるものの、実際に広範囲に利用された前例がないため、他にどのような副作用が起こるか、現時点では予想できないことも課題である。

二つ目は、政府の要請がない限り製造できない備蓄薬であるため、現時点における実質的な備蓄量70万人分しかない点だ。日本政府は富士フイルムにアビガンの生産再開・増産を要請しているが、このまま世界中で感染が拡大し続けた場合、増産ペースが需要に追いつくかという疑問は残る。ただし、物質特許は失効しているため、ジェネリックでカバーできる可能性も考えられる。

三つ目は、アビガンは治療薬であり、予防薬ではない点だ。ワクチンが開発されるまで、感染の拡大を食いとめることは難しいだろう。

がん・中枢神経疾・患感染症を専門分野とする富士フイルム富山化学

海外では、アビガンで初めて富士フイルムの医薬品事業について知った人も多い。富士フイルムは2018年ヘルスケア事業を強化する意図で、子会社だった富山化学工業と富士フイルムRIファーマを統合し、「富士フイルム富山化学」を新たに設立するなど、大規模な医薬品事業改革を実施した。

同社は2008年に富山化学工業を買収したのを機に、医薬品市場に参入し、大正製薬と資本および業務提携を結んでいた。しかし、新会社設立にあたり、富山化学工業が保有していた大正富山医薬品を、全て大正製薬HDに売却し、両社間の業務提供も解消し、単独で新薬の開発に専念できる環境を整備した。

富士フイルム富山化学では、がん・中枢神経疾・患感染症の3領域に取り組んでいる。2019年3月期の純利益(31億700万円)は、親会社である富士フイルムホールディングスの連結純利益(1,620億円)のほぼ5分の1を占める。

「世界の医薬品メーカー」としての地位を確立できるか?

フィルムやカメラメーカーとしてのイメージが強い富士フイルムだが、「アビガン」が新型コロナの治療薬として認められれば、一躍、「日本が世界に誇る医薬品メーカー」としての地位を確立できる。同社は抗インフルエンザウィルス薬だけではなく、国内・国外において、アルツハイマー型認知症治療薬や骨髄異形成症候群治療薬、進行・再発固形がん治療薬など、様々な新薬の開発に取り組んでおり、今後、広範囲な医療分野で注目度が高まるものと予想される。

文・アレン・琴子(英国在住のフリーライター)