
2025年4月
グローバル・ビジネスグループ
主席研究員 小野寺 晋
2025年2月7日、米国半導体工業会(SIA:Semiconductor Industry Association)は、2024年の世界半導体売上高は前年比19.1%増の6276億米ドルで、過去最高を更新したと発表。世界の半導体市場は、AIや自動車分野の半導体需要の増加に伴い飛躍の年となった。
しかし、世界の半導体市場が上昇トレンドを描く中、依然として潜在的なリスクが存在することは否めない。まず、多国間にまたがる複雑なサプライチェーン構造が、世界の半導体市場のボトルネックとなり続けている。これは、シリコンウェーハ上に微細な回路を形成するプロセスで技術力が鍵となる前工程と、その出来上がったウエハーを切り出してICチップを作り、製品として完成させるプロセスの労働力やコストが重視される後工程という半導体特有の製造プロセスに起因するところが大きいとも考えることができるが、このような技術的及び経済的な制約受けることで世界の半導体市場は、前工程は台湾、韓国や米国が主導、そして、後工程は中国や台湾を筆頭に東南アジアなどの新興国に跨り、結果、地政学的リスクを受けやすい環境下におかれている。この問題が顕在化したのが新型コロナのパンデミックによる半導体工場の閉鎖であり、世界中で数ヶ月にわたり半導体の供給不足が続いたことは私たちの記憶に新しいところである。そして、より深刻なリスクが米中間でのチップ戦争の激化である。中国はシリコンの代替材料としてより優れた物性を持つゲルマニウムやガリウムといった重要な半導体材料の主要生産国であることから、この重要材料の輸出を規制。一方、米国は中国への半導体の輸出規制を敷くことで対抗するとともに、2022年にはCHIP法を制定し自国の半導体製造能力高める戦略を打ち出した。そしてこの米国のCHIP法のもと、前工程では台湾(TSMC)や韓国(Samsung)による米国国内への製造拠点の設置が推進され、また更に、後工程においては東南アジア諸国やインドとの「半導体サプライチェーン強靭化に向けた覚書」に代表される第三国とのパートナーシップを通じて地政学的リスクと半導体サプライチェーンの分散化が進められている。このように米中の半導体市場における覇権争いの影響は当事者の二国間に留まらず、第三国・地域を巻き込んだ世界レベルまで広がりを見せて、また、その渦中にあって日本の半導体作業が今後どのように生き残っていくべきか、その点が今問われている。
日本の半導体産業は、1980年代「日の丸半導体」として世界を席巻するほどまでに成長。しかし、「日米半導体協定」による貿易規制や、半導体の最終製品市場の変化への対応の遅れ等の要因が重なり、1990年代後半には韓国や台湾といった東アジアの周辺国の追従を許し、それ以降は日本半導体産業の失われた20年とも言われる低迷時代を経験してきた。しかし、これまで述べてきた世界の半導体サプライチェーンの分散化の流れは、日本の半導体産業の復活の実現において重要な機会と考えることができる。その一端が政府主導による熊本県へのTSMC(台湾)の半導体工場誘致や、国産の次世代半導体の実現を目指したRapidusの設立などに垣間見ることができるが、本当の意味での日本の半導体産業の復活にはいくつか乗り越えるべきハードルがあることも忘れてはならない。ひとつは半導体産業の人材不足の問題である。失われた20年の代償は大きく、日本の半導体産業ではICの設計能力が他の半導体先進国の後塵を拝しているのが現状であり、高度な半導体技術をもった人材の育成は喫緊の課題となっている。また、今後の日本の半導体産業を支えていく次世代の人材を育成していくという視点も更に重要なポイントであり、その実現のためにも産学官連携による人材育成や技術継承の仕組み作り、また、半導体産業における海外のパートナーシップ国との人材・技術交流の実施など、より多角的視点から人材育成体制の構築が必要になってくることが考えられる。
そして更に日本の半導体産業の復活に重要な乗り越えるべきハードルは、世界の半導体市場における日本半導体産業の独自のポジションの確立であると考える。現在日本の半導体産業は、半導体の素材と製造装置分野において世界をリードしているが、これまでの半導体技術開発や、製造に止まらない半導体エコシステムの構築が日本の独自のポジションの確立に必要であると考える。ここでいう半導体エコシステムとは、高度なソフトウェアの開発、AIサービスの提供、最先端のデータセンターの展開も視野に入れた半導体バリューチェーン全体を網羅した多面的なエコシステムを指し、国内に限定せず海外のパートナーシップ国との連携を深めることで“点から面”への半導体事業の展開が可能となる。
このように、現在世界の半導体サプライチェーンの分散化の流れの中で、日本がこれまでの“技術で勝って事業で負ける”から“技術で勝って事業でも勝つ”に変われるチャンスは今到来しており、短期的な貿易戦略に止まらない中長期的且つ持続可能な半導体産業モデルを作り上げることでその実現が可能であると考えるのである。