ヒト・モノ・カネ・時間といった経営資源は、有限である。限られた経営資源を効率良く配分することが継続的な売上・利益の向上につながり、企業のさらなる成長と発展を促す。
経営資源を有効に活用するためには、事業ポートフォリオが重要である。ここでは、事業ポートフォリオの概要やM&Aとの関係、作成方法、事業ポートフォリオの最適化などについて詳しく解説する。
目次
事業ポートフォリオとは?
ポートフォリオとは、自分のスキルや実績を周囲に伝えるための作品集という意味で、一般的によく使われる言葉である。ビジネスシーンでは、「事業の組み合わせ」「製品の構成」などを指す言葉として用いられる。
「事業ポートフォリオ」と言う場合は、企業が利益を生み出している事業を組み合わせて一覧化したものを指す。各事業の収益性・成長性・安全性などを一覧化することにより、可視化・俯瞰できるというメリットがある。さらに、限られた経営資源を有効活用するために、どの事業へ投入するかを決定するためのツールとしても活用される。
事業の選択と集中により、経営資源を最適に配分することを、「事業ポートフォリオの最適化」と呼ぶ。企業経営においては、全体を俯瞰した上で経営者の視点で事業ポートフォリオの最適化を図ることが重要である。事業ポートフォリオの最適化に関する詳しい解説は後述する。
M&Aとの関係
事業ポートフォリオは、M&Aにおいて活用されることが多い。企業が生き残りを図るために、社会情勢や業界・市場の動向、自社の内部事情を見極めた上でM&Aを実行し、グループの再編や事業継承、事業譲渡などを行う際に、事業ポートフォリオが活用されるのだ。
M&Aは、事業ポートフォリオの最適化を実施するためのプロセスそのものである。事業ポートフォリオを作成することで、より効率的に組織再編や事業強化を行えるようになる。
たとえば、後継者不足により株式譲渡のM&Aスキームで自社を売却する場合、事業ポートフォリオがあると自社の事業内容を買い手に伝えやすくなる。買い手は事業内容を理解したうえで買収について判断できるだろう。
また、自社の強みを活かせない事業を他社に譲渡する手もある。事業譲渡であれば経営資源を主力事業に集中させられる。
事業ポートフォリオを作成するメリット3つ
事業ポートフォリオは、M&Aに限らずさまざまな経営の意思決定に役立つ。続いては、経営者が自社の事業ポートフォリオを作成するメリットを解説する。
メリット① 経営判断を迅速化できる
2020年に始まった新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、私たちのライフスタイルや価値観に大きな変化をもたらした。テレワークやオンライン学習などデジタルシフトが加速し、通信販売の利用が増え、巣ごもり需要が拡大した。
withコロナ時代・ポストコロナ時代は、商品・サービスのニーズが大きく変化すると考えられている。このように変化の激しい時代でも、事業ポートフォリオがあれば、自社の事業を俯瞰的に把握してスピーディな経営判断ができるはずだ。
メリット② ビジネスチャンスを見極めやすくなる
近年、情報テクノロジーの進歩とともに、DXが世界的に広まっている。DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、IT技術の浸透で起こる社会や生活様式の変化のことだ。
仮想通貨とともに登場したブロックチェーン技術は、さまざまな産業領域で活用が進み、多種多様な業界・職種に影響を及ぼすと予測されている。
また、Facebook社の社名変更をはじめ、メタバース業界も盛り上がりを見せている。メタバース上に「メタトーキョー」が登場し、VRイベントバーチャルマーケットでは数多くの企業が出展した。
既存のビジネスが大きな変革を迫られている今、事業ポートフォリオがあるとビジネスチャンスを見極めやすくなるだろう。
メリット③ 金融危機へのリスクヘッジができる
新型コロナウイルスの影響で、2020年にはコロナショックが起きた。グローバル化によって、金融危機が瞬時に世界中に影響し、負の連鎖が起こりやすい状況にある。
金融危機へのリスクヘッジとして、事業ポートフォリオを活用し、財務体質の強化に努めたい。事業ポートフォリオがあれば不採算事業を把握できる。撤退や事業譲渡などの経営判断をしやすくなるだろう。
事業ポートフォリオの作り方のポイント3つ
事業ポートフォリオを作成しようと思っても、まず何から始めるべきか悩む経営者は多いだろう。ここからは事業ポートフォリオの作り方について重要なポイントを解説する。
作り方のポイント① PPMを活用する
PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)は、それぞれの事業の状況を確認しながら、経営資源の配分を最適化するための分析フレームワークである。1970年代に、戦略コンサルティングファームであるBCGが提唱した。
PPMでは、「市場の成長性」を縦軸、「市場シェア」を横軸として、エリアを4つの象限に分割し、それぞれを「花形」「問題児」「カネのなる木」「負け犬」と呼ぶ。また、規模の大きさを示す円で各事業をプロットし、事業が利益を生み出す難易度や、追加投資の必要性を明確にする。
縦軸の「市場の成長性」は、上に行くほど成長性が高くなる。魅力的な市場ではあるが、激しい競争が予想され、積極的な投資が必須であると判断される。横軸の「市場シェア」は、左に行くほどスケールメリットがあり、利益を確保しやすいと予想できる。以下の4つの象限のどこかに、各事業が配置される。
・花形
市場の成長性・シェアともに高く、利益が出しやすい。投資を継続し、カネのなる木を目指す。
・問題児
市場の成長性が高く魅力的だが、市場シェアが低いためコストがかかる。市場シェアを高めて花形を目指す。
・カネのなる木
市場の成長性は低いが市場シェアが高いため、事業コストが低く利益を出しやすい。できるだけ稼ぎ、利益を他の事業に回す。
・負け犬
市場の成長性・シェアともに低く、利益の創出が難しい。素早い撤退の決断を迫られる対象だ。
作り方のポイント② 事業ドメインを設定する
事業ドメインとは、企業の主力事業である本業のことだ。事業ドメインを設定することは、限られた経営資源を効率的に投入するための重要な経営戦略であり、企業が長期にわたって成長するための経営陣の最重要課題とも言える。
事業ドメインの設定により、過度な経営資源の投入や分散を防止できる。事業の多角化自体は重要な経営戦略だが、事業ドメインを設定することで不要な多角化を避けられる。
事業ドメインを設定する際は、「CTMフレームワーク分析」という手法が用いられる。CTMフレームワーク分析では、顧客・技術・機能の3つの軸で分析を行う。
・顧客軸
顧客の年齢・性別・地域・嗜好性などを分類し、自社の商品やサービスを誰に対して提供すべきかを特定できる。事業の強みを生かしたシェアの拡大や、新規顧客の開拓などに役立つ。
・技術軸
自社特有の技術が他社に比べどのように差別化されているかを特定することで、将来主力となる事業の立ち上げに役立つ。イノベーションの創出や、事業の多角化に大きく寄与する軸と言える。
・機能軸
自社が提供する商品やサービスが、顧客に提供できる価値を規定する軸である。機能軸を強化することで、商品の高機能化、高価格化につながり、優良顧客の獲得も期待できる。
3つの軸を規定することで、事業ドメインの設定がより容易になる。
作り方のポイント③ コア・コンピタンスを明確に意識する
コア・コンピタンスとは、顧客に対して他社には真似のできない自社ならではの価値を提供する企業の中核的な力をいう。ホンダのエンジン技術や、ソニーの小型化技術などがこれに当たる。
自社の強みを意味する言葉としては、「ケイパビリティ」という用語もよく使われる。ケイパビリティがバリューチェーンにまたがる組織的な強みを指す場合が多いのに対し、コア・コンピタンスはバリューチェーンにおける特定機能の強みを指す。
事業の集中や拡大を図る際は、自社のコア・コンピタンスやケイパビリティを明確に意識し、これらを生かせる事業を展開することが重要である。また、事業ドメインの設定においても、コア・コンピタンスとケイパビリティの正しい理解が欠かせない。
コア・コンピタンスを正確に見極めるためには、事業における模倣可能性・移動可能性・代替可能性・希少性・耐久性の5項目で評価する。さらに、市場機会や事業課題を発見するフレームワークである「SWOT分析」を用いることもある。
事業ポートフォリオを最適化する2つの方法
事業ポートフォリオの作成は大切だが、あくまでスタート地点であり、その後の運用こそが重要だ。早速、事業ポートフォリオを最適化する方法を解説していく。
最適化方法① ポートフォリオマネジメントシステムを作る
経営資源を配分する際は、パフォーマンスやシナジーを考慮する。このような評価を行うために構築した仕組みを、ポートフォリオマネジメントシステムという。
企業によって評価軸や各領域の位置付けは異なるため、自社内で決定しておく必要がある。ポートフォリオマネジメントシステムを基準とし、追加投資などについては柔軟に対応することが重要である。また、このシステムで撤退基準も明確にしておけば、赤字が続く状況を回避できる。
経済産業省のデータによると、事業の撤退・売却を行うときの課題として「基準が不明確なため、撤退・売却の判断がしにくい」という回答が最多だ。撤退基準を明確にしておくことが、速やかな経営判断を促し、自社を守ることにつながるだろう。
出典:事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~(経済産業省)
最適化方法② コーポレート組織を設置する
事業ポートフォリオの最適化を担う専門部署として、コーポレート組織を設置するという方法もある。
全社的な戦略を推進する経営企画部門を、コーポレート組織と呼ぶ。複数の事業を展開する企業においては、保有する経営資源の最適配分をコーポレート組織が考えると効率的だ。各事業部が個別に立案した事業戦略を元に、コーポレート組織が全社横断的な立場から業績評価制度を仕組み化することもできる。
経営資源を配分しただけでは、事業ポートフォリオを改善したとは言えない。各事業部が個別にパフォーマンスを向上させることも重要な要素である。コーポレート組織が業績評価を行い、各事業部の業績を客観的に評価し、業績に応じてインセンティブを付与することで、各事業部の業績向上が見込める。
上記の2つの仕組みを整えた後は、一般的に以下の視点で機能の最適化を進めていく。
- 機能を集約することで生産性の向上やコストダウンを狙う「重複の排除」
- 事業間で同じ機能を取りまとめる「水平統合」
- 業界に対する影響力を増大させたりコスト効率を高めたりする「垂直統合」
これらの最適化では、単に集約や統合を進めていけばいいわけではない。自社にとってのコア機能を見定め、コストメリットや業務の効率化なども考慮しながら検討することが重要である。
事業ポートフォリオの最適化で経営者が陥りがちな思考2つ
コーポレート組織が事業ポートフォリオの最適化を担うとしても、最終的に意思決定するのは経営者だ。事業ポートフォリオの最適化には、経営者の意識変革が欠かせない。続いて、事業ポートフォリオを最適化するときに経営者が陥りがちな思考を紹介する。
経営者が陥りがちな思考① 事業の多角化による規模拡大が重要
日本ではかつて、リスク分散のために事業の多角化による規模拡大が重要だと考えられていた。このような歴史的な影響で、いまだに企業規模の拡大と事業の多角化が安定経営につながるという見方が一般化している。
事業の多角化や規模拡大は、必ずしもリスクヘッジになるとは限らない。過度な多角化と規模拡大により、事業ポートフォリオの内容も把握できない状態で経営を続けるのは危険な行為だ。撤退する勇気もリスクヘッジにおいて重要だ。
経営者が陥りがちな思考② 損益に意識が向きがち
日本の経営者は、売上・経費・利益といった損益に意識が向く傾向がある。しかし、長期的に企業を成長発展させていくためには、資本効率にも目を向ける必要がある。言い換えれば、経営資源への適切な投資を行い、効率的に利益を生み出すことが重要だ。
事業ポートフォリオを作成し、各事業部の業績を把握したうえで必要な投資を行う。投資の結果として損益の改善までチェックする。このような地道な取り組みによって、資本効率が向上していくだろう。
事業ポートフォリオの最適化に向けた人材育成のポイント2つ
事業ポートフォリオの最適化には、経営者の意識変革だけでなく、人材育成も重要だ。続いて人材育成で重要なポイントを紹介する。
ポイント① マネジメント層の視座を高める
マネジメント層が内部昇格だと、自分の事業部門を代表する立場として振る舞い、他部門への理解が不足して対立を生むことがある。
複数の部門も含めて会社全体を俯瞰する視点を持てるよう、マネジメント層を研修などで育成することが大切だ。
ポイント② 人材のスキルの可視化と業務の標準化
事業ポートフォリオの最適化では、人材の適材適所も重要だ。そのためには、人材育成の体制を整えたうえで人材の強みや特性を把握し、業務プロセスを標準化しておく必要がある。
事業ポートフォリオの作成における注意点
事業ポートフォリオマネジメントを実行する際は、単に経営資源の効率的な配分を意識するだけでなく、優先的に投資を行う事業を明確化することが重要である。
無駄なコストの発生を抑えることは大切だが、PPMによって判断できるように、事業によっては積極的な投資が必要となるケースもある。経営資源を渋るだけでなく、投資すべき事業を正確に見極め、どれだけの投資ができるかも同時に考慮する必要がある。
また、トップマネジメントへのガバナンスやインセンティブなどの制度を整えたり、経営管理システムを構築したりすることも重要である。
事業ポートフォリオマネジメントでは、ある程度のリスクを想定して投資や多角化戦略の検討が行われるため、トップマネジメントの手腕が問われることになる。ガバナンスやインセンティブなどの制度を整えることで、重要な経営戦略を決定する場面でも、トップマネジメントが意思決定をしやすくなる効果が期待できる。
限られた経営資源の最適配分を図ろう!
限られた経営資源を有効に活用するためには、事業ポートフォリオが重要である。事業ポートフォリオマネジメントにおいては、さまざまなフレームワークを活用することで、意思決定が容易になる。
事業ポートフォリオの最適化を実行する際は、経営資源の配分だけを意識するのではなく、優先的に投資を行う事業を明らかにすることも重要である。企業のさらなる成長・発展を目指すために、事業ポートフォリオを利用して経営資源の最適配分を図ろう。
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文・THE OWNER編集部