経済産業省は、予防・健康づくりの観点から、消費者接点を持つ生活関連産業を中心に異分野からヘルスケア分野への参入を促し、国民ニーズに対応する多種多様なヘルスケアサービスを創出すべく、PHR(Personal Health Record:健康医療情報)の利活用促進に取り組んでいる。10月8日に開催された「“自然と健康になれる社会”を実現するPHR事業展望発表会」では、「日本におけるPHRの課題と今後の展望」と題して、慶応義塾大学医学部 教授の宮田裕章氏が基調講演を行った他、大阪・関西万博に向けたPHR展開および同万博で展示発表される10件のユースケースを紹介した。また、「PHRのビジネスポテンシャル」をテーマにしたパネルディスカッションも実施した。
「経済産業省では、ヘルスケア政策における施策の1つとして、PHRを活用した新たなサービスの創出に力を注いでいる。健康医療情報をライフスタイルの様々なシーンで活用することで、思いやりが循環し、誰もが自分らしく、安心して暮らすことで自然と健康になる社会を目指している」と、経済産業省 商務・サービス審議官の南亮氏が挨拶。「PHRの社会実装を加速化するべく、PHR事業者が提供するPHRを情報連携基盤経由でサービス事業者と共有し、PHRを活用したユースケースを創出する事業を推進している。事業者公募を経て、サービス事業者/PHR事業者合計20事業者を採択し、5月17日のマッチングイベントで、ユースケース創出に向けた10組のチームを結成した。このチームによる10件のユースケースを、2025年の大阪・関西万博において展示発表および体験提供を行う」と、PHR社会実装加速化事業の概要について説明した。「同事業を通じて、食事・運動・睡眠・ライフスタイル等のさまざまな領域でPHRを活用したユースケースを創出し、2026年以降の社会実装を見据えてブラッシュアップしていく。また、来年4月には分散したPHRを他事業者が活用できる情報連携基盤『PHR CYCLE』を実装する。そして、大阪・関西万博への出展を機に、PHRの社会への浸透を加速していく」との考えを示した。
続いて、慶応義塾大学医学部 教授の宮田氏が「日本におけるPHRの課題と今後の展望」と題した基調講演を行った。「時代がデジタルへと変革する中で、米国ではスタートアップであるGAFAMが経済成長をけん引し、将来の雇用、所得、財政を支える新たな担い手となった。この新しいテックジャイアントを生んだことが米国の大きな成功であり、日本も世界で戦えるスタートアップを早急に創出しなければ、世界との差は開くばかり。そのためには、政府が一歩前に出て、スタートアップが迅速かつ大きく育つ環境を整備する必要がある」と、日本経済が抱えている課題を指摘する。「今まではテックジャイアントがデータを独占していたが、これからはデータアクセス権は個人にあり、それを社会全体でオープンに活用していく時代になるとみている。これに向けて日本では、経済産業省が軸となり、信頼性のある自由なデータ流通を実現する『DFFT(Data Free Flow with Trust)』戦略を世界に提唱している。また、インクルーシブでサステナブルなデータ社会実現に向けた実証の場として大阪・関西万博を提供し、万博におけるデータ利活用の統一的な制度・ルールを整備する」と、信頼あるデータ利活用の実現に向けた日本の動きを紹介した。
「医療の観点からは、従来は入院して治療を行い、退院した後は、患者とのつながりが切れてしまうケースも多かった。しかし、PHRを活用することで、退院後もスマートフォンなどで患者をサポートし続けることが可能になる。さらに、PHRの活用を広げれば、単に患者を支えるだけではなく、病気になる前から様々なヘルスケアデータを提供し、健康的な生活をサポートすることができる」と、PHRは健康寿命を延ばし、豊かな人生を支える重要な役割を担うことになると強調する。「これから迎えるSociety5.0は、社会、経済、文化、技術を多様な価値から再構築する第三のルネサンスであり、経済合理性やWell-beingだけでなく、Better Co-Beingを目指すことが大切になる。今までのように、社会の大きな歯車にはまって生きるのではなく、一人ひとりの人生が響きあいながら共に未来を創っていく社会になると考えている」と、Society5.0が描く未来の社会像についても言及していた。
次に、大阪・関西万博におけるPHR展開について、経済産業省 ヘルスケア産業課 課長の橋本泰輔氏が説明した。「PHR社会実装加速化事業の成果発表の場として大阪・関西万博を活用し、国民およびヘルスケア産業内にPHRサービスの価値を広く周知する。特にPHRの社会実装には、情報連携基盤を通してデータが行き交う共通利用環境の構築が不可欠であり、そのためには、国民が自らのデータをさまざまな事業者に連携することへの理解が必要になる。そこで万博では、PHRを活用した未来のサービス体験提供を行い、その価値を実感してもらうことで意識変革を図る」とのこと。「経済産業省では、『PHR連携が生み出す、新時代のウェルネス体験』をテーマとして、来場者に食事・運動・睡眠などの分野においてユースケース体験を提供する。『健康とウェルビーイングウイーク』(2025年6月20日~7月1日)と連動する形で実施を予定している」と、経済産業省のアクションプランを発表。「EXPOメッセとFLE(フューチャーライフエクスペリエンス)会場でのユースケースの体験提供・展示発表を主としながら、万博会場内外の各施設とも連携して体験提供を行う。他パビリオンとの連携では、シグネチャーパビリオン『null」で一部ユースケースの体型提供を実施する。また、デジタル施策において会場内の飲食店や休憩スポット等と連携するほか、万博会場外の飲食店とも連携する予定」と、経済産業省による万博展開の全体像を教えてくれた。
ここで、PHR事業者とサービス事業者のマッチングを経て創出され、大阪・関西万博に出展する10件のユースケースが紹介された。「ウェルネス・サポーター」(サービス事業者:WizWe、PHR事業者:Y4.com)は、「習慣化の知見×PHRデータ」を活かし、ミドルからシニア世代向けに介護予防および認知症予防を目的とした健康行動の行動変容サポートを提供する。「今日何食べよ?by カロママプラス」(サービス事業者:Wellmira、PHR事業者:Arteryex、Y4.com)は、AI健康アプリ「カロママ プラス」に記録された食事や運動、睡眠、気分などのライフログデータに、「パシャっとカルテ」や「Vital gain」に記録された服薬情報や健診情報などのPHRデータを掛け合わせることで、一人ひとりに最適な健康メニューや健康アドバイスを提案、パーソナライズド・ニュートリションを実現する。
「ZZZN SLEEP APPAREL」(サービス事業者:NTT DXパートナー、PHR事業者:SOXAI)は、PHRデータと連動して服に内蔵されている光と音が作動することで、心地よい眠気を誘うとともに、日常生活から断絶した新たな世界、空間を提供する。「わくわく!野菜でカラフル VR」は、「ベジチェック」で測定した野菜摂取レベルに加え、「健康マイレージ」が提供する「ヘルスケア推定AI」から自身の健康状態の推定スコアを取得することで、VR空間で戦う敵と自分の攻撃力を決定。VR空間内で自分もしくは大切な人の健康を楽しく守る。
「~New・Wellness Sleep Program~」(サービス事業者:グリーンハウス、PHR事業者:Arteryex、Y4.com)は、睡眠・健康診断データとAI食事管理アプリ「あすけん」での食事記録を基に、AI栄養士が「あすけん」アプリ内で睡眠アドバイスを行う。さらに詳細な睡眠アドバイスを得たい場合は、グリーンハウスグループの「ホテルグランバッハ京都セレクト」で脳波計測によって睡眠データを解析し、翌朝、アドバイザーや管理栄養士が睡眠アドバイスを行う。「話せるPHR」(サービス事業者:サステナブルパビリオン2025、PHR事業者:Wellmira、NTTドコモ)は、じぶんアバター「Mirrored Body」と、「カロママ プラス」が提供する食事などライフログデータや健康アドバイス、および「健康マイレージ」が提供する「ヘルスケア推定AI」を用いた健康状態の推定スコアや影響した生活習慣のデータを連携させることによって、自分だけの健康アドバイザーを作り出すサービスの実現を目指す。
「過剰なカロリーぶった斬れ!VRチャンバラエクササイズ!」(サービス事業者:ジーン、PHR事業者:Wellmira、NTTドコモ)は、プレイヤーが戦国時代の武士となり、360°に広がる戦場の光景の中で、手に持ったコントローラー=刀を使って次々に迫り来る敵を斬りまくるVRアトラクションゲーム。プレイヤーの健康情報によってゲームの内容が変化し、自身の生活を可視化すると同時に戦国時代の戦を楽しみながら運動ができる。「トレトレで楽しく歩く→カラDAスマイル!」(サービス事業者:リアルワールドゲームス、PHR事業者:エムティーアイ、大阪府)は、位置情報サービス「トレイントレイン」と、健診の総合サポートアプリ「CARADA健診サポート」のPHRデータ、おおさか健活マイレージ「アスマイル」のPHRデータを連携することで、利用者が楽しく歩き、自然に健康になれるサービスを提供する。
「もっとグッスリ(More IoT for good sleep)」(サービス事業者:LIXIL、PHR事業者:沢井製薬、FiNC Technologies)は、PHRデータを活用し、個人に合わせた快適な睡眠を誘導するサービス。「FiNCアプリ」と「SaluDiアプリ」の健康データを活用し、日中の活動量や体調を把握する。そして、「Life Assist2アプリ」を通じて、入浴から入眠、睡眠中、起床時という一連の流れの中で、適切なタイミングで住宅機器のコントロールや行動リコメンドを実施する。「SCANBE 3Dボディスキャンから始まるヘルスケア体験」(サービス事業者:ワコール、PHR事業者:asken)は、3D計測サービス「SCANBE」に、AI食事管理アプリ「あすけん」で蓄積されたPHRデータを掛け合わせたサービスを提供する。「SCANBE」による3Dボディスキャンが体験できるほか、「ワコールカルネ」で3Dボディデータや食事管理データを閲覧できる。ボディデータを見ての気づきや“ありたい自分”のイメージを入力すると、“ありたい自分”に近づくための、食事や運動のメニューの提案が受けられる。
最後に、慶応義塾大学医学部 教授の宮田氏とPHRサービス事業協会 標準化委員会委員長の松原久雄氏、PHR普及推進協議会 専務理事の阿部達也氏によるパネルディスカッションが行われた。パネルディスカッションでは、「PHRのビジネスポテンシャル」をテーマに、PHR利活用加速化に向けた取り組みや、PHRが実現する“自然と健康になれる社会”について意見を交わし、議論を深めた。宮田氏は、「私の提唱するBetter Co-Beingでは、一人ひとりの行動が、自分の将来だけでなく社会全体を変えていくことにつながると考えている。そして、これからはPHRやパーソナルデータを軸に未来がつくられていくとみている。今回のユースケースがその重要な核となって、PHR活用の新たな未来を切り拓いていってほしい」と期待を述べた。松原氏は、「ライフスタイルや考え方が多様化する中で、自分がどう生きていけばいいのか、何を目的にすればいいのかという悩みを、PHRによってサポートできる世界が現実的になりつつあると感じている。これからもPHRを活用することで、よりよい社会を実現できるよう取り組んでいく」と今後の抱負を語った。阿部氏は、「これからは、ただ長生きするのではなく、健康でいる時間をなるべく長くして、元気に活動できる健康寿命を延ばしていくことが重要だと思っている。そして、そのPHRを自分だけでなく社会にも共有し、将来的にはたまったデータをアカデミックに活用していくことも考えられる。今後、PHRによって、健康に関する知見がさらに深まり、新たな医療の発見につながることに期待している」と、PHRのさらなる普及・発展に意欲を見せていた。
経済産業省=https://www.meti.go.jp/
大阪・関西万博公式サイト=https://www.expo2025.or.jp/