職場
(画像=PIXTA)

「優れた人材ほどすぐに辞めてしまう」「中小企業での人材育成など無駄ではないのか」と言う声をよく聞く。かといって、社員のスキル向上を考えていない会社だと社員に思われれば、転職を考えさせることになってしまうかもしれない。人材育成のためだけの研修は、転職予備軍を作る行為と言える。人材育成は、定着策と組み合わせてこそ効果があるのだ。

本記事では、人材育成の目的から実施方法、社員の定着を考えた働き方改革までを解説していく。

目次

  1. 人材育成の目的とは?
  2. 人材育成の方法
    1. OJT
    2. 研修
    3. 自己啓発
    4. 人材育成マインドの醸成
    5. キャリア採用
  3. 社員を定着させるには
  4. 働き方改革
  5. 人材は定着させなければ意味がない

人材育成の目的とは?

言うまでもなく、企業は人で成り立っている。つまり企業内の各ファンクション(機能)は、人が動かしているのだ。事業効率化の第一歩は、無駄を省くことだ。経費はもちろん、必要のないファンクションを廃止していく必要もあるだろう。

無駄を省いていけば必要最小限のファンクションしか残らないが、それは各ファンクションがしっかりと機能することを前提としている。逆に言えば、ファンクションを構成する人がしっかりと機能していなければ、効率化も行えないのだ。

あまり良い例えではないが、能力100%の人が10人の部門と能力50%の人が20人いる部門があったとする。どちらも結果(アウトプット)は同じだが、人件費(コスト)は倍くらい違う。人材育成の目的は、ここにある。個々の能力を伸ばすことによりコストパフォーマンスを上げ、事業の効率化を実現するのだ。体力のある大企業ならまだしも、そうでない企業にとっては「少数精鋭」運営が必須だ。

社会人の人材育成には、大きく2つの目的が存在する。「知識を習得しスキルを向上させる」と、「自ら考え、問題を処理して行動する力を醸成させる」だ。特に後者は「課題解決能力」とか「問題解決能力」と呼ばれ、管理職には必須の能力だ。部下から持ち込まれる「どうしましょう?」という相談に、決断を下し、解決策を見出す能力がなければ管理職は務まらない。

米国の教育哲学者ジョン・デューイは、自ら提案した学習論の中で「問題解決学習(ケーススタディ)」についてこう述べている。

「思考という要素を含まなければ、経験は意味を持ち得ない」
「思考とは何であるかを知っている人間は、成功からも失敗からも非常に多くのことを学ぶ」

人材育成の目的とは、知識を習得させ経験を積ませることではない。それはあくまで第1段階で、第2段階では自ら考える力(思考力)と課題解決能力を身につけさせることにある。そして人材育成の最終目的は、仕事能力を向上させ自社の業績向上に寄与させることだ。

人材育成の方法

人材育成にはいくつかの方法があるが、すぐに教育に取りかかるのではなく、まずは現状把握を行わねばならない。会社内のさまざまな仕事は、誰が担当していて、生産性が高いのか低いのか、その原因として考えられることは何かを調査して把握するのだ。

具体的には各部署の人員数を把握し、各個人の業務内容、経験年数を整理する。その上で、本人と上長からヒアリングを行い、課題があるか、教育で解決できる問題なのかなどを把握していく。

次に本人と上長で面談をしてもらい、目標を設定する。期間は4段階で、半期、年度、3年後、そして最終的なゴール(将来)の目標を設定するのが望ましい。半期ごとの目標は手の届く範囲で設定し、先になるにつれて高い目標を設定していく。あまりに高い目標を短期で設定してしまうと現実味を失い、達成意欲がなくなるからだ。目標設定は半期ごとに行い、都度結果を反映しながら目標を更新していく。

この半期ごとに行う面談を「目標設定面談」と言うが、これを行う目的は単に教育目標の効果確認や再設定だけではない。この面談は、社員の意識を知る良い機会なのだ。後述する転職予備軍の防止に役立つ情報も、ここで収集できる。また調査結果を分析すれば、働き方改革のヒントを得ることもできるだろう。このような管下社員との面談は、管理職の必須業務として実施させることが望ましい。

ここで経営者として考えたいのが、会社の将来像だ。思い描いている将来の会社組織のどこに、どのような人材がいて欲しいのか。また将来考えている新規事業のために、どのような人材を育成しておく必要があるのか。本人に言うか言わないかは別として、経営者としては目星をつけておき、これを念頭に置いて目標を設定させる必要がある。

この目標設定面談の中から、教育や研修で達成できそうな目標を選び、育成プログラムを作成していくのが人材育成のプロセスである。ここからは、具体的に人材育成の方法を見ていこう。

OJT

On the Job Training(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は、現任訓練とも呼ばれる企業内で行う教育手法だ。先輩のいる職場に配属し、実務を通じて職務を習得させる。OJTのルーツは米国の軍隊にあり、「やってみせる(Show)」、「説明する(Tell)」、「やらせてみる(Do)」、「確認(Check)」の4段階で職務を教えたことに由来する。

この教育法のメリットは、「やってみせる」「説明する」の段階では教える人間のスキルアップにもつながること、教えられる人間の練度に応じて内容を変化させられること、即戦力を育成できること、職場での人間関係構築に役立つことなどが挙げられる。また、教育のコストを抑えられることも大きなメリットだ。

一方、OJTにはデメリットもある。よくあるのは、教える人間の負荷が増えてしまい、しばらくすると放置状態になってしまうことだ。できるだけ複数人で育成を担当し、計画を立ててOJTを行うことが望ましい。

教える人間のスキルも、よく確認しておく必要がある。教える人間は教育や育成のプロではないので、体系的な育成は期待できない。前述の目標設定では、半期の目標として設定するに留めておこう。

研修

研修は内部か外部か、集合研修か公開講座かで内容が変わる。

・集合研修(内部講師)
これは社内の講師による、社員を集合させて行う研修だ。最大のメリットは、コストを最小限に抑えられること。また、自社の業務内容をよくわかっている講師が教えるため、専門スキルが身につく。実習を研修に盛り込めば、日々業務を遂行している社員ならではのノウハウも得られるだろう。

デメリットは適任者を育成するのが困難で、適任者がいたとしてもその育成にコストと時間がかかることだ。各部署のエキスパートを講師に専念させるわけにもいかず、人材が豊富ではない企業には不向きの研修方法かもしれない。

・集合研修(外部講師)
最大のメリットは、プロによるしっかりとした内容であることだ。依頼すればこちらの要望に合わせた体系の研修プログラムを作成してくれ、教え方にも工夫を凝らしてくれるだろう。自社の内部事情には当然詳しくないが、世の中のスタンダードな知識を受講者に伝えることができる。また、それぞれの分野のエキスパートを講師として呼ぶこともできるので、質の高い実践的なノウハウを習得できる。

デメリットは、外部講師を招く費用につきる。個別ではなく、人材育成を業務とする企業に依頼したとすれば、研修プログラムの作成費用も必要になるだろう。しかし、時間をかけずに実施でき、自社の講師を用意する必要がないことは大きなメリットだ。

・公開講座
これは講師を呼ぶ、もしくは内部で用意して研修を行うのではなく、社外で開催される公開講座を受講させる研修方法だ。セミナー受講と呼んだほうがわかりやすいかもしれない。メリットは、1名から参加できるので企業規模に関係なく受講できること、各分野のエキスパートから知識を習得できること、異業種交流が期待できることなどだ。

デメリットは受講者ごとに費用がかかること、目的の講座の開催日時が限定されていることだ。また開催される期間や場所によっては、受講者が実務を離れる期間が長期化することも考えられ、宿泊費や交通費、日当も無視できないコストになる。人材育成プログラムの補完程度と考えておいたほうがいいだろう。

自己啓発

自己啓発は、目標設定で与えた目標に対して自ら学習方法を選択させ、研修を進めていく方法だ。会社から推奨された通信教育などを受講させるのが一般的で、主体的にスキルアップを図ろうとするモチベーションの高い人向きの研修方法だ。

メリットは比較的リーズナブルなコストと、時間と場所を拘束しないことだ。デメリットは知識の習得にばらつきが出やすいこと、強制力がないのでやる人間とやらない人間が出てしまうことだろう。

人材育成における最大の問題は、本人のモチベーションだ。人間関係や処遇(職位・給与など)など原因がはっきりしているなら話は別だが、一般的に経験が長くなるほどモチベーションは低下していく傾向にある。これが、定期的な業務内容の変更や異動が必要になる理由の1つだ。本人のモチベーションや不満、要望などは、目標設定面談の場でヒアリングするといいだろう。

人材育成マインドの醸成

ここまでOJTや教育研修による人材育成について説明してきたが、会社内に人材育成に対する理解がないと人は育たない。人材育成のマインドを醸成しておくことは大切であり、特に注意すべきは年配者だ。

創業したばかりのベンチャーではそのようなことはないだろうが、会社の歴史が長くなるにつれ年配者の比率は上がっていく。会社生活の先が短い社員に教育することは無駄に思えるかもしれないが、ここを無視してしまうと会社全体のモチベーションが下がってしまう。年下の人間は、年上の人間をよく見ているものだ。生涯学習という言葉があるが、これは会社生活にも当てはまる。

キャリア採用

「20 60の法則」という言葉を聞いたことはないだろうか? 「80:20の法則(パレートの法則)」ではない。20は企業の平均寿命、60は人間の就労寿命だ。以前日本では終身雇用が当たり前で、転職すると陰口を叩かれるような状況だった。人間の就労寿命に対して企業の寿命が1/3であれば、人は数回転職する可能性があることになる。

転職の理由はさまざまで、内容によっては採用されないこともある。だが、キャリア採用に応募する本人の転職理由が前向きならば、新しい風を社内に入れることになる。

生え抜きの人材を育成することは理想だが、その反面外を知らないことが成長の妨げにもなってしまう。成長の上限が、企業の上限を超えないのだ。人材育成の方法とは言えないが、キャリア採用を積極的に行うことは即戦力を獲得すると同時に、副次的な効果として人材育成にも良い影響を与えることがある。

社員を定着させるには

ここまで社員の人材育成方法について述べてきたが、人材の育成(教育)だけ考えていたのでは業績向上に寄与しない。せっかく育てた人材が、転職してしまうことも考えられる。会社の業績向上を継続させるためには、人材育成をする一方で社員の定着率向上も考えておかねばならない。人材育成が、転職予備軍を育てる仕組みになってはならないのだ。

社員は、どのようなときに転職を考えるのだろうか? 総合採用支援サービスのdodaが、転職の理由ランキングを発表している。

1位 他にやりたい仕事がある
2位 給与に不満がある
3位 会社の将来が不安
4位 残業が多い/休日が少ない
5位 専門知識・技術を習得したい
(出典:doda 転職理由ランキング2019)

1位の「他にやりたい仕事がある」については、終身雇用がスタンダードではなくなったこと、転職支援サービスの充実などが要因となって、転職に対するハードルが下がったことが影響していると考えられる。これを理由とする転職を思いとどまらせることは難しい。

2位以下の転職理由については、目標設定面談の実施時にヒアリングをすることで、解決の方向をお互いに探ることができる。「給与に不満がある」は、常にランキングの上位にある転職理由だ。本人と面談して希望額を聞き、同じ職種の平均額を勘案して判断することになるが、もちろん無茶な要求を聞く必要はない。

「会社の将来が不安」は自社の経営状況によるが、特段問題がない場合は転職した先の企業も将来はわからないことを諭してみるといいだろう。このような理由は、案外漠然とした不安によるところが多いものだ。

4位の「残業が多い/休日が少ない」は、実はとても深刻な問題だ。社員にしてみれば、この状況がいつまで続くのか、自分の体力が持つのか不安になって転職を検討している。「今はまだいいが、20年後はどうなるのか?」と考えたとすれば、なるべく早く解決(転職)を図ろうとするのは当然だろう。

働き方改革

2019年4月に施行された「働き方改革法」は、2020年4月以降は中小企業にも「残業時間の罰則付き上限規制」が適用される。時間外労働の上限は月に45時間、年間360時間を原則とし、臨時的また特別な事情がある場合でも年間720時間、単月100時間未満、複数月平均80時間(ともに休日労働を含む)を上限としなければならない。

また年次有給休暇も、10日以上の年次有給休暇が付与されるすべての労働者に対し、毎年5日、有給休暇を取得させる必要がある。また2023年4月からは、中小企業でも月60時間超の残業について割増賃金率の引き上げが義務化される。いずれ導入される制度なので、先行して導入し社員の定着率向上に役立てたほうが賢明だろう。

言い換えれば「働き方改革法」は処遇の平準化策であって、転職理由ランキングの4位にある「残業が多い/休日が少ない」は、いずれ転職理由ではなくなる可能性がある。「働き方改革法」によって働き方の格差が少なくなった後、社員が長く働きたくなる会社とは、どのような会社なのだろうか?

転職理由ランキングを踏まえると、社員定着に欠かせない条件は以下のようになるだろう。

・やりがいとチャンスのある会社
適正な給与体系と公正な昇進が期待できる会社

・遵法意識の高い会社
「働き方改革法」を含めた遵法意識があり、その継続が期待できる会社

・フォロー体制のある会社
人材育成のマインドが醸成され、面談などで適切な目標が示される会社

総括すれば、上記の条件を満たし「長く働いても大丈夫という安心感のある会社」であることが社員の定着率を上げていくだろう。

人材は定着させなければ意味がない

すべての人が変化を求めているわけではない。現状にある程度満足しているならば、あえて冒険などしない人がほとんどではないだろうか。家庭を持った社会人であればなおさら、勝手のわかった環境で仕事をしたいと思うはずだ。会社側としても、優れた人材に長く働いてもらわねば安定した事業運営は望めず、継続的な業績向上は期待できない。

人材育成は、スキル向上や課題解決能力強化の機会であると同時に、社員の意識を知る良い機会でもある。現状の能力把握と課題共有、要望の確認などはすべて目標設定面談で行い、その結果を社員の定着率向上に役立ててほしい。

文・THE OWNER編集部

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