新規事業,立ち上げメンバー,選び方
(写真=Jirsak/Shutterstock.com)

昭和、平成、令和と時代が移りゆく中、産業構造に大きな変化が起こっている。必要とされる事業とそうではない事業が、その変化の過程でどんどん生まれ変わっているのだ。企業経営者なら誰しも、そうした産業構造や経済環境の変化を身をもって感じていることであろう。激動の時代の中で企業が生き残るためには、時代に即した新規事業にも取り組んでいく必要がある。新規事業の立ち上げは、既存事業とともに取り組むべき最重要の戦略と言っていい。

新規事業を始める際に大きなポイントになるのが、「誰にやらせるか」だろう。新規事業の立ち上げに関わるメンバーは、その事業を成功させるための大きなキーだ。今回は立ち上げメンバーの選び方と、その際の注意点を考えてみよう。

企業に新規事業の立ち上げが求められる理由は産業構造の変化

なぜ新規事業の立ち上げが企業経営にとって重要視されるのだろうか。その答えのヒントとなるのは、やはり日本の産業構造の変化である。産業構造は、その時代に必要とされる需要を満たすために常に変化している。実際、そうした時代の変化を見越して新規事業を立ち上げ、短期間のうちに本業を上回る業績を上げる企業が数多く出現しているのだ。

昭和初期、日本の主要産業は第一次産業である農林水産業で、全産業の半分弱の割合を占めていた。しかし、そこから大きな産業構造の変化が起きる。昭和の日本経済を象徴する「高度経済成長」だ。オリンピックや万博といった国を挙げての大イベントを経ながら、日本企業は世界第二位の経済大国にまで成長した。その過程では、第一次産業の割合が急激に減る一方で、製造業、建設業などの第二次産業と、サービス業、外食業、情報通信業などの第三次産業が割合を増やしていく。

昭和の半ばから日本の産業構造のメインとなったのが第三次産業だ。中でも、情報通信業や教育・学習支援業といった知的産業の拡大は目を見張るものがある。こうした産業構造の変化とともに、時代が求める事業も大きく変わった。企業は時代のニーズに応えるため、次々と新しい事業にチャレンジしていったわけだ。裏を返せば、チャレンジできなかった企業は時代の波に飲み込まれ淘汰されていったのである。

今までになかったアイテムや商品の登場は、消費者のニーズやライフスタイルをガラッと変化させてしまう。その良い例が、インターネットの普及や通信機器の進化だろう。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)の進化や普及によって、同じようなケースがあらゆる業種で起こっていると言える。

新規事業の立ち上げは企業の存続に必要であり、言い方を変えれば、企業の本質でもあるのだ。企業は将来に向けたビジョンを持つべきだが、そのビジョンに向かっていくためには、時代にあわせたチャレンジが常に必要となってくる。

新規事業の立ち上げには企業経営者の力強い関与が必要

新規事業にチャレンジするにあたって企業経営者が頭に入れておきたいのは、「決して人任せにしない」ことだ。そうしないと、新規事業に対するあいまいで根拠のない意見が一人歩きし、新規事業への取り組みの立ち消えや、参加メンバーへの評価がぶれてしまう可能性もある。そうなれば、企業内で新規事業へのチャレンジ精神が低下していき、結局は企業を衰退へと向かわせてしまいかねないのだ。

企業経営者が他人任せにせず、力強く関与し、参加メンバーと一緒に作り上げていくことが新規事業立ち上げの原動力となり、メンバーのモチベーション維持にもつながっていくのである。

新規事業も既存事業も、会社の掲げるビジョンを目指す点では統一が図られているはずである。そのビジョンを達成する取り組み方に違いがあるというだけなのだ。この考え方は、新規事業立ち上げのプロジェクトが抱える多くの障害に対して、最も強力な解決策になる。

企業経営者は、ビジョンを達成するための手段として新規事業を立ち上げることを、従業員に明確に伝え続けなければならない。

プロジェクトメンバーの構成を考える

新規事業立ち上げプロジェクトは、責任者とプロジェクトリーダー、プロジェクトメンバーで構成する。この際、プロジェクトの責任の所在を明確にしておくことが大切だ。以下、プロジェクトメンバーの構成について解説しよう。

①プロジェクトの責任者

新規事業の立ち上げは、今まで取り組んでいないことへのチャレンジであり、多大なコストもかかる。そのため、新規事業立ち上げプロジェクトの責任者は必ず決めておく必要がある。その責任者は、基本的に企業のトップである経営者自身が適任だ。それが難しければ、経営者に次ぐポジションの人物を選ぶべきだろう。

新たな事業を立ち上げる際はさまざまな問題が生じる。その問題に対して、社内でも捉え方がまちまちであるケースがよく見受けられる。企業経営者やその次の地位にある人物がプロジェクトの責任者となることで、このプロジェクトが会社にとって最も重要な案件の一つであるという認識が浸透する。それによって、社内の捉え方のばらつきが起こりにくいという効果が期待できるだろう。

②プロジェクトリーダー

プロジェクトリーダーには明確な権限を与えるべきだ。権限がなければプロジェクトの進展が遅れてしまうからである。プロジェクトリーダーはプロジェクトメンバーをまとめ、新規事業の立ち上げを期日までに達成させる重大な役割を担う。

プロジェクトリーダーの役割は、プロジェクトのスケジュールやタスク、想定されるリスクを管理し、課題問題点を発見、分析して、プロジェクトメンバーに指示を与えていくことだ。プロジェクトメンバーの業務進捗管理を行い、関連部門と連携を行っていくことも重要な役割の一つである。

③プロジェクトメンバー

プロジェクトの責任者とリーダーを決定したら、次はメンバー選びである。選別の方法は、企業の状況によっても変わってくるだろう。

プロジェクトを成功させるためには、メンバーのモチベーションが重要である。モチベーションが高いメンバーを集めるには、社内で公募を行うのがよいアイデアだろう。ただし、その企業に公募制度が定着していない場合は困難かもしれない。とはいえ、メンバーの選別をプロジェクトリーダーに一任するのは、私情が影響する可能性があるので望ましくない。

まず、新規事業を成功に導くためにはどのようなスキルが必要なのかを分析し、プロジェクトの責任者、プロジェクトリーダーを含めた複数のメンバーで残りのメンバーを選別する方法が良いであろう。

「ファシリテーター」の必要性

新規事業の立ち上げは独立したプロジェクトではあるが、さまざまな分野の専門的な知識が必要なケースも当然出てくる。各部門を通して横断的にプロジェクトメンバーを構成することも珍しくない。

それぞれの分野でプロフェッショナルなスキルと経験を持った従業員は自分の仕事にプライドを持っている傾向があるため、横断的なメンバーを選別すると、メンバー内の連携がうまく機能しない可能性もある。また、専門用語や専門的なスキルを他のメンバーが理解できず、意見を共有できないこともあるだろう。もちろん、メンバー間のスキルや経験の差もあるはずだ。

そこで必要になるのが、各部門を横断的に選別したメンバーを紐づけて、プロジェクトを前に進めていく「ファシリテーター(メンバー内の意識の統一や合意形成を円滑に進める人)」である。新規事業立ち上げプロジェクトでは、ファシリテーターの役割は基本的にプロジェクトリーダーが担うことになる。さらに、メンバーもそれぞれファシリテーションの意識を持つことで、知識の共有がスムーズになり、プロジェクトの進行が加速する効果が期待できる。

当然ではあるが、企業経営者本人の判断も、プロジェクトの順調な運用には不可欠である。それぞれの分野でプロフェッショナルな個々のメンバーを同じ方向に動かすには、企業経営者の意思決定が重要な意味を持つ。

プロジェクトメンバーに求められる6つのスキル

プロジェクトの責任者やリーダーに適任者を選出するのは重要だが、プロジェクトメンバーの選出もやはり重要だ。メンバー選出には、事業をスタートするために必要なスキルを持っているかどうかを基準とするのが良いであろう。さらに、選出には以下の3点を条件としたいところである。

①リーダーシップ

リーダーシップはプロジェクトリーダーだけではなく、実は各メンバーにも必要になってくる。メンバーの専門分野においてはもちろん、関連部署との連携においても、プロジェクトリーダーの権限が必要な局面以外では各メンバーにもリーダーシップが求められる。

②ビジョンの共有

プロジェクトをスムーズにするためには、プロジェクトメンバー各々が企業のビジョンを共有する必要がある。新規事業そのものが企業のビジョンに基づいて立ち上げられているはずだからだ。プロジェクトメンバーには、ビジョンを共有でき、企業の目標と自分自身の目標をリンクさせている人物が望ましい。

③総合的な経験

新規事業立ち上げプロジェクトは、既存の事業の改善と異なり、何もないところから新しいものを生みだしていく作業である。メンバーには自ら考え、新しい事業を誕生させるイノベーションのスキルが求められる。

過去に、新規事業の立ち上げに関わった経験がある従業員は、やはり立ち上げのメンバーとして有望だ。具体的には、スタートアップやベンチャー企業の経験者、さらには自らが起業に関わった経験のある従業員は、そうしたイノベーションのスキルをもっている可能性が高い。

統合的な経験は、新規事業を経営側の視点で考える思考にもつながる。チームが利益とコストを統合的に考えることができるメンバーで構成されていれば、新規事業が成功する確率もぐっと上がるはずだ。

④ダイバーシティ

新規事業立ち上げには、多様性が求められる。メンバー構成上、必要なスキルや専門性を持った従業員は一つの部門や部署にかたよらず、さまざまな部門から選択すべきだろう。さらに、立ち上げる事業の内容にもよるが、年齢や性別についても考慮したいところだ。グローバルな視点から、外国人従業員の登用を考えてもいいだろう。

⑤ロジカルシンキング

ロジカルシンキング(論理的思考)は、ビジョンの共有とともにメンバー全員が備えていなければならない。メンバーのベースになるスキルと言ってもいいだろう。様々な分野で専門的な知識を持ったプロ意識の高いメンバーが集まり、順調にプロジェクトを進行させるためには、感情的になりやすい人物は望ましくない。自分の専門分野にプライドを持つことは大切だが、そのプライドが柔軟な思考を妨げ、他分野のメンバーの意見を受け入れないようでは、何らかのトラブルが起こるのは目に見えている。

⑥新規事業のための専門的な知識やスキル

前述しているように、プロジェクトには新規事業について専門的な知識やスキルを持つメンバーの選出が不可欠である。できれば、ハード面とソフト面の両面から専門性があるメンバーを選んでおきたいところだ。

プロジェクトメンバーの集め方は主に3つ

さて、ここからは具体的にどのようにメンバーを集めればいいのか、その方法を紹介したい。当然ながら、新規事業ローンチの期日によって集め方は変わってくる。

①採用

新規事業の立ち上げが経営者によって承認され、すでに事業ローンチの期日が決まっているのであれば、最適な人材を採用する手段が現実的である。プロジェクトリーダーの採用のほかに、採用といっても人的資源だけとは限らず、事業の新規立ち上げを専門とする専門企業のアドバイザーのリソースやプランを採用する方法がある。

②社内での育成

どのような新規事業をつくるのかという発想からスタートするケースでは、企業風土の中に新規事業のアイデアを発信できるイノベーターを社内で育てることも必要になってくる。冒頭部分で説明したように、新規事業の立ち上げは、一時的ではなく継続して取り組んでいく必要がある。そのため、企業経営者は「新規事業は人材育成とともにある」という考え方を持つべきだろう

イノベーションを持つ人材を育成するためには、社内風土の中に新規事業に取り組んでいくポジティブな姿勢を常に従業員に意識させておきたいところだ。

最近では、人材育成の取り組みの一つとして、従業員参加型の「新規事業コンテスト」を採用する企業が出てきている。サイバーエージェントグループの「スタートアップチャレンジ」や、リクルートグループの「New RING」が事例としてあげられる。

③M&A(買収・合併)

現実的に、自社の従業員ではスキルや経験、知識などが不足している場合、M&Aを活用してメンバーごと新規事業そのものを買収(あるいはその事業を抱える会社と合併)するのも一手。コストはかかるが、その新規事業が会社の将来に向けたビジョンにどうしても必要なものであるなら、一から自社で準備するより、外部から全てを調達してしまうという考え方を持っておくべきである。

新規事業立ち上げの障害となり得る存在とは?

新規事業の立ち上げには、大きなコストがかかる。企業経営は、将来的にはコストを上回る利益を出すことが大前提なので、その事業が目先の利益につながらないようだと、企業内で批判の的になる可能性が高い。そうした批判はメンバーのモチベーションを下げる原因になるほか、往々にしてプロジェクト進行の障害になりがちである。そのため、企業経営者は、新規事業への根拠のない批判や無責任な意見の矛先が、プロジェクトのメンバーに向かわないように留意する必要がある。

ほかにも、プロジェクトの障害となり得る存在として次の3つの例が考えられる。

①プランを持たない責任者やリーダー

プロジェクトの責任者やリーダーが、自分の考えやプランを持たないタイプである場合、プロジェクトは大きなマイナスの課題を抱えることになる。そうした人材は、経営者の意見や既存事業担当者の意見に同調することを重視し、プロジェクトの方向性が定まらなくなる可能性を高めるだろう。

②他部門からの根拠のない指摘

プロジェクトは他の部署や部門と連携しながらプランをすすめていく事が多い。関連部署の担当者から、根拠のない指摘を受けるというのもよく聞く話だ。

③メンバーの旧部署からの批判

新規プロジェクトメンバーが、そのプロジェクト以前に所属していた部署から批判的な意見を述べられることもあるだろう。新規プロジェクトメンバーが、気心の知れた旧部署の職員に漏らしたグチなどが拡大解釈され、企業内に拡散されていくケースも考えられる。

このように、新規事業立ち上げメンバーは他部署からのプレッシャーを受ける可能性がある。ながら、プロジェクトを進めていく。プロジェクトの進行スピードが遅くなる原因は、プロジェクトメンバー以外にある場合も少なくないのだ。

特に本業が成功している場合は、社内で新規事業への風当たりが強くなるのはよくあることだろう。本業が利益を上げる一方、新規事業はコストばかりかかるからだ。経営者は、新規事業の立ち上げに際してこのような障害があることを前提として、そうならないよう事前に対策を準備しておく必要がある。

経営者には、自らの意見を発信しつつ新規事業メンバーをサポートする能力が求められる。問題の責任を他の従業員に押し付けるのは望ましくなく、自分が全責任を負うという意識を持って然るべきではないだろうか。

人材育成だけでなくキャリアのフォローも課題

会社風土に新規事業へのチャレンジ精神を根付かせたいのであれば、企業経営者自身が新規事業にトライしようと考える人材を育成していかなければならない。そのためには、人材を育成し、モチベーションをもって仕事ができる制度が必要であろう。

新規事業を成功させることは重要だが、新規事業ローンチ後のプロジェクトメンバーのキャリアに道筋をつけることも大切である。プロジェクトメンバーの育成だけでなく、その後のフォローが明確化されることによって、会社風土に新規事業へのチャレンジ精神を根付かせることができるからだ。

文・THE OWNER編集部