リピーター急増の店~「安いだけ」から大進化
カジュアルな服装で始まったジーユーの幹部会議。社長の柚木治が冗談を飛ばす。ピリピリした会議にならないようトップ自ら場を和ませるという。
「一体感があってケンカをしているのが一番いいと思う。健全なケンカをして一体感があるということは潤滑油が必要。明るく楽しく元気よくやったほうがいいと思います」(柚木)
その柚木を絶賛するのはアパレル業界の巨人、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正だ。柳井がそこまで認める理由は、破綻寸前で柳井も苦しんだブランド、ジーユーを柚木が大成功に導いたからだ。
ジーユーは柚木が社長になるや快進撃を始め、今や年商は2300億円に。ユニクロを除く国内のアパレルでトップ5に食い込む大躍進を遂げた。
ジーユーに行かない人には、「ユニクロの廉価版で安かろう悪かろう」というイメージがあるかもしれない。だが店を訪ねてみると、ジーユーは大進化を遂げていた。
川崎市のラゾーナ川崎店。大賑わいの店内で聞かれたのは「品質が良くなった」という客の声だ。男性用のジャケットは、パリッとフィットする優れた仕立てで4990円。どんな服でも合わせやすい女性用の新作マウンテンパーカは、金の金具にまでこだわっていて2990円だ。
「トレンドの服が一番安く買える」という声も。さらに店内で目立つのは、最近海外で流行り始めた「ピスタチオグリーン」という色の商品。ジーユーはこうした最新のファッショントレンドを押さえた商品が次々に登場する。
最新のおしゃれな商品が、品質もいい上に劇的に安い。の3拍子そろった満足感が客を増やしているのだ。
さらにジーユーにはユニークなサービスがある。銀座店・本多里香子の胸には「おしゃリスタ」の文字が。客にコーディネートをアドバイスする専門スタッフだ。
女性客の問い合わせに、本多がすぐに商品を集め始める。要望が漠然としていても、その客に似合うコーディネートを提案できるかが腕の見せどころだ。「ベージュに合わせられる春色の服を」という2人組の女性の問い合わせに、花柄のワンピースにジャケットの組み合わせと、白いニットにプチスカーフと水色のパンツを合わせた春のコーディネートを提案した。
「何を探したらいいか分からないというお客様の問い合わせが多いので、『今 流行っている服は何か』『どんなコーディネートがいいか』というご案内をしています」(本多)
しかもこれで総額7000円と5000円という安さ。これこそジーユー名物「全身1万円コーディネート」だ。
「おしゃリスタ」にはもう一つ重要な役割がある。新商品開発会議で試着するのは、全国から集まった「おしゃリスタ」だ。彼女たちは厳しい言葉で商品の問題点を指摘。店頭での客の反応を知り尽くした彼女たちを商品開発にまで関わらせているのだ。「おしゃリスタ」のひとりは「会社と売り場をつなぐ役割をしていると思っています。『求められているのはここ』というのをダイレクトにつなげるようにしています」と言う。
執念の大ヒット商品~累計販売170万足のパンプス
激安アパレルでどこまで客を満足させられるか。そんなジーユーの大変貌を率いてきた柚木は、日々店舗を回り、客目線で細かい改善を繰り返してきた。
「お客様の目で見て魅力的かと見るのですが、欠陥だらけなんです。本部で会議をしているとうまいこと説明できても、売り場はごまかせないです」(柚木)
柚木は2010年にジーユー社長に就任。徹底的な店と商品の改善で、驚異的な成長を作り上げてきた。
ジーユーが力を入れる靴売り場に、柚木の執念が生み出した大ヒット商品がある。それが棚にずらりと並んだカラフルな靴。累計販売170万足の「マシュマロパンプス」だ。抜群の履き心地なのに2490円。その驚異のコスパに、「日経トレンディ」誌の去年のヒット商品ランキングにも入った。
そんな奇跡の商品を生み出したのが、25年以上、靴の開発に携わり続けてきた靴のスペシャリスト、生産部の熊井均だ。
ジーユーは以前からパンプスは売っていたのだが、履きにくく足が痛いと、全く売れていなかった。柚木は、そんな客からのクレームを生かし、徹底的にはき心地にこだわったパンプスを開発しようと、熊井をリーダーに据えた。
「『パンプスはジーユーですよ』と。このコストでこのレベルのものを作れるのは日本にはない。世界を探してもまずないです」(熊井)
100人にも及ぶ膨大な数の女性の声を集め、なぜパンプスが痛く感じるのかを徹底的に分析。熊井は、靴底に低反発クッションを敷き、つま先にも伸縮する素材を採用するなど、パンプスが苦手な女性も買いたくなる柔らかい履き心地を実現してみせた。
問題はその価格だ。
「いくらでもお金をかけて、いくらで売ってもいいのなら、誰でもできる。それをいかにジーユーの価格でお客様に届けるかが大きな仕事です」(熊井)
ジーユー某国工場に初潜入~激安&高品質を生む理由
激安なのに品質もいい。そんなジーユーの商品を作る工場の取材を初めて許された。東南アジアの某国。広大な敷地にいくつもの建物が建ち並んでいるこの工場は、アジア屈指の技術力を持つ、糸から作れるアパレル製造の企業だ。世界の有名ブランドがこぞって発注するこの工場で、ジーユーの商品は作られている。
膨大な数のスタッフが行っていたのは、1490円で売るパーカー作り。その縫製はロボットのようなマシンが行っていた。「なるべく人の手を加えずにやることで、より形がきれいなものができる」という。
1度に数十万着という膨大なロットの発注を、年間を通じて出し続けることで、他にない低価格で生産をしてくれるという。
「発注する数量も違いますし、これからどのくらい付き合いが続くか分からない取引先と私たちを比べれば、優位性のある価格をジーユーに出してくれやすいと思います」と言うのは、品質を管理するため、ジーユーから現地に赴任している生産部・増田竜だ。
増田が商品を積み上げている高さについて注意した。生地に負担をかけないよう、その高さにも決まりがある。生産を商社に丸投げするアパレルが少なくない中、ジーユーは自社での商品管理にこだわっている。
「商品が日本に届いてから見て問題点を指摘しても意味がないですよね。直接現場でフィードバックすることが大事です」(増田)
カリスマの元で伝説の失敗~辞表提出から大逆転物語
キメの細かいものづくりを徹底し、ジーユーの躍進を成し遂げた柚木の原点には、伝説的な失敗があった。
1965年、兵庫県で青果店を営む家に生まれた柚木。一橋大学を卒業後、伊藤忠に就職。海外で石油プラント建設を担当するなど、エリート街道を走った。
1999年、フリースブームの真っただ中のファーストリテイリングへ転職。当時、柳井は次のビジネスを探していた。
「柳井が決算発表の時に『新規事業を立ち上げます』と発表し、僕はそれを新聞で読んで『やりたい』と提案しました。絶対成功すると思っていました」(柚木)
柚木が提案し採用されたのが、当時大きな話題となったユニクロの野菜販売事業だった。若くしてリーダーシップをとる柚木に、柳井は「そういうタイプの日本人が少なすぎる。覚悟した人が中心になってやることが大事」と期待を寄せた。
柚木は自分が考えた野菜ビジネスの成功を信じ、必死で格闘する。しかし2年後の2004年、26億円もの損失を出し、野菜事業は破綻した。
「強烈な挫折は初めてです。主婦の気持ちや現実が全然分かってなかった。野菜で失敗するまでは、自分を優秀だと思っていたんです。どうしようもなかったですね」(柚木)
完全に自信を失った柚木は、柳井の元へ辞表を提出する。すると柳井は意外な言葉を放つ。それは「お金を返してください」だった。
その発言の真意を、柳井は「柚木くんが有望だったからです。おちゃらけているようにしているけど、本質がよく分かる人。そこから苦節何年かがあって、そこで彼は成長したと思う」と説明する。
思わぬ形で引き留められ、ファーストリテイリングに残ることに。そして6年後、柳井が柚木に任せた大仕事が低迷していたジーユーの再建だった。
問題は何なのか。大失敗を経験した柚木は現場の声に耳を傾けた。ある時、店舗のスタッフに「ジーユーの商品は好き?」と尋ねると、「正直、あまり好きじゃないです」という答えが返ってきた。また別の店舗では、「結局、ユニクロの安い版じゃないですか。欲しいわけないです」と言われた。ジーユーは従業員にすら嫌われていた。
「それがショックで、『じゃあどういうのがいい?』と聞いたら、『ファッションだ』と、スタッフが異口同音に言ったんです」(柚木)
そして柚木は決意する。安さだけじゃない。スタッフも売りたいと思える安くておしゃれなアパレルを。大失敗の末、柚木は現場とともに戦い始めた。
あなたの知らないジーユー~流行を予測、ヒットの裏側
10年前に上陸、客が殺到したフォーエバー21は去年破綻。日本の店舗は全て閉店した。縮小する日本市場で、黒船ファストファッションが次々と姿を消している。
そんな熾烈な競争の中、ジーユーの武器は、激安なのに最新トレンドもいち早くつかむ優れた商品開発力にある。
次を狙った商品を次々と生み出すジーユーの心臓部、商品開発部門では、凄腕のヒットメーカーたちが働いている。
例えばR&D部・海老澤玲子が当てたのは、2015年に大ブレイクし街中にあふれたガウチョパンツ。「累計で300万枚ほど販売した」と言う。
「すごく多くの方に買っていただけたので、純粋に嬉しいです」(海老澤)
一方、あの「マシュマロパンプス」の立役者、R&D部・雪下喜子は「ピスタチオグリーン」の商品も手がけた。トレンドを捉える秘密は、「インスタグラムなどSNSを見ています」と言う。
今世界でどんな色が新たに使われ始めているのか。SNSだけでなく、自ら世界中で写真を撮って回っている。小物やインテリアの色まで、その膨大な画像から、どの色味が次にはやるのかを予測する。消費者発の情報で流行を掴むのだ。
「消費者の方々が『好きだ』と発信することが大きなムーブメントになってきていると思います」(雪下)
一方、安さの秘密は工場の閑散期の利用にある。販売のピークが過ぎた後にある工場が稼働しない閑散期。この時期なら、大幅に安い価格で製造を引き受けてもらえる。しかしこの手法では、流行色の製造が他より遅くなってしまう。そこでジーユーでは、色ごとに作る国を分けている。
「例えば、安く作るためには、全部閑散期に東南アジアで作ればいいとなります。でも、そうするとトレンド捉えることができない。なるべく引き付けたい。一方、全部中国で作ると、トレンドのものにはなるけどコストが上がります。このバランスをうまく保つ。これが安さとファッションを両立させる秘密なんです」(グローバル商品本部・菊地豊)
定番の色は、閑散期に東南アジアで安く作り、流行り廃りのあるトレンド色は、船足の早い中国から流行を見極めながら供給する。手間のかかる分析と、緻密な生産体制で、ジーユーは他にない商品を生み出しているのだ。
去年ジーユーは、中国の巨大繊維企業と組んで今までにない施設を稼働させた。ジーユーの強みである、トレンドものの商品づくりを強化する開発拠点だ。ここが担うのは、まだ世の中にない生地をどこよりも早く生み出すことだという。
「商品化のスピードがすごく上がるのがメリット。かつ、生産にもつなげられる」(柚木)
膨大な糸のストックから、その場で自由自在に生地の試作品を作れる最新システム。他がやらない格闘をやり続けることで、柚木は「飯を食って」きた。
そんな柚木の姿勢を柳井にぶつけてみると「そう考える人が少ないんです。そういう人が1人でも出てこないといけない。1人出てきたらバンバン出てくるんじゃないですか。(日本は)行き詰っていますから」と答えた。
~村上龍の編集後記~
内外でアパレルの勢いが鈍る中、ユニクロは絶好調で海外部門の営業利益が国内を上回った。「弟分のGUも好調ですよね」と柚木さんに質したら、「妹分、のほうがぴったりかも」という独特の答。
現在、ファッションは市場区分が不可能なくらい、流行が、ほとんど限界まで、個人化、細分化している。丁寧な対応を重ねるしかない。「面倒ですね」と聞くと、「そのくらいやらないと食っていけないんです」と答えた。独特の言葉遣い、つまり独特の世界観だ。
学ぶが、真似はしない。柳井さんが気に入っているのがわかる気がする。
<出演者略歴>
柚木治(ゆずき・おさむ)1965年、兵庫県生まれ。一橋大学卒業後、1988年、伊藤忠商事入社。1999年、ファーストリテイリング入社。2011年、ジーユー社長就任。
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