電脳交通

アナログ式で工数もコストもかかっていた業務形態を合理化させ、クラウド型のタクシー配車システムを開発した「電脳交通」。今では全国45の都道府県、400以上のタクシー会社で同システムが導入されている。こうした実績が評価されて累計27億円の資金調達にも成功している。斜陽産業だったタクシー業界にどのような課題があり、どうすれば立て直せるのか。そのような視点を持ちながら精力的な活動を続ける同社代表の近藤洋祐氏に、「電脳交通」のこれまでとタクシー業界の未来について語っていただいた。

▽お話をお聞きした人:株式会社電脳交通 代表取締役 近藤洋祐氏
徳島県出身。メジャーリーガーを目指し18歳で単身アメリカへ。4年間挑戦するも、1軍定着はできず帰国。その後、家業を継ぎ2012年に吉野川タクシー(有)の代表取締役CEOに就任。廃業寸前だった会社をITやマーケティングを取り入れることで再建した経験を踏まえて、株式会社電脳交通を創業。徳島県タクシー協会理事。

―まずは、近藤社長の経歴をご紹介ください。

実は、メジャーリーガーを目指していました。徳島県で学生時代を過ごした後、アメリカで野球をしていました。2007年に夢破れて帰国し、2009年に家業の吉野川タクシーに入社しました。当時は廃業を考えていたのですが、事業を承継して経営再建に取り組んでなんとか立て直すことができました。その過程で感じたタクシー業界全体の課題解決をするために電脳交通を創業し、今に至ります。

―吉野川タクシーは当時どのような問題を抱えていて、どのような方法で立て直したのでしょうか。

徳島県は47都道府県の中でタクシー業界の市場規模が最も小さいエリアで、中でも最も小規模なタクシー会社だったので劇的な事業成長は想像できません。経営者である祖父が体調を崩してしまったため、手伝っていた母と祖母は会社を畳もうとしていました。何か手伝えることがあればという純粋な気持ちで、入社してみたら多額の負債もあって……。

立て直した方法は3つありまして、まずは自分がタクシー乗務員として、とにかく現場を見て回りました。「1台あたりの売上を10万円から20万円にしよう!」と必死な背中を見せることが大事でした。2つ目に顧客のターゲットを法人中心に変えていきました。それによって少しずつ業績が改善していきました。

後に電脳交通の創業につながるのですが、3つ目がDXです。営業の効率化などを行って管理コストを下げるためのツールを導入し、経営の合理化を進めていきました。

電脳交通

―株式会社電脳交通を設立したきっかけ、経緯を教えてください。

まず、タクシー業界はものすごくアナログな世界です。お客さまの注文を受けて配車し、その対価をいただいて会計管理していくというシンプルな業務なのですが、以前はこれらがすべて紙で管理されていました。

吉野川タクシーでは、配車や会計、管理などの仕組みをシステム化したことによって飛躍的に合理化が進み業績の改善につながりました。その過程で、外部のシステムを導入すれば解決できるもの、世の中に存在しないツール、高いコストを支払ってようやく導入できるツールがあることに気づきました。それらを内製化して業務管理システムを作り、それを他社さまが使えるように仕立て上げたのがクラウド型タクシー配車システム「DS」 です。これを普及させるために株式会社電脳交通を設立しました。

―「DS」のシステム開発もご自身でされたのでしょうか。

共同創業者の坂東勇気というエンジニアとともに開発しました。坂東とたまたまローカルイベントで出会い、意気投合したことが創業に繋がりました。私が「こうあるべきだ」と感覚的に伝えたことをしっかりと咀嚼し、実際のシステムに落とし込んでくれました。

―「DS」について、従来のシステムとの違いやメリットをご紹介ください。

まずは価格です。創業当時は、配車システムはオンプレミス型で導入するのが当たり前でした。そのぶん高額の初期費用が必要でしたし、補助金を申請してようやく導入できるといった類のものでした。「DS」はクラウド型なので月額でコストが発生しますが、初期費用を圧倒的に抑えることが可能なのです。

また、元々は配車システムベンダーさんたちがタクシー配車システムに特化した専用端末を開発していました。電脳交通は既存のタブレットやスマートフォンを活用することでよりコストを下げ、価格面で競合優位性を高めることができました。

クラウド型なので、最新のアプリケーションをインターネット経由でお客さまに届けることができることも大きなメリットです。ソフトウェアを常に最新の状態にアップデートし、場合によってはその金額内でバージョンアップやメンテナンスを行ったり、保守契約が含有された契約にしたりといったことができます。また、営業効率をより高めるために開発した新しい機能をオプションとして販売するという戦略も取ることができます。このようにクラウド型でタクシー配車システムを提供したのは業界初の取り組みでした。

―開発から8年ほどが経過しました。2023年8月時点での導入数について教えてください。

45都道府県の約400社以上で導入され、累計で約1万5000台以上という規模になっています。過去3年は、システム契約台数の年間成長率が約200%で推移しています。また、同システム経由で配車の注文をいただき、車両を手配するというマッチング数が約3000万回/年です。

―導入実例をご紹介ください。

導入事例で言いますと、沖縄県最大手の沖東交通さまに2020年から導入いただいています。沖東交通さまは近年、M&Aで県内のタクシー会社を次々に買収しています。

従来のオンプレミス型の配車システムですと、それぞれ異なる端末を使っていることもあり、買収の都度、システムを置き換えるために何千万円もの費用が必要になりますし、顧客管理システムの統合にも多くの時間と工数が必要です。

「DS」を導入したことで、置き換えがスムーズに進むようになりました。顧客情報の共有やコールセンターの統合も社内ですぐに対応できますので、積極的なM&Aの一助にもなっています。

また、沖東交通さんは独自の配車アプリを開発しておりまして、コールセンターで受ける注文の20%をアプリに置き換えるという施策も実践されています。弊社は導入支援や「DS」とのシステム接続など、深く関わらせていただいています。

―オープンソースとして公開した「Denno Mobility」についてご説明ください。

バス、鉄道、タクシーなどの公共交通機関では拾いきれない地域およびユーザーが確実に存在します。公共交通なので経営持続性が失われると撤退や廃線という判断になるのですが、その地域で暮らす方々のためにも何らかの形で交通手段を維持していく必要があります。

最近は自治体などが新しい交通システムの開発に積極的に取り組んでいて、そこに必要な素材を提供したいということで、交通過疎地の自治体でも導入しやすいよう、この配車システムの機能を究極までそぎ落としたものを、無償で提供することになりました。

電脳交通

―実際に導入されている事例はありますか?

島根県の邑南町という自治体とJR西日本さまが「はすみデマンド」という自家用有償旅客運送サービスを運用しています。住民の方の空き車両を活用して交通システムを作るという施策なのですが、その運行管理システムを当社が開発し、それがベースとなって「Denno Mobility」ができました。

―2023年4月に総額12億円、累計27億円の資金調達を実施されました。どういった点が評価・期待されていると感じていますでしょうか。

衰退している市場の活性化に必要なのは大企業の参入です。タクシー業界は長年、プレーヤーの入れ替えが全く起こっていなくて、一部のベンダーの方々が出入りしているぐらいで、大企業が接点を持つことは一切なかった市場です。

そこで、大企業がタクシー業界に出入りできるドアを解放したかった。NTT docomoさまやJR西日本さま、JR東日本さま、JR四国さま、三菱商事さま、ENEOSさま、日本郵便さまなどにも入ってもらうことができ、市場が肥えて当社の時価総額も高まっていきました。それが結果として資金調達に繋がったと思っています。自分たちの会社だけが生き残ればいいというのではなく、業界全体をどうしていくか、市場をどうしていくかというマクロな目線を持っていたことが大きかったと思います。

電脳交通

―増資を受けて、今後の展望、目標などをお話いただければと思います。

上場し、よりプロフェッショナルな組織を目指していくことが直近の目標です。当社が取り扱っているものは公共交通の顧客管理システムなので、いちプライベートカンパニーがこっそりと育んでいくものではありません。多くの方の生活データを取り込むことでサービス向上に繋げていますので、パブリックな上場企業のほうが、より自分たちらしいと考えています。

事業の野望としては、我々はすでにタクシー業界の今後については強い目的意識を持ち、それを達成するための徹底力を磨き続けているのですが、その先を見据えた事業作りをしていかなければないと考えています。直近ではタクシーの供給不足をどう解決するか、その先は旅客運送業界の中で新しい技術をどう浸透させていくか。

具体的に言うと、AIを活用した受注マッチングシステムや自動運転など、グローバル化の進む領域の技術浸透について、業界の垣根を越えてアクセスできる市場を増やし、将来的には新しい技術を浸透させていくための中心プレーヤーになりたいと思っています。

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