イスラエルのフラッグ・キャリアであるエル・アル航空が、2023年3月に東京とテルアビブをつなぐ直行便の運航を開始する予定です。近くなったようでまだまだ遠かった日本とイスラエルの距離は、直行便の就航で格段に変化することでしょう。
今回はエル・アル航空に焦点をあててみました。
安全が第一。世界で最も志操堅固な航空会社、エル・アル航空。
皆さんは「空の旅」に何を求めていらっしゃいますか?飛行機が怖いという方や狭いところが苦手という方は読者の中にもいらっしゃるかも知れません。「快適さ」はどんな交通手段においても重要なポイントですよね。
でも空の旅はちょっと特別ですから、中には機内食の食べ比べを楽しみにしているという方や、マイルを貯めたり、様々な航路を楽しんでいる方もいらっしゃることと思います。キャビンアテンダントさんたちの制服や笑顔に空の旅の醍醐味を見出す方も、いらっしゃるかもしれませんね。
このように「空の旅」に求めることは皆さんそれぞれ少しずつ異なりますし、航空会社もお客さんに満足してもらえるように様々な工夫を凝らしていると思います。エル・アル航空もそれは同じです。けれど、エル・アル航空の空の旅で一番重要視されていること、そしてそれがとてもはっきりしていることに関しては、その度合いにおいて、ほかの航空会社とはちょっと違う部分かもしれません。
エル・アル航空で最も重要視されている事項、それは一にも二にも「安全」です!
エル・アル航空の命題は「何があろうとも離陸させたお客さんたちを安全に着陸」させること。そのための手間や労力は決して惜しまないのがエル・アル航空。それはどの航路であろうとも同じです。
「どのフライトにもスカイ・マーシャル(ハイジャックなど、飛行機内での犯罪に対処する武装警察官)が乗っている」、「しかもそれは子連れで家族を装っている!」、「エル・アル全旅客機には対空ミサイルを探知し回避するシステムが搭載されている」「航空機の一部は防弾仕様である」などなど…エル・アルの安全に関係する噂は真偽が入り混じり、際限がありません。
安全管理上の理由からエル・アル側もすべての情報を公開することはない、というのも理由でしょうが、噂のほとんどがこのエル・アルの安全システムがいかに強固であるかに関するもの。このようにエル・アル航空は世界でも有名な「世界一安全な航空会社」との呼び名も聞こえるほどに安全を最重要視しているのです。
「世界で一番“ホーム”な場所、エル・アル」
このように、一度搭乗すれば着陸まで安心して乗っていられるのがエル・アルの最大の特徴。そんなエル・アルの有名なキャッチコピーは「世界で一番“ホーム”な場所」というもの。
世界の多くの人々のように、いえ、それ以上に、ユダヤ人にとって“家”というのは安心の場であり、さらに「外においては注意を払わなければならないようなことからも守られている」安全な場所の象徴でもあるのです。
それもそのはず、エル・アルはユダヤ教の細かい戒律をすべて守り、提供される食事は完全に食物規定に添ったものであるだけでなく、安息日を厳格に守り、ユダヤ教徒にとってのタブーは一切排除されたものになっているのです。もちろんラビ(ユダヤ教の聖職者)のお墨付き。エル・アルに乗っていれば間違ってユダヤ教のタブーを犯すこともないし、飛行機での旅行という非日常の場にあっても戒律を守るためには決して妥協はしない。海外旅行に行くにあたってこれは、ユダヤ教を人生の中心に据えて生きる人々にとってはとても重要なポイントなのです。
とはいえ、ユダヤ教になじみの薄い日本人にとってはこの辺はちょっと理解しがたい部分もあるのは確かです。
例えば、どこかの空港のちょっとしたテクニカルなトラブルのために出発時刻が何時間か遅れてしまうようなことは海外旅行では時々あることですが、遅れのために到着時刻が安息日に入ってしまうなどということがあれば、そのフライトはキャンセルまたは延期されるか、到着場所が変更になるのがエル・アルです。
ユダヤ教に関係のない私たちには納得しがたく、航空会社の責任を問いたくなるような対処法ではありますが、ユダヤ教の戒律を守る人々に言わせると「安息日に入っているのに飛行機を飛ばしたり、安息日で移動ができない乗客を空港にほっぽり出す方がよっぽど無責任である」と、こういう考え方になるわけです。
ほとんど起きることもない事例ではありますが、「考え方の違い」という意味では興味深いことだと思います。
イスラエルは入国審査より出国審査が厳しいって本当?
このように、イスラエルのフラッグ・キャリアというだけあってちょっとお国柄が色濃く出ている航空会社ではありますが、世界的な政治状況が不安定な現在、「何があっても安全に着陸できる」という安心感には大きな付加価値があると言えるのではないでしょうか。(もちろんパイロットたちもイスラエル空軍出身のエリートぞろいといいます。技術力にはグローバルに定評があるそうです)
イスラエルに旅行なさった方々に話を聞くと「入国審査があまりにも簡単で驚いた。反対に、出国の際に検査が厳しくて日本に帰れないかと思った」などとおっしゃる方がいらっしゃいますが、実はこれ、出入国審査と飛行機に乗る前のセキュリティーチェックを混同されているのです。
イスラエル到着時、飛行機が無事に着陸してしまえば乗客に対して調べることは特にありません。有効なパスポートがあればほとんどが普通に入国できるのです。
出国に関しては、旅行者がイスラエルという国から出ていくのは特に問題はないのですが、飛行機に搭乗する前に、その荷物に「安全な着陸を阻むもの」が入っていないかどうかは念入りに調べられます。
これは必ずしも「ハイジャック犯でないかと疑われている」というわけではありません。
「調べられている人が知らない間に、何らかのタイミングで荷物の中に危険なものを混入させられてしまう機会があったのではないか?」
どちらかというと、こちらの理由で荷物を調べられる場合の方が圧倒的に多いと思います。
実際のところ、知らない間に危険物を持たされている人物よりも、ハイジャック犯を見つける方が簡単な気すらしませんか?飛行機搭乗前の緊張感や覚悟、荷物検査に対する態度もおのずと違ったものになるはずです。
搭乗前の荷物検査では、本人の知らぬ間にお土産、プレゼントなどと称して危険物を預かってしまっている、もしくはスリの反対を行くような手法で危険物を持たされてしまっているのではないか?そこまでも徹底的に調べて、調べられている人を含むすべての乗客の安全を担保しようと務めます。それがエル・アルのやり方なのです。
ですので、エル・アルを利用していて万が一厳格な検査にあったとしても「個人的に疑われている!」などと捉えないでください。
これは、自分自身を含む乗客全員の安全を守るため、自分もクルーと一緒になってその安全管理に協力している、そう思って検査官の仕事ぶりをグッド・ジョブ!と親指を立てるような気持で協力してほしいです。
実は、私も独身で若い旅行者だった頃は一人で飛行機に乗ろうとするとそのたびに別室に連れていかれて厳しく検査をされました。けれど、イスラエルの市民権を得て長らくたった今は、そのような厳しい検査もなくなり、正直なところこのような簡易な管理体制で安全が守れるのかと、逆に物足りないような気持ちです。
とはいえ最近は荷物検査の技術もとても発達しているので、昔のように一つ一つ荷物を開けて手で触って検査するという方法も、もうほとんど見られないようです。簡易化していると感じられるのはそれも理由の一つかもしれません。どうかご安心ください。
手仕事の安全管理方法はもう過去の話になり、今は手間のかからない最新の技術が取り入れられ、また、安全のための質問なども非常に簡易化されてきています。
エル・アルの東京への直行便就航は長年の念願
さて、このようなエル・アル航空ですが、実は東京への直行便就航は長年の夢でした。直行便就航が初めて大々的なニュースになった2019年では残念なことにコロナのパンデミックが世界を襲い、就航が延期となってしまいましたが、実は、その何年も前からエル・アルは東京への直行便を目指し、それがいまにも実現するかと思われた時も何度かありました。けれど様々な理由でかなわなかったのです。
実際に2019年9月時点のインタビューで、エル・アルのアジア&オセアニア担当マネージャー、ヨアブ・ワイス氏は「スロットの問題が長年立ちはだかっていたが、2015年にやっと条件が整った」と語っています。
その頃はチケットもすでに売り出されていました。けれど就航が延期となったためにそれらはすべて払い戻されました。パンデミックの影響もありエル・アルも厳しい経営の舵取りがなされたのです。
イスラエルは、パンデミックの間に近年まで長年国交もなかった周辺湾岸諸国との関係を修復し、エル・アルもドバイへの就航を実現させました。
それまで国交がなかった国にもエル・アルが飛ぶようになったのに日本へはまだ就航しない様子を見て、イスラエル在住日本人としては複雑な気持ちもありました。
けれど、ついに機は熟したのです!今度こそ、エル・アルは東京の地に乗客たちを無事着陸させるだろうと信じています。
世界に羽ばたくユダヤ人の夢の翼
最後に、エル・アルが持つギネスの記録について簡単にお話ししたいと思います。
1991年、エル・アル航空は飛行機1機に1087人を乗せたというギネスの記録を打ち立てました。この記録の前にはカンタス航空がボーイングに697人を乗せたというものでした。大型の旅客機の定員が500名から600名程度ということを考えれば、1000人以上というのは破格の記録破りです。
実はこの記録はエチオピアに暮らすユダヤ人の救出「シュロモ作戦」の際に打ち立てられたもので、フライトの最中に2人の新生児が飛行機の中で誕生したとも言われています。また、避難の際に混乱もあったため、実際に搭乗していたのは1112人であるなど諸説もあるのです。
このように、長年国を持たずに世界に散ったユダヤ人がやっとの思いで手に入れた故郷がイスラエルであるとするならば、イスラエルの国旗を機体に描いて空を飛び約束の地まで乗客を運ぶエル・アルは、世界のユダヤ人を乗せてはばたく夢の翼といえるのではないでしょうか。
その証拠に今でもエル・アル機は、どんなにスムーズで困難のない状況でも、イスラエルに着陸の際には拍手をするお客さんが多いです。
1日に何百機もの飛行機が到着する現在にあって、なぜそのような習慣が未だに残っているのかはわからないのですが、やはり自分たちの“家”であるイスラエルに無事に着陸することができたことに喜ぶ感情の表れではないでしょうか。
それを思うと、乗り換えることなくイスラエルに到着が可能になる直行便、エル・アルが東京とテルアビブを直接につなぐということは、ただ単に「便利になる」という以上にうれしいことのように思えてきます。東京でもエル・アル機に搭乗してしまえば、そこはすでに世界で一番“ホーム”な場所、イスラエルになるのです。
3月の直行便就航がとても待ち遠しいです。
エル・アルの公式YouTube チャンネルで、ドローンで撮影した機体の様子を見ることができます。