今回は、環境の大きな変化に直面した時、企業として戦略・投資面でどのように対応していくべきか、具体的な事例を挙げながら考えていきます。

教科書的には、「経営戦略=企業理念×経営環境」という関係性が示すように、企業は経営環境の変化に柔軟に対応し戦略を変更していく必要があります。経営環境の変化から戦略変更に至る経路は、「環境変化⇒顧客及び顧客の要求(KBF)の変化⇒成功のカギ(KSF)の変化⇒戦略の変更」、という流れになると言われています。

環境変化は小さいものから大きいものまで存在しますが、この中で戦略を考えるうえでとても重要なものとして、ビジネスモデルの大転換を引き起こす「パラダイムシフト」が挙げられます。パラダイムシフトにどのように対応していけばよいのかを考えてみましょう。

「アナログ→デジタル」のパラダイムシフト

まず、アナログからデジタルへのシフトが引き起こすビジネスモデルの転換の過去の例をみてみましょう。1982年にソニーは世界初の商業的なCD(コンパクトディスク)プレーヤーを発売しました。標準小売価格は168,000円と高価な商品でした。こうしたなか筆者が当時勤務していた音響機器メーカーは、高級価格帯のアナログのカセットデッキを中核に、LPレコードを再生する超高級ターンテーブルを製造・販売していました。

従来の音響機器技術はアナログが主流で、消費者がコストと手間を2倍かければ音質は1.5倍程度向上するとされていました。メーカー側も、アナログ的な発想による音質改善が可能でした。例えば当時の音響機器は、基板に回路を焼き付けて、一つひとつ部品を挿入していましたが、回路パターンを変更したり、さらには回路上に部品を挿入する角度を工夫したりすることなどにより、音質の改善が図られていました。まさにアナログ的なすり合わせ技術の典型と言えます。

一方で、CDは音をデジタル信号にして記録しています。その際の「サンプリング周波数」の規格は44.1kHz。ざっくり言えば、毎秒44,100回、音を記録するものとなっていました。

音が生み出すアナログ波形を分解してデジタル信号に変換する際、録音できるのは理論上、サンプル周波数の半分となる22.05kHzまでとされていましたが、実際には20kHz(1秒間に2万回の音)までしか録音・再生できません。

通常の人間の可聴帯域は低音で20Hzから高音で20KHzまでなので、20kHzでも音質上の問題はないと考えられていました。しかしながら、従来から存在していたアナログのレコードは20kHz以上の音も再生できたのです。

その当時の勤務先で、20KHz以上の音を聞き分けることができたシニアエンジニアは、「CDの音は聞き苦しい。天井の低い車に乗っているような窮屈な感覚がするので高品質の音響機器にはそぐわない」との意見を経営陣に伝えました。このため会社では自社でCDプレーヤーを開発することをやめ、必要であればOEMで調達すればよいという決断を下しました。

当初は高価であったCDプレーヤーも、その後のチップの量産化により価格が急速に低下すると同時に、音質を決定するチップ自体の品質も急速に向上していきました。その結果、CDとCDプレーヤーは急速に普及し、アナログのカセットデッキやターンテーブルは駆逐されてしまいました。アナログからデジタルへの技術面でのシフトが音響機器業界の地図を塗り替えてしまったわけです。

液晶テレビの台頭

同じようなことはテレビについても言えます。2000年ごろまでは、テレビと言えばブラウン管式のテレビでしたが、2003年に地上波デジタル放送が開始されるとともに薄型の液晶テレビの普及が始まり、その後ブラウン管テレビの販売台数を上回るようになりました。

市場の需要は薄型の液晶テレビに移行し、液晶パネルの量産化によって液晶テレビ価格も急速に低下していき、同時に映像品質も向上していった結果、ついにブラウン管テレビは駆逐されてしまいました。

映像品質を重視するソニーは、自社開発のブラウン管式のトリニトロンテレビに映像面で大きく劣るとして、液晶テレビの開発を行いませんでした。ところが急速に液晶テレビに移行していく市場を目の当たりにして、結局は韓国製の液晶パネルを使って自社の液晶テレビを販売せざるを得なくなりました。

この例もアナログからデジタルへの技術面のシフトがテレビ業界の地図を塗り替えると同時に、過去の成功体験が新技術への移行の妨げとなった事例です。

「すり合わせ技術」と「企画力」

ターンテーブルもブラウン管テレビも、付加価値の源泉はすり合わせ的な組み立て技術にありましたが、デジタル化によって付加価値の源泉は中核部品(チップや液晶)に移っていきました。さらには、米アップルのスマートフォンなどに見られるように、付加価値は部品そのものから、いかに既存の部品を組み合わせて魅力的な製品を創造していくかという企画力へとシフトしてきています。

すり合わせ技術の最たるものが、鉄道や水道といったインフラシステムです。例えば、新幹線のような鉄道事業では、単に車両を製造するだけでなく、運行システム含めた、ハードウェアとソフトウェアやノウハウを統合したインフラシステム全体を、ユーザーがすぐに利用できるように、ターンキー型で納入できる総合力がビジネスのカギとなってきます。

日立製作所は2021年に米国企業のグローバルロジックを約1兆円で買収しましたが、これは日立の持つハードウェアと制御技術にグローバルロジック社のバーチャル技術を連携させることで、日立のIoT基盤である「ルマーダ」を軸に据えながら事業環境の変化の潮流に乗り、事業の成長加速を狙った動きと言えます。

この中間にあるのが自動車産業です。

従来のガソリンエンジン車は中核のエンジンとシャシーを中心としながら、3万点を超す部品を系列企業から調達し、部品そしてコンポーネント間の高度のすり合わせ技術を駆使して製品の完成度を上げていく、垂直統合とすり合わせを組み合わせた事業です。その模倣は困難でした。ところが電気自動車の場合、モーターや他のコンポーネントを外部から購入し、自社はコンポーネントを組み立てるだけで、プラモデルのように簡単に自動車が完成してしまう。そんな時代が到来しようとしています。

テスラも当初は組み立てに苦慮し量産に手間取っていましたが、今は問題が解消され量産化が進んでいます。さらには、アマゾンやソニーといった「門外漢」も電気自動車への参入を表明しています。

世界経済のグローバル化、そして急速な技術革新によって、大規模な経営環境の変化が突然に訪れるという「不確実性」が確実に増してきています。このような環境下で、世界そして事業における大きな変化の潮流をいかに早く察知し、これに対応した的確な戦略を組みたてるだけでなく、確実に実行していく企業力・企業文化が従来にも増して重要になってきているのではないでしょうか。

(執筆者:斎藤 忠久)GLOBIS知見録はこちら