後継者を育てるにはどうすればいいのだろうか。経営者が後任に席を譲る場合、引退前から子どもを経営参加させるなど、企業経営を学ばせて成長してから交代するケースがある。一方、技術面あるいは人心掌握面に優れた生え抜き社員を後継者に選ぶこともある。
いずれの方法を選択するにしても、経営者の長年培ってきた経営センスや取引先との信頼関係など、企業経営の実務的な部分にはないところを後継者に引き継ぐ難しさがある。それだけに事業承継は、時間をかけて準備しなければならない。本稿では、中小企業において後継者をどう育てていくべきか、その問題点や育成方法について解説する。
目次
後継者の育成はなぜ必要か
経営者が交代する際には、さまざまな問題が生じる可能性がある。事業承継を円滑に進めるためには、後継者の育成が不可欠だ。経営者交代時に生じる問題と後継者育成の必要性について解説する。
経営者の交代時に生じる問題
経営者交代時に発生する問題として、主に3つのことが考えられる。それぞれについて見ていこう。
1.売上が減少する
中小企業では、経営者の能力や人間性・魅力によって経営基盤が成り立っていることが少なくない。創業者が代表権を持つ間は、その傾向が顕著に現れる傾向だ。特に地方の中小企業では、企業と地域とのつながりや経営者の人脈によってビジネスが成立しているケースが多いだろう。
大都市など企業が多い地域では、事業に参入する者が次から次へと現れる傾向にあるが、地方では、長年取引している顔見知り同士の取引が多く、信頼関係が構築できていない新参者は入りにくい。そのため経営者に売上を伸ばすという発想がなくても、長年培ってきたノウハウと幅広い人脈によって経営基盤が安定しているケースが多いのである。ただ経営者の死亡によって子どもが株式を相続するケースでは、親族間で遺産分割によるトラブルが発生することも少なくない。
跡目争いのようなことが生じれば、取引先との信頼関係が損なわれる可能性がある。相続で子どもが後を継いだとしても、親の代と同じように信頼が得られず、売上が減少することもあるだろう。また世代交代がスムーズにできたとしても、経営者が変わることで経営方針が変わってしまうこともある。経営方針の変更によっても、売上の減少はありえるのだ。
世代交代によって経営方針が変われば、それが契機となって取引先との関係が疎遠になることもあるため、押さえておきたい。
2.従業員の気持ちが離れ、離職者が発生する
経営者の幅広い人脈や信頼関係、つまり「人とのつながり」は、企業の外部だけではなく内部にもあるだろう。経営者の交代によって、今まで経営を支えていた要となる従業員やこれまで経営者の片腕となっていた幹部の心が離れてしまうことがある。経営者の人間性・魅力によって支えられていた企業の場合、社内の求心力が低下すれば離職者が発生することも十分に考えられるだろう。
経営方針に対する考え方の相違により、有能な人材が流出するようなことがあれば企業にとって大きな痛手となる。
3.事業継続の危機が発生する
中小企業では、事業計画を作成しないことも多い。特に地方の中小・零細企業では、技術力や経営のノウハウが創業者の頭のなかにあり、感覚的なもので経営方針を決めているケースも見られる。収益の見通し、事業計画の作成、経営会議、業務の打ち合わせ、銀行など金融機関との手続きなど、経営の事務的・実務的な部分は後継者に引き継ぐことが可能だ。
しかし経営者個人が持つノウハウや技術力、経営センスは引き継がれないため、世代交代によって事業継続の危機が生じることもある。特に経営者の交代で売上減少となれば、金融機関から決算内容や事業計画書の説明を求められ、資金調達に支障が生じることにもなりかねない。
後継者の育成に必要なこと
後継者の育成では、事務・実務面の引き継ぎだけではなく取引先や社内の人間関係の引き継ぎも必要だ。しかし「人とのつながり」は、一朝一夕で築けるものではない。事業承継は、時間をかけて準備しなければならず、実務面の引き継ぎと社外・社内の人脈や信頼関係という意味での「人とのつながり」の引き継ぎが重要となる。経営者交代時に発生する問題は、実務面以外の課題の解決が鍵となるのだ。
後継者育成における実務面の課題と実務面以外の課題の解決方法には、以下のようなことが考えられる。
1.実務面の課題
企業を経営するには、さまざまな知識やスキルを必要とする。そのため実務面の課題としては、業界の専門的な知識や技術の習得、企業の財務内容・税務・会計の知識、事業計画作成や資金調達の方法を学び、企業経営のノウハウを習得することが挙げられる。「事業計画作成」「技術面や経理・財務・税務面の指導」については、社内のOJTや社外のセミナーの参加などで解決できることが多い。
座学と実践を組み合わせることで、ある程度の知識やスキルは身につけることができる。社内の生え抜き社員であれば、実務に精通しているため、ある程度教育課程を省略できるだろう。しかし代表者の子どもなどが後継者となる場合は、社員として入社させて実務を学ばせることが必要だ。
自社以外の企業に子どもが就職しているケースでは、社会人としての常識を身につけてから後継予定者として自社に引き入れることも有効である。
2.実務面以外の課題
実務面以外の課題としては、社外・社内の人脈づくりや信頼関係の構築、経営センスを磨くことや経営者としての心構えを身につけることなどが挙げられる。経営のセンスや経営者としての心構え、企業経営の判断能力は、実践以外で学ぶことは難しいだろう。また人脈の構築や社外・社内からの信頼を得る方法も、実際に経営を任せ、実践で学ぶしかない。
いずれも失敗を積み重ねて初めて得ることができるものだ。そのため引退後も経営者が会長職に残り、後継者を育てながら経営面でフォローできることが理想といえる。後継者として代表者に就任する前に、経営者のかばん持ちなどで同席させるなど実際の経営のための活動を見せることも重要だ。
有効な後継者育成の方法
後継者育成は、早い段階で進めていかなければならない。中小企業においては、後継者がいないことで事業継続を断念するケースも多い。なかには、経営者が年齢を重ねてから後継者の育成を始めることもある。しかし経営者の死亡など準備ができていない段階で子どもが企業経営を行っても、事業継続は難しく廃業に追い込まれるケースもあるため注意が必要だ。
早い段階からの後継者育成のプログラムを実施
自社に勤務する有能な社員のなかから後継者を選ぶのであれば、業務内容や専門知識を熟知しており、業務への支障が生じる可能性は少ない。しかし経営者の子どもに後を継がせることが決まっているなら、後継者育成の前段階で社員としての業務経験を積ませることも必要となる。
後継者となる子どもに甘えが生じないように社外の企業に就職させて、社会人としての経験を積ませてから自社に呼び入れる方法をとるのもよいだろう。いずれにしても早い段階から後継者候補を選び、後継者育成を手がけることが重要である。
事業承継で会社の株式(経営権)や資産をどのように承継するかは、後継者を身内から選ぶか、社内から選ぶかによって大きく異なる。相続・譲渡・贈与など税制面の違いもあるため、時には専門家に相談することも必要だ。
少なくとも後継者育成のプログラムを作成するには、実務面の課題と実務面以外の課題を解決する内容にする必要がある。
【後継者育成のためのプログラム作成と実施までのステップ】
1.企業の経営方針を再確認
創業者の経営理念と事業の目的を見直し、社内・社外における企業の価値観を分析したうえで経営方針を明確にしておく。経営者の感覚的な経営理念や経営方針を後継者が理解することは難しいため、見える化することが必要だ。
2.後継者候補の検討と選出
子どもなど親族から選ぶか、社内の生え抜きから選ぶかなど方針を決定したら、候補者を選ぶ。長期的な育成がカギとなる。
3.後継者候補の育成計画を作成
技術面や経理・財務・税務面の指導、社内OJT、社外セミナーの参加など実務面の課題をスケジュール化して育成計画を作成するのがよいだろう。経営者の年齢なども考慮し、早い段階からの育成が重要だ。
4.経営幹部としての参加
社外・社内の人間関係のつながりなど、実務面以外のものも引き継ぐ必要がある。社内・社外の協力者や金融機関との交渉、経営会議の同席、社外の管理職研修への参加など経営幹部として社内・社外の認識を得ることも大切だ。
5.企業経営を任せ実践
経営参加や現経営者による直接指導など企業経営を任せて実践させることで、経営者としての経験を積み、経営の判断力を養うことが期待できる。
M&Aによる事業承継も有効
事業承継には「親族内承継」「内部昇格」「外部からの招へい」「事業譲渡(M&A)」といった方法が考えられる。子どもが親の会社を引き継ぐことを望まないケース、後継者が見つからず廃業するケースなどもあり、近年は中小企業においてもM&Aが盛んに行われている傾向だ。M&Aによる事業承継により、後継者候補を外部で探すこともできるだろう。
事業譲渡によるM&Aでは、経営の継続性が保てないこともあるが、事業譲渡益によって創業者が利益を得られるケースもあり、後継者がいなければ検討する価値は大いにある。一部譲渡も可能であり、事業縮小時だけでなく事業拡大時にもM&Aは活用できる。
後継者の育成には、座学では得られない難しい部分がある
後継者の育成には時間がかかり、実務面以外の課題もあるため、座学では得られない難しい部分がある。
経営を実践することの難しさ
特に創業者のなかには、自己流で経営してきた人が多い傾向だ。しかし実績のある企業の経験豊富な創業者は、長年培ってきたノウハウと幅広い人脈を持っていて社内・社外に協力者がいるため、経営が安定していることも多い。
一方、創業者の後継者となる者は、会社を承継することが決まってから経営の勉強を始めるケースも少なくない。そのため創業者と比べると経営経験の差は大きくなり、判断力・人脈ともに創業者にはかなわないだろう。経験が浅く人脈を持っていない者には、経営を実践する難しさがある。
実際に経験させることでしか、経営を学ぶことはできない
多くの経営者がしてきたように、経営は失敗により学ぶことができる。まだ早いと思っても実際に経営を経験させて、失敗することが経営を学ぶ早道となるのだ。いつまでたっても「未熟だ」といって経営を任せないでいると、後継者は育たない。
経営者が会長として残るのであれば「経営を任せる」「失敗したときにフォローする」といったことができるが、難しいケースもある。経営は失敗と成功を積み重ねることで覚えていく。経営能力を養うためのPDCAサイクルを構築し、実践と改善を繰り返させ、後継者の経営能力の上昇につなげよう。
事業の継続に後継者の育成は不可欠
事業承継を円滑に進めるためには、後継者の育成が不可欠だ。後継者の育成がうまくいかなければ、世代交代で売上が減少したり従業員の心が離れ離職者が発生したりすることもある。時には、世代交代によって事業継続の危機に陥る可能性があることも忘れてはいけない。
後継者の育成では、事務・実務面の引き継ぎだけではなく、経営理念や経営方針のほかにも取引先や社内の人間関係など「人とのつながり」も引き継ぐ必要がある。経営センスや企業経営の判断能力は、失敗と成功の積み重ねでしか養うことができない。
事業承継では、早い段階から後継者候補を選び、後継者育成に手がけることが重要だ。しかし後継者がいないケースや後継者として期待していた子どもが親の経営する会社を継ぐことを希望しないケースもある。
そのようなケースでは、一部譲渡や事業縮小・拡大時にも活用できるM&Aを検討するのも一つの方法だろう。