デジタルツインとは、IoTをはじめとするさまざまな手法を駆使しながらサイバー空間に外部の環境を再現する技術だ。膨大な情報を集約することにより、多様な環境を「手元」に創り上げる。すでに製造業や建設業を中心に活用が進み、他分野からも熱い視線が注がれている状況だ。
本稿では、デジタルツインの基本的な知識を確認しながら注目を浴びる背景や活用のメリット、市場規模予測、活用事例などを紹介していく。
目次
デジタルツインとは?
はじめにデジタルツインの概要を説明していく。
デジタルツインの定義
デジタルツインとは、英語の“DigitalTwin”、デジタル空間における「双子」といった意味だ。2002年に米ミシガン大学のマイケル・グリーブスによって広く提唱され、元々は製造業の製品管理におけるPLM(Product Lifecycle Management)から発展してきた。この考え方の起源は、さらに古く1970年代のアポロ計画まで遡る。
実地試験が難しい月面探査プロジェクトにおいて「ペアリングテクノロジー」としてシミュレーションに活用されたのが「デジタルツインの実用」といえるだろう。総務省では、デジタルツインの仕組みについて以下のように定義している。
インターネットに接続した機器などを活用して現実空間の情報を取得し、サイバー空間内に現実空間の環境を再現すること
出典:総務省
具体的には、現実世界の物理モデルとサイバー空間の数理モデルが対になって連動している状況を表す。手元に構築した仮想的空間内での操作によりリアルタイムデータを処理することができる。リアルタイムに取得した情報をベースにサイバー空間上に「双子のような」同じ世界を作り上げることで、現実空間の状況が正確に把握できるのだ。
デジタルツインが正しく実現できていれば、分析やシミュレーションを限りなく高精度な環境で実施可能になる。そこから導き出された結果を現実空間である現場にフィードバックしても不具合が発生しないという確証が得られるだろう。
ミラーワールド・メタバースとの違い
デジタルツインと同様に仮想的空間を活用したものにミラーワールドやメタバースなどがある。ミラーワールドは、「鏡像世界」とも呼ばれ現実空間の都市や社会のすべてが1対1で再現された環境を指す。つまりデジタルツインの集合体がミラーワールドだ。メタバースは、大規模な仮想空間で経済活動や創造活動を含むコミュニケーションを可能とするサービス、また空間そのものの総称となっている。
メタバースに関しては、事業体によっても捉え方が異なり統一された定義はない。メタバースのユーザーには、アバターを通じて自己同一性が提供され現実世界からメタバースにアクセスして買い物やイベントを楽しんだり会議に参加したりすることができる。デジタルツインとの違いは、メタバースにおいて現実空間とのデータのリンク・連動性が必ずしも確保されていないことだ。
現実で起こり得る変化をサイバー空間でのシミュレーションで未来予測する役割を持つデジタルツインとは、根本的に方向性が異なる。
デジタルツインのメリット
サイバー空間上に現実と同じ環境を構築できると、リアルな空間で行うよりも多くの試験や試作が可能となる。物理的な場所・モノ・人員、準備にかかる時間が不要となり、データさえそろえばすぐにでも取りかかれる。ここでは、デジタルツインがもたらす主なメリットを見ていこう。
業務効率化
継続的なモニタリングにより、ムダな作業が省略できるため業務全体の効率化につながる。現場での人・システムの稼働状況や負荷データを収集・分析し、さまざまな要因とかけあわせることで人員配置・スケジュール管理、機器類の稼働を最適化できる。
品質向上
試験・試作によるトライアンドエラーを複数回にわたり繰り返せるため、品質向上に貢献可能だ。ユーザー側のデータを加味することで満足度の向上に寄与する。
リスクの事前回避および改善
あらゆる条件下で精度の高いシミュレーションを繰り返し実施することにより、あらかじめ不具合の発生を回避したり対応策を準備できたりするため、リスク低減につながる。センサーとデジタルツインが連携しリアルタイムデータを収集・分析すればエラーや故障の原因を切り分けることも可能だ。部品の欠陥やプロセス上の不具合発生リスクを早期に発見し修正を可能とする。
製造・工期の短縮
全プロセスにおける作業効率の向上により、最短での製造が可能となる。品質の向上・維持を図りながら事業のスピード化が実現できるだろう。またこれまで障害となっていた「やってみなければわからない」「作ってみなければわからない」といった課題が、デジタルツインの試行によりクリアできる。
これまでのシミュレーションでは、規模が大きすぎて誤差が大きくなる可能性があったものについても限りなく現実に近い形で試すことが可能となるだろう。
デジタルツインが注目される背景
デジタルツインが注目される背景には、近年の技術革新や、社会、市場、消費者動向の変化などの要因がある。
IoT技術の普及
IoT技術の進化によりデータの信頼性が向上した。リアルタイムで送信される各種の膨大なデータの有効活用で企業が抱える課題の解決や新たなビジネスチャンスの可能性が広がる。現在は、スマートロックや照明・空調コントロールなどのスマートホーム、テレビ・電子レンジ・ロボット掃除機といった家電などIoT製品のコモディティ化が進行中だ。
あらゆるものにIoTが搭載されることでコストも低価格化し、中小企業でも手の出しやすい分野となってきている。「機械が自動的に情報を収集しデータを格納する」という人手を介さないデジタル化によって24時間での監視もしやすくなった。
情報機器だけでなく産業機械や自動車、家電、道路、信号、電柱、防犯カメラなど社会的インフラ設備などがIoT化される現代においては、必要とされる情報が多角的に入手可能だ。IoTデータの共有や連携といった考え方も進みつつあり、自社で賄いきれない「素材」の提供を行う仕組みも徐々に整ってきている。
環境の激変
デジタルツインによって可能となる精度の高いシミュレーションは、先行きの見えない現代社会の切り札となる可能性を秘めている。デジタルツイン技術がさらに注目されるきっかけとなったのが、コロナウイルスの流行だ。デジタルツインによって得られたデータ分析は、以下のような実社会に反映され、新しい生活様式に対する大きな役割を担った。
- 家庭や街角、電車内、オフィス内、イベント会場など規模や密度の異なる場所における飛沫拡散
- マスクの効果・人流による接触動線の分析 など
世界規模で進む気候変動の激化により、各地のリアルタイムデータを活用する重要性が高まっていることもデジタルツイン注目の要因だ。どの地域でも安全性が担保できない時代にあって各地でピンポイントでのデータ分析が求められている。
複雑化する社会
高度化、複雑化する社会のなかでの都市計画におけるデータ分析の需要も高まっている。時間帯による人流の変化や気候やエリアの特質の把握、さまざまなイベントとの関連性、さらに人口変動をはじめとする地域特性など多種多様な因子を取り入れることで分析の精度も向上できる。
市場ニーズの細分化
企業にとっては、デジタルツインが市場ニーズの細分化への対応策となるだろう。イノベーション実現に向けて求められる可能性をあらゆる角度から試すことが必要だ。刻々と変化する社会にいち早く対応するためには、最新データによる詳細な分析が求められる。企業の存続や確実な成長への未来予測の手段としてデジタルツイン技術が有効性を発揮する。
デジタルツインの仕組みと必要となる技術
デジタルツインの仕組みと、それを実現する技術について簡単に確認しておこう。
デジタルツインの仕組み
デジタルツインでは、集められたデータによりモデルを構築し現実の世界とそっくりな環境を作り上げる。航空機・風力タービン・工場ラインなどの物理的オブジェクトに搭載されたセンサー・カメラなどが、多様なデータを生成。これらのIoTデータが処理システムに送信され、デジタル・コピーとして反映されることで仮想モデルの構築が可能となる。
モデル構築の手法は、機械的モデルや計算モデルを使った方法があるが、さまざまなモデリングの組み合わせにより精度が増し、用途の先鋭化と時間経過によって確実性を高めることが可能だ。仮想モデル内でのシミュレーションの実施や状況の調査・分析を行うことにより同条件下で現実空間に発生する事象を確認できる。
デジタルツインを実現する技術
デジタルツインを支える技術には、主に以下の4つが挙げられる。
デジタルツインでは、上記の技術により数値データに基づいて作られた空間を人間が理解しやすい具象化された形で表示。現実の空間内で起こることと同様の現象を再現できるようになる。
デジタルツイン実現へのステップと導入課題
デジタルツインを実現していくためのステップと一般的に見られる課題を解説する。
デジタルツイン実現のステップ
・デジタルツインによるビジネス価値向上の明確化
デジタルツインは、非常に有用な技術だ。しかしどのように優れたものでも「自社に合っていない」「使い方を間違えている」といった状況ではまったく意味をなさない。それどころか、経済的、人的コストを注ぎ込む分、効果を上げられないと重く負担が残る可能性もある。そのためデジタルツインが自社業務のどの分野に貢献するのか、現状の課題を解決し得るのかを十分に吟味しなければならない。
経営面から見た場合、投資の価値があるのかを見定め、企業としての課題解決において方向性を一致しておきたい。例えば部品開発において「現状のままでは解決への検証が進められない」といった現場の声が聞かれ、それが事業の根幹に大きく関わっている場合には一考の余地がある。スモールスタートを行い自社事業への貢献が確信できれば適用する部署を拡大していく。
・利用データの確認
デジタルツインの実現にあたり、「デジタル化されている有用なデータはどの程度あるのか」「実施に必要だが活用可能となっていないデータの対応をどうすべきか」などを確認する必要がある。またIoTによるデータ収集システムの確立や外部とのコラボレーションの可能性も探りながら、モデル構築が可能となるだけの素材を調達できる環境を整備する。
・データ基盤・システムの構築
デジタルツインのモデル化に向けてリアル空間を再現するための土台を構築する。デジタルツインの構造や表現方法、既存のシステムとの相互運用性、セキュリティ面といった点を確認しながらデータを正しく活用可能とするコンテキスト化を目指す。特に安定的な継続運用を行ううえでは、セキュリティレベルの維持が不可欠となる。
・収集データとの接続
デジタルツイン構築後、リアルタイムで収集されるデータとの接続を行う。シミュレーション・分析を実施しながら必要に応じて機械学習など多様なモデリングとの組み合わせを検討する。デジタルツインは、活用しながら進化し続ける技術だ。実務への適用と継続的な改善を行うことで精度を高めることが期待できる。
デジタルツイン導入の課題
デジタルツイン導入の大きな障害となるのが、費用面での負担だ。リアルタイムで発生し続ける膨大なデータ量を扱うためには、強固なシステム構築が不可欠となる。IT関連の助成費や生産性向上の取り組みに対する補助金など公的な支援の活用も視野に入れた資金確保の必要があるだろう。デジタルツインの実現まで環境整備に思った以上の時間がかかる場合もある。
システム内で活用するためには、さまざまな形式で存在しているデータの統合が必要だ。IoT機器との接続状況の安定化は、継続的な運用に不可欠であり「正しく双子の環境となっているのか」について随時検証していかなければならない。適用する業務内容によっては、実センサーが取り付けられていない部分まで推定的に計測できるバーチャルセンサーを取り入れるなどの検討も必要となるだろう。
もとよりモデリングが最適化されるまでには時間がかかるため、デジタルツインによる成果が明らかになるまで相当の期間を要することを覚悟しておかなければならない。
デジタルツインの市場動向と今後の予測
デジタルツインの市場動向は、どのような現状にあるのだろうか。ここでは、デジタルツインの市場動向と活用について今後の予測を解説する。
世界的にデジタルツイン市場が拡大傾向
デジタルツインの市場規模は、2021年では103億米ドル(1米ドル147円換算で約1兆5,141億円)。2027年には546米億ドル(同レート換算で約8兆262億円)と大幅な拡大が予測されている。その場合、同期間の年平均成長率(CAGR)は31.7%も及ぶ。当初は製造業、航空宇宙産業、自動車産業が中心であった。
しかしここにきて小売、不動産、銀行・金融、ヘルスケアなどの業界へと需要が急速に拡大している。コロナ禍の影響を受けてデジタル化への急進が促されたことが大きな要因といえるだろう。
国内でのデジタルツイン活用
デジタルツインの活用分野は、日本国内でも世界の動きと同様に拡大を見せている。例えば医療分野では、医療機器の監視・保守や病院業務オペレーションなどデジタルツイン活用のさらなる可能性が広がる。今後は、個々の人の特徴をシミュレーションし投薬や治療に活かす個別化医療(パーソナル・ヘルスケア)への対応も可能となるだろう。
さらに疾患や臓器・器官のサイバー空間における複製や人口集団の複製への応用に期待がかかる。またマーケティング分野では「ヒトのデジタルツイン」に着目するケースも。対象となる顧客とAIの会話、カメラやセンサーを介したフィジカル的なデータ収集によりサイバー空間にユーザーの価値観などを再現したデジタルツインを構築する。
この方法を使えば個々人による微妙な価値観の違い、ユーザー自身も気づいていない価値観を従来よりも正確に把握できるようになるだろう。細分化する消費者ニーズに対して、的確に対応できる新たなマーケティング手法として注目されている。
デジタルツインの活用事例
最後にすでに実用化され成果を上げている各分野でのデジタルツインの活用事例を紹介する。
都市計画
・バーチャル・シンガポール(Virtual Singapore)
本事例では、「国家全土を丸ごと3Dバーチャルツイン化」という壮大な構想を実現化している。リアルタイムで都市情報を可視化、各インフラを整備する計画の最適化を遂行。国家全体でのエネルギー効率最大化、インフラオペレーションのリアルタイムでのモニタリング、物流の最適化や公共交通機関の最適化などが可能となる。
・PLATEAU
日本の国土交通省が中心となり全国約50都市の3Dデジタルツインを整備するプロジェクトだ。「3D都市モデルの整備とユースケースの開発、利用促進を図ることで、全体最適・市民参加型・機動的なまちづくりの実現を目指す。(PLATEAU)」という。都市全体を対象にシミュレーションできれば、より有効で具体的な災害対策や、人口減少に対応するコンパクトな街づくりへの対応もしやすくなるだろう。
建設業
建設業では、すでに設計・施工・維持管理における各工程をデジタルツイン化する活用法が広がっている。そのため効率的な工程管理や現場の安全性の確保、生産性の向上に寄与にすることが期待できるだろう。建築現場の遠隔監視によりリアルタイムの施工状況を可視化し作業の遅れや不備の発見への早期対応が可能となる。
製造業
製造業においては、デジタルツイン工場により設備や機器、建屋まですべてをデータ化で再現。電力消費量や状態をリモートで監視する。異常箇所のリアルタイムでの検知により、迅速な応・改善を実現する。熟練工の視点をデジタルツインで記録し、技術継承の課題解決に向けた取り組みも始まっている。
災害対策
災害対策の分野でもデジタルツインの技術が大きな貢献を果たす。サイバー空間に地形、ダムの形状、水位、上流の河川の情報、ダムが放出した水の推移などリアルなダムの状況を再現し、ドローンで撮影した映像、スマートダムのデータを5Gでリアルタイムに送信。氾濫・決壊の予測により被害の拡大を食い止める役割を担う。
デジタルにツインに関するQ&A
Q.デジタルツイン、何ができる?
A.現実世界と同様の環境をサイバー空間内に構築することで、実際には実施が難しい試験やシミュレーションを何度でも行うことが可能となる。コストをかけずに多様な条件で試すことができるため、あらゆる状況を想定しながら結果を推測できる。
Q.デジタルツインの応用例は?
A.建設業における設計・施工・維持管理における各工程の管理、製造業におけるデジタルツイン工場による遠隔監視、異常箇所検知、リスクの早期発見が行われている。また災害対策分野におけるダムの氾濫・決壊の予測、都市計画策定時のシミュレーションなどでも大きな役割を果たしている。
Q.デジタルツインのメリットは?
A.試作期間の短縮・コスト削減、品質の向上・リスク低減、予知保全、遠隔からの監視・作業支援、熟練者の技能伝承などがしやすくなる点は、大きなメリットだ。企業や社会に現存する課題解決へのアプローチも期待できるだろう。
Q.デジタルツインの仕組みは?
A.IoT化された各機器やカメラ、センサーからのリアルデータを収集などデジタルツインモデルが構築されたシステムに取り込み現実空間と同じサイバー空間を実現する。デジタルツインの活用には、IoTの他、AI、5G、AR・VRといった技術が必要だ。
さまざまな方面で活用が広がるデジタルツインの技術
デジタルツインの技術は、すでに各方面での活用が進んでいる。自然環境、世界情勢など不確実な要素にあふれる時代においては、デジタルツインによって広い世界を冷静かつ詳細に俯瞰することで課題をクリアしながら次の一手を導き出す強力なツールとなるだろう。ビジネスにおいては、企業DXの課題であるデータの有効活用を進めるカギとなる。
サイバー空間で現実の環境を再現できたとき自社の事業にどのような効果がもたらされるのか、一度じっくりと考えてみてはいかがだろうか。