映画は私たちの生活の中で最も身近なアート作品の一つだと思います。ネットフリックス等の普及で今ではどこでも映画を楽しめるようになりました。カンヌ国際映画祭で正式上映もされた『THE VISIT』を作ったイスラエルの映画監督、インバル・ホレシュさんに独占インタビューしてみたいと思います。
インバル・ホレシュ(Inbar Horesh)
マドリードとテルアビブを拠点に、映画監督、脚本家、講師として活躍。テルアビブのMinshar School of Artsでの卒業制作『THE VISIT』は第67回カンヌ国際映画祭シネフォンダシヨン部門でプレミア上映され、複数の国際賞を受賞し、イスラエル・アカデミー賞の最優秀短編映画賞にノミネートされる。中編ドキュメンタリー映画「CROSSING」、短編映画「BIRTH RIGHT」は、2020年パームスプリングス・ショートフェストのアカデミー賞予選で最優秀作品賞を受賞し、その他の賞にも選ばれている。また、2021年パリで開催されたシネフォンダシヨンカンヌ映画祭レジデンスに参加し、最優秀賞を受賞、さらにシネマート映画祭の開発支援コンペで2賞を獲得している。
ーーまず最初にインバルさんについて詳しく教えてください。インバルさんの映画はどのようなメインテーマで制作されていますか?
インバル: 私は映画を制作していて、物語は完全にフィクションです。自分で脚本を書き、映画の世界観や登場人物をすべて創作します。しかし、インスピレーションの種は、常に現実の奥深くにあります。政治的な状況や環境が、私の人生に最も個人的な形で影響を与えているのを感じたときに、創作のきっかけを得ることができるのです。だから、イスラエルの政治状況にはとても心を動かされますし、それについて書くことが多いです。
しかし、私は決して戦争や政治的暴力についての証言をフィクションを用いて書いたりはしません。私はいつも、政治的暴力が私個人に影響を与える意外な方法を探しているのです。ですから、私の映画は常に、非常に個人的でありながら政治的で、ユーモアのあるものだと言えます。ユーモアは、私の国のつらい現実に対処するためのツールであり、私はどの作品にもそれを求めています。
ーー政治や戦争というシリアスな内容だからこそ、表現におけるユーモアというのは大事かもしれませんね。インバルさんはもともと高校で演劇を学び、大学では映画を学んでいるんですね。なぜ、映画を選んだのですか?
インバル: 高校を卒業した後、私はアクティビズムに深く関わるようになりました。イスラエルとパレスチナの紛争についてよく調べ、紛争を終わらせるために戦うことを夢見ました。活動家として、私はすぐに、芸術という形で人生について考え、考察する可能性を見逃していることに気づきました。人々がそういった考察するチャンスを作りたかったので、より多くの観客に届けるためには映画が良いのではと考えるようになりました。そこで、高校では演劇の演出を学んでいたのですが、大学では映画の演出を学ぶことにしました。その選択から12年後の今日、映画が世界を変えるツールだとは思っていませんが、挑戦し続けることが私の義務だと信じています:)
ーーどんな形であれ挑戦こそがアートの本質とも言えますね。ほとんどの人は、映画の撮影のプロセスがどのようなものかを知りませんが、映画制作の大きな課題は何でしょうか?
インバル: 映画制作における大きな課題は、映画が非常に高価な芸術であることです。そのため、私たちは映画制作者としてほとんどの時間を、資金調達や助成金の申請結果を待つことに費やしています。新しいプロジェクトを始めるとき、映画制作者は、そのプロセスが簡単に5年続くことを心に留めておく必要があります。それは結婚と同じようなものです。長い間、一緒に暮らせるようなアイデアを選ぶ必要があります。だから、芸術的なアイデアにコミットし、長い年月の間、忍耐力を持つことが主な課題であると言えるでしょう。
その次の課題が、実際にお金を得ることです。イスラエルでは、資金調達のシステムが充実していません。映画は主に公的資金で制作され、その資金は極めて少額です。毎年、ごく少数の人しか受け取らない資金を、国内の他の映画制作者と競わなければならないのです。また、公的資金である以上、国の政治的監督下にあり、ある種の検閲が行われやすいこともあるかもしれません。
ーー実際に撮影するよりも、撮影にいたるまでに多くの労力がかかるというのは、ほとんどの人にとって意外な点だと思います。これまで制作した作品の中で、一番好きな作品はどれですか?
インバル:映画学校の卒業制作として作った27分のフィクション映画「The Visit」が一番好きですね。この映画は、私の心を写したものです。映画についてあまり知識がなく、映画産業についてもまったく知らないまま、自分ひとりで制作しました。好きなことを好きなだけやって、その結果、とてもセンセーショナルでユニークな作品になりました。2014年当時、カンヌ国際映画祭の公式セレクションに選ばれたこともあるんですよ。私のキャリアのキッカケとなる大きな成果でした。
その後、業界とその要求に対する意識が高まり、私の仕事のやり方も変わってきたと感じています。あの頃のような自由さをもう一度取り戻したいですね。
ーー商業と表現は必ずしも一致しないということですね。お話を聞いていると映画制作のプロセスは、まるで起業家精神を必要とするスタートアップ企業のように感じます。インバルさんの起業家精神は生まれつきのものなのでしょうか、それとも人生の中で培われたものなのでしょうか?
インバル: 自然に身についたものだと思います。自分のアイデアをいつも信じていた自分を覚えていますし、この信念は、売り込むためにもっとも必要なものです。映画学校では、たとえ才能があっても、自分のアイデアに価値を見いだせずにいる友人たちがいる中で、私はいつも自信を持って自分のプロジェクトを売り込み、支援を求めていました。クリエイティビティは、私が純粋に楽しんでいるものです。自分の中に次に取り組むべき世界を見つけて、そこからストーリーを紐解くのが好きなんです。起業という生き方が要求するチャレンジを楽しんでいるのです。
ほとんどの人は映画を日常的に見る。一方、映画がどう制作されるかについては知らなかったのではないでしょうか?一本の映画を撮ることがどれほど大変なのかを知ると、一味違った見方が出来るかもしれません。後編では、インバルさんの創造性の秘密について迫りたいと思います。