「陸の孤島」から大規模ハブへ
敵対するアラブ諸国に囲まれ、物流の98%が海上輸送により行われるイスラエル。地政学的には「島国」であり、陸路で移動可能な国はエジプトとヨルダンだけとなる。一方空路では、一番近いギリシャの島キプロスまで1時間、アテネまでは2時間、ローマやブダペストまで3時間半、アムステルダムやパリ、ベルリンまで5時間弱の好立地だ。2010年代にイスラエルが飛躍的な発展を記録した背景には、同時期に進んだイスラエル・ベングリオン空港の「ハブ化」も要因としてあげられる。今章ではハブ空港としての存在感を示したベン・グリオン空港と、今後の課題についてを追う。
ベン・グリオン空港が世界一の利用者増を記録
イスラエル人が海外旅行によく出かける理由としては、国民の多くが複数のバックボーンを持つこと、国土面積が小さいこと、長期休暇が多いこと、国内リゾート地が高額であること等が挙げられる。2010年代の10年間でその数は倍増し、2010年に出国したイスラエル人は400万人だったが、2019年には800万人を超えた。その多くが2回以上出国しており、国民の約半数が海外旅行をしたこととなる。勿論旅行を愛するのはイスラエル人ばかりではなく、LCCの参入により空の旅が身近になったことなどから(コロナ禍前まで)海外旅行は世界的なトレンドであり、結果2019年にはイスラエル入国者の92%が空路を利用し、2400万人の旅行者がベン・グリオン空港を通過した。2010年の1,150万人から100%以上の増加となり、同期間に利用者数が100%以上増加した空港は世界で他になかった。
ハブ空港となるメリット
人や貨物が空港に到着することの経済効果は乗り継ぎのためだけでも計り知れず、またハブ空港およびそれを有する都市は国と周辺地域での存在感が高まり主導権を握ることができる。コロナ禍の空の旅は危機的な停滞を見せているが、2019年末には2020年のベン・グリオン空港の利用者は2500万人を超えると予想されており、実現すればハブ空港の中でも規模の大きな「グループ1」の仲間入りを果たすはずであった。
海外バケーション「狂想曲」のはじまり
その傾向がより顕著となったのは、2013年に発効されたカッツ前運輸大臣の最大の功績となるオープンスカイ協定だ。低コスト航空会社(LCC)がベン・グリオン空港へ多数乗り入れを開始し、イスラエル人の海外旅行熱がより高まるきっかけとなったのだ。例えば英国のLCC「EasyJet」を利用したイスラエルへの旅行客は2010年に13万人だったが、2019年には100万人超と750%以上増加した。かつてベン・グリオン空港最大の外国キャリアだったターキッシュ・エアラインズは、2019年に120万人の乗客が利用したハンガリーの航空会社ウィズ・エアーにその地位を譲った。イスラエルの国営航空会社であり、ベン・グリオン最大の航空会社であるエル・アル航空の乗客数は約3分の1まで激減し、低コスト航空会社が圧倒的な強さを誇る10年となった。
もうひとつの起爆剤「Airbnb」
2008年にローンチされたAirbnbがその勢いを手に入れた時期もまた、LCCの台頭〜隆盛期に合致する。尤も「民泊」を提供する同プラットフォームが登場した当時と今日では、民泊に対する認識は大きく様変わりしている。当初のAirbnbは創業者のビジョンを反映し、地元の人々との交流を通じてローカルをより良く理解する純粋な民泊の機会を提供していたが、やがて陳腐化し単なる賃貸ビジネスとなった。
現状Airbnbを通じて見つけることのできるテルアビブの物件の82%は、アパート全体が賃貸物件として貸し出されており、市内のアクティブな物件の3分の2は、物件を複数所有する賃貸主に属している。これが国民のアパート利用の可能性と地域の長期賃貸料に影響を及ぼすことは明らかであり、実際にバルセロナ、パリ、アムステルダム、ベルリンなど多くのヨーロッパの都市は、あらゆる形態の短期賃貸プラットフォームを取り締まるため努力している。
ニューノーマル時代のトレンド
2015年にパリで開かれた、温室効果ガス削減に関する国際的取り決めを話し合う「国連気候変動枠組条約締約国会議(通称COP)」で合意され、2016年に発効されたパリ協定は、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みである。同協定には、温室効果ガスの主要排出国を含む多くの国が参加し、世界の温室効果ガス排出量の約86%、159か国・地域をカバーするものとなっている。
世界で排出される二酸化炭素の約2.4%は飛行機によるものであり、さらに機体から排出される二酸化炭素以外のガスや水蒸気と合わせると、地球温暖化の原因の約5%は航空業界によるものといわれている。パリ協定では2050年までにCO2の排出量を2005年の数値から50%削減するという目標が掲げられており、勿論世界の航空会社や空港では目標達成に準拠したサービス開発が進められているものの、2018年にスウェーデンで始まった飛行機の利用に反対する社会運動「フライト・シェイム」(飛ぶことは恥)も北ヨーロッパを中心に広がりを見せており、同時に飛行機の利用を避ける動きも少しずつ出てきている。2023年にはビジネスや観光に伴う人の流れがコロナ前の水準まで回復するという見方もあるが、ニューノーマル時代の旅行は2010年代のような形態とは違ったものとなりそうだ。
※1:前年比5.9%増、日本政府観光局(JNTO)発表