中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代
(画像=中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代)

対米ドルで世界トップの力を示す「イスラエル・シェケル」

前世紀の終わり頃までイスラエルでは、変動の激しい自国通貨シェケルへの信頼度の低さから家賃を米ドルベースで請求する慣行があったほど、建国以来2000年までイスラエル経済は高いインフレ率に悩まされ続けた。しかし2010年代にシェケルは米ドルに対して世界トップクラスの上昇率を記録し、世界的にも存在感を放つハードカレンシーのひとつとなった。今章では2010年代のシェケルと投資市場の動きを追う。

イスラエル新シェケル
(画像=イスラエル新シェケル)

5000年の歴史を持つ「シェケル」の起源

20世紀に通貨として復活したシェケルは旧約聖書の記述(※1)で現代にも広く知られており、紀元前3000年頃のメソポタミアで最初に知られる通貨の形態として登場した。メソポタミア最初の王朝アッカドでは硬貨と重量の単位として用いられ、アッカド語で最初の音節 ”she” が大麦を指す事からもともとは特定の量の大麦を指したと考えられている。現代のイスラエル・シェケルの複数形はシュカリム、1シェケル=100アグロット(単数形アゴラ)である。

建国以来の通貨変遷の歴史

1952年〜1980年の間はイスラエルポンド(リラ)が使用されたが、1969年にイスラエル政府は通貨名をシェケルに変更することを決議。それから10年以上が経過した1980年、インフレ脱却のため旧通貨10:新通貨1の割合でポンドから旧シェケルへの通貨切り替えが実施された。しかし旧シェケルが1984年には1000%というハイパーインフレを起こし、1986年には通貨安定化のため旧通貨1000:新通貨1の割合で新シェケルへデノミネーションされる。新シェケルは2006年、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の通貨先物市場(※2)で取引可能な約20の通貨の一つとなり、2008年にはCLS Bank International(※3)における18の決済対象通貨のひとつとなった。

イスラエルポンド(出典:イスラエル銀行)
(画像=イスラエルポンド(出典:イスラエル銀行))

シェケルが対ドル世界第2位の上昇率を記録

2010年代は、シェケルが対米ドルレートで9.2%も上昇した記録的な10年となった。他の通貨でこれを上回る上昇率となったのはタイバーツの10.4%だけで、その他の通貨はスイスフランを除いて対米ドルでの上昇に苦戦した。対米ドルレートの上昇は特にCovid-19のパンデミック以降に顕著であり、理由は世界に先駆けてワクチン接種を進めたことから早期の経済回復への期待が海外投資家を呼び込んだこと、またいち早くニューノーマルに対応したイノベーションへの関心が高まり、ハイテク産業への投資が盛り上がったことに集約されるだろう。イスラエルのハイテク企業のイグジットは2010年代に800%の増加を記録した。

シェケルが対米ドルで世界第2位の強さを見せた結果、過去10年間イスラエル人は為替レートだけでイギリスの同世代の人々より40%、アメリカの人々より10%裕福になった。過去20年間では、ポンドに対して50%、ドルに対して20%の上昇となる。一般的に自国通貨高は国内輸出企業の競争力を低下し、業績を下押しするため、政府や中央銀行はシェケル高をどこまで許容するのか注目が集まっており、対策も求められている。

シェケル高イメージ
(画像=シェケル高イメージ)

この利回りを投資の観点から検証すると、世界的に見ても(特に米国では)株式市場は過去10年間で記録的な上昇を遂げ過去最高値圏で取引されている中で、イスラエルでは次のように他の投資手段の弱さをシェケル高が補って余りあるものであった。

株式・債権市場
S&P500指数(※4)は2010年代の10年間で配当込み243%、配当抜きで180%上昇、MSCIワールド指数(※5)は94%、配当を加えると179%上昇。米国株式市場は他の先進国市場を上回り、先進国市場は新興国市場を上回った結果、新興国市場は配当金を含めてわずか38%の上昇であったが、イスラエル市場では10年間で55%、ドルベースでは60%のリターンを獲得している。日本、米国、ユーロ圏の中央銀行が数兆ドル規模の国債・社債の需要を生み出し、国債と社債を含むブルームバーグ債権指数は10年間で27%上昇したが、これは株式の上昇率の3分の1以下である。一方イスラエルでは中央銀行による買い入れがなかったにも関わらず、債券と株式指数のリターンはほぼ同じだった。

住宅価格
中央統計局によるとイスラエルの住宅価格は2010年代に70%上昇し、これにシェケル高を加えると、76%のリターンとなった。対して米国の住宅価格上昇は49%、英国では4%だった。株式のリターンと比べると不動産利益はかなり少ないように見えるが、金融コストの低さや賃貸という選択肢を考慮すると、魅力的な投資だったと言えるだろう。エコノミスト誌によると、インドの住宅価格は実質的に2018年末時点で80%、カナダでは50%、中国では40%、ドイツでは24%上昇した。

懸念材料の多い2020年代

米中貿易戦争、市場の変動、米国の景気後退への懸念などの要因が株式市場に対する不安を助長し、株式が危険なほど割高になっていると考える人も多く、再びブラック・フライデーが迫っているのではないかという懸念が残る。モルガン・スタンレーは2020年代の株式市場について、「米国株と米国債のリターンはそれぞれ4.9%と2.8%になり、従来の株と債券の米ドル建てポートフォリオの期待リターンは今世紀最低に近くなる」との暗い見通しを発表した。投資家にとって厳しい10年になると予想する専門家も多い中、「シェケル・バブル」がどこまで続くのかに注目が集まる。

※1:創世記23:16に、アブラハムが妻サラの墓地を購入する際に「銀400シェケル」(約4500グラム)が支払われたとされる。
※2:将来の特定の日を決済日として通貨を取引すること。
※3:多通貨同時決済(Continuous Linked Settlement:CLS)取引を行う銀行。
※4:米国の代表的な株価指数のひとつ。S&P500は米国株式市場全体に対し約80%の時価総額比率を占めており、米国市場全体の動きを概ね反映していると言える。
※5:23の主要先進国の大・中型株式を対象とした指数で、各国の浮動株調整済みの時価総額で85%をカバーする。

中東の小国からスタートアップ国家へ、イスラエル激動の2010年代
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