ダイナミック・ケイパビリティ
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経営戦略論の一つに、ダイナミック・ケイパビリティと呼ばれる理論がある。変化が激しい現代に適した理論として注目されている。今回はダイナミック・ケイパビリティについて、注目される背景や基本的な考え方、実例などについて説明していく。

目次

  1. ダイナミック・ケイパビリティ論の概要
    1. 提唱者、内容、時期について
    2. 注目される背景
  2. ダイナミック・ケイパビリティとは?
    1. ケイパビリティの意味
    2. オーディナリー・ケイパビリティ
    3. ダイナミック・ケイパビリティ
    4. ダイナミック・ケイパビリティが発揮されやすい組織
  3. ダイナミック・ケイパビリティの具体的な能力
    1. 能力1.感知(センシング)
    2. 能力2.補足(シージング)
    3. 能力3.変容(トランスフォーミング)
    4. 資産の再構成が肝心
  4. ダイナミック・ケイパビリティの理解に役立つ事例
    1. 事例1.富士フイルムホールディングス
    2. 事例2.ダイキン工業
  5. ダイナミック・ケイパビリティをベースに組織構築

ダイナミック・ケイパビリティ論の概要

ダイナミック・ケイパビリティについて、提唱の背景と理論の概略について説明する。

提唱者、内容、時期について

ダイナミック・ケイパビリティは、カリフォルニア大学のデイビッド・ティース教授が1997年に「ストラテジック・マネジメント・ジャーナル」の論文で提唱した理論だ。

その後、さまざまな研究家によって提唱されているが、今も完成に至っていない。

1980年代、マイケルポーター氏の提唱した競争戦略論では、企業の超過収益力は業界構造における競争優位性から生まれると提唱されていた。ファイブフォースフレームワークに代表されるポジショニング派の考え方である。

その一方で、同じ業界構造においても各企業の行動・超過収益力に差が観測されていくなか、その源泉が企業内部の固有資源にあると考える資源ベース論が現れた。

その考えがさらに深化され、ダイナミック・ケイパビリティは、企業の固有資源を経営環境の変化に合わせて競争力を維持していく方法論として提唱された。

注目される背景

現代を取り巻く状況を示すVUCA(ブーカ)という言葉がある。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、 Ambiguity(曖昧性)の頭文字によって成り立つ。

インターネットによって各国がつながり、情報共有のスピードが高まるにつれ、事業環境も変化しやすくなった。

それにともない、変化に対応した経営論であるダイナミック・ケイパビリティが注目されるようになったのだろう。

ダイナミック・ケイパビリティとは?

はじめにケイパビリティの意味から説明する。

ケイパビリティの意味

ケイパビリティ(capability)とは、capable(対応できる)、ability(できる)を組み合わせた言葉であり、企業としての付加価値を生み出す能力を指す。

似た概念として、コアコンピタンスという概念がある。コアコンピタンスとは、他社の模倣が難しい企業の中核となる強みを指し、個別の機能に近い概念である。

一方でケイパビリティは、周囲から見えづらい個別の機能ではない。バリューチェーン(ビジネスプロセス)全体に及ぶ概念である点がコアコンピタンスとは違う。

ケイパビリティは、オーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティに分かれる。

オーディナリー・ケイパビリティ

オーディナリー・ケイパビリティとは、自社の経営資源を利用して効果的・効率的に価値を提供する基本的な企業の能力を意味し、突き詰めれば「ものごとを正しく行う」能力ともいえる。

特定の状況下において、ベストプラクティスとして位置づけられる性質を持つため、模倣しやすい能力である。

ダイナミック・ケイパビリティ

ダイナミック・ケイパビリティとは、環境の変化に対して企業を自己変革していく能力であり、企業変革力とも呼べる。

具体的には、環境の変化に応じて自社が持つリソースを組み合わせ、機会と脅威を補足しながら企業の競争優位を確保する手法を指し、突き詰めれば「正しいことを行う」能力ともいえる。

オーディナリー・ケイパビリティが存在する企業であってもダイナミック・ケイパビリティを有しているとは限らないが、ダイナミック・ケイパビリティを有している企業はオーディナリー・ケイパビリティを必ず保有している。

ダイナミック・ケイパビリティが発揮されやすい組織

オーディナリー・ケイパビリティが優位な組織は「堅固な組織」だ。明確な職務権限を各担当者に付与し、長期的で公平な配分に特徴がある。

各メンバーの職務権限と成果が明確で、効率性の追求に向いているが、組織変革のコストは上昇するため、変革を避ける動機付けとなってしまう。

一方で、ダイナミック・ケイパビリティが優位な組織は「柔軟な組織」だ。職務権限を職務・地位に帰属させたうえで適切な人間を割り振り、短期的で柔軟な配分に特徴がある。

各メンバーの職務権限と成果があいまいになるため、結果として組織変革のコストが下がり、ダイナミック・ケイパビリティが発揮されやすくなる。

ダイナミック・ケイパビリティの具体的な能力

ダイナミック・ケイパビリティは、感知・補足・変革という能力に分類できる。各能力によって資産を再構成し、企業を変革させる。

能力1.感知(センシング)

環境の変化によって発生する脅威や危機などの機会を感知する能力であり、経営者層による分析・洞察が必要となる。

能力2.補足(シージング)

感知で発見した機会に対して、既存の経営資産を再構成(オーケストレーション)することにより、競争力を生み出す能力を指す。機会に対して変化すべきポイントを決定するプロセスとなる。

能力3.変容(トランスフォーミング)

新しい条件のもとに競争優位を確立するため、組織再編して自己変革していく能力をさす。

資産の再構成が肝心

ダイナミック・ケイパビリティの柱は、資産を再構成する能力である。資産を再構成する能力は、外部からの調達が非常に難しく、自社で育成しなければならない。

資産の再構成で重要となる原理が、共特化(co-specialization)という原理である。

相互に補完できる資源の組み合わせを再構成することで、費用を節約しながら新たな価値を創造できるという考えだ。

たとえば、リチウムイオン電池と携帯電話の組み合わせが、社会に変革をもたらした。

2020年度ものづくり白書(経済産業省)」では、リチウムイオン電池の開発に携わった旭化成の吉野彰博士へのインタビューが載せられているので、ぜひ参考にしてほしい。

ダイナミック・ケイパビリティの理解に役立つ事例

ダイナミック・ケイパビリティの理論は抽象的で理解しづらい。ダイナミック・ケイパビリティの事例として、富士フイルムホールディングスとダイキン工業の取り組みが参考になる

事例1.富士フイルムホールディングス

富士フイルムの写真フィルム事業は、デジタルカメラの隆盛により存続が危ぶまれる状況であった。

そこで富士フイルムは、フィルム事業で有していた高度な技術を背景としたケイパビリティを活かし、液晶の時代に必要となるディスプレイ材料の事業に多額の投資をした。

また、写真フィルムに対する保護技術や画像処理技術に関するケイパビリティを応用し、化粧品・医薬品・再生医療の開発にも積極的に乗り出している。

事例2.ダイキン工業

ダイキン工業は空調機のメーカーであり、季節による需給変動の激しい事業を展開している。ニーズに合致したグローバル生産体制を確立するために「市場最寄化生産戦略」を進めた。

ローカライズとグローバライズのバランスをとるために、汎用性の高いベースモデルを開発。ベースをもとに各地域のニーズに合わせて展開している点に特徴がある。

単なる現地化だけでなく、市場の不確実性に対応できる組織体制の構築には、ダイナミック・ケイパビリティの方針が見受けられた。

ダイナミック・ケイパビリティをベースに組織構築

ダイナミック・ケイパビリティの概要とともに関連する事例まで紹介した。

ダイナミック・ケイパビリティは、環境変化に応じて変化し続けることで、競争優位を保つ方策である。VUCAと呼ばれる環境変化の早い現代にマッチした戦略理論といえよう。

ダイナミック・ケイパビリティを発揮していくには、資産の再構成が肝要となる。模倣できない能力を蓄積しながら、柔軟に変化できる組織体制を構築していく。

短期間で実現できることではないだろう。だが、企業が激動の時代を生き抜くには、ダイナミック・ケイパビリティの考えは見過ごせないだろう。

文・村上英輝(フリーライター)

参考
ダイナミック・ケイパビリティと経営戦略論(ダイヤモンド社)
2020年版ものづくり白書(経済産業省)

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