行政を動かした「あきらめない人の車いす」開発ストーリーとは

今回のゲストは、世界初の足こぎ車いすCOGY(コギー)を通して、障がい者や健常者も希望を見出だせる社会の実現を目指す、株式会社TESSの代表取締役・鈴木堅之(すずきけんじ)さんです。障がいや寝たきりで下半身不随の人でも、「歩行反射」という機能を使うことで、不自由な足でも自身の力で動かすことができる、「あきらめない人の車いす」を開発。製品化への道のり、開発背景などを取材しました。

障がいや寝たきりで夢を諦めていた人も、COGYにより人生が変化

行政を動かした「あきらめない人の車いす」開発ストーリーとは

住谷:鈴木さんは「足こぎ車いすを製品化したい」という思いから、株式会社TESSを創業、COGYの製品化に成功されました。今まで自分で動くことを諦めていた人がCOGYに乗ることによって、人生を変えて、新しいスタートを切っていけるんですね。

鈴木:そうなんです。今までのリハビリテーションや機能回復の訓練は、夢や目標が実現するかどうかもわからない状態のなか、とにかく頑張るとか、つらくても必死で耐えるという世界でした。

どんなに意志が強い方でも、体力がある方でもこれはとてもつらいことです。ハンディを抱えて、ゴールが見えないなかで訓練するなんて、無理なんじゃないかと思ってしまいます。でもCOGYを使用することで、自分の力で足を動かし進むことができるんです。

障がいや寝たきりでいろいろ諦めていた人も、これまでとは何か違うと感じ、一歩を踏み出せそうと思えます。COGYはモビリティですから、お買い物がしたいとか旅行に行きたいとか、あの人に会いたいという、遠い夢だと思っていたことが叶うわけです。

利用者の声を集め、日常生活で使えるよう行政を説得

行政を動かした「あきらめない人の車いす」開発ストーリーとは

住谷:新しい希望を持てるんですね。開発のきっかけを教えてください。

鈴木:今でこそ医学と工学が連携した医工学部がありますが、30年前はなかったんです。工学部、医学部でそれぞれ研究をしていたんですよね。

でも東北大学では30年前から、医学部のお医者様と工学部の先生たちが、工学と医学を上手にミックスすることで、人間が元来持つ機能を活用しながら、それほど負荷をかけずに、病気やケガの治療ができるんじゃないかという研究をしていました。なかでも特に注目されたのが、人間がもともと持っている「歩行反射」という機能でした。

たとえば、まだ脳が発達していない生後2か月くらいの赤ちゃんを持ち上げて、床にポンと足をつけると足をパタパタ動かします。脳は指令してないのに、反射的に動くという人間の本能です。足がついたという感覚が脳を介さず反対の足に戻ってくるので、足をパタパタして歩いているような動作をするんです。

この歩行反射は消えるわけではないので、たとえば病気やケガで足が動かなくなった方も、同じような条件を作り出して原始的な歩行反射を呼び起こせば、足が本能的に動くんじゃないかと、30年前から気づいた先生方がいるんです。

住谷:商品化するまでの経緯はどうでしたか?

鈴木:車いすって、実は2500年くらいの歴史があります。ギリシャ戦争でケガをした兵隊さんが台車のついた乗り物に乗って生活していたという記録や、『三國志』でも諸葛孔明が車いすみたいなものに乗っています。

車いすは下半身を動かすものではないという感覚が一般的ですよね。ペダルがついた車いすを開発するには、まず法律やルールを制定してもらわなければなりません。ここはすごくハードルが高く大変でした。

COGYを使ってせっかく足が動くとなっても、歩道を走れないとか、不便な思いをしてほしくないです。だからまず、日常で使えるための環境を作らなければなりません。いきなり行政に頼んで制度を整えてほしいと訴えても無理なので、まずは、草の根的に利用者さんの声を集めていきました。

COGYに乗りたい人、乗ってほしい親や親戚、友達などがいる人などのリアルな声をたくさん集めるようにしました。小さなベンチャー企業ですから、大きく制度から変えていこうというよりは地道な活動から展開しました。

COGYに乗り歩行反射を使うことで、可能性が広がる

行政を動かした「あきらめない人の車いす」開発ストーリーとは

住谷:車いすなのになんでペダルがついているんだとか、最初はなかなか受け入れられなかったこともあったのでは?

鈴木:はい、まさにその繰り返しでした。歩行障がいのある当事者の方たちは、リハビリや治療もいろんなことにチャレンジしているけど、動かなかったんです。それなのにペダルを漕ぐ車いすだからって、「足が動かないんだから動くわけがない、何てものを持ってくるんだ!」と、怒られることが多数ありました。

でも最初は訝しげになっていた人も、実際にCOGYに乗って歩行反射を使うことで、自分の力で、ふわっと動かすことができます。その足が動いた瞬間に、ガラッと変わるんです。

「今、あなたが自分の力で漕いでいるんですよ」と伝えると、たちまち笑顔になります。「犬の散歩ができるんじゃないか」とか「今度旅行に行こう」とか盛り上がってくれるんですよ。

念願だった海外旅行を叶えたご夫婦もいます。旦那さんが退職したらふたりが出会ったフランスの下宿にまた行こうと話していたご夫婦ですが、実は退職前に奥さんが脳梗塞で倒れて寝たきりになられてしまったんです。

フランスに行くなんて到底考えられなかったのですが、「自転車が好きな奥さんならCOGYに乗れるかも」ということで試してみたんです。

その読み通り、奥さんはCOGYを上手に使いこなし、散歩をしたりお買い物に行ったりなど、どんどん動けるようになったのです。そしたらあるとき、フランスから写真が送られてきて。思い出の下宿にも行くことができたのこと。フランスは石畳なんですが、そこでもCOGYは大丈夫だったらしく、「私たちが耐久試験をしてあげました」と冗談も言っていました(笑)

今までは叶わないだろうと思っていたことを、どんどん叶えていく方が多いですね。そこは本当に嬉しいですし、やりがいを感じます。

「足で漕ぐ車いすという文化」を創ることで、夢を叶えたい人を応援

行政を動かした「あきらめない人の車いす」開発ストーリーとは

住谷:技術面も、普通の車いすと違っているので、多数の特許を取られたのですよね?

鈴木:足こぎ式の車いすはどこにもないので、そこが基本の特許です。車いすの特許と関係ないですが、特徴的なのがこのハンドルです。ワイヤー2本で引っ張って操舵する仕組みなんで、これはゼロ戦の機能そのまんまなんです。

戦争中は狭いところでも、小回りが利かないといけないですし、壊れたときにも簡単に直せるものではないといけません。その優れた機能を、車いすに搭載しているというのも、たぶん世界で初めてです。

他にもさまざまな特許があり、全部で12個。現在の車いす業界は電動が主流ですが、これは電動の力を使いません。その分、細部の仕組みや設計も大事になります。なので、普通の車いすのパーツは60〜70点ほどですが、COGYは300点近くあるんです。1点作るのも工数が多く大変です。

住谷:では最後にこれからのビジョンを教えてください。

鈴木:歩行困難になったときは選択肢が限られていました。でも「何かにチャレンジしたい」とか「叶えたい夢がある」という人にCOGYの存在を知ってもらうことで、「足で漕ぐ車いすという文化」が生まれます。

今はまだ認知度が低いので、いざ本人がCOGYに乗りたいと言ったときに、周りの人が面倒くさいとか、もう身体が動かなくても仕方ないじゃないかとか思われてしまう場面もあります。

「足で漕ぐ車いす」があるということが浸透すれば、世の中も変わってくると思います。夢を叶えたり、チャレンジしたり、頑張る利用者をみんなで素直に応援する、COGYがそういう象徴になったらいいなと思っています。