名経営者たちに学ぶ、失敗の乗り越え方・生かし方
稲盛和夫 (画像=経済界)

誰しも失敗は避けられない。日本を代表する経営者たちも、等しく失敗を繰り返した。肝心なのはその失敗をどう乗り越え、何を学んだか。それによって名経営者の名を得た人もいれば、経営者失格の烙印を押された人もいる。その差はどこから来ているのか。文=流通科学大学特任教授/長田貴仁(雑誌『経済界』2022年6月号より)

失敗から学ぶことができなかったみずほ

 「失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ」  発明王・トーマス・エジソンの名言である。

 近年では、ビル・ゲイツ氏(マイクロソフト共同創業者)の「失敗したら落ち込んでいる場合ではなく、いち早く失敗の原因を探ることが大事である」や、ゲイツ氏のライバルであったスティーブ・ジョブズ氏(アップル共同創業者)の「終着点は重要じゃない。旅の途中でどれだけ楽しいことをやりとげているかが大事なんだ」という発言を耳(目)にした人も少なくないだろう。

 彼らアメリカの成功者は失敗を致命的な要因ではなく、成功への一里塚と考え、転んでもただでは起きぬ、を実践しているようである。

 日本人でも同じような考え方をしている経営者がいる。柳井正氏(ファーストリテイリング創業者)だ。同氏は自著『一勝九敗』(新潮選書)のあとがきで次のように書いている。

 「当社は今まで、失敗を繰り返しながら成長してきた。考えて実行して、失敗したら引き返し、また挑戦する。失敗を失敗と認めるのは、自分の行動結果を客観的に分析・評価することができないと難しい。失敗を失敗と認めずにいると、だらだら続けて傷口が広がってしまう。無駄なことだ。世間一般には、ぼくは成功者と見られているようだが、自分では違うと思っている。実は『一勝九敗』の人生なのだ。勝率でいうと一割しかない」

 では、日本企業(の経営者)は失敗から学んでいるのだろうか。このところ生じた名だたる企業の失敗を見るにつけ、どうも怪しいと言わざるを得ない。

 その最たる例が、大地震の如く忘れた頃にシステム障害を起こすみずほ銀行である。2021年11月26日、持ち株会社であるみずほフィナンシャルグループ(FG)の佐藤康博会長、坂井辰史社長、その傘下にある、みずほ銀行の藤原弘治・頭取の3首脳の一斉退任が明らかになった。それにもかかわらず、1月半ばまで2度もシステム障害が発生した。

 振り返れば、みずほ銀行は20年も前から銀行としては致命的失敗(システム障害)を繰り返してきた。富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の3行が統合し、みずほコーポレート銀行、みずほ銀行が開業したばかりの02年4月1日、大規模なシステム障害を起こした。

 「また、地震か」ではなく、「また、みずほ、か」というイメージが庶民にまで定着した。メガバンクがメガリスクを露呈し、銀行として最も大切な信用を失ったのである。

 みずほFGはこのほど、米IT大手のGoogleとDX分野での戦略的提携を発表した。Googleの技術を生かした商品を開発するだけでなく人的交流も行う計画。相次いだシステム障害の問題とは無関係だとしているが、システムに精通するトップが就任したわけではない。庶民もあきれるほど同じ失敗を20年も繰り返してきたみずほFG、みずほ銀行は、メガリスクから脱却できるのだろうか。

 経営の神様・松下幸之助氏(パナソニック創業者)は、「小事にとらわれて大事を忘れてはならないが、小さな失敗はきびしく叱り、大きな失敗に対してはむしろこれを発展の資として研究していくということも、一面には必要ではないかと思う」と述べている。

 その心は、「大きな失敗というものはたいがい本人も十分に考え、一生懸命やった上でするものである。だから、そういう場合には、むしろ『きみ、そんなことで心配したらいかん』と一面に励ましつつ、失敗の原因がどこにあったのかをともどもに研究して、それを今後に生かしていくことが大事ではないかと思う」というもの。

岩崎弥太郎に学んだ幸之助

 この「ケーススタディ」として松下氏は、岩崎弥太郎氏(三菱創業者)の人的資源管理(HRM)を事例に挙げている。

 「ある時、幹部の一人を自室に呼び、机の上にある紙を示して、『きみ、これは何ごとだ』と声荒く叱りつけた。その人が驚いて見ると、自分が前に出した欠勤届で、それは会社の用箋に書かれたものであった。弥太郎はさらに語気鋭く、『いやしくも本社の最高幹部たるきみが、公私をわけず、私用の欠勤届に会社の用箋を使うとはもってのほかだ。厳罰に処する』と、1年間の減俸を命じた。その幹部の人も、自分の非を覚って深くわび、1年間の減俸を甘受するとともに、以後ますます力を尽くして活躍したという」

 皮肉にもケーススタディにした三菱で、岩崎弥太郎氏の教えを無にする不祥事が起こった。三菱電機において全社的な品質不正が発覚し、21年7月に当時社長だった杉山武史氏が引責辞任したのである。それだけでは終わらなかった。同年10月1日、品質不正問題に関する調査報告書により、後任社長となった漆間啓氏が社会システム事業本部長時代に担当していた長崎製作所で長期間にわたり不正行為が放置されていたことが明らかになり、その管理責任が問われた。

 「指導者は小事をおろそかにしてはならない」という失敗哲学が、20年前にシステム障害が生じた時のみずほ銀行や不正行為が発覚した三菱電機に存在していたのだろうか。当時のみずほ銀行のトップだった前田晃伸氏(現NHK会長)が合併後のシステム統合に不案内であったこともあり、システム障害を「小事」としてとらえ、初期対応を怠ったのではないか。それが現在の大事になってしまったと考えられる。

 長く続いている企業には必ず成功体験がある。創業者をはじめとするカリスマ経営者には、その成功体験が心に染みついている。スタートアップ期から成長期にかけては、数々の失敗も成功へのプロセスの一環としてとらえる。その結果、失敗を緻密に分析し、その後、同様の失敗が起こらないようにリスクを軽減する。その過程で、エジソンが言うところの「失敗は成功の元(母)」なるチャンスにも遭遇することもある。ところが、成熟期を迎える頃から、成功体験が基幹ビジネスモデルとなり、それに沿って業務を推進し改善していくことが「仕事の基本」となる。従業員も「仕事の基本」に従っていればいいのだ、と思うようになり、イノベーションが生まれなくなってしまう。

新浪剛史の愛読書は名著『失敗の本質』

名経営者たちに学ぶ、失敗の乗り越え方・生かし方
新浪剛史 (画像=経済界)

 稲盛和夫氏(京セラ創業者)は、「試練とは苦難のことだけでなく、成功さえも試練。成功した結果、地位に驕り、名声に酔い、財に溺れ、努力を怠るようになる。だから自分を見失わないようにしないといけない」と説いている。

 成功体験による失敗の本質を分析記述した書籍として、『失敗の本質―日本軍の組織論的研究―』(中公文庫)は長く読み継がれている。野中幾次郎氏(一橋大学名誉教授)や寺本義也氏(早稲田大学名誉教授)ら一流研究者たちによる共著である。経営者やビジネスパースンでも愛読書として取り上げる人は多い。その一人に新浪剛史氏(サントリーホールディングス社長)がいる。

 新浪氏は、次のような発言をしている。

 「いったん成功したやり方をやめるのは、実は至難の業です」、「日露戦争の勝利により、失敗だけでなく成功の分析も十分にせず、精神論にしてしまったことが問題」、「何もうまくいかないと分かっているが、ひょっとして何か起こるかもしれない」、「これが太平洋戦争を長引かせた理由です」

 まさにこの教訓は、理論上盗聴不可能な量子暗号通信など数々の世界的最先端技術を持ちながらも、コーポレート・ガバナンス(企業統治)問題で揺れている東芝に当てはまる。原子力発電、パソコンなどの成功体験に溺れ収益が悪化。結果、不正会計に手を出してしまい経営危機に陥る。売上高が最盛期の半分になってしまった。

 台湾の鴻海精密工業傘下となったシャープも液晶関連事業の成功体験から生じた「液晶の次は液晶」(町田勝彦元社長)とする過度な集中戦略に基づく過剰投資が裏目に出た。

 経営学の先行研究では、組織・個人の失敗は事後の成功確率を高めるとされているが、誰もが、前述の柳井氏のように『一勝九敗』でも闘い続けるという強い精神が備わっているわけではない。人はもともと失敗するのが嫌いである。柳井氏ほどたくましければいいが、大概の人は、失敗すると落ち込む。ところがAI(人工知能)は失敗しても落胆しない。失敗を学習し、結果的により良いパフォーマンスを発揮するようになる。

 失敗すれば落ち込み、成功のプロセスなどと割り切れないのであればAIに学べばいいのだ。ずるい方法、非情な提言と思われるかもしれないが、他社、他人の失敗に学んでみてはいかがか。そこで紹介したいのが「シャーデンフロイデ」という学術的知見である。平たく言えば、「他人の不幸は蜜の味」。

 脳機能画像を撮像すると、人は他人が失敗したときに喜びを感じることが明らかになっている。しかし、この妬みの精神構造には、良性と悪性がある。良性はねたみの対象はしゃくだから超えてやろうとする。一方、悪性はねたんだ対象を引きずり降ろそうとする。どちらが精神的に良いか。いうまでもなく良性である。この人間が生来持つ資質を生かして、憎きライバル他社の失敗をリサーチすればいいのである。他社(他者)の失敗分析をするという意味では、模倣の戦略も捨てたものではない。

チャレンジにつながる人の褒め方・叱り方

 かつて、パナソニックは旧社名の松下電器産業にひっかけて「マネシタ電器」と揶揄された。しかし、今となっては経営学でも、模倣の戦略は、先行各社の失敗を分析した上で、より良い製品をつくり、強い経営戦略を構築できる賢い方策とされている。パナソニックはマネシタ電器と言われていた頃が一番強かった、と言われるゆえんである。

 このことは日本経済全体にも言える、明治以降、脱亜入欧で、欧米に追い付け、追い越せで模倣の戦略を懸命に展開してきた日本。欧米各社(他社)の成功と失敗を分析する技術は磨かれたかもしれないが、自らの失敗を成功のプロセスにつなげるという技は劣っているようだ。

 失敗から学ぶには、失敗を恐れない人づくりをしていかなくてはならない。こう指摘すると、すぐに飛び出してくるのが「褒めるマネジメント」である。ハラスメント防止が法制化されてから、褒めて育てる、が企業でも人材育成の基本になったかのように見える。「叱り方」などを口にすれば、「昭和かよ」とバッシングされそうだ。だが、褒めてばかりで人は育つのだろうか。褒めるにしてもどのようなスタイルがいいのだろうか。そう悩んでいる経営者や管理職は多いだろう。

 10歳から12歳まで約400人の子どもを対象にしたコロンビア大学の実験によると、失敗を恐れるのは、「本当に頭がいいんだね」と「無条件に褒められた」子どもたちであることが判明した。より難しい課題に挑戦しようとしたのは、「努力の甲斐があったね」と褒められた子どもたちだった。この実験結果から、失敗要因だけでなく失敗要因と努力のプロセスを気づかされるとともに、生まれつき頭が良いわけではないという謙虚な姿勢を心掛けることにより、さらなる進化につながることが分かった。対して、成功者ゆえの驕りは、自己満足、保身に陥り、成長を阻害する。場合によっては、見栄を張ろうとし嘘までつくようになる。決して子どもだましではない、大人にも通じる実験結果である。

 日本を代表する「有名企業」が凋落したのは、子どもの頃から褒められ続けた優等生が司っているからかもしれない。(経済界電子版より転載