異例の3期目に臨む豊田章男自工会会長の狙い
(画像=豊田章男・トヨタ自動車社長/経済界)

日本の自動車産業の業界団体である日本自動車工業会。その会長任期は1期2年が通例だった。ところが今の会長の豊田章男・トヨタ自動車社長は現在4年目で、しかもさらに2年の任期延長が確定。その背景には自動車産業の置かれた厳しい環境があった。文=ジャーナリスト/立町次男(『経済界』2022年2月号より加筆・転載)

異論の出なかった異例の自工会会長3選

 日本自動車工業会(自工会)は11月18日、2018年に就任した豊田章男会長(トヨタ自動車社長)の任期を24年5月まで延長すると発表した。00年以降、自工会会長は1期2年で交代するのが慣例だった。2期続けて務めるのも異例だったが、脱炭素化に向けた世界的な動きが急激に強まる中、自工会の豊田体制は、〝異次元〟の3期目に突入することになった。

 自工会は18日の理事会で人事を決定。現在4人の副会長は、6人に増やすことも発表した。日産自動車の内田誠社長兼CEO(最高経営責任者)、スズキの鈴木俊宏社長が新たに就任。他の副会長は、ホンダが神子柴寿昭会長から三部敏宏社長に交代し、日高祥博氏(ヤマハ発動機社長)、片山正則社長(いすゞ自動車社長)は続投する。

 同日、自工会がオンラインで開いた記者会見では、経済産業省出身の永塚誠一副会長が冒頭、理事会で決めた人事について説明。永塚副会長は、「豊田会長の任期を再延長し、次期会長として再任することとなりました」と淡々と述べた。

 続いて豊田会長は、「要請をお受けするべきかどうか、最後まで悩みましたが、会員各社の皆さまからは、『カーボンニュートラルなど、大変革が必要なときだからこそ、同じリーダーのもとでやっていきたい』というお声をいただきました。これまでの危機対応で得た私自身の経験が、この難局を乗り越えるためのお役に立つならば、と思い、お引き受けすることにしました」と述べた。

 質疑では豊田会長に対し、会長人事がトヨタ・ホンダ・日産の輪番制から変化した背景を聞く質問が出たが、直接は答えず、6人の副会長に回答を促した。「新しい自動車産業の基盤づくりをしなければならない」(片山氏)など、副会長は口々に、業界が乗り越えなければならないハードルの高さを指摘。豊田会長に最初に任期延長を提案したという永塚副会長は、「異例の対応ではありますが、一番、自工会の活動を熟知しております。この点は事務局としては心強い限り。会長のリーダーシップのもとで難しい課題に取り組みます」と話した。

 副会長の中でただ一人、メーカーの首脳ではなく官僚出身の永塚副会長は事務局を担当し、会員会社間の調整が主な仕事とみられる。このため、永塚副会長の独断で会長任期再延長の提案をしたとは考えにくい。豊田会長の任期延長は、もともとの輪番制では次期会長の順番が回って来るホンダの会長就任を先送りする提案でもあることから、根回しが済んだうえでの提案とみられる。

 また、9月の自工会会長会見直前には、任期再延長についての一部報道が出ている。この時の会見では報道を否定したが、調整はかなり早い段階から進んでいたと考えられる。

 政府の脱炭素方針に釘を刺すなど、会長としてやる気満々だったことからみて、当初から続投するつもりだった豊田会長の意向を汲んだ提案だった可能性もある。事業規模も業績の順調さも、トヨタは国内自動車メーカーの中で突出しており、豊田氏の知名度も他の自動車メーカー首脳とは比較にならないほど高い。政府にモノを申す力で豊田会長に並ぶ者はいないと言え、異論は出なかったとみられる。

トヨタ以外からの会長就任が先送りされた「お家の事業」

 一方のホンダは、創業者の本田宗一郎氏以来、社長は技術者出身。ここ数年、財界活動は会長が行ってきた。同社の神子柴会長は20年に自工会会長に就任するとみられていたが、豊田氏の続投で宙に浮いた。今回、ホンダ首脳の自工会会長就任が再び、棚上げされたことで、ライバルメーカーとして反対してもおかしくはなかった。だが、そういう社内事情ではなかったようだ。

 ホンダの21年4~9月期連結決算での四輪車事業の利益率は2・6%と低水準にある。11月5日に行われた決算会見で、竹内弘平取締役は、「四輪事業は会社の課題ととらえて、数年前から収益性改善に全社を挙げて取り組んでおります」と強調。英国やトルコで固定費の圧縮に取り組んでいると説明した。新型コロナウイルスの感染拡大による需要急減や半導体不足による供給減は他社にも打撃を与えたが、難題を抱えるホンダは、特にダメージが大きいとみられる。

 ホンダ首脳の自工会会長就任が遅れることで、同じく会長会社になることが先送りされるのが日産だ。同社は長い間トップを務めたカルロス・ゴーン前会長が会社法違反容疑などで逮捕、起訴された後、レバノンに逃亡。アライアンスを組むフランスのルノーとの関係や人事などで混乱が続いた。

 自工会会長は、COO(最高執行責任者)を長く務めた志賀俊之氏ら、日本人首脳が務めたが、17年当時会長、西川広人社長は日産の検査不正問題により、東京モーターショーの期間中、会長を務められず、豊田氏が代行を務めた。日産の業績は、ゴーン前会長逮捕後の混乱で低迷。最終損益は20年3月期が6712億円の赤字、21年3月期は4486億円の赤字に沈んだ。22年3月期も当初は赤字予想だったが、1800億円の黒字に上方修正。正常化に向けてはまだ、道半ばだ。

 このように、ホンダは会長でなく社長が、日産もCOOではなくCEOが自工会副会長に就くなど、業界活動のあり方を変えた。そして両社とも、豊田会長が自工会会長としてリーダーシップを執り続けることに異を唱えられるような状況にはなさそうだ。さらに言えば、トヨタはスズキ、SUBARU(スバル)、マツダと資本提携しており、ダイハツ工業、日野自動車は子会社。〝大トヨタ連合〟を形成しており、その存在感はただのトップメーカー以上のものがある。

自工会として最大の課題は脱炭素化

 今年に入ってからも、トヨタの提携戦略は活発だ。4月にトヨタといすゞ自動車は資本提携を発表した。トヨタがいすゞ株約5%を400億円強で取得し、いすゞもほぼ同額のトヨタ株を取得。また、トヨタといすゞ、日野の3社による共同出資で「コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ」を設立。小型商用車分野で電動化や、インターネットでつながるコネクテッドカーなどの共同開発を進める。トヨタグループの日野と競合関係にあるいすゞを取り込むというのも意外だが、トヨタといすゞは06年にディーゼルエンジン分野で提携したが成果が出ず、18年に解消した経緯もある。ライバル同士の提携も再提携も異例だ。

 また、トヨタは11月に岡山県で行われたスーパー耐久レースで、川崎重工業、スバル、マツダ、ヤマハ発動機とカーボンニュートラル実現に向け、水素エンジンなどでの協業を発表。豊田会長の唱える「仲間づくり」は幅広い分野に及んでおり、当然、自工会会員会社も親トヨタが多くなる。

 ともかく、引き続き豊田会長がリーダーとして引っ張っていく体制が出来上がった。最大の焦点は、政府が進める脱炭素化への対応だろう。

 豊田会長は任期再延長を発表した11月18日の会見で、直前に英国で開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)についての質問に答え、「一部の国からは、35年ZEV(ゼロエミッション車=電気自動車など二酸化炭素を全く排出しない車)100%化コミットを求める動きもあった。こういう意見が一部の国にとどまったことは、日本政府のリーダーシップで、現実的かつ持続可能な選択肢の道に一歩進めた」と評価した。

 脱炭素は支持するが、急速な転換には慎重。特に、脱炭素=電気自動車(EV)という考え方には反対で、水素などによるエンジン技術の活用を検討すべきだ――というのが豊田会長のスタンスだ。EVの性能を決める電池に関しては、中国勢が政府の後押しで台頭し、日本勢は不利な戦いを強いられている。また、エンジン車で3万点とされる部品点数がEVでは2万点に減るとされ、多くの部品メーカーが収益減で苦境に陥りかねないという背景がある。

EV化に対する自動車メーカー各社の思惑

 課題は、EVに対する考え方の会員各社間の温度差だ。エンジンにこだわり続けてきたホンダだが、4月に開催した三部社長のオンライン就任会見で、40年に世界販売のすべてをEVとFCV(燃料電池車)にする計画を打ち出している。世界で初めてEVを本格生産した日産はEVを重視。大トヨタ連合に入っていない乗用車メーカーはホンダと日産、三菱自動車の3社だけで、今後、脱炭素をめぐる〝各論〟に入る中で、自工会内の意見の相違が表面化する恐れもある。特に、日産やホンダが会長会社になったとき、影響力の大きなトヨタと一枚岩になれなければ、問題は深刻になりそうだ。

 難しいのは、特に日本ではEVの普及率が低いように、「どうしてもEVがほしい」というニーズは現時点では小さいことだ。トヨタがこれまで、ハイブリッド車などで培った関連技術がありながら、EV販売に消極的だった背景には、こうした消費者の反応があるとみられる。しかし、もともと脱炭素への意識が高い欧州、バイデン政権で脱炭素に舵を切った米国、EVで「自動車強国」を目指す中国などに囲まれ、日本政府も20年10月、カーボンニュートラルを50年に実現する方針を打ち出した。

 世界で規制強化が進むとみられる中、〝平時〟のように消費者のニーズを最重視する商品戦略からの転換が必要になるのは必至で、難しい舵取りを迫られる。最終的には各社の戦略とは言え、世界市場で日本勢の存在感を維持していくためにも、自工会会長が担う責任はこれまで以上に重くなりそうだ。