辻 庸介・マネーフォワード社長がMVVCを意思決定の拠りどころにする理由
(画像=辻 庸介・マネーフォワード社長CEO/経済界)

2012年設立のマネーフォワードは、16年に「お金を前へ。人生をもっと前へ。」というミッション(M)とともにビジョン(V)、バリュー(V)、カルチャー(C)を定めた。「MVVCが意思決定の最上位にあります」と辻庸介社長が語る同社の経営は、MVVCとどう連動しているのだろうか。(『経済界』2022年1月号より加筆・転載)

辻 庸介・マネーフォワード社長CEOプロフィール

(つじ・ようすけ)1976年大阪府生まれ。2001年に京都大学農学部を卒業後、ソニーに入社。04年にマネックス証券に参画。11年ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。12年に株式会社マネーフォワードを設立し、17年9月、東京証券取引所マザーズ市場に上場。18年2月「第4回日本ベンチャー大賞」で審査委員会特別賞受賞。新経済連盟幹事、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォームエグゼクティブ・コミッティー、経済同友会第1期ノミネートメンバー。

マネーフォワードが定めた“MVVC”とは何か

―― マネーフォワードは現在、銀行口座やクレジットカード情報を連携させて家計簿を自動作成できる個人向けの「マネーフォワード ME」、そして企業向けには経理・人事・労務などバックオフィス業務を自動化する「マネーフォワード クラウド」などのサービスをSaaSで提供しています。今から約5年前にミッション、ビジョンを策定していますが、どのような経緯があったのですか。

 もともと創業メンバーが考えて作った10個の行動指針がありましたが、多すぎて覚えられませんでした。また組織としても大きくなり、さまざまな価値観を持つ人が会社に入ってきてくれたことによって、衝突が起きたりするようになってしまった。みんなよかれと思って行動していても、組織としては崩壊寸前になってしまいました。そのときに価値観というか、みんなが迷った時に返れる拠りどころのようなものが必要だという話になり、ミッション(M)、ビジョン(V)、バリュー(V)、カルチャー(C)ができました。

―― 組織が崩壊寸前になった当時は社員は何人くらいでしたか。

 100人前後です。MVVCは、2014年に入社した当社の第一号女性ウェブデザイナーの金井恵子(現・VP of Culture、カルチャーの責任担当者)を中心に、そういうものを作りたいと賛同してくれた社員5~6人が集まり、そのチームが作ってくれました。

 彼女のチームは、私たちファウンダーメンバー一人一人に個別にインタビューし、何をするためにこの会社を作ったのか、どんな価値観を持っていて、どんなカルチャーが好きなのか、一緒に働く人に求めるものは何かなど、いろいろヒアリングしてくれました。その中から最大公約数のようなものがMVVCとして明文化されています。

 今では社員数は1千人を超えていて、本当にありがたいことにいい方がたくさん入社してくれています。MVVCを作ったことで採用も変わりました。私たちが掲げるMVVCを見て、それに共鳴する方、そういうことをやりたいという方に来てもらえるようになり、採用のミスマッチがだいぶなくなりました。

「マネーフォワード」の社名に込められた意図

―― マネーフォワードのミッションは「お金を前へ。人生をもっと前へ。」です。どのような思いが反映されていますか。辻社長は01年にソニーに入社し、04年にはマネックス証券へ出向していますが、その経験が影響しているのでしょうか。

 マネックス証券に出向していた当時、証券口座に数千万円をポンと入金した方がいて、「ご年齢からすると退職金かな」と思いました。その方はFXを始めたのですが、FXはリスクが非常に大きく、知識がないと結構危険だったりします。その方も初めはビギナーズラックなのか儲かっていたものの、しばらくしたらダーッと損をされていて。でも人間って損を取り返そうとするじゃないですか。それでその方はさらに突っ込んで、結局資金が半分くらいになってしまったんです。

 ネット証券なのでお会いできませんから正確なことは分かりませんが、もしこのお金が退職金だったのなら、この方が何十年も頑張って働いてきたものの半分くらいがなくなってしまったんだ。この方はどう思っているのか、奥さんには伝えたのだろうかとか、いろいろと考えてしまって。青臭いんですが、私はこのままで良いのだろうかとか悩みました。

 FX自体は使いようによってはいいサービスです。ですから、みんながもっとお金の知識を持てれば、こういう事象は減るだろう。ただ、金融知識がないと証券の口座は開設しませんので、もっと普通の人も使えるお金のサービスがあれば、それを通じてみんなのお金の悩みを少しでも解決できるのではないか。そのためにはお金の見える化からだ。見える化すれば扱い方が分かるようになるし、ステップ・バイ・ステップで知識を付けられるはずだ。そう考えてマネーフォワードを始めました。

―― 「前へ。」というフレーズが印象的で、社名にもフォワードが入っています。何か特別な思いが込められていますか。

 お金ってすごいパワーを持っていますよね。お金で人生の可能性が狭まってしまう人がいれば、逆にチャレンジできる人もいる。だから「お金を前へ。人生をもっと前へ。」。お金をポジティブに使うことでその人の人生が前に進めばいいし、それに少しでも役立てるのであれば私たちの存在価値があると考えています。

ミッション(M)とビジョン(V)の違いとは

―― マネーフォワードはミッションの他にもビジョン、バリュー、カルチャーを定めています。ミッションとビジョンは似ていますが、それぞれどう区別しているのでしょうか。

 そこはMVVCを作るときに議論し、ミッションは北極星、ビジョンは目標であり、こうなりたいという姿だという結論になりました。私たちのビジョンは「すべての人の、『お金のプラットフォーム』になる。」です。ミッションとビジョンは似ていますが、ミッションの方がより遠くにあるイメージです。

―― ミッションへ行くためのステップがビジョンですか。

 そうです。ミッションとビジョンを一緒にして、パーパスと言っている会社もありますよね。いろんなフレームワークがあると思いますが、私たちは主にアメリカの会社はどうしているかを調べ、どのフレームワークが自分たちに合うかなど、みんなで話し合いました。

MVVCで採用にも変化が

―― MVVCができてから採用が変わったということですが、社内にも変化はありましたか。

 すごく変わりました。意思決定をするための拠りどころになっています。何らかのサービスを開発していて迷ったとき、例えばマネタイズを取るのか、ユーザーを取るのかとかありますよね。そうしたとき、私たちはバリューとして「ユーザー・フォーカス」「テクノロジー・ドリブン」「フェアネス」を掲げていますので、企業としてはもちろん利益が必要ですが、私たちはユーザー・フォーカスだからユーザーをとろうとか。

―― 利益を取りたくなりそうですが、そこはこらえてユーザーを選ぶ。

 そうです。焼き畑農業をしていても仕方がありませんし、結果的にはその方が中長期的なサステイナビリティにつながります。

 少し前には社員の副業をどうするかという議論がありました。私の感覚では副業はどうかな……というところがありましたが、あるエンジニアのマネージメントが「マネーフォワードは副業の人を受け入れてますよね。受け入れてるのに、自分たちの社員には副業を認めないのは『フェア』ではないんじゃないですか」と言っていて。確かにそうだなと思い、副業はOKにしました。私たちの中ではMVVCが樹の幹のような拠りどころであり、MVVCが意思決定の最上位にあります。

―― いろんな意見があったとしても、最終的にはMVVCに照らし合わせて判断をするということですね。

 組織にはさまざまな人がいますので、違う意見が出ることは当たり前です。それでも意見が違うからといって攻撃するのではなく、なぜ違う意見が出るのか、リスペクトをもって理解し、そのうえで議論して、もっといいものを作っていきたい。

 5つのカルチャー、「スピード」「プライド」「チームワーク」「リスペクト」「ファン」も大事にしていて、半期に1回、カルチャー・ヒーローを表彰しています。例えば、この半期で誰が最も「スピード」を体現していたか。自薦、推薦の両方で候補者が選ばれ、最終的には役員が集まって授賞者を決めます。選ばれるからには日々の仕事でさまざまな工夫をしていますので、それをみんなにシェアしてもらったりしています。

MVVC定着に向けたカルチャーを形成

―― MVVCを社内で定着させるための取り組みとしては、どのようなことをしていますか。

 社内報、公式note、毎週1回の朝会を通じて価値観を伝えています。朝会では経営陣が5分くらいでMVVCに紐づく自分のストーリーを話しています。私も朝会の最後に何か話すようにしていますし、公式noteは月1回は更新するのをノルマにしています。

 カルチャー担当がいろいろ企画してくれていて、「シャッフルランチ」というものもあります。社内には素晴らしくて面白い人がたくさんいますので、そうした人たちと知り合えると楽しいけど、部署を超えた横のつながりはなかなか難しい。そこで色んな部署で希望する人をシャッフルして昼食に行く制度です。また今はコロナ禍なのでお休みしていますが、以前は1カ月に1回、金曜日の午後6時頃からオフィスのラウンジで食事やお酒を出してみんなでオープンに飲む「ハッピーアワー」も行ったりしていました。

―― カルチャー担当の部署が大活躍ですね。

 いろいろアイデアを出してくれています。カルチャーを担当する部署は人事部の中にありますが、昨年末に人事部の名前を「ピープル・フォワード部」に変えました。人を、社員をもっと前へ進めていく部にしようと。

 私は部署名がミッションと合っていることが大事だと思っています。「人事部です」と言うのと、「ピープル・フォワード部です」と言うのとでは、マインドが変わるからです。ですから会計事務所などへの営業を担当する部署も、「営業部」ではなく「事業推進部」にしています。営業するだけではなく、お客さまの事業を推進するためなら何でもいいという発想につながりますよね。

―― マネーフォワードとしては、今後はどのように事業を推進していこうと考えていますか。

 ミッション、ビジョンを実現するために生まれた会社ですので、まずはプロダクト開発を通じてそれをしっかり具現化していくこと。そしてMVVCで事業を推進し、個人のお金の課題を解決したり、企業の成長スピードを上げることによって、その結果としてフィンテック×SaaS領域で日本ナンバーワンの会社になり、アジア、世界でナンバーワンになることを目指します。