時価総額上位5社に見るVUCA時代の経営理念
(画像=「経営の神様」として知られる松下幸之助氏/経済界)

ここにきて企業理念を見直す会社が増えている。理念を定めたからといって業績が上向くわけではないが、企業がどこに向かって進もうとしているのか、全社に徹底させる効果がある。それでは日本企業の時価総額トップ5はどのような理念を掲げ、どのように経営に反映させているのだろうか。(『経済界』2022年1月号より加筆・転載)

経営理念は先の見えない時代の羅針盤

 広辞苑で「経営理念」を引くと「企業経営における基本的な価値観・精神・信念あるいは行動基準を表明したもの」とある。いうなれば、企業活動をする上での原則を文章にしたもので、ここ数年、理念に従った経営を行う、いわゆる「理念経営」を標榜する企業が増えている。

 経営理念は国でいえば憲法のようなものだ。国に憲法を順守する義務があるように、本来、企業が経営理念に従うのは当然のことだ。しかし、立派な経営理念を持ちながらも、理念とかけ離れた経営を行っている企業は数多い。というより、自分の会社に企業理念があることは知っていても、普段から意識して自分の活動の基準にしている社員はむしろ少数派だろう。

 経済が拡大しているなど、経営環境に恵まれているときはそれでよかったかもしれない。社員が自らの裁量で自由に活動することで、結果として業績が拡大したというのも以前ならよく聞いた話だ。しかしこうしたやり方は今では通用しない。

 今は「VUCAの時代」とよく言われる。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取ったもので、日本語4文字で現わせば「五里霧中」ということになる。将来の予測は困難で、不安定なことばかりということだ。

 技術は進化のスピードが年々速まっていることもあり、一度成功したビジネスモデルもすぐに時代遅れとなる。有望市場と見ていたものが、あっという間にレッドオーシャンになってしまう。その一方で、コンプライアンスの締め付けは厳しくなる一方だ。昨日まで通用していた手法が今日はレッドカードを突き付けられる。そして何より新型コロナウイルスは、世界の風景が一瞬で変わってしまうことを証明した。

 先が見えない時代に企業経営を行うには、よって立つものが必要だ。それが経営理念だ。会社によって経営理念は、ミッション、ビジョン、バリューなど、その言い方はさまざまだ。しかし多くの場合、企業が何のために存在し、自らの価値は何か、どこを目指しているのかが書かれている。今、理念経営が注目されているのは、進むべき方向への地図と羅針盤として経営理念を活用しようという企業が増えているためだ。

幸之助イズムを浸透させるパナソニックの楠見社長

 その1社がパナソニックだ。

 パナソニックは去る10月1日、60年ぶりに新しい経営基本方針を発表した。半年前の4月に9年間CEOを務めた津賀一宏氏が退任、専務だった楠見雄規氏が後任に就いた(社長交代は6月末)。さらに来年4月には持ち株会社となる予定で、パナソニックグループの下に家電事業などを担当するパナソニックや、自動車関連事業を行うオートモーティブなどの事業会社がぶら下がる形となる。この新体制を迎えるに先立ち、経営基本方針を策定したことになる。

 これまでの経営基本方針は、創業者であり「経営の神様」としていまなお多くの企業人の尊敬を集める松下幸之助が定めたもので、綱領、信条・七精神などの経営理念や、それを実践していく基本的な考え方からなり、パナソニックの社員は入社した時から、この経営基本方針を叩き込まれる。

 新しい経営基本方針にも綱領や信条・七精神などが盛り込まれており、綱領は「産業人たるの本分に徹し社会生活の改善と向上を図り世界文化の進展に寄与せんことを期す」、七精神は「産業報国の精神、公明正大の精神、和親一致の精神、力闘向上の精神、礼節謙譲の精神、順応同化の精神、感謝報恩の精神」とある。この文言は幸之助の定めたものと一言一句同じ。これならわざわざ新しい基本方針を定めることもないように思える。しかし、これを発表するに際し、楠見社長は次のように語っている。

 「成長期の松下電器の中に深く浸透していた基本的な考え方が、薄れつつあると感じるような場面もあり、反省する機会にもなった。薄れていた経営の基本に立ち返って、持っているポテンシャルがフルに発揮できれば、各事業の競争力が高まり、結果として社会に大きなお役立ちができ、事業はおのずと成長に転じるはずだという確信ができた」

 パナソニックは今、苦しんでいる。9年前、2年間で1兆5千億円の赤字という危機的状況に登板した津賀政権は、「家電のパナソニック」から「B2Bのパナソニック」へと舵を切り、当初は順調な業績回復ぶりを見せていた。しかしその後、次なる成長分野を見つけることができず、業績は低迷、津賀前社長最後の決算となった前3月期の売上高は6兆6987億円と、津賀氏が社長に就任する直前の2012年3月期の7兆8462億円より1兆円以上下回る。不採算事業を売却したこともあるが、一時は売上高10兆円を目指していたことを考えると寂しい数字だ。

 津賀氏からバトンを引き継いだ楠見氏にとって最大の使命はパナソニックを再び成長軌道に乗せること。そのためにCEO就任以来、国内10カ所の生産拠点を訪ねるなど、社員との対話を重ねてきた。それで得た結論が、社員全員が創業者の定めた経営基本方針を学んでいるはずなのに、形骸化している事実だった。

 「創業者が示した綱領、信条・七精神の意味は、知っているだけとか、経営理念の表層的な理解にとどまったままではいけない。今一度、経営基本方針に立ち返り、一人一人がしっかりとこれを実践していくように徹底し直さなくてはいけないという思いを持つにいたった」(楠見社長)

 そこで楠見氏は幸之助の理念を浸透させる目的で経営基本方針の改訂を決意、自ら編集メンバーの一員となり、時代にそぐわなくなったものや古い言葉で表現されていて分かりづらいものに、現代の社会環境や社会通念に即した今日的解釈を盛り込んだ。そして「どのように実践していくべきか、という点が弱くなっているため、その部分を大きく強調してより具体的な指針として示した」(楠見社長)。今後2年をかけて、基本方針の浸透を図るという。

時価総額上位5社の経営理念とは

トヨタ自動車―豊田佐吉の「綱領」と新しい「ミッション」「ビジョン」

 パナソニックは、業績低迷を抜け出すために、再び創業者の定めた経営理念に立ち戻ることを決意した。では、業績好調の企業は、理念をどのように経営に反映しているのだろうか。そこで業績好調=時価総額上位5社の経営理念を紹介する(11月2日現在の時価総額に基づく)。

 まずは時価総額33兆円超と国内ダントツのトヨタ自動車。トヨタの経営理念の核となっているのは「豊田綱領」。これはトヨタグループ創始者の豊田佐吉の教えを明文化したもので「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし」など5カ条からなる。

 その上でトヨタは、新しい経営理念であり、ミッション、ビジョン、バリューからなるトヨタフィロソフィーを21年に策定した。

 ミッションは、「わたしたちは、幸せを量産する」。面白いのはこれに続いて6項目の「だから」から始まる文章があることだ。「だから、より良いものをより安くつくる」「だから、1秒1円にこだわる」といった文面からは、「乾いた雑巾を絞る」といわれたコスト削減や、「ジャストインタイム」などのトヨタの経営姿勢がそのまま表現されている。

 ビジョンは「可動性を社会の可能性に変える」。可動性と書いてモビリティと読む。これは「可動性=移動の量と質を上げ、人、企業、自治体、コミュニティができることを増やす」という意味が込められている。トヨタは18年に、自らを「モビリティカンパニー」と位置付けており、それが反映された形だ。

 そしてバリューは「トヨタウェイ」。ソフトとハードを融合し、パートナーとともにトヨタウェイという唯一無二の価値を生み出す。CASE(コネクト、自動運転、シェアリング、EV)という新しい時代を迎え、今後はクルマ単体のビジネスからソフトウェアを組み込んだビジネスへと変わる。そのためにはオープンイノベーションが必要で、既にトヨタはソフトバンクと合弁会社を設立するなど、積極的に取り組んでいる。つまりトヨタフィロソフィーは、今後のトヨタの進むべき道を示している。

ソニー―持ち株会社化を機に「パーパス」と「バリュー」を策定

 時価総額2位はソニーグループ。ソニーGは電機業界勝ち組の1社で、前3月期には最終利益が1兆円を超えた。日本の電機メーカーで利益1兆円超えはこれが初めて。ソニーGの誕生は21年4月1日。それまでエレキ事業を行うソニーの下にエンタメ事業や金融事業がぶら下がっていたが、持ち株会社化に伴いエレキ事業会社のソニーもソニーGの子会社となり、他部門とはこれまでの親子関係から兄弟関係となった。

 持ち株会社化と同時にソニーGは、新しくパーパスとバリューを策定した。パーパスについては別稿で詳しく触れるが企業としての存在意義を意味しており、ソニーGの場合は「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というもの。ハードでもソフトでもエンターテインメントを追求するソニーGらしいパーパスだ。

 バリューは「夢と好奇心」「多様性」「高潔さと誠実さ」「持続可能性」の4項目からなり、例えば「夢と好奇心」なら「夢と好奇心から、未来を拓く」、「多様性」なら「多様な人、異なる視点がより良いものをつくる」と定められている。このバリューには、ダイバーシティやコンプライアンス、さらにはSDGsなどに対するソニーの考え方が凝縮されている。

キーエンス―「付加価値の創造」を強調

 時価総額3位のキーエンスの企業理念は「全ては付加価値の創造のために」。同社のホームページに記された中田有社長のメッセージには「1974年の会社設立以来、付加価値の創造こそが会社の存在意義であり、また、そのことによって社会に貢献するという考えのもと、全社一丸となって事業活動に取り組んでまいりました」とあるように、付加価値創造はキーエンスの歴史そのものといえる。

 キーエンスはセンサーや測定器、画像処理機器などで高いシェアを誇るが、新商品の約70%が世界初、業界初だという。それが国際的に高い評価を生むとともに、価格競争に陥らずにすんでいるため、メーカーでありながら51%という高い営業利益率を誇る。時価総額でキーエンスより上位のトヨタの営業利益率が8%、ソニーGのエレクトロニクス部門が10%であることを考えると、キーエンスの高収益体質がよく分かる。世界で唯一無二の会社であることで、キーエンスは日本有数の超優良会社としての地位を確保している。その根底にあるのが付加価値の創造だ。

リクルート―事件がきっかけで生まれた「基本理念」

 4位のリクルートホールディングスの基本理念は「私たちは、新しい価値の創造を通じ、社会からの期待に応え、一人ひとりが輝く豊かな世界の実現を目指す」というもの。現在の基本理念は、18年に定めたものだが、その原型である初代の基本理念は1989年に策定された。

 その前年、子会社リクルートコスモスの未公開株による贈収賄事件が発覚。政界を巻き込んだ大スキャンダルに発展した。これにより創業者の江副浩正は逮捕され、経営を退いただけでなく、63年の創業以来、高成長を続けてきたリクルートの業績に急ブレーキがかかった。この時、信頼回復のために「ニューリクルートへの提言」の募集が社内で行われ、そこから新しいリクルートになっていくために生まれたのが基本理念だ。

 現在は基本理念のもと、「Follow Your Heart」というビジョン、「まだ、ここにない出会い。より速く、シンプルに、もっと近くに」というミッション、さらには「新しい価値の創造」「個の尊重」「社会への貢献」からなるバリューズがあり、この実現を目指している。

NTT―経営理念は存在しないがデジタルトランスフォーメーションを意識

 5位の日本電信電話(NTT)の場合、前記4社のような、経営理念は存在しない。ただし、現在、進行中の中期経営計画の中では、NTTグループのビジョンとして「Your Value Partner」を掲げている。事業活動を通じて研究開発やICT基盤、人材などさまざまな経営資源や能力を活用しながら、パートナーと協業し、デジタルトランスフォーメーションを推進し、社会的課題の解決を目指す、という意味が込められている。

 デジタル社会をリードするためにも、自社のアセットにこだわらず、協業により可能性を広げていこうとの決意が見てとれる。

 以上、見てきたように、いずれの経営理念も企業が進むべき道を明確に示していることが分かる。同時に、多くの企業が、時代に合わせて理念を変えている。経営理念には企業にとって背骨となる強さと、変化に対応できる柔軟さを兼ね備えた羅針盤としての役割が求められている。