屋内外のサテライト活用も視野に新たな映画館世界チェーンを目指す―五十嵐壮太郎 (シアターギルド社長)
(画像=五十嵐壮太郎氏/経済界)

シアターギルドは独自開発した音響技術をもとに、従来の映画館とは異なる視聴体験を提供する新たなスタイルの映画館を東京・代官山に設立したスタートアップだ。将来的には全国100館、そしてアジアへのチェーン展開を目指す。起業家の同社社長・五十嵐壮太郎氏に、新たな映画ビジネスの可能性を聞いた。聞き手=武井保之 Photo=山内信也(『経済界』2021年11月号より加筆・転載)

五十嵐壮太郎氏プロフィール

(いがらし・そうたろう)1982年生まれ。幼少期をフランス、ベルギーで過ごす。2006年一橋大学経済学部卒業後、博報堂に入社。11年博報堂を退社し起業。オンデマンド映画チケット共同購入サービス「ドリパス」を立ち上げる。13年、ドリパスをヤフーに売却。18年、シアターギルドを設立。21年6月、シアターギルド代官山をオープン。

シアターギルド代官山の特徴

 世界初のヘッドフォン劇場システム「サイレントシアター」を実装した映画館・シアターギルド代官山は、無料で登録できる会員制の映画館だ。会員は映画館で鑑賞料金を支払い、独自開発の専用高音質ヘッドフォンを着用。ソファーやテーブル席など好みのスタイルで映画を楽しむことができる。鑑賞料金は上映作品によって異なるが、2000~2500円が中心だ。

 シアターギルドの特徴は、ヘッドフォンで音響を視聴者に届けることから、従来の映画館設計では建築基準法上で必須となる防音設備や座席固定が不要になるため低コストで施設を用意でき、かつ法律上は映画館を設置できない地域にも出店可能になること。さらに常設の映画館だけでなく、商業施設の既存テナントや屋内外のイベント会場などへのテンポラリー映画館の設営にも同システムは活用できる。

 街のあらゆる場所を映画館に変えられ、これまでとは異なる劇場体験を提供する映画館チェーンとして、国内だけでなく世界進出まで視野に入れる。

映画のネットサービスで成功

―― 映画の仕事を始めたのは、映画が好きだからですか。

五十嵐 原体験は父の仕事の関係でパリのバスティーユに家族で生活していた小学生の頃にあります。住んでいたアパルトマンの1階が小さな映画館で、父にいつも連れられて行っていました。そこは国籍や人種、文化も違う多種多様な人たちが集まる地元の憩いの場になっていて、とても好きでした。

 映画館のスクリーンからは、世界の多様性や豊かな感情に触れ、なんでもない風景が鮮やかに変わっていくのを何度も体感して。それが、いつしか、「映画館を作りたい」という思いにつながっていきました。

―― 最初は広告業界に携わられたんですね。

五十嵐 博報堂の出版コンテンツ事業部に所属し、出版社などのクライアントに対して媒体枠の取り扱いのほか、新メディアの立ち上げやイベント企画などに携わっていました。ツイッター、そしてファイル共有や音楽配信を行うナップスターのようなプラットフォームビジネスが出始めたのが、入社3年目くらいの時期。インターネットに可能性を感じて、プログラミングに夢中になりました。

 当時の勢いで、次の確たる構想がないまま退職しました(笑)。それで映画館に通い詰め、少しずつ映画関係者とのネットワークも広がって業界の内情を理解していき、2013年にヤフーに数億円で売却したオンデマンド映画チケット共同購入サービス「ドリパス」につながります。ドリパスは、「昔の作品を観たい映画ファンを集めて映画館で観る」ためのサービスで、今はTOHOシネマズが運営しています。

 ユーザーが観たい作品のリクエストをオンラインで登録し、期間内に一定数の集客があれば上映が成立する条件付きのチケット販売です。当時なかった与信仮押さえをできるようにしました。映画館にとってはノーリスクですから、上映しない理由はありません。今年でスタートから11年目、ほぼ全国のシネコンで導入されています。サービスとしてしっかり定着し、映画ファンに喜ばれていますから、生みの親としてはうれしい限りです。

映画館とテクノロジーの掛け合わせで生まれたシアターギルド

―― ネットサービスで成功した後、リアルの映画館事業に向かった理由を教えてください。

五十嵐 ドリパス時代はプログラムを自分で書くIT系起業家でした。ドリパスでひとつの自己実現を達成できたし、映画ファンにとって意義のあるサービスが作れた自負もあった。しかしインターネットの真価は、海外とつながってグローバルにビジネスができるところにあるものの、ドリパスは国内向けということもあり、その部分で起業家としての課題感が残っていました。

 GAFAMをはじめ、これだけプラットフォームビジネスがアメリカに奪われているなか、プログラムだけでは世界で戦えない。では、日本のお家芸ってなんだろう。それを生かして、若い世代がどうオリジナリティを発揮して世界に出ていくか。あらゆる起業家や経営者がそれを考えていますが、自分なりのチャレンジは、映画館という昔からあるフォーマットとテクノロジーを掛け合わせて何ができるか。それまでの知見にアイデアをプラスして、これならいけるというひとつの仮説として行き着いたプロジェクトが、シアターギルドです。

―― 子どもの頃からの「映画館を作る」夢を実現しましたが、そこに起業家として勝機も見いだしている。

五十嵐 映画界は長い歴史を見てもほとんど変化がありません。シネコン型とミニシアター型の劇場形態は世界中どこも同じです。映像メディアの変遷という時代の流れにコロナが重なり、配信での映画視聴が一般的になるなか、まず映画体験を変えないといけない。映画とは「あの日、あの人、あの場所」と記憶に定着する要素が掛け合わさって心に残るはずのものです。

 映画館の価値が映像体験を記憶に残す役割になっていますので、建築設計からすべてを変えたいと思いました。一方、そのためには建築コストという大きな壁がある。費用を抑え、なおかつ新しい劇場空間をつくる方法を考えたとき、その答えがサイレントシアターだったんです。

 ヘッドフォンを使うため、防音設備が不要になって建築コストをぐっと下げられます。なおかつ居住隣接地など騒音に厳しい場所でも出店できますので、出店可能エリアは1千倍以上。理論上は、駅のプラットフォームやホテルのラウンジを映画館化することも可能です。映画館の建築設計のいろいろなパターンを作っていきたいと思っています。

自社開発した高音質ヘッドフォン
(画像=自社開発した高音質ヘッドフォン/経済界)

―― アフターコロナの映画界を活性化する旋風を巻き起こしそうです。

五十嵐 コロナの感染状況は予断を許しませんが、収束を見据えたたくさんの問い合わせをいただいています。コロナからの復興フェーズに入るときに、ソーシャルディスタンスを必要とするさまざまな形式のイベントにサイレントシアターの仕組みを活用できます。常設もありつつ、自由にサテライトで上映空間をつくれるのが私たちからのひとつの提案であり、今までになかった映画館のチャレンジです。

―― 汎用性も高そうですね。

五十嵐 美術館から音声ガイドの拡張版として引き合いがきていますが、ライブや講演会でもさまざまな活用法があるはずです。ヘッドフォンを含めたセットアップのレンタルなど、初期費用がかからない方法での提供も検討しています。

シアターギルドで得られる新しい体験

―― シアターギルドは、既存のいわゆる〝映画館〟とは雰囲気も楽しみ方も変わります。

五十嵐 映画館と謳っていますが、映画館ではない何かになりたくて(笑)。スクリーンに映す映像は映画だけではなく、例えばスポーツや音楽のライブ中継をしたり、eスポーツをやってもいい。それに付帯するイベントを仕掛けたり、ふだん映画館に来ない人にも新しい体験として提案できるものを考えていきたい。まず、音楽でインディペンデントのアーティストのライブビューイングをレコード会社と一緒に始めます。

―― 映画館へ行くと、誰と一緒に映画を観に行ったかも含めて体験そのものが記憶に残りますが、ヘッドフォンをすると一緒に観る人との共有感覚が薄れることはありませんか。

五十嵐 ヘッドフォンをしていても、スクリーン以外も当然視野に入りますし、衆人環視のなか、誰かと一緒の空間にいる感覚は確実に残ります。

 また映像体験とは、映画を観る前後の時間も含めた経験になるはずです。今はコロナで控えていますが、シアターギルドは一杯飲めるカフェスペースもあります。一緒に行った人と、上映終わりに飲みながら映画について話したりできるようにしています。映画館の後、カフェや居酒屋に行く体験をここで完結できるんです。

自社開発した高音質ヘッドフォン
(画像=居心地の良さを追求した内装設計により、自由なスタイルで映画を楽しめる/経済界)

―― 1館のキャパシティはどれくらいですか。また、この先のチェーン展開はどう考えていますか。

五十嵐 ヘッドフォンがひとつの接続拠点で最大100台です。来年のバージョンでは1千台まで引き上がるので、そのれくらいのサイズ感の劇場も作りたいと考えています。

 現在、2号館を銀座に準備中ですが、年内に2~3館、来年は直営とライセンスを含めて10館まで増やしたい。近い将来に全国100館を目指しています。その先は海外ですが、まずは取得した特許がカバーできるアジア圏。直近では韓国と台湾を想定しています。その先はパリ、アメリカにも進出したい。今そんなグランドデザインの第一歩です。

日本の強さを打ち出し世界展開

―― シアターギルドは、硬直化した映画界への五十嵐さんの問題提起でもあるのでしょうか。

五十嵐 大好きな業界ではありますが、構造上イノベーションが起きにくい寡占垂直型の市場です。大手数社が半分以上のシェアを占め、なおかつ制作、配給、興行を自社で持つ垂直統合型。そうなると参入障壁が高くなる。しかし、チャレンジャーがいないと市場は活性化しません。そこに国境を超える新たな映画館チェーンが参戦するのは、日本映画界にとって意義のあることです。

 既に海外投資家からの反応がとてもいい。やはり映画はグローバルなので、日本の良さ、日本人の強さを出して世界的に映画館をセットアップするとなると注目されます。

―― ビジネス展開としての可能性も感じます。

五十嵐 映画館チケット収入だけでなく、貸し切り需要やサイレントシアターのシステムレンタル、ライセンス展開など広く異業種との協業も視野に入れています。8つほどのビジネスモデルを用意していて、これから段階的に投下していきます。